軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#195 建国宣言

「はぁ。なんとかなったぜ……。だから俺は鍛冶師であって 騎操士(ナイトランナー) じゃねぇっての……」

大地に刻まれた一筋の傷。

豪快に地面を滑走した 竜騎士像(ドラゴン・ヘッド) から、這う這うの体で脱出したオラシオが大きく伸びをする。

ここしばらくの嵐が嘘のように空は晴れ渡っている。

吹き荒れていた濃密なエーテルもすっかりと薄れ、呼吸にもまるで問題がなくなっていた。

「しっかしあんなもんが出来上がるとはね」

空飛ぶ大地の中心、かつて“禁じの地”と呼ばれた場所には今、新たな 源素晶石(エーテライト) 塊が突き出していた。

源素晶石らしくうっすらと虹色の光を放っているのはいつも通り。

以前よりも一回り以上巨大になっている上に、内部に取り込まれた 飛竜戦艦(リンドヴルム) の骸がうっすらと透けて見えるのが大きな違いだった。

「やり切ったかぁ。作戦とも言えないようなデタラメの突貫工事だったがやり切っちまった。おお怖い怖い。やっぱり世の中平和が一番ってぇことですわな」

飛空船(レビテートシップ) の生みの親にして飛竜戦艦、 竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ) の設計者である彼は、現在最も力のある技術者の一人である。

戦が起これば間違いなく兵器の設計を要求されることになり、出資者の要求とあれば嫌々ながらも応じなければならない。

それは彼の望むところではなかった。

ちなみにこれは彼が平和をこよなく愛しているということでは全くなく、単にそんな面倒なことをしたくないだけである。

彼本来の望みである“果ての探求”に乗り出すためには兵器開発なぞ邪魔で仕方がない。

“ 流星槍作戦(オペレーション・バスターランス) ”の途中に垣間見た、“果て”の景色は未だ瞼の裏に焼き付いている。

それが消える前に再びあの場所まで辿り着き、越えねばならなかった。

「まぁずは 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) の改良だな……あんな高さまで上がるには相当いじくらないといけねぇぞ」

