軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#29 次なる雛形・前

ライヒアラ騎操士学科の工房で、 綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー) の暴発事故が発生してから1月後。

設計担当の生徒達の不断の努力と、整備班総員の力を結集し、1機の 幻晶騎士(シルエットナイト) が組みあがっていた。

整備場より、台車に乗せられた機体が運び出されてゆく。

その外見は幻晶騎士としては一種異様だ。

全身のほとんどの箇所が“1次装甲”と呼ばれる、あくまでも内部の保護のための最低限の装甲のみになっており、場所によっては 結晶筋肉(クリスタルティシュー) が露出している箇所もある。

胸部や手足の一部にわずかばかりの 外装(アウタースキン) が装着されたその姿は、見るものに未完成と言う言葉を思い起こさせるものだった。

「やれやれ、やっとここまで漕ぎ着けたか……」

声に隠せぬ疲労を滲ませながら、親方がぼやく。

周囲に居る他の生徒達もある者は目の下に隈を作り、ある者は肩を叩いてほぐしているなど、その雰囲気に色濃い疲労を漂わせていた。

彼らが疲労困憊の様子であるのも無理は無い、この1ヵ月はまさに修羅場であった。

設計班が様々な構造を書き上げ、製造班がそれを実際に作成して試す。

最終的な構造に辿り着くまで、更に数回の失敗と事故を乗り越えながら、漸く形になったと言うところなのである。

未だ学生身分とは言え少なくない回数幻晶騎士の組み上げを行い、既に最前線でも活躍しうるだけの能力を備えた彼らをして、この機体を作り上げる事は困難を極めた。

死者が出なかったことが色々な意味で不思議なまでの過酷な戦いであったが、それでもここまで士気を落とさずに進むことが出来たのは、やはり彼らが技術者として新しい技術が形になることに至上の喜びを感じていたからに他ならない。

その証拠に、彼らの瞳には疲労では塗りつぶしきれないほど力強い光が宿っていた。

まるで円形闘技場のような幻晶騎士の訓練場へと“試作機”が運び込まれてゆく。

仰向けに寝た体勢で台車に乗せられた試作機の胸の装甲を開き、操縦席へと 騎操士(ナイトランナー) が入ってゆく。

試作機は訓練場の中央に配置され、円形闘技場の観客席の部分に相当する場所からそれを見守る整備班の面々の前には、人の全身を隠して余りある巨大な盾が並んでいた。

数回の事故を経て、彼らも学んだのである。

部分ごとの動作試験は何度も重ねて来たものの、全身を組み上げての動作試験は今回が初めてになる。彼らの警戒も当然だった。

そして試作機が外装をつけていないのはそのためだ。

まずは、幻晶騎士の部品の中でも重量的に嵩張る外装を除いた状態で動かそうとしているのである。

「ようしヘルヴィ、準備はいいか!? …………おう、いくぜ、まずは立ち上がれ!」

拡声器を片手に親方が声を張り上げ、それを合図に試作機が身を起こし始める。

整備班の面々も盾の影から覗き込むようにしながら、食い入るようにその動作を見ていた。

力を込められた筋肉が膨張するのが遠目にも見て取れる。軋むような音を上げながら、試作機が立ち上がった。

その動きは通常の機体に比べると幾分ぎこちなく、そして極めてゆっくりとしたものだった。

「立った……!!」

誰かから押し殺したような声が漏れる。

立ち上がる。これだけのためにつぎ込まれた労力と、乗り越えてきた苦難と、払われた犠牲を思い、その声はやや震えていた。

脚の筋力を十分に必要とするその動作に耐え切ったことで、今回の構造は綱型結晶筋肉の出力に最低限、耐え切るだけの耐久性があったことが証明されたのだ。

「まだだ、油断するな……そこ! 身を乗り出すな! 危ねぇぞ!!

