軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#201 出会い、それはすれ違い

銀鳳騎士団の拠点、オルヴェシウス砦には風変わりな点が数多くある。

まずは規模にまったく見合わない豪勢な整備場や駐機場が挙げられる。

しかも騎士団の再編成に伴ってさらに中身はすっからかんで、最近では試作機やジャンクなどが適当に押し込まれている有様である。

人間が過ごす場所も十分に整備されており、往時は団員の大半がここで生活していた。

なかでも騎士団長である エルネスティ(エル) の居室は必要以上の余裕をもって作られている。

それは格式とはまったく別の理由でもってそれだけの空間が必要とされていたためだ。

壁中にでたらめな落書きのように張り巡らされた設計図類、その辺に転がっている試しや作りかけの銀板、さらには何故か鎮座しているカルダトアの頭部などによって部屋は混沌と化していた。

居室というより作業場と言ったほうがぴったりくる。

「ううむ難しいですね。既存の仕組みですとこの辺で頭打ち。いっそ新規に専用のものを作り起こした方がよい感じですが」

そうして部屋の主たるエルは、何故か椅子も使わず床にぺたりと座り込みああでもないこうでもないと唸っていた。

試行錯誤の結果はうずたかい紙束の山として彼の周りに積み上げられている。

見ようによっては落書き放題遊んでいる子供のようにも見えるが、これで最新技術に関する研究の最中だったりする。

なおも山の高さを増やしていると、紙をかき分けて入ってくる者がいた。

「エルくーん。おやつもってきたよ」

そういって アデルトルート(アディ) は慣れた手つきでさっさと紙の山をどけてちょこんと座り込んだ。

さっさと携えてきた茶を淹れて菓子をつまむ。

「そうですね。少し休憩したほうがよいでしょう」

エルも紙束をどけてクッキーにかじりついた。

アディはしばしほわほわと彼の様子を眺めていたが、やがて周囲の様子を見回して言う。

「すっごく悩んでるね。飛翔騎士以来かな」

「ええ、難物です。エーテルの振る舞いは 魔力(マナ) とは異なりすぎて。何より 魔法術式(スクリプト) が使えないので緻密な制御ができないのが難しいのですよね」

いちおう大気中に含まれるエーテルは気体状の振る舞いを見せるため、大気操作の系統魔法を使用することで間接的に扱うことはできる。

しかしまったく制御が甘いもので欲する状態に止め置けない。

エーテルの海に突入するほどの出力を得るためには強力な制御が必要不可欠である。

加えて言えば強力な魔法演算能力こそエルの最大の武器である。

それを封じられ苦戦が続いている状態だった。

「このままでは埒があきません。一度大きく考え方を変えるべきですね」

言いつつクッキーを口に放り込み続けている。

「だったらエル君、エスクワイアじゃなくて人が動かす機体にしよう! 二人いれば何とかなるって!」

「そう言う問題でも、ないのですけど」

「ええ~エル君と一緒にいたい~」

「やはり目的はそちらですか。そもそもアディには既にシルフィアーネがあるではないですか」

「でも別に一人一騎じゃないといけないってことはないでしょ? エルくんだってイカルガの他にトイボックス作ったんだし!」

「これは実験用としての必要性が……ですがまぁそうですね。一人が複数の機体を持っていてもあまり意味はないのですが、あったらいけないというものでもありません」

ちなみにごく基本的なこととして、 幻晶騎士(シルエットナイト) を個人で所有する人物はほとんどいない。

そのうえで複数機を所有となると皆無と言っても良かった。

理由は単に幻晶騎士が実用品だからで、乗り手のいない機体を遊ばせておくことを良しとしないためである。

これが騎士団くらいの単位になると予備機という考え方も出てくるが、いずれにせよ個人では縁がなかった。

「じゃあじゃあやっぱり二人乗りにしようよ! エル君と一緒に乗りたい~」

「それはまたツェンドルグ以来ですね。さすがにそんなことをしようと思ったら変更どころか完全に新規設計するしかなくなります」

休憩がてらアディのわがままを聞き流していたエルは菓子を食べ終えたところでその辺の紙を掴む。

「ですがそれもいいかもしれないですね。いっそ全て見直して新たな合体機構から構築するというのも」

「っていうか別に合体しなくて、最初から一騎でよくない?」

「いけません! せっかく合体できるのだか……もとい合体機能があれば既存の機体を機能拡張することができます。さらにカササギがエスクワイアとなったようにいずれ技術的な応用も可能となるのです! これは決して遊びなどではなく先々を見越しての設計でして……」

