軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#210 限られた躯体

銀鳳騎士団の本拠地であるオルヴェシウス砦。

いつになく静かな砦にて一騎のツェンドリンブルが蹄の音を響かせた。

「おう、ようやく来たか坊主」

機体から降りてきた エルネスティ(エル) を腕組み姿勢の 親方(ダーヴィド) が出迎える。

彼だけではない、背後には鍛冶師隊のほぼ全員が勢ぞろいしていた。

「お待たせしました。親方……イカルガが家出してしまいましたよ」

「顛末は聞いたがまったくとんでもねぇ騒ぎを起こすもんだ。つうかな、こっちもあれから 魔法生物(マギカクレアトゥラ) の洗浄にてんやわんやだったんだぞ。 幻晶騎士(シルエットナイト) から 飛空船(レビテートシップ) までそろって大掃除ときた!」

「本当にご苦労様です」

まるで世間話の気軽さで話しているが単なる失せ物とはわけが違う。

互いに深刻な様子がないのが逆に不気味なくらいだった。

そうしてツェンドリンブルから降りてきた アデルトルート(アディ) を待って、一行はぞろぞろと移動を始めた。

親方は迷いのない足取りで工房の一角へと向かう。

「まずはこいつを確かめておくだろうと思ってよ。用意してあんぜ」

最奥部にて静かに台座につく一騎の幻晶騎士。

深い蒼の装甲をもつ鬼面六臂の鎧武者――イカルガ。

失われたはずの姿を前にアディは一瞬動揺を浮かべ、すぐに合点した。

「あっ。これってイカルガの予備筐体だよね」

銀鳳騎士団長騎、イカルガには予備の筐体が存在する。

魔力転換炉(エーテルリアクタ) と 魔導演算機(マギウスエンジン) をのぞいた筐体をそのまま用意したもので、心臓部さえ載せかえればいつでもイカルガを無傷の状態にできるというものだ。