彼の頭の中で様々な試作案が浮かんでは消えてゆく。

“流星槍作戦”はまさしく力技もいいところで、ありていに言えば微塵も再現性がない。

再び辿り着くためには相当な技術的革新が必要となるだろう。

だが不可能ではない。それだけで彼は身震いを抑えきれないでいた。

「問題はどう金を出させるかだが……。よし、“ 魔法生物(マギカクレアトゥラ) ”の脅威がなんたらと吹き込んでみるか!」

その時、背後から重々しい足音が聞こえてきてオラシオは振り返った。

「ん? ようやっと迎えが来たか……」

そこにあったのは一騎の 幻晶騎士(シルエットナイト) 。

――全身くまなく剣を装着した、異様極まる装備形式の黒い騎体。

オラシオは知っている。

それは 西方諸国(オクシデンツ) 随一の知名度と危険度を誇る、剣の魔人――。

「……んぎげぇっ!? お前、マルドネスの倅かぁっ!?」

「ご名答っさ! 久しぶりじゃねぇかぁ、鍛冶師よぉ!!」

胸の装甲が開き操縦席からグスターボが躍り出てくる。

幻晶騎士の胸の高さから何事もなく降り立ち、まるで友人に話しかける気さくさで歩み寄ってきた。

「いよう裏切り者、待たせちまったかぁ? これでもこの大地にいるって聞いてから、ずいぶん探したんだぜェ」

オラシオは脂汗を流しながら 後退(あとずさ) る。

“グスターボ・マルドネス”――先の 大西域戦争(ウェスタン・グランドストーム) から現在に至るまで逸話には事欠かない人物である。

曰く、弱り果てたジャロウデク王国がもてる唯一の刃にして最強の剣。

西方諸国全体で見ても最上と言える腕前を誇りながら、その技量に反するように性格は凶悪そのもの。

剣に魅入られ、剣を振るうためだけに生きる魔人。

オラシオはかつてジャロウデク王国に雇われていたことがある。

先の戦にて飛空船を実用化したのがまさにジャロウデク王国であり、かの国の力あればこそ日の目を見たと言ってもよい。

にもかかわらず彼は、負け戦とみるやさっさと見限って逃げ出してきた。

取り繕いようもないほどの裏切り行為をやらかしているのである。

それゆえにオラシオは別の大国に身を寄せ、その庇護を必要としていたのだが。

黒塗りの刃はいつの間にか背後まで忍び寄っていた。

逃げ出すか、一瞬だけ思案してすぐに諦める。

抵抗は無意味である。グスターボであれば三歩歩く間にオラシオを切り刻むことだってわけはない。

「……俺を殺しに来たのか。贅沢な話だなぁ、黒の狂剣さんよ。あんたほどの使い手を暗殺者にするなんて」

「別にぃ、国から言われたわけじゃねっさ。俺っちぁここに石拾いに来てんだからよ」

「なに? じゃあ何故俺のところに来たんだ」

「正直ついでみてーなもんだが……挨拶は大事だとおもってよ」

「挨拶だぁ?」

「おう。んじゃしっかり受け取れ。こいつが…… 義親父(おやじ) からの、一言だっぜ!!」

グスターボがいつ動き出したのか、オラシオはついに気付くことはなかった。

次の瞬間には渾身の拳が頬に炸裂し、彼は錐もみしながらぶっ飛んでいたからである。

べちゃりと地面に叩きつけられビクビクと痙攣するオラシオを眺めて、グスターボは満足げに額を拭った。

「ふぅ~。いっやぁ~すっっっきりしたぜ~!! 安心しろい、殺しゃあしねぇ。今の雇い主がいるんだろ? まだ喧嘩売るにははえーからよ。いざとなったら真っ先に斬ってやっから楽しみにしてろい」

完璧に気絶しているオラシオには聞こえてやしないだろうが。

グスターボは爽やかに深呼吸をする。空気がおいしい。

「さって。なんだか空も晴れたしよう、適当なとこに放り込んだら帰っか! ずいぶん働いたっしよ、こりゃあ国許に戻ったら新しい戦場を用意してもらわねーとなぁ! 活きのいいヤツが斬りてぇっぜ!」