「うん、エル君の趣味なのはよくわかったかな」

白紙に再び向かい合う。

これまでの経緯を一度忘れて、求められる要素を実現するためだけにペンを走らせる。

やがてそこに描き出された機体は完全に人の姿を離れ、大きな翼を広げていた。

王城シュレベール城の一画に比較的新しい広場がある。

主に 飛空船(レビテートシップ) や飛翔騎士の発着場として運用されている場所だ。

今はそこに、騒々しい爆音を響かせながら降下してくる機体があった。

多数の腕を折りたたみ、翼のように巨大な 可動式追加装甲(フレキシブルコート) をまとっている。

その姿はただひたすらに異様。

人馬騎士(ツェンドリンブル) すら上回る長大な機体は、二機がひとつに合体しているためだ。

それこそが銀鳳騎士団旗騎、マガツイカルガニシキであった。

やたらと大柄な機体は降りるだけで少なくない広さを要求する。

周囲から少し離れた場所に降り立ったマガツイカルガのもとへと騎士たちが小走りにやってきた。

「閣下! お待ちしておりました」

「ご苦労様です。予定通り陛下への謁見をお願いします」

「はっ! 承知しております。騎体は……申し訳ございません、ご自身でこちらへ……」

「わかっていますよ」

マガツイカルガが滑るように移動する。

色々と特別なイカルガのために専用の待機場所が用意されており、行儀よく収まっていた。

イカルガが魔力出力を落とし、エルとアディが降り立つ。

そのまま王城へと向かう二人を見送ってから、騎士たちはイカルガを見上げて溜め息を漏らした。

ところで、彼らは王城に務める騎士たちのうち特に駐機場を担当している者たちである。

王城とは、国内のあらゆる貴族や騎士団が利用する場所である。

その際、本来は王城への入り口で乗り手をおろして乗騎は駐機場の担当者へと渡される。

そうして彼らが操り、待機あるいは整備のための場所へと運んでゆくのである。

預かるだけとはいえ傷などつけては王城の威信にかかわる。

ゆえに経験豊富ながら手の空きがちな退役騎士などが担当者として再び雇われることが多い。

地味ながら重要な役目であり、彼らは誇りをもって日々勤めていた。

そしてイカルガは彼ら泣かせな騎体である。

何しろ根本的にエル以外の誰にも操れない――正確にはかつては歩かせる程度は可能だったが、度重なる改造と共に操作系も弄った結果、特殊な訓練を受けないと指一本動かせなくなるに至ってしまった。

親方に曰く、欠陥品が完全にぶっ壊れたとかなんとか。

さらにマガツイカルガとなってからはもうお手上げである。

一機だけですら手に余るのに二機に増えた。どうしろというのか。

操縦系は摩訶不思議な異形の代物と化し、努力も能力もぶっちぎった完全な理不尽と化している。

この世で唯一、彼らに操ることのできない化け物。

イカルガの存在は今日もまた駐機場担当の自尊心に小さな棘を刺してゆくのだった。

背後の嘆きなどつゆ知らず、エルとアディは勝手知ったるとばかりに城に入ろうとし、ちょうど前から見覚えのある人物がやって来るのに気付いた。

相手も彼らに気付いて歩みを緩める。

「おや、若だ……エムリス殿下」

「お久しぶり~でっす!」

エムリスは二人を見て笑顔を浮かべ、やや距離をあけて立ち止まった。

身長二メートルを超す偉丈夫、エムリスを前にするとエルの小ささが際立つ。

少し距離を置かないと顔の位置が上すぎて会話が大変なほどである。

「む、お前たちか。親父に用事か?」

「はい、ちょっとした報告です。ところで殿下、なんだか顔色が悪くありませんか?」

「疲れてる感じですー?」

「そんなにわかりやすいか。まぁ少々根を詰め過ぎたというところだ。それにさすがに身体が鈍るのもまずい、これから遠乗りにでも出ようかと思っていたところでな。そうだ銀の長、ちょうどお前たちに紹介したい方がいる」

