軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#198 久方ぶりの

近衛騎士たちの乗る 飛空船(レビテートシップ) に先導され、一隻の船がフレメヴィーラ王国の都カンカネンへと近づいてゆく。

街の姿が露わになるにつれ、船橋にある船長席にふんぞり返っていた偉丈夫が身を乗り出していた。

「おお! 懐かしきは我が家だな! 俺が今帰ったぞ!」

「あんだけほっつき歩きまくりの若旦那でも、家に帰って嬉しいと思うもんですか」

部下の疑問を聞きつけたエムリスが眉根を寄せる。

「失敬だな。俺は見聞を広めるのが好きなだけで、別に家を嫌っているわけではないぞ」

「ものは言いようですねぇ」

仮にも一国の第二王子ともあろう人間が思い付きで飛空船を無断拝借して空飛ぶ大地へ向かうのを見聞を広めるとは言わない。

「……ふっ。いまだけ王子じゃなくなったりしないか。しないか……」

「なんてこと言ってんですかいこの不良王子」

これまでは部下と手紙を挟んでたっぷりと叱られてきたエムリスであったが、この後はとうとう本人と顔を合わせるわけである。

そう考えると久方ぶりの故郷の景色もなんだか色褪せてゆくようだった。

何せ アーキッド(キッド) という無敵の盾があったクシェペルカ王国とは異なり、ここは彼の身一つで矢面に立たねばならない。

「言われた通り魔王国の立ち上げに尽力したのだから、それで何とか誤魔化す方向でゆくか!」

「じゃっかん格好悪い必死さですね」

「他人事だと思ってお前」

部下とわいわい言い合っている間に飛空船は王城シュレベール城の一角へと降りたっていた。

すぐに迎えの者たちが城内から現れる。

「若旦那、あなたは仕えやすい良い主でしたよ」

「まるで今から死ぬみたいな振りはよせ」

「往生際よく逝きましょう?」

飛空船から降りるための 舷梯(タラップ) が監獄への道に見えてきたエムリスなのであった。

「エムリス殿下、お戻りになられました!」

王城シュレベール城へと足を踏み入れたエムリスはそのまま城内の一室へと案内されていた。

諸貴族を集める謁見の間ではなく、王族の私的な目的で使われる場所である。

つまり公にしづらい説教にはうってつけというわけであった。

「ふっ……逃げも隠れもしない! いざ尋常に……!」

「帰るなり何を騒いでいるのか」

懐かしい声が聞こえる。

エムリスの頭の中で戦いの始まりを告げる喇叭の値が響き渡った。

「親父……! ただいま戻ったぞ」

「久方ぶりだ。ずいぶんと羽根を伸ばしてきたようだな、エムリス」

「ま、まぁなんだ。見聞を広めてこようと思ってな」

「 西方諸国(オクシデンツ) を飛び出るほどとは、お前の見聞もまったく大層広まったことであろう」

国王リオタムスはひとつ溜め息を漏らすと手近な椅子に腰かける。

「ああ! 空飛ぶ大地は実に刺激的な場所だったぞ。土産話が山のようにある!」

「十分だ。手紙だけでも気分が重かったというのに、この後騎士団から話を聞かねばならん」

「うむ……」

この後に銀鳳、紅隼、白鷺騎士団の長がそろい踏みで報告に上がる手はずになっている。

手紙などであらましは知っているとはいえ、どんな言葉が飛び出すのかリオタムスは既に気が重い。

「それにしてもクシェペルカの再興に続き、今度は一からの建国に立ち会うとは。お前はまったく運が良いやら悪いやら」