ようし、落ち着いてだ……ヘルヴィ、そのまままずは歩いてくれ。

ゆっくりと、ゆっくりとだ!」

試作機の首が了承を表し、ゆっくりと上下に動いた。

そこからしばしの溜めを作り、やがて意を決したように歩き始める。

石畳の広がる訓練場の中だと言うのに、その歩みはまるで今にも壊れそうな吊り橋の上を歩くがごとく慎重極まりなかった。

歩き方を確認するかのように動きはぎこちなく、歩む速度は牛歩のごとくだ。

幻晶騎士としては信じられないほどの時間をかけ、重い足音と軋むような筋肉の駆動音を響かせながら試作機は訓練場を半周する。

動きのぎこちなさは取れてはいないが、最終的に歩く速度は上がりそれなりのものまで上がっていた。

「固定も吹っ飛ばねぇ、これなら何とかなりそうだな」

外装をつけていないため油断は出来ないが、少なくとも今すぐに壊れそうな様子は無い。

試作機はそのまま整備班の生徒達がいる場所の前まで歩いてくると、これまたゆっくりとした動きで片膝をついた。

駐機姿勢と呼ばれる幻晶騎士を止めておくための姿勢をとり、動きが完全に停止したところで漸く整備班の生徒全員が大きく息をついた。

次いで、彼らは互いに抱き合わんばかりの勢いで声を上げる。歩行試験が成功し、これまでの試行錯誤が報われた瞬間だった。

胸部装甲が開いて中から騎操士が現れ、開かれた装甲の上に立つ。

「おう、どんなもんだよ、ヘルヴィ」

試験の成功に喜色を滲ませた親方の問いかけに、しかしヘルヴィと呼ばれた女性騎操士は渋い表情を返した。

「文字通りの じゃじゃ馬(・・・・・) ね。力を余しすぎて、歩かせるだけで跳ね回りそうよ」

「そんなにか?」

「ええ、今までの機体と比べて使い勝手が全然違う。

これだけ感覚が変わると、正直全員訓練をやり直しになるわよ?」

「そいつぁなぁ……歩けるようになったのは大した成果だが、操縦系統まではまだまだ手が回りそうにない。

その辺の調整は後回しだな。

……さて、跳ね回れたぁ言わねぇが、歩くのは大丈夫ってのなら残る項目を進めるぞ」

ヘルヴィが頷き、再度操縦席へと戻ってゆく。

盾を構えていた整備班の面々も、安全が確認されたことで次の行動に移った。

改造されていない学生機体が訓練場へと大型の標的を持ち込み、設置してゆく。

自身も訓練場の石畳へと降りながら、親方は周囲の生徒へと指示を飛ばしていた。

「よし、 魔導兵装(シルエットアームズ) 持って来い。訓練用のだぞ!

標的は端っこに設置だ!

それとだ、誰か 銀色坊主(エルネスティ) を呼んで来い!

