作品タイトル不明
#185 新たなる魔法定義
突如として現れた、通常の船の倍はあろうかという巨大船。
そこから飛び出た二機の幻晶騎士が重なり空中でひとつとなった。
「ありゃあ……知っているぞ。俺はあの 幻晶騎士(シルエットナイト) を知っているぞ……!」
飛竜戦艦(リンドヴルム) の船橋にて、硝子窓を内側から割りかねないほどべったりと貼りつきながらオラシオが呻く。
目は限界まで見開かれ、どんな些細なことも見逃すまいとしている。
傍から見ると異様極まりなく、船員たちは何と声をかけるべきかもわからず遠巻きにしていた。
「なるほど、なるほど! 竜殺し……!! ああそうだ、そうだったんだ! お前だったんだな 原型(オリジナル) ! くくひはは、こんなところでお目にかかろうとは、光栄で実に最高じゃないか!!」
戦闘用である飛竜戦艦のこと、硝子窓といえども極めて頑強に作られている。
にもかかわらずそれらがミシリと音を立てたような気がした。
「ィッヒァ、苦労してるじゃないかぁ。幻晶騎士ごときの大きさじゃあロクな 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) が収まらないだろう? 専用に設計した 竜闘騎(ドラッヒェンカバレリ) ですらずいぶん苦労したんだぜぇ……。だからだ、機体の外側にエーテルを集めてきたか! ヒィッヒャヒャそいつぁいい、名案だなぁやるじゃあないか!! ッヒィ!」
ちょっとどころではなく気持ち悪い。
とても触りたくはなかったが、立場上放っておくわけにもいかない人物がいた。
「……コジャーソ卿。これまでは貴殿の功績を踏まえて多少の奇行にも目を瞑ってきたが、それも限度というモノがあるぞ」
嫌そうな表情を隠そうともしないフリーデグントに諫められ、オラシオはようやく窓から離れた。
しかし心ここにあらずと言った様子でありなおさらに不気味さが増しただけである。
「これは大変失礼をいたしました殿下しかし私は今大変な使命感にかられておりすぐに仕事に取り掛かりたく思いまして早速これにて失礼いたします!」
言い終わるより早くオラシオの姿が扉の向こうに消える。
誰も止めなかった。いや止められなかった。
「……はぁ。エチェバルリア卿といいあやつといい、有能な人間は何処かが壊れていないと気が済まないのか?」
その言葉にはグスタフですら深くうなずいていたのであった。
蒼穹を切り裂いて深い蒼が飛ぶ。
マガツ形態をとったイカルガは並の幻晶騎士より一回り以上は巨大である。
加えて機体の周囲には 開放型源素浮揚器(エーテルリングジェネレータ) による虹色の円環を形成しているのだから、否応なく目立ちまくる。
「高度によるエーテル濃度の影響は許容範囲内ですが、さすがに光の柱に近づくと厳しくなっていきますね。直接調べるほど接近したらいかに 皇之心臓(ベヘモス・ハート) でももたなそうですが…… アデルトルート(アディ) 」
「ふっふーまっかせてー。吸排気の 分岐(バイパス) かけるねー。余った分は開放型源素浮揚器にぽーい!」
マガツイカルガニシキを囲む七色の輝きが鮮やかさを増す。
機体の周囲にエーテルを集める開放型源素浮揚器は、応用することでエーテルから身を守る鎧にもなる。
「魔力出力は安定して継続。上々ですね、後は思うさま暴れられそうです……さっそくお迎えもいらっしゃったようですしね!」
単騎で飛び出してきたマガツイカルガニシキへと魔獣が殺到してくる。
どれも体中から青白い魔獣をたなびかせた変異個体であった。
「まずはご挨拶!」
イカルガが構えた 銃装剣(ソーデッドカノン) が開き、内部の銀板が露わとなる。
紋章術式(エンブレム・グラフ) によって紡がれた轟炎の槍が魔獣めがけて伸びた。
混成獣(キュマイラ) から生えた青白い魔獣がざわめき、飛来した法弾へと集中する。
並の幻晶騎士なら一撃で破壊できる轟炎の槍ですら、青白い魔獣によって霧散させられていた。
「やりますね、銃装剣でも押しきれないとは。ではこれからあなたを試験して差し上げましょう。このマガツイカルガニシキの力にどの程度耐えられるのかを。アディ、お手伝いをお願いしますよ」
「りょうかーい! ふふふーエル君と一緒にー。それっ! 皆、出番だよー起きて!」
ウッキウキワックワクな様子のアディが 操鍵盤(キーボード) を操作する。
マガツイカルガニシキの機体を覆う 可動式追加装甲(フレキシブルコート) が持ち上がり。
「よーし“ 機動法撃端末(カササギ) ”ちゃんたち! エル君のお手伝い、いっくよー!」
装甲として配置された、翼のような形状の部分がぶるりと震えた。
それは半ばからふたつに割れ、先端部が飛び出してゆく。
閉じられた装甲を開いて翼とし尾翼を立てて。まるで“鳥”のような形へと変形すると、マギジェットスラスタの噴射も高らかに飛翔を始めた。
マガツイカルガニシキから分離した六基の魔導兵装、これこそがマガツイカルガの新たなる力。
その名を機動法撃端末“カササギ”である。
銀線神経(シルバーナーヴ) によって本体と接続されたカササギ群は、操手たるアディの命ずるまま縦横に空を翔けた。