グスターボは適当にオラシオの足首を掴むと、乱暴にずるずると引きずっていったのだった。

しばらく後。

オラシオの行方を捜索していたパーヴェルツィーク王国の騎士たちは、拠点近くの森の中で蔦に絡まって逆さ吊りになっている彼の姿を見つけ出した。

何やら頬を強くぶつけたらしくやたらと腫れあがっていたが、意識を取り戻した後も、彼は脱出時の事故とだけ言って詳しくは語らなかったという――。

「……納得がいかん」

エムリス・イェイエル・フレメヴィーラはぼやいていた。

頬杖がめり込む。体格に見合っていない彼の机は大量の書類によって埋め尽くされていた。

彼には政治がわからぬ。

いや国許でも留学先でも叩き込まれてきたが、自分には向きではないと考えている。

机仕事なんぞよりも前線で剣を振っているほうがよほど性分に合っていた。

それとしてこの仕事には納得がいかない。何故ならば。

「そもそもといえば、やらかしたのはほとんどがエルネスティだろう! なぜ俺たちが書類の山と格闘せねばならんのか!?」

「そりゃまー。事の起こりは俺たちが飛び出したことにあるからじゃないですかね」

「キッドよ、お前は誰の味方なのだ?」

「後片付けやれば色々と不問にしてくれるってことですから、ここは大人しく頑張っておきましょうよ……」

フレメヴィーラ王国、クシェペルカ王国双方の同意の下、エムリスと アーキッド(キッド) には事後処理という名の頭脳労働が課せられていた。

やらかしたことを罰するよりも後始末の経験を積ませようという考えがあったのだろう。

しかし起こったことは大きすぎ片付けるには絶望的に人手が足りなかった。

おかげで二人はここ数日の間、缶詰状態である。

「こういうのは銀の長にも手伝わせるべきだ。よしそれがいい!」

ペンを放り投げて壁にぶっ刺すと、椅子を蹴立てて立ち上がる。

キッドが眉をひそめて睨んできた。

「逃げないで下さいよ。サボったら俺も怒られるんですから」

「なんとかなる! それに エレオノーラ(ヘレナ) ならば怒っても加減してくれるんじゃないのか?」

「ヘレナが怒ると悲しそうな顔のまま黙られるんで、下手に怒鳴られるよりきついんですよ……」

「……そ、そうなのか。とりあえず銀の長を捕まえたらすぐに戻ってくる。アイツがいればこの程度の書類仕事、すぐに片付くだろうからな!」

「はぁ。あんまり長く出てると大旦那に報告しますからね」

「お前もだんだんえぐい手を使うようになってきたな……」

なんとかキッドを丸め込むと、エムリスは肩を回しながらエルネスティのもとへと向かうのだった。

飛翼母船(ウィングキャリアー) イズモ、中央船倉。

いまこの船は地上に降り、銀鳳騎士団の臨時拠点として機能している。

そこには エルネスティ(エル) に アデルトルート(アディ) 、親方とディートリヒ、エドガーと首脳陣が勢ぞろいしていた。

中隊長や伝令役まで控えさせていると船橋では手狭になるため、最近は専ら船倉の一部を占拠して仕事場にしている。

「やれやれ。飛空船は損失なしの消耗山盛り。飛翔騎士は損失を含め結構手痛い損害だとなぁ」

「とはいえ人員の損害はありません。 西方世界(せかい) を救った代償としては慎ましやかなものですよ」

「さすが飛竜を突っ込ませた大団長は言うことがちげぇ」

親方が報告書を丸めて投げ捨てた。

何かこう、色々とまじめにやるのが馬鹿らしくなってくる。

「経験を積むという意味ではこの上ない機会であったけどね」

「そいつぁ斜め方向に前向きなこって」

他国との協働、未知なる“魔法生物”との戦い。

さらには未曽有の“ 天候操作級魔法(ハザード・スペル) ”との遭遇など、短期間に危険すぎる修羅場が目白押しだった。

紅隼、白鷺騎士団の新人たちも否応なく成長したことであろう。

そもそもこれほどの事件を経験する騎士というのが世界にどれほどいることか。

彼らは既に立派な一人前の騎士である。

きっとこれからも大事件のたびに最前線に放り込まれるのだからして。

「問題はこの空飛ぶ大地が 西方諸国(オクシデンツ) に広く知れ渡ったことでしょう。“魔法生物”が眠る危険な地においそれと手出ししてもらっては困るところですが」

「……その辺は若旦那に頑張ってもらおうぜ。少なくとも鍛冶師の仕事じゃあねぇよ」

親方は鎚も握らずふんぞり返っている。