今は工房のほうで 幻晶甲冑(シルエットギア) の試験やってるはずだ」

「……なんだこれ」

親方の指示に従い、1人の生徒が工房へと戻っていた。

大半の生徒が試作機の歩行試験のため出払っているため、今この場所には殆ど人がいない。

扱うものが扱うものだけに、やけに広大な空間は普段の様子を思えば不気味なほどに静まり返っていた。

そしてエルネスティを呼びにきたはずの生徒は、工房内へと入った直後に視界に飛び込んで来た光景に、思わず言葉を漏らさずには居られなかった。

「(最近寝不足だったからな……疲れてるのかな、俺)」

彼が見たままを端的に表現するならばそう、全身鎧を着た騎士が二人、腕を組んでダンスを踊っている。

そして行動もさることながら、その全身鎧の騎士は異様な風体をしていた。

まずその身長が一般的な成人男性よりも遥かに高く、凡そ2.5mに達する。近くに居る対比物が小柄なエルである事がその姿を実際よりもさらに巨大に見せていた。

次に異様な点が、体のバランスの歪さである。

頭や胴体は比較的普通の人間と同じ大きさであるにも拘らず、手足が奇妙に長い。さらに付け加えるならば腕が4本ある。

内側に小さな――と言っても通常の人間サイズの――腕があり、その腕が外側の巨大な腕についた 取っ手(・・・) を握って動かしている。

そう、そこに居るのは 幻晶甲冑(シルエットギア) ――小型幻晶騎士とも言うべき、魔導仕掛けの機械鎧である。

新技術の結晶が軽やかに踊っている、目前の光景の意味不明さに軽く頭痛を感じながらも、その生徒は手前にいるエルネスティへと声をかけた。

「おいおいお前ら、動作試験やってたんじゃないのかよ。なぜダンスしてるんだ」

「あら先輩、お疲れ様です。勿論動作試験を進めていますよ。

今は“ダンスを踊れるくらいの自由度があるか”の試験中です」

「……ああそうかい。そりゃ試験は成功っぽいな」

「成功は、成功なのですけどね」

彼らが話している間に、踊りをやめた2機の幻晶甲冑が近づいてくる。

2機はそのまま立ち止まるとその場で膝立ちのような姿勢をとる。

鋭い圧縮空気の噴出音と共に幻晶甲冑の上半身の装甲が跳ね上がる。腹から腰周りの装甲は下を向いて展開し、同時に太股の装甲が大きく左右に開く。

そして跳ね上げた装甲をくぐるようにして操縦者が降りてきた。

「おっし、良い感じで動くぜ、エル」

「そうそう、次はエル君も踊ろうよ!」

幻晶甲冑を動かしていたキッドとアディは試験の成功もあり上機嫌だ。

「アディ、遊んでばかりでは駄目ですよ……。まぁ、概ね僕らならば動かすのに問題は無いようですね」

「おお、動く動く。まぁちょっと負担はあるけどよ、これくらいなら問題はねぇな」

「そうですね。僕も二人の心配はしていないのですけど……」

エルが視線を二人からそらしたところで、彼らの後ろからさらにもう1機、幻晶甲冑が歩いてきた。

「それっ、ふぅ。随分とっ!! っそい、楽しそうな! っと話をしてるじゃないか!

……はぁ、俺も混ぜてもらおうかな」

乗っているのはエドガーである。

ただし、軽やかにダンスを踊っていた双子の時とは比べ物にならないほどその動きは遅く、そしてぎこちなかった。

小さな掛け声と共に脚を振り上げ、大きく踏み出して進む。それの繰り返しで漸くここまで来たのだ。

まるで出来の悪い人形劇を見ているようだが、動かしている当人は必死である。

「ふぅ、やっとここまで来れたか……」

「お疲れ様ですエドガー先輩。どうですか? 使い心地は」

「見ればわかるだろう」

「楽しそうですね」

「……」

皮肉ではなく、エルは本当に羨ましそうな視線をエドガーと彼が乗る幻晶甲冑に注いでいる。

エドガーが四苦八苦しているのとは全く別の観点から、その状態が羨ましくて仕方ないらしい。

ちなみに何故エルが動かしていないのかと言うと、彼では大抵のものはすんなり動かしてしまうため、試験にならないからだった。

エドガーは何かを抑えるように頭に手を当て首を振っていたが、すぐに振り切る。

「なぁ、エルネスティ。前から思っていたんだがな」

「はい」

「この幻晶甲冑……決して悪いわけじゃない、これ自体はすごい代物だと思うんだがな」

「はい」

「動かしづら過ぎる!!」

幻晶甲冑の筐体は、エルの作成した図面を基にすぐさま組み上げられた。

途中で多少改良したことを鑑みても完成まで1週間程度である。製作した鍛冶師達の技術力の面目躍如と言ったところであろう。

しかし順調なのはそこまでで、いざ動かした途端重大な問題に突き当たった。

幻晶甲冑は当初予想していたほど動かし易い代物ではなかったのである。

それは偏に高難易度の上級魔法である 身体強化(フィジカルブースト) を基本とし、しかもそのアレンジ版を使用しなければならないことに起因する。

要求される魔法能力の負荷が大きく、現在の操縦方法は一般の生徒にとっては荷が重すぎるものだったのだ。

テストパイロットには双子の他にエルと付き合いのあり、事情もわかっているエドガーとディートリヒが借り出されたものの、二人ともまず動かすだけで3週間の時間が必要だった。

埒が明かないので途中でエルによる“幻晶甲冑操縦のための集中講座”を開いてそれである。

それを尻目にキッドとアディの二人は1週間程度の訓練でダンスを踊るくらい自由自在に動かして見せたのだが、逆にそれは二人がエルと同じ括りの側であることを確認しただけだった。