「立ち会ったというか、今回は親父の指示で死ぬほど働かされただけだが」

「よい経験になっただろう」

エムリスは当時のことを思い出して渋面を浮かべた。

確かに価値ある経験ではあったが当人にとっては書類地獄でしかない。

「ああいった仕事は俺には向いていないがな!」

「では、誰なら向いているのかな?」

その時、リオタムスのものではない涼やかな声音が答えを返した。

耳にした瞬間、エムリスは目を見開いて振り返る。

王族しかいないはずの部屋に現れた新たな人物。

リオタムスやエムリスに似た雰囲気を纏いつつも、線が細いを通り越して痩せ衰えた身体。

こけた頬に浮かんだ穏やかな笑みを目に、エムリスはしばし呆気にとられ、そして急に我に返った。

「……ウーゼル兄上!? 何故こんなところに! 身体は良いのか!?」

ここに 父親(リオタムス) がいることも忘れて駆け寄る。

身体を支えようと差し出された手を彼――フレメヴィーラ王国第一王子“ウーゼル・ファルク・フレメヴィーラ”はやんわりと止めた。

「久しぶりなのに何故とはご挨拶だよエムリス。ふふ、気持ちはわかるけどね」

「あ、ああ……すまない兄上。突然のことだったから慌ててしまったようだ」

「驚かせようという思いは否めなかったよ。とはいえ少し効きすぎてしまっ……コッ」

にわかにウーゼルが咳き込む。今度こそエムリスが駆け寄り背を支えた。

ウーゼルはしばらく咳を続けた後、ようやく息を落ち着ける。

「兄上! 誰かあるか! 医者を早く……!」

「……くふっ、大丈夫……それには及ばない。ふぅ、見苦しいところを見せたようだ」

「何を言っている! 気にする必要なんてない。それよりも無理はしないでくれ。兄上の身体こそ何より大切なのだぞ」

「その通りだウーゼル。今は多少持ち直しているとはいえ、そもそも失われた体力が戻ったわけではないのだからな」

「わかっています父上。しかし最近は今までにないほど苦しさがないのです。なのに横になっているのが勿体なく思えて」

「……そうだな。とはいえ無理をしてまた倒れるのも本意ではあるまい」

「ああ、嬉しさのあまりはしゃいでしまったようです。お恥ずかしい」

ウーゼルは父の言葉に頷き、近くの椅子に腰かけた。

「そういえば聞いたよ。エムリスは大冒険をしてきたんだって? どんな所に行ってきたんだい」

「ああ……」

視線でちらとリオタムスに問いかければ小さな頷きが見えた。

国王を相手には土産話は不要のようだったが、求められたとあれば話すに否やはない。

「そう、あれは俺がクシェペルカ王国の最新鋭飛空船を持ち出したところから始まるんだが……」

話はかいつまんでのものだったが事が事である。

長話をウーゼルは退屈した様子も見せず時に楽しみ、時に驚き聞いていた。

しかしそれも途中まで。

話がパーヴェルツィーク王国と衝突し、さらに事態が 魔法生物(マギカクレアトゥラ) との戦いへと進んでゆくあたりで彼の眉間に皺が寄ってゆく。

「どうしたのだ兄上。もめ事の話が多くなってつまらないのか」

「そんなことはないよ。他国との争いもさることながら、その凄まじい魔獣……魔法生物との戦いというのが特に興味深い」

「確かに凄かったぞ! まぁ実際に戦ったのは銀の長だがな」

「指揮官とはそういったものだよ。 西方諸国(オクシデンツ) の命運を背負って戦うなんて武人の本望だろう、憧れるよ。……私のこの身体では魔獣と戦うなんて到底できそうにないからね」