以前、ボキューズ大森海へと運ばれていったことをご記憶の方もいよう。

「でも 皇之心臓(べへモス・ハート) 持ってかれちゃったし、もう使えないんじゃ?」

そう、いかに予備筐体があろうとも肝心かなめの心臓部が失われてしまっている。

イカルガという幻晶騎士が何に依って立つものかを考えれば、もはやこの筐体に使い道はないと言って過言ではない。

「そうですね。現状この躯体を満足に動かすことのできる炉はありません」

物言わぬイカルガを少しだけ眺め、エルは力強い笑みと共に振り返った。

「だから親方! 僕はイカルガを再建します」

「 当然(たりめー) だ。やらねーとか言ったら全力で頭突きかますところだったぜ」

ちなみにドワーフ族の全力頭突きなぞくらった日には頭蓋が割れる。危ないところであった。

エルはさして気にした様子もなくいつも通り傍らの鞄を開く。

「色々と考えたのです。果たして手持ちの資材で、僕たちの技術でイカルガに匹敵するものを作れるのか」

みっしりと詰め込まれた紙束を取り出し、バサバサと広げてゆく。

親方はフン、と鼻息も荒く内容に見入った。

「わぁ……いつもに増してびっしりと書かれてる……」

アディが引いた。付き合いの長い彼女である、エルの書いた図面は何度も見てきたが今回はとびきりである。

というかほぼ黒塗りになってない? と心配になる密度である。

「答えは“否”です」

「イカルガは特別な要素が多すぎるからな。特別なものを作るなら特別なことを。そいつが当たり前ってもんだが……」

親方がぱらぱらと紙束をめくってゆく。

そこに籠められた試行錯誤の跡、辿り着いた願いを読み取ると溜め息と共にエルの笑みを睨みつけた。

「……そうか、なるほどな。これでいくんだな? 坊主」

「はい。最高の特別を打ち倒すものはやはりこれでしょう」

周囲が固唾をのんで見守る中、二人の間で何かが通じたようだった。

親方がゆっくりと鍛冶師隊へと振り返る。

「聞けぇお前ら! 団長様は俺たちに技術を尽くすことをお望みのようだ!」

「応! 応! 応!!」

鍛冶師たちが鎚を握り腕を振り上げる。

「ようしお前ら、仕様を伝える! 耳の穴ぁかっぽじってようく聞きやがれ!」

そうして親方が語った内容に、それまでとは別のどよめきが起こった――。

時は過ぎる。

王都カンカネンの復旧も進み、“銀旗の乱”と呼ばれるようになったあの戦いの傷跡は薄れつつあった。

人々の記憶には鮮烈に残っているものの次第にそれも遠ざかってゆくことであろう。

誰もが立ち止まることなく先へと向かって歩みだしている。

それはここ、銀鳳騎士団でも同じく。

「これが新しいイカルガ……」

整備台に鎮座した一機の幻晶騎士。

アディはその周囲をぐるりと回りじっくりと眺め、こてんと首を傾げた。

「ねぇ、これイカルガなの? それともトイボックスのほう? なんだかすごく中途半端な感じがする」

彼女の感想を聞いたエルが謎めいた笑みを浮かべ、親方が肩をすくめる。

その機体は 外装(アウタースキン) こそイカルガを元にしたデザインとなっているが、全体的な印象は大きく違ったものだった。

原形(オリジナル) のイカルガの特徴でもあった怒りの表情を象った 面覆い(バイザー) はなく、トイボックスに近い大型の装甲に覆われている。

さらには背中に大型 補助腕(サブアーム) がなく、どころか小型の補助腕すらない“古臭い”仕様となっていた。

イカルガのようでもありトイボックスのようでもある。

最新型のはずだが旧型のようにも見える。

何もかもがちぐはぐなのだ。

「そのどちらでもあります」

「むぅー」

答えになっていないエルの答えに、アディはやんわりと彼の両頬を挟み込んで揉みしだいておいた。

すべすべ柔らかい。

「むむ……。別に意地悪ではないですよ。この機体の正式な銘は“ 玩具箱之汎式(ヴァーサタイルトイボックス) ”、その試作一号機……“イカルガ・カギリ”といいます!」

「えー。両方混ぜたってコト?」

確かにそう言われれば理解はできる。

イカルガをそのまま作ることは出来ず、トイボックスを作り直すだけでは物足りない。

だから両者を混ぜ合わせたのだろうと。

だがアディは納得できなかった。

エルネスティという人間が、そんな“普通な”ものを作るだろうか? と。

そうして考え込む彼女の横でエルの説明は絶好調に続く。

「僕たちがテレスターレで始め、カルディトーレへと至った道。今再び、そこにイカルガとトイボックスで培われた技術の全てをつなぎ合わせました。そうして極限まで磨きあげられた技術を結集し辿り着いた答え。イカルガ・カギリとはいわば“量産型”イカルガなのです!」

「……うん?」

いまちょーっと聞き逃してはならない文言が含まれていた気がする。

アディは恐る恐るといった様子で聞き返す。

「……量産……できるの? イカルガを?」

「はい。試しにこのまま 国機研(ラボ) へ持ち込めば同じものを作ってくれると思います。特別な部品は何もありませんから」

アディの首が勢いよく親方の方を向いた。説明どうぞ。

「だいたいのとこは坊主が言ったことが全てなんだがよ。つまりだ、一度イカルガってのは何かってのを突き詰めたんだよ。イカルガは皇之心臓ってぇ化け物炉をのぞけば、後は要するに複数動力に対応した機体ってことだ。それ以外は単に出力に見合った装備をのっけてるに過ぎねぇ」