帰ってきたマガツイカルガニシキの補修を含む作業は、デシレアに経験を積むことになるとか何とか言って投げつけてきた。

そもそも彼は流星槍作戦の準備で飛竜戦艦を突貫工事で改修したのである。

よって今は自由を謳歌してもよいのだ、とは本人の談であった。

あれこれと話していると、アディがするりとエルを抱きしめてきた。

「エル君、私もがんばったからご褒美が欲しいなって」

「そうですね。アディにはいつも助けられていますから。僕が出来ることなら……」

「うんうんできるできる。だから今日は一日たっぷりとエル君を堪能します」

「……えーと」

「うひふふふ……思う存分すりすりしてうにうにしてえるえるするんだ……」

「親しき仲にも礼儀とか、そういうものは」

「夫婦だから大丈夫大丈夫大丈夫」

なにが大丈夫なのかはわからなかったが、異様にがっちりとエルをつかんで離さない。

恐ろしいのが強化魔法の類を使っていないのにこの膂力であることだった。

これはもうダメかもしれない。

抱きかかえられたまますすすと部屋に移動し始めて、エルが慌てて止めた。

「落ち着いてくださいアディ。まだお仕事が残っているかもしれません……」

助けを求めて周囲を見回す。

「こっちは坊主がいなくとも大丈夫だ。つうかいねーほうが仕事が減っていい」

「大船に乗ったつもりで我々に任せてくれたまえよ」

「魔法生物との戦いでは助太刀できなかったからな。こちらで頑張らせてもらおう」

「……うん、心強いですね……」

「ふふー。皆ありがとう~それじゃ!」

微妙に納得いかない表情のまま、エルが運ばれてゆく。

ご機嫌なアディが部屋に向かっていると、並んだ荷物の向こうからやってきた大柄な人物と鉢合わせした。

エムリスである。

「おう銀の長、丁度いいところに! ちょっと書類整理が大変だから手伝えいやなんでもない! 失礼したな!!」

「…………」

アディと目が合った瞬間、エムリスは猛速で回れ右をキメた。

後に彼は述懐する。

あの時わずかでも撤退が遅れていれば、俺は世にも惨たらしい死に様を晒していただろう――と。

結局、エムリスとキッドは必死こいて仕事をこなした。

「どうしたのだ、フレメヴィーラの王子。何やらやつれているように見受けるが」

「……気にするな。ここのところ少々根を詰め過ぎただけだ」

フリーデグントは頷いた。

彼女自身、後始末のために山のような仕事を片付ける羽目になっておりとても他人事とは思えない。

「端から片付けているというのに、まるで終わったという気がしない」

「同感だ」

「こんな時にエチェバルリア卿は何をしているのだ。あやつがいればもっと手早く終わりそうな気がするが」

「…………命が惜しくば今のアイツに関わらないことだ」

やけに必死なエムリスの様子をわずかに訝しむが、深くは尋ねなかった。

いずれにしろエルネスティは他国の人間である、何かしら事情があるのだろう。

「とはいえ苦労の甲斐あって、こうして草案は出来上がったわけだが」

そう言ってエムリスはやたら分厚い紙束を無造作に机に投げた。

作成には彼自身もたっぷりと関わっており、内容はほぼ頭に入っている。

ついでに嫌な記憶が湧きおこってくるのでなるべく読み返したくはなかった。

「空飛ぶ大地の未来を決める 標(しるべ) か。しかし良かったのか。これを我々に考えさせても」

フリーデグントではない、もう一人の人物に話しかける。

小王(オベロン) は一人優雅に硝子杯を傾けていたが、問われてゆっくりと頷いた。

「良いも悪いもないものだねぇ。こいつは西方人向けの代物だ。ハルピュイアにせよ私にせよ、疎い人間にやらせる気かね? それは薄情というものじゃあないか」

けらけらと笑って答えるが、眼だけは欠片も笑っていなかった。

「何せこの大地の存在を知る人間がずいぶん増えたらしいからね」

“魔法生物”――光の柱が大地へと戻った後。

沈下を続けていた空飛ぶ大地は突如として浮上に転じ、ややあって元の高度まで復帰した。

それに伴っていくらか移動し、ある程度元の場所に近づいたものの結局は今も西方諸国の南方に引っかかっている。

既にこの大地の存在は広く周知されてしまっていた。

「聞くところによれば、どうやら“流星槍作戦”の一部始終が目撃されていたらしいな」

「それはさぞかし愉快な出し物だったことだろうねぇ」

ついに堪えきれないとばかりに小王が破顔する。