ウーゼルのこけた頬に浮かぶ笑みが深くなる。

エムリスが言葉の継ぎ先に迷った。

「笑っても良いのだよエムリス。フレメヴィーラ王国にあって魔獣の一匹も相手にしたことの無い、不甲斐ないこの身を」

「如何に兄上自身の言葉でも! それは許しがたいな!」

珍しく荒い弟の言葉にウーゼルは驚くとともに微かな怒りを覚えた。

痩せ細った兄、頑健そのものな弟。

それだけ恵まれておきながら、自虐の言葉すら許してくれないというのか。

「兄上は病魔という、魔獣などよりはるかに恐ろしく困難な相手と絶えず戦い続けてきたのだ! 尊敬こそすれ笑うはずなどない! どうか胸を張ってくれ」

ウーゼルの表情がつかのま困惑に染まった。

その様子を見ればエムリスが本気で憤慨しているだろうことがありありと分かる。

身体の頑健な人間は思考までもまっすぐになるのか。

それとして王族としてはまっすぐすぎる気性はいかがなものかとも思う。

ややあって困惑を消し、元通りの笑みを浮かべた。

「……ありがとうエムリス。その言葉、胸に刻んでおくよ」

その時、傍らで静かに話を聞いていたリオタムスが顔を上げる。

「さて。エムリスを驚かせるのはこれくらいで良いだろう、ウーゼル。たっての願いで時間を設けたが……こやつにはこれから少々話があるからな」

「承知しました父上。ではそろそろ失礼いたしましょう」

「ああ。人をつける」

侍従を呼びウーゼルにつける。

彼らが部屋より去ってよりしばらくして、ようやくエムリスが口を開いた。

「空飛ぶ大地なんかよりよっぽど驚いた。兄上が屋敷を出たところを見たのは一体何年ぶりか……。もしかしたら初めてかもしれん」

「そうだな。そして話というのは他でもない」

リオタムスの表情にはわずかな苦悩が含まれている。

皆まで聞かず、エムリスは話の内容を察していた。

「……もしや兄上に何か?」

「さすがにわかるか」

リオタムスは吐息をついて椅子にもたれかかる。

「ウーゼルは病弱だ。どこをと言わず身体そのものが弱く、長すぎる時を療養院の寝台の上で過ごしてきた……それがここ数日ほど急に元気になり、城に顔を出すようになった」

「そんなにいきなり直ったのか!? どんな奇跡が起こったのだ」

リオタムスはゆっくりと首を横に振った。

その瞳に浮かんだ諦観の念を見て取り、エムリスが表情をこわばらせる。

「まさか……」

「そのまさかだ。あれはもう長くない。医者の見立てではいつ何時旅立ってもおかしくはないだろうと」

「馬鹿な! さっき会った時はあんなに元気そうに……!!」

「あれは蝋燭の最後の一瞬きのようなもの。最後に残りを一気に燃やし尽くそうとしているからこそ立ち上がったと。だからこそ私はあれにいかなる自由も許したのだ。それがせめてもの……」

エムリスが机を叩いて立ち上がる。

「本当にどうにもならないのか、親父!」

「ならん。もはや天命という他ない。いかなる危険も心得次第で遠ざけることができるだろう、しかし備わった命の長さまではどうにもできんのだ」

力なく、エムリスが椅子に身を沈めた。

人の力は有限だ。

どれだけ剣を修め、 幻晶騎士(シルエットナイト) という巨大な力を操ろうとも寿命に抗うことはできない。

「……私は父親として甘く、さらに国王としても無能の誹りを免れないのだろうな」

リオタムスの吐いた息はあまりに重く、苦い諦めに満ちていた。

「ウーゼルは、もっと早く継承権を外すべきだったのだ。後はただその命の続く限りを思うまま過ごすだけで良かった。ありもしない希望に縋りつき、都合の良い明日を望み……叶うことの無い、王位のための努力をあれに強い続けてしまった」