「ですので! 複数動力に対応した設計を抽出し、それをトイボックス、カルディトーレへと応用しました」

実を言うと皇之心臓は単なる化け物炉に止まらない代物であり、そのため原形のイカルガは極めて大容量の吸排気能力を与えられている。

さらには莫大な魔力出力に耐えるよう 銀線神経(シルバーナーヴ) が二重三重になっているなどやたら頑丈な設計になっていた。

本機はさすがにそこまでの耐久性は求められないため、まずやったことは全身の簡素化だったりする。

「あとはイカルガつっても設計からそこそこ年数が経ってやがるからな。構造から素材からきっちり見直したぜ」

「そうなのです。これこそ磨き上げられた技術の粋、最新で最高の完成された“普通”の機体……量産型イカルガ、すなわち“イカルガ・カギリ”です!」

なるほど普通であった。ただしそれはエル基準の普通である。

そのあたりどうなの? アディは鍛冶師隊のなかにいたデシレアに視線で問いかけた。

ゆっくりと首を横に振られた。なるほど。

「うーん。イカルガがいっぱい作れるって、なんだかズルみたい」

「まぁな、気持ちはわかんぜ。何せ俺たちの旗騎はずっと特別も特別だったからな」

陸皇亀(ベヘモス) の討伐は、銀鳳騎士団が結成された原因の大きなひとつとして数えられるだろう。

それは皇之心臓へ、そしてイカルガとして形を成した。

西方の空を翔け、天空の大地を駆け抜けた鬼神。

それは誇らしくもあり、一方で技術者の歩みとは違った場所にあったのも事実である。

「これでいいんだよ。こいつが正しい形なんだ」

頷く親方を見てそんなものかと納得する。

騎操士(ナイトランナー) と 騎操鍛冶師(ナイトスミス) が渾然とある場所、それが銀鳳騎士団であるゆえに。

その旗もまた、ただの特別では満足できない。

「しかしこれまでずいぶんと“ゲテモノ”を作らされてきたが、まさかここに来てこんなまっとうな代物を作るたぁな」

「心外な。今までにまっとうではない機体があったというのですか」

「山ほどあんだろうがよ」

ちなみにゲテモノの代表格であろう人馬騎士も飛翔騎士もそれなりに量産されているあたり、誰も彼も慣れてきたことである。

ともかく。

「前書きはこれくらいにして、イカルガ・カギリのお披露目といきましょうか」

エルがうきうきとした様子で腕を振り上げる。

「出撃用装備への換装を。 選択装備(オプションワークス) は“ 鬼神之粧(アスラズガーメント) ”、およびエスクワイア“ロビン”で」

「おうし! 野郎ども、団長様の出撃だ。得物を持ってこい!」

「あいさー!!」

親方が指示すれば、 幻晶甲冑(シルエットギア) を着込んだ鍛冶師たちが天井の 軌条(レール) から吊り下げられた装備を勢いよく押してきた。

ガリガリと鎖をかむ音が響き、装備が持ち上がってゆく。

それはイカルガ・カギリの背中へと装着されると、ゆっくりと四本の腕を広げた。

「わー。なんだか見慣れた形になってきた。腕が少ないと思ってたけど、外れるようにしたんだ?」

「ええ。量産機としてのイカルガ・カギリはあくまで汎用の機体。そこで選択装備を拡張してさらに選択の幅を広げてみました」

“ 鬼神之粧(アスラズガーメント) ”とは 執月之手(ラーフフィスト) を装備した四本の大型補助腕によってなる選択装備である。

いわばイカルガ・カギリをより 原形機(オリジナル・イカルガ) に近づけるためのものだ。

望めば誰でも使用できる装備ではあるのだが、使いこなせるのはエルだけだろうというのが周囲の一致した見解であった。

六腕をそろえたイカルガ・カギリの背後からエスクワイアが運ばれてくる。

ロビンと呼ばれる蒼いエスクワイアはトイボックスマーク2の頃にも使用していたものだ。

ロビンがイカルガ・カギリの背面に掴まると速やかに強化魔法が更新される。

形だけ見ればマガツイカルガにも近い堂々たる姿となっていた。

「もう準備できたんだ」

「その通りです。選択装備の拡張にあたって 魔導演算機(マギウスエンジン) もさらに強化しましたからね。事前に登録した装備の全てに対し、自動で強化魔法定義を更新することで素早く装着できるのです!」

アディはそれが一番すごいのでは? と思ったがスルーしておいた。

間違いなくエルが好き勝手やった結果だからだ。

「それではどうぞ」

本機の騎操士はエルであるが、当然のようにアディも一緒に操縦席へと乗り込んでゆく。

「エル君。こっちは変えてないの?」

アディが操縦席をのぞき込むやじっとりと問いかけてくる。

「この機体はカルディトーレの流れを汲み、操縦系も汎用性を重視しています……が、それとは別に後付けで機能を拡張できるようにしてあるのです」

「へー」

「というわけでこちらが全部盛りになります」

「もうイカルガの時と見分けつかないね……」

彼女が呆れるのも無理はない。

イカルガ・カギリの操縦席はすでに全力エル仕様であり、汎用性の“は”の字もない魔境であった。

「必要なものを追加したまでですよ。さぁ行きましょうか」

エルサイズの狭い操縦席に二人で乗り込む。

当然のように設置してある 操鍵盤(キーボード) を叩けば、イカルガ・カギリは目を覚ました。

「いってきまーす」

親方たちに手を振り、イカルガ・カギリが歩き出す。

工房を出たところでエスクワイアの 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) を起動し浮き上がる。