無理もない。

謎の空飛ぶ大地に嵐を呼ぶ光の柱、ついには天から巨大な結晶が流星となって落ちてきたのだから、それはもう最高の演目だったことだろう。

「笑い事ではないぞ。おかげで慌てて対策をまとめる羽目になったのだ」

フリーデグントがうんざりとした様子で呟く。

派手であればあるほど強く好奇の目を引くことになる。

大地の周囲が飛空船で埋まってしまう前に、彼女たちは動く必要があった。

「くくく……これから来る客が賢明であるはずなどないからねぇ。うっかりと“魔法生物”の眠りを妨げてもらっては困る」

あれほど苦労し、数多の犠牲を支払ってようやく大地に還したのである。

事情も知らぬものに台無しにされたくはない。

「結局、源素晶石の自由生成はかなわぬ夢だったしな……」

切り札となるはずだった源素晶石の生成技術。

それが没となったのは、至極単純に使える人間がいなかったからである。

「ははははは。さすがは我が不倶戴天の仇敵、エルネスティ君だ。まさかエルフである私にすら扱えない術式を仕上げて来るとはね。彼の頭は大丈夫なのかい?」

「……奴はいつもあんな感じだよ」

魔法能力の高さを誇るエルフが使えない時点で、たいていの人間種族にとって使えない代物である。

「それも許しがたいことであるから研究は続けるともぉ。いずれは“魔王”にでも載せてみるつもりだが……君たちの寿命のうちには完成しないかもしれないね」

「さすがはエルフ、気の長いことだ。しかし残念なことに俺たちは喫緊の問題について話し合っている」

ちなみにこの術式を組み上げた本人であるエルネスティとイカルガが揃えば、実行可能である。

しかしたかが源素晶石のために彼を専属で従事させるのはあまりにも収支に見合わない。

結局のところ今は実用的ではないということで全員の認識は一致していた。

「大地に埋蔵された源素晶石についても早晩知れ渡ることだろう。これを押さえつけるのはむしろ暴発を招きかねない。緩やかでも取り扱うしかないな」

「交易か」

「結局のところシュメフリークの言った通りになったというわけだ」

西方諸国の国々による採掘を禁じ、ハルピュイアとの交易を通じてのみ源素晶石を流通させる。

シュメフリーク王国がやっていたことを広く適用しようということである。

「……そのために全ての国において空飛ぶ大地に領土を持つことを禁じる、か。しかしよくぞパーヴェルツィークが撤退する気になったものだな。こう言っては何だが貴国の投資を考えれば、本国が納得したとはとても思えないが」

「地面のすぐ下にあんな化け物が埋まっている場所を掘れと? 酒樽に火をつけて飲むようなものだ。 飛竜戦艦(リンドヴルム) を失ってなお学ばない者など我が国にはいない。……そういうことだよ」

おそらくは色々なやり取りがあったのだろう。

フリーデグントの表情は晴れやかとは言えないものだったが、確かな満足を感じさせるものだった。

エムリスはふと小王の後ろに控えるハルピュイアに目をやる。

「それでスオージロよ。お前の群れも“魔王”の下につくことにしたのか」

「爪を交えたわけではない、たまさか風向きが合わなかっただけのことだからな。風は気まぐれだ。同じ向きに吹けば並んで飛ぶこともある」

小王がにぃと笑ってみせる。

「最後まで自らの翼で羽ばたいてみせた、気骨の徹った翼をもっていた群れだ。それに元々西方人との付き合いがあるようだしね、先頭を飛ぶものとして心強いことさ」

西方諸国が動き出した今、ハルピュイアも変化せざるを得ない。

そのためには少しでも経験を積んだものが必要だった。

一連の事件のうち、西方人との付き合いができるハルピュイアは大変に貴重である。

「なぁ、小王。エルフであるおまえがそこまでするのは何故だ? “魔王”の力とお前の知恵があれば、西方諸国に潜り込むことだって訳はないだろうに」

ふとエムリスが問いかける。

小王――秘匿された民であるエルフの出でありながら“魔王”を駆り、ハルピュイアのためならば命を賭して“魔法生物”に挑む。

そこまでする理由が見えなかったからだ。

「ハルピュイアとは我々エルフの血に連なる者たちだからね。遠き昔に分かれ、それぞれの地に合わせた姿を得た。だから彼らの魔法能力は空を飛ぶことに特化している。……あてどなく彷徨い、西方人なんぞとは関わりたくもなかった私だが、遠縁ともなれば話は違ってくる」