一般的な騎操士では、動かし方の違いに慣れないなどと言う問題ではなく動かすことすら侭ならない……正直に言って失敗作である。

ちなみにディートリヒは今現在エドガーよりも更に後ろで唸っている。

「率直に言ってこいつに必要な制御は複雑すぎる。身体強化に近い魔法術式など、普通はおいそれとは使えないはずだ。

とてもじゃないが幻晶騎士の操縦訓練に使える代物じゃないぞ」

「そうなのですよね……そのあたりは見積りが甘かったですね」

「うーん、それは努力でカバーとか! ね、先輩?」

エドガーは順にエル、キッド、アディを眺めた後小さく溜め息を吐いた。

「無茶を言うな。一朝一夕でどうにかなるもんじゃあるまい。まったく……。

とりあえずお前達が何かおかしいのは十分に確認させてもらった。

今更そこはどうこう言わんが、せめてそれを普通の人間に求めるな」

「んーむむむ……それでは残念なことに、これは使えない事になってしまいます」

「このままでは、な。幻晶騎士の小型版なのだろう? だったら魔導演算機を積め。

アレがあれば、制御の負担は軽減できるはずだ」

「仕方ないところですね。製作費用が上がってしまいますが、背に腹は代えられません」

エドガーの台詞も尤もである。このままではエルと双子にしか使えない欠陥機が出来上がるばかりだ。

さすがにそれでは当初の目的に対して不十分に過ぎた。

「(魔導演算機の仕組みも調べんとなぁ。

実際サイズも違うから幻晶騎士用ほど処理能力も必要ないし、大体そのままの大きさだと積めんし。

小型の魔導演算機とか用意できんのかな? 後で親方に相談だな)」

エルが解決策を黙考している横で、彼らの話に聞き入っていた、エルを呼びに来た生徒がはたと我に帰った。

「ああ、そうだエルネスティ。つい話に聞き入っていたが、親方が呼んでるぞ。

そろそろ 背面武装(バックウェポン) の動作試験を始めるらしい」

「ということは歩行試験は成功だったのですね。わかりました、すぐに向かいます」

エドガーは幻晶甲冑を降り、反対にキッドとアディは再度搭乗する。

エルはキッド機の肩にひょいと飛び乗ったところで、その場に居るもう一人の存在をふと思い出して振り向いた。

「あ、ディー先輩は……」

振り向いた先では、少し離れたところにいるディートリヒが幻晶甲冑の操縦に悪戦苦闘している。

「はぁ、はぁ、上手く動かん……何とか、エドガーのいるところまでは……!」

そして全員が移動しようとしているのを見、気合を入れなおしたディートリヒ機が大きく一歩を踏み出し……そして彼を悲劇が襲う。

「あ、あれ? なんだこれ、やばい、やばいぞ止まらなアーッ!?」

制御を間違ったらしいディートリヒの上半身が突如としてゴリッ、と言う重い音と共に向いてはならない方向を向く。

そして彼のほうを向いていたエルが決定的瞬間を目撃した。

「ディー先輩……? うわ、これはまずいかも、先輩を医務室へ……」

エルが禁句に触れた瞬間、凄まじい勢いでディートリヒが再起動した。

のみならずそのままギュルッ、と音がしそうな勢いで華麗にターンを決めるとビシッとポーズを決め、言い放つ。

「それには全くこれっぽっちも及ばないとも!!」

幻晶甲冑を装着したまま器用にポーズを取りつつも彼の額を流れる汗が物凄いことになっているが、果たしてそれは肉体的なダメージによるものか、それとも精神的なものなのか。

周囲の人間は唖然としたままそれを見ていたが、本人の様子から大丈夫だろうと判断する。

「えーと、大丈夫そうで、すね? まぁ無理はしないで下さいね。僕らは先に訓練場に行っていますから」

「ああ、わかった」

エルを肩に乗せたキッド機とアディ機が軽快に訓練場へと走り出していった。

「……で、ディー? いつまでそのポーズを取っているんだ?」

「ははは、何故このポーズを取れたのか自分でも解らなくて……ここから動けなくて、ポーズを変えれないのさ!」

「威張るな。俺たちも移動するぞ」