「それは……!」

「後悔とは、それを覚えた時には既に手遅れであるものだな」

顔を上げる。

そこには既に父親としての苦悩はなく、為政者としての厳しさが満ちていた。

「だが我らはこの国に王としてある。ゆえに為さねばならぬことがある」

「止めてくれ親父!」

「エムリスよ。もしも第一王子が王位を継げなくなった場合は第二王子であるお前の王位継承権が繰り上がることになる」

「親父……親父。頼む。それ以上……言わないでくれ」

それは常に強気なエムリスにしては珍しいことに縋り付くような声音だった。

「しっかりとせんか! ここで弱気を見せるのはウーゼルに対し失礼であろう!」

一喝され、エムリスが身を震わせる。

ウーゼルが自身の身体について何もわかっていないはずなどない。

だからこそ彼は最後に外に出て話を聞くことを選んだのだ。

そしてリオタムスが父親として国王として、如何なる覚悟で話しているのか。

しばし口を閉じ悩んだ彼の脳裏を敬愛する祖父の言葉が去来する。

「……わかった。格好悪いところは見せられねぇ。そういうことだったな」

エムリスは姿勢を正し深く頭を垂れた。

「陛下。エムリス・イェイエル・フレメヴィーラ、この身命をとして励むことを誓います……!」

「頼んだ」

この時から彼は人が変わったように政治について意欲的に学び始めた。

周囲には理由を察したものも当然いたが、表立って騒ぐようなことはしなかった。

西方諸国を覆う激動の嵐の裏で、静かにゆっくりと変わりゆくものもある。

「なんだいこれは」

デシレア・ヨーハンソンは訝しんだ。

ここ銀鳳騎士団へと送り出されてからこちら、何度この言葉を発したかもわからない。

銀鳳騎士団とは驚きの連続なのではなく、まともなもののほうが少ないと表現した方が真実に近いからである。

「ううむ、なんてぇ説明したもんか。おい坊主」

ダーヴィド・ヘプケン。

銀鳳騎士団鍛冶師隊の長であり、もはやフレメヴィーラ王国有数の腕前を持つと言って良い男が、自らの手による作品について言い淀み傍らに問いかけていた。

当然そこには小さくて銀色の、 だいたいの混乱の原因(エルネスティ) がいつものように笑みを浮かべている。

「柱です」

「そんな見たまんまの説明を聞いてるんじゃないんだけどねぇ」

確かにそれは、やや変化がついているものの円柱と呼ぶほかない形状をしていた。

そうですね、と前置きしてエルが詳しく語り始める。

「これは推進器の強化について考える際に、案のひとつを形にしたものです。簡単に言えば推力に必要な機能以外を極限まで削ってあります」

円柱状の機体の先端部には吸排気機構と 魔力転換炉(エーテルリアクタ) のみが備え付けられ、その後方には 魔力貯蓄量(マナ・プール) に特化した 板状結晶筋肉(クリスタルプレート) がぎっしりと詰まっている。

さらに最後方には飛空船用の大出力マギジェットスラスタが鎮座している――それだけなのである。

「……はぁ。エスクワイアだって相当に奇妙な代物だったけど……カササギって例があったにしてもさね。こいつに至ってはもう口が裂けたって幻晶騎士なんて言えやしないよ?」

それは異世界であればロケットブースターに近いものとして認識されたであろう代物だった。

だとしても粗削りに過ぎ、この世界の人間からすれば正気の産物とは思えない。

どれだけ好意的に解釈したとして、 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) すらないのではエスクワイアとしても使い物にならないのだから。

「これ自体は推進力を取り出すための機構であって、幻晶騎士であるとは僕も考えていません。エスクワイアよりもむしろ転換炉を載せた 魔導兵装(シルエットアームズ) といったほうが近しいかもしれませんね」

「何を言われているのかさっぱり理解できないよ……」

「そうか? 爆炎の魔導兵装で空を飛びますって言われた時よりゃわかりやすいぞ」

「そんなのと並べないでおくれ」

「大気圏内では十分な性能があるのですが、問題はエーテル圏内での挙動ですね。エーテルそのものは“ 嵐の衣(ストームコート) ”を応用することである程度除去できるのは実証済みですが、そうなると推力に使用する大気が不足してくるのです」

「まさかこれ、実際に動かしたのかい?」

「そりゃ当然作ったからにゃあ試験だろ。ま、坊主とイカルガがねーとまともに動かせなかったがな」

「むしろ曲がりなりにも動いたってのに驚くよ……」

「現在のジェット推進モドキではどうしても限界がある。やはり推進剤を内蔵するしかないのでしょうか。むしろエーテル側からの取り組みが欲しいところですね。つくづく専門家の意見を伺えないのは惜しい。とはいえ彼に頼るわけにもいきませんし……」

ぶつぶつと物思いに沈むエルを遠巻きにしながら、デシレアは恐るべき予感に身を震わせる。

「しかしあれ放っておいていいのかい、ダーヴィド。きっと酷いことになるよ……」

「慌てるのはどっかに着地してからでも遅くはねぇ」

「手遅れになっても知らないからね?」

世界の変化などまるで関係なく、銀鳳騎士団はいつもどおりにエルの望むまま、あらぬ方向に突っ走り続けているのであった。