「なるほどそうだな。遠かろうと近かろうと縁は縁だ」

小王の言葉に深く頷く。

何しろかつてエムリスは、縁者を救うために隣国の戦に首を突っ込んだことがある。

その意味で行動が似通っていた。

「これからを考えればハルピュイアたちもより戦えるようにしないとねぇ。“魔王”も私も永遠には程遠い。しかもこの大地にはあの厄介な“魔法生物”が眠り続けるわけだからね」

彼らには自らの身を護るとともに“魔法生物”の眠りを監視せねばならなかった。

それは西方諸国とは関係なく、彼ら自身の棲み処を守るためである。

重大な使命として子々孫々まで伝えられてゆくことだろう。

そのためにやるべきことは山積みであった。

そのひとつが――。

「ところで“魔王陛下”よ。戴冠式はいつにするのだ?」

――それは、西方諸国中が謎の空飛ぶ大地の噂でもちきりになっている頃。

突如として各国へと向けてとある書簡が送り付けられてきた。

発信元国家は“魔王国”。発信者の名は“初代魔王”。

その内容といえば――。

ひとつ、“初代魔王”は空飛ぶ大地を領土として、“魔王国”の建国を宣言する。

ひとつ、“魔王国”の住人はハルピュイア族のみである。

ひとつ、“魔王国”は西方の大地を侵すことなく、またいかなる国家による支配も受け付けない。

ひとつ、“魔王国”は交易をもってのみ西方の国々と関わることとする。

ド派手な大事件と共に各国の注目を浴びていた空飛ぶ大地だったが、いきなり聞いたこともない魔王の手によって国が興されたという。

各国が少なからず混乱したのは言うまでもない。

さらに詳しく調べてみれば、かの大地は潤沢な源素晶石を抱えているらしい。

にわかに色めき立った国々の出鼻をくじくような建国宣言であったのだ。

一方的な通告を受けて色めき立つ国も少なくはなかったが、賛同に名を連ねた国々の名を見て目を剥いた。

“パーヴェルツィーク王国”

“シュメフリーク王国”

“クシェペルカ王国”

“フレメヴィーラ王国”