十分な高度を取ったところでマギジェットスラスタに点火。

全身に分散配置された最新型のマギジェットスラスタが力強い噴射と共に機体を加速する。

同時に背中に接続された四本の腕を広げた。

これら大型補助腕は翼のような形状を与えられ、飛行時の安定性を増すと同時に多少の揚力を生んでいる。

「実をいうとイカルガ・カギリ単体で飛ぶことも可能です。ですけど、移動時はエスクワイアがあったほうが安定しますね」

原形機のように何でもかんでも力づくで突破とはいかないが、イカルガ・カギリは危なげない飛行でもってフレメヴィーラの空を翔けた。

「少し装備もお見せしましょう」

イカルガ・カギリが腰部に提げた剣を抜き放つ。

ただの剣というには大ぶりで奇妙な形状を持つ武器。

アディにとって馴染みがありながら今までとは異なる印象もあった。

「 銃装剣(ソーデッドカノン) も新調したんだね」

「はい。イカルガ・カギリが使うことを前提に再設計した 銃装剣(ソーデッドカノン) 型之弐(モデル2) です!」

刀身が開き、内部に仕込まれた 刻印紋章(エンブレム・グラフ) が覗く。

「まずは今まで通り、シュートモード」

まばゆい輝きと共に燃え盛る法弾が放たれる。

イカルガの代名詞ともいえる轟炎の槍だ。

「威力は同水準を維持しています。その分、連射性能や連続投射性能あたりが割を食っていますが。やはり消費魔力が大きいこともあって飛びながらの射撃には色々と制約があります」

操縦席に取り付けられた計器をにらむ。

魔力貯蓄量(マナ・プール) を示したそれは一発放つごとに大きく上下していた。

普及品の炉を使用したことにより魔力出力は下がらざるを得なかった。

イカルガ・カギリでは飛びながら撃ちまくれるほど貯蓄量に余裕はない。

銃装剣型之弐の刀身を閉じる。

「そしてスラッシュモード。これも強化魔法の消費を抑えるためにそもそものつくりを頑丈にしてあります。おかげで少し重量が増してしまって、取り回しには注意が必要ですね」

イカルガ・カギリの膂力は原形機に近く、格闘能力に不安はない。

ただ武器の重量は動きへの影響が大きい。しばらくは慣らしが必要だろう。

「他にもいろいろ機能はあるのですが、今お見せできるのはこんなものでしょうか」

「エル君楽しそうだね」

銃装剣型之弐を腰へと戻す。

「これでイカルガ・シロガネと戦えそう?」

「あの時のトイボックスより断然性能は上がっていますし、まだまだ秘策はあります。次に戦うときには全身全霊をもって撃破するつもりですよ。むしろどうやって見つけるかが問題ですね」

「そうだね。どっか飛んでっちゃったものね~」

彼らの心配はまもなく払しょくされることになる。

この数日後、藍鷹騎士団が 西方諸国(オクシデンツ) に出現する謎の“龍”の情報を掴んできたのである。

「おうし! イカルガ・カギリはこれで完成だ! お前らご苦労だったな!」

「っス!!」

「じゃあ続いてもう一丁に取り掛かんぞ!」

「……っスー……」

イカルガ・カギリが飛び去った後のオルヴェシウス砦では、親方の檄を受けた鍛冶師たちが見るからにげんなりとしていた。

やる気はある。あるが、ひとつ仕上げたのだからせめて一息つきたいというのが本音であった。

親方は自身もどっしりとした疲労を覚えながら、それを毛ほども感じさせない勢いで声を張る。

「坊主のことだ、イカルガを探しに明日にでも飛び出してくかもしれねぇ。イカルガ・カギリはいい機体だ。それは俺たちの鎚が保証するだろう! だがそれだけじゃ足りねぇ。 戦(や) るにはコイツの力が必要だ!」

親方が工房の最奥部にある機体を指し示す。

まったく組み上げ途中のその機体は、現時点でかなりの大きさをもって工房の一角を占拠していた。

「敵はあのイカルガ、そして魔法生物! つまり俺たちの旗を持ち去った悪党どもだ! こいつは俺たち鍛冶師にしかできねぇ戦いだぞ。おう、目にモノ魅せてやろうじゃねぇか!!」

「うおっスぁ!!」

気合を入れなおした鍛冶師たちが動き出す。

銀鳳騎士団にあって、イカルガを奪われて悔しさを覚えなかった者などいない。

敵を倒すのはなにも騎操士だけの役目ではないのだ。

「ようし。いったい誰に喧嘩を売ったのかしっかりと教えてやらねぇと。こいつが銀鳳騎士団の“答え”だってな……」

着々と育ちゆく巨大な影。

それはまるで、翼を広げた鳥のような姿をしていた――。