そうして大柄なエムリスが横に動き、背後の人物を示した。

「こちらは我が兄、第一王子ウーゼル兄上だ! 長く体調を崩していてな、最近になってようやく療養院をでられたのだ」

「いま紹介に与ったウーゼルだ。聞いての通り中々外に出ることもなくてね。色々と疎いかと思うがどうか許して欲しい」

エルがすっと膝を折る。

「お初にお目にかかります。陛下より銀鳳騎士団を任されております、エルネスティ・エチェバルリアと申します」

「えっーと同じく! 騎士団長補佐のアデルトルート・エチェバルリアです!」

「ははあ、君たちが噂に聞く銀鳳騎士団なんだね。なんというか……思っていたより、その、ずっと若いね」

エルネスティのことを肩書きだけで紹介された人間はだいたい似たような戸惑いを抱く。

ここで直接的にちっさいですねなどと言わないだけウーゼルは理性的だったと言えよう。

「ははは! 見た目に騙されてはならないぞ兄上。銀の長はこれで我が国でも有数の腕利きだからな!」

それも知人ならば遠慮もなくなってゆくものである。

「それほどなのかい。にわかには信じられないよ……確かに伝え聞く活躍からするに、そうあっておかしくはないのだけど」

「先王陛下の御代より騎士団をお預かりしておりますれば、その立場に恥じぬよう働いたまででございます」

「そんな感じです!」

「それだけの働きができるということは相応の実力あってのことだよ。ところでひとつ聞きたいことがあるのだけど」

先ほどからウーゼルの視線はエルたちを通り過ぎ背後へと向けられている。

「この幻晶騎士……なのだよね? もしかして」

「ああ、銀鳳騎士団旗騎イカルガ、この状態ではマガツイカルガだったな! この銀の長の乗騎にして我が国で最強を誇る機体だ、兄上」

「ははぁ……」

ウーゼルは感じ入ったようにイカルガに歩み寄ってゆく。

「寝台の上ですら風の噂に聞いていたよ。ただしほとんどは夢物語のような話ばかりだったけど」

「確かに伝聞では信じがたいかも知れないな。だが概ね真実だ、一部は俺がこの目で確かめている。そもそも兄上に嘘をつくわけがないだろう」

「それはそれで恐ろしい気がするね」

何せウーゼルが聞き知っているのは大森海の奥で大暴れしたとか西方の戦争で百機斬りを達成したとか竜に勝ったとか世界を救ったとか、与太でなければなんなのかという話ばかりだからだ。

エムリスが嘘を言っている様子がないのがむしろ怖い。

彼はイカルガの足元までふらふらと近づき、そこでふと我に返った。

「ああすまない。他人の乗騎をじろじろと見るのは失礼だったね」

「いえいえ、僕にとっても自慢の愛機です。どうぞ心ゆくまでご覧になってください」

「そうか。では厚意に甘えさせてもらうよ」

イカルガを眺めるウーゼルを見て、なんだかほっこりしているエルにエムリスが声をかける。

「ところで銀の長。親父の用はいいのか」

「急ぎということもありませんし。何よりイカルガを楽しんでいただけているのに放っておくことなどできません!」

「ううむ……」

相変わらずエルの価値判断はズレている。

しかしエムリスにしても、嬉しそうなウーゼルの様子を見れば止めるのも躊躇われた。

仕方なく近くにいた侍従に言伝を頼む。

父王もウーゼルのためとあれば多少は融通を利かせてくれるだろう。

「見れば見るほど変わった姿だね。飛翔騎士といったかな、背中側にいるほうはなんとなくわかるのだけど。前の恐ろし気な機体も相当に変わっているね!」

「むむむ、イカルガの素敵さを 理解(わか) っていただけますか! もしやウーゼル殿下も幻晶騎士がお好きなのでしょうか」

「好き……どちらかというと憧れが強いかな。そもそも私の弱った身体では訓練を受けることもままならなかった。私とて王家に生まれたものだからね、叶うならば騎士たちの先頭に立ってみたかったものだよ」

眩し気にイカルガを見上げる。

「こうして良い武具を前にすると力をもらえる気がするんだ」

「理解ります……人型兵器はとても健康にいいですよね」

アディはなんだか根本的なすれ違いを感じてならなかったが、エルが楽しそうなのでまぁいいかと気にしないでおいた。

「是非イカルガの全てをご覧いただきたいところですが……本機は少々特別な仕組みになっていまして、他の幻晶騎士と同じようには動かすことができません。ですので乗って動かすことまではご容赦いただきたく」

「はは。疎いところのある私だけど、さすがに他人の乗騎を勝手に乗り回そうとは思わないよ」

そうしてウーゼルはふと、イカルガの頭部に目を留めた。

怒りを湛えた表情を象った面覆い。

それだけでも恐ろしげであるのに、さらには六臂を備えた異形の機体である。

今は背後に飛翔騎士が接続され異形化はなおさらに進んでいた。

「ああ……“最強”か」

彼の視線には、決して届かないものを見つめる渇望が確かにあった。

その時、視線の先でイカルガの首がわずかに動く。

眼球水晶の冷たい光が睨み、彼は驚きにビクりと跳ねた。

慌てて目を擦るが、イカルガの首は元の位置のまま。

まるで幻覚か何かを見ていたようだった。

「いきなりどうしたのだ兄上」

「いや……はは、少しはしゃぎすぎたかな。疲れたのかもしれない」

「む、それはいかんな。無理をする必要はない、部屋に戻るとしよう。遠乗りはまたの機会にする」

「いいのかいエムリス。そろそろ息がつまっていたのだろう」

「なんのこれしき。俺の気晴らしなどより兄上の身体の方が大事だからな」

そうして二人は城へと戻ってゆく。

歩き始めたところでエムリスはエルへと振り返った。

「そうだ銀の長。せっかくだから遠乗りの時には付き合わないか? 動くイカルガの姿を見せてやりたい」

「はい! 喜んでお供いたします」

「うむ、決まりだな」

イカルガを動かせと言われればエルは二つ返事で頷く。

エムリスたちを見送った後、エルはウキウキ気分のまま国王への報告に向かったのだった。