これらの国が“魔王国”を認め、不干渉をもってその守護にあたる――宣言にはそう添えられていたのである。

万が一にも敵に回した瞬間、まず間違いなく死ねる面子であった。

あらゆる国が速攻で拳を振り降ろした。

ジャロウデク王国が元気な頃であればさぞや賑やかだったことだろうと思えたが、意外にも鷹揚な承認を発表していた。

ちなみにあの国は最近、にわかな好景気に沸いている。

削り取られた領土を、再建した飛空船団をもって飛び越えようとしているとの噂が絶えない。

意外といえばもう一国、業突く張りで知られた“ 孤独なる十一国(イレブンフラッグス) ”が賛同に回ったことであろう。

どんな条約にも最後までごねると評判のかの国は、何故か今回ばかりは異様に大人しかった。

少し事情に詳しい者であれば耳にしている。

ごく最近に十一ある旗――連合を構成する都市国家群のことだ――のうちいくらかに大きな政変があったということを。

自国の混乱を収めるのに必死で、外側まで気が回らないというのが本音だろう。

斯くして稀に見る強引さでもって、“魔王国”は西方諸国にその存在を示したのであった。

“魔王国”を立ち上げ怪文書をばらまき、様々な問題を力ずくで片付けて。

細かな調整はいくらでも残っているが、ひとまず緊急を要するところだけ強引にケリをつけた。

そうして約束通り、西方人の勢力はこの大地を去ることになった。

パーヴェルツィーク王国の船は既に次々と出発している。

イズモもまた出立準備を進めていた。

飛空船は概ね無事であるが幻晶騎士の被害がそこそこに目立ち(一体誰のせいなのやら)、撤収作業はそれなりに難航している。

騎士団員たちが慌ただしく行き交う中、別れを惜しむ声も聞こえてくる。

「……お前も……巣に戻るのか」

「ああ。皆国許に戻るからな」

ハルピュイアの 風切(カザキリ) の次列であるホーガラとキッドが話している。

キッドはここしばらくの書類仕事から解放されてとても爽やかな様子であった。

「若旦那に付き合っての冒険だったけど。とんだ大事件になっちまったもんだ」

そもそも彼らが勝手に“冒険の旅”に出たことから始まった事件である。

気付けば世界を救う戦いに首を突っ込んでいたり、ずいぶん酷いことになっていた。

「勝手に現れて、勝手にいなくなるのか。お前の翼を縛るものはないのだな」

「まぁ、ちょっとお節介だったかもだけどさ。でも良かったよ。俺たちの勝手がホーガラたちを助けられたんだから」

もしもエムリスが冒険に飛び出していなければ。

もしもそれをエルネスティが追ってこなければ。

西方世界は知らぬ間に破滅的な結末を迎えていたかもしれない。

そこには確かにハルピュイアも巻き込まれていたのである。

「……フン。やはり西方人というのは嫌いだ」

「おいおい。そりゃあ嫌な奴もいただろうけど。翼を並べるに足る奴だっていただろう?」

自分のように。自信満々のキッドの様子を見てホーガラは口を尖らせた。

「勝手に助けられた方の気も知らないで……」

「ええ……んなこと言われたって。困ってたら普通、助けるだろ」

睨みつけられたキッドが怯む。

いつになく強硬な様子のホーガラに手を焼いていると。

「いやーだー!!」

劈くような声が響いてきて、二人は顔を見合わせたのであった。

「でっかい人! 帰っちゃやだやだもっと一緒に遊ぼうよ遊ぶ遊ぶ遊ぶ~!!」

エージロはばしばしと翼をはためかせ、 小魔導師(パールヴァ・マーガ) の腕に引っ付いたままわんわんと泣き喚いていた。

困り顔のワトーがやんわりと嘴でつついてなだめるも一向に収まる気配がない。

「我も別れは惜しい。だが新たな出会いがあれば、いずれ必ず別れもある。その全ての道筋を 百眼神(アルゴス) がご覧になっているのだ。その目に叶うよう、精いっぱいをもって……」

「そんなの知らないー!! いっちゃやーだー!! やだやだやだやーだー!」

「うむ……」

まさか囀る小鳥を無理やり引き剥がすわけにもいかない。

巨人族(アストラガリ) らしく、小魔導師も力加減は苦手な方である。

ワトーと一緒に一体と一匹して困り果てていると、救いの手は伸ばされた。

「エージロ、いつまで鳴いているの。小魔導師だって巣に戻らなければならないのだから」

「だって、だって……。でっかい人の巣はずっと、ずっと遠くにあるって。あたしの翼じゃ飛んでいけないって……」

「……そうね」

加えて言えばホーガラは“魔王国”についても聞かされている。

空飛ぶ大地の外へと帰る小魔導師ともう一度会うのは非常に難しいことだろう。

そんなことは幼いエージロには関係がなかった。

「小さき翼よ。いずれその翼がより大きくなった時、我らの村に来るといい。その時は我が氏族の皆をその目に入れよう」

何とか先送りを試みるも、エージロはぐずぐずと鼻をすすりながらワトーを指差した。

「……じゃあワトーに乗ってついてく」

クェッ!? 聞こえてきた悲痛な鳴き声は全員に無視された。

「……ワトーもまだ若い。共に成長し、さらに翼を大きくしてから来るのだ。その時には我もより大きくなっていることだろう」

エージロは泣き止み、目を丸くした。

「でっかい人、まだ大きくなるの?」

「当然だ。我は未熟であるからな」

小魔導師は巨人族の中では若く、まだ大人の手前と言える。

成長の余地は十分に残されていた。

「あたしの翼がもっと大きくなったら……。どこまでも飛んでゆけるかなぁ」

「より広い空へと飛び立てるであろう。問いに答えは出た。百眼神も祝福してくださろう」

「でもあたしは今一緒に行きたいぃぃ!」

「……うむ」

結局、話が綺麗に終わることはなく、それからもあの手この手で説き伏せてようやく解放された。

エージロの説得は小魔導師の人生史上最も困難な問いとして記憶される。

「もう一度小さき翼を説き伏せるくらいならば、素手で獣の群れに突っ込んだ方がまだ楽だ……」

とまで言わしめたのであった。

「来たな、エルネスティ君」

撤収作業の喧騒から離れ、エルネスティは呼び出しを受けてやってきた。

そこに待っていたのは小王である。

余人を交えず二人きり。

暗がりにあって小王の表情は判然としない。

だが妙に浮かれていることだけがはっきりと伝わってきた。

「決着を付けようじゃないか。君と私の因縁は蔑ろにしてよいものではないだろう?」

単刀直入にきりだしてきた小王に、エルは溜め息をもって応えた。

「必要なことでしょうか。僕たちは一緒に 魔竜鬼神(ウルトラキシングレート) に乗った仲ではないですか」

「それはそれだ。大事の前にあって少しばかり棚上げしてきたがねぇ。すべてが終わった今、止める理由は何も何処にもないのだよ」

小王は常のごとく飄々と笑う。

しかし笑みの奥に滾る怒りがはっきりと見て取れた。

「……そこまでおっしゃるならば致し方がありません。魔竜鬼神は本日で解散ですね」

「そもそもあれは最初から、ごく一時的なものだというに」

決着をつけるのならば全力を尽くすのみ。

エルはイカルガのもとへと向かおうとして。

「しかしその前に! ハルピュイアを統べる“魔王”として……キミに言っておかねばならないことがある」

その背中へと小王の声がかかった。

「空飛ぶ大地の落下を阻止した、此度の働き大儀であった! ハルピュイアの巣を護るため尽力したこと、魔王として感謝する!」

驚いて振り返ったエルへと、なんとも嫌そうな顔の小王が告げる。

「そして! 初代魔王として貴様に命ずる! エルネスティ・エチェバルリア、キミを永久にこの“魔王国”領土より追放する! 速やかに退去せよ、以後二度とこの大地を踏むことを許さない!!」

一気に言い切った小王が息をついた。

エルネスティはしばらく言葉の意味を考えていた。

「もう二度と現れてくれるなよ、エルネスティ君。私とてハルピュイアを救ってくれた大恩を蔑ろにする気はない。……ないが、キミを許す気もさらさらないのでね!」

言うだけ言った小王がさっさと踵を返す。

もう戦う気はないようだと判断して、エルはその背中に声をかけた。

「残念です、小王……いえ、魔王陛下。僕はあなたが嫌いではありませんのに」

「私は! キミが! 死ぬほど! 大嫌いなんだよ!!」

長かった撤収作業をようやく終えて、イズモが浮上する。

彼らがこの地に残る西方人の最後尾であった。

「随分と長い新婚旅行になってしまいましたね、アディ」

「エル君といるとなんでも大事になっていく気がするー」

「決して僕のせいではありません。行く先に大事件が待っているだけなのです」

とてもではないが魔竜鬼神を生み出した人間の台詞とは思えなかった。

「家に帰ったらしばらくゆっくりしたーい。ゆっくりエル君を堪能する……」

「またそんなことを……。ともあれ色々と研究が必要なこともありましたしね。久しぶりにオルヴェシウス砦で作業するのも良いでしょう」

“魔法生物”に“果ての世界”、さらには魔竜鬼神と終わってみれば実りの多い旅ではあった。

言った手前、果てまで行く方法も考える必要がある。

まだまだこれからも退屈とは無縁の日々が待っているようだった。

「それでは、僕たちの家に帰りましょうか」

「はーい」

斯くして一行は空飛ぶ大地を後にする。

後に事の顛末が色々と尾ひれを付けながら広まり、オービニエ山地を超える頃には一大叙事詩となって届くのだが、それはまた別の話である。