「さぁ、どれくらい対応できますか?」
改めてイカルガが銃装剣を構える。
轟炎の槍が放たれ、青白い魔獣によってかき消されるところまでは以前と同様だった。
だが今回は“ 機動法撃端末(カササギ) ”がある――アディに手綱を握られた凶鳥たちが魔獣の側面へと回り込む。
銃装剣による法撃と同時、魔獣を囲むように全方位からの法撃を加えた。
青白い魔獣たちがそれとわかるほど明らかに身じろいだ。
それらはイカルガによる強力な法撃すら打ち消す能力を備えてはいても、同時に複数を受け止めることはできなかったのである。
何発かをかき消すも残りが直撃し混成獣の躯体を揺さぶる。
魔獣の身体は痛みに暴れ、束の間青白い魔獣との連携が断ち切られた。
その僅かな隙を見逃さず容赦なく轟炎の槍が飛び込んでくる。
一撃入れば後は脆い。
青白い魔獣たちは力を生かしきれず、あらゆる方向から降り注ぐ法撃を受けて混成獣の身体が砕かれてゆく。
そうして混成獣という殻を失った青白い魔獣たちは光の柱へと逃げ去るしかなくなるのだった。
「ふむふむ。あなたたちの持つ法撃を防ぐ能力はだいたいわかりました。この程度であれば問題はありません。アディ、一気に片付けていきましょう」
「はーい。カササギちゃんたちも絶好調よ!」
「そのようですね。さすがに六基もあると操作が面倒かと思いましたが」
「いっぱい動かすのは昔から得意だし!」
エルの直弟子である双子のうち、アディは特に複雑な演算を得意としている。
ツェンドリンブルを主な乗騎とし、 魔導飛槍(ミッシレジャベリン) を操るうちにその能力はさらに磨きがかかっていた。
「では、いざ……」
鬼神が前進を再開する。
六基の凶鳥が周囲を取り囲むように陣形を描く。
混成獣が押し寄せて来るがもはや無意味だった。
銃装剣による法撃が激しい火線を描く。強力な法撃をかわし、あるいはかき消した魔獣はその瞬間、横合いから猛然とカササギ群に食らいつかれた。
カササギ群とイカルガ本体の連携は完璧。
わずかでも体勢を崩した混成獣は尽く銃装剣の餌食となって散った。
ギィィィィアガッ!!
それでも数では魔獣が上回る。
悪あがきのごとく吐き出した魔法が法弾を弾き、ついに一体が、奇跡のように無傷のままイカルガへと肉薄することに成功する。
混成獣が魔法を吐き出すも可動式追加装甲に弾かれる。
だがそれは囮。本命である青白い魔獣が飛び出し。
カササギ群は本体からは離れていて――しかしイカルガにはまだ手段が残されていた。
イカルガの背面から飛び出した 執月之手(ラーフフィスト) が法弾を放つ。
横合いから不意を衝く一撃に、混成獣も青白い魔獣も対応できなかった。
つんのめるように姿勢を崩され、そこへと轟炎の槍を叩き込まれる。
哀れ混成獣の身体が吹き飛ばされる――その瞬間、青白い魔獣が一斉に魔獣の身体を離れた。
もはや光の柱には戻れない。
それらが生き残るにはイカルガに入り込むしかないのである。
「往生際の悪い魔獣ですね!」
イカルガが推進器を吹かし高速で離脱する。
青白い魔獣たちが必死に後を追い。あと少しまで接近したところで、突如として何かに阻まれるように動きを止めた。
「……?」
その間にマガツイカルガニシキは魔獣との距離を開けていた。
追いすがってこないことを確かめ、エルはしばし考える。
「先ほどの。魔獣たちが最後に妙な動きを見せましたね」
「うん、私も見た。なんだか壁にぶつかったみたいな感じだったね」
エルはイカルガの周囲を確かめた。
幻像投影機(ホロモニター) に映るのは虹色の円環。
開放型源素浮揚器によって形成されたエーテルの帯である。
「ほう? これはなかなかに興味深いですね」
その間にアディは周囲の様子を警戒していた。
「エル君。混成獣はもうほとんどいなくなってるよ」
「それでは本命に向かうとしましょう」
「うーん。さすがにアレ、大丈夫かな? もう見るからにどうしようもないけど」
幻晶騎士どころか飛空船の全長すら上回る太さを持つ光の柱。
マガツイカルガニシキは単体としては破格の破壊能力を誇るが、さりとて相手は桁が違っていた。
「今すぐどうこうできなくとも、これからどうにかするためには今行く必要があるのです」
「また帰ったら皆で会議かな?」
「イズモも来たことですしね。多分いるだろう親方にでも投げてみましょう」
本人の与り知らないところで酷い無茶ぶりが決定したがともかく。
マガツイカルガニシキが進む。
接近するほどに光の柱の威容をまざまざと見せつけられていた。
「さあて啖呵はきったものの……。実際にこの量のエーテルをどうにかしろと言われても中々困りますね」
「私たちエーテルについてあんまり知らないしねー」
「専門家であるオラシオさんを連れて来るべきだったかもしれません」
「えーヤダ。イカルガにもシーちゃんにも乗せるところはありません!」
じゃれ合いつつ光の柱の周囲をぐるりと回る。
エーテルに満ち満ちているだろう柱は常に七色に輝いている。
その落ち着かない色合いを眺めていたエルは、ふと気づいた。
柱の奥のほうで起こる色合いの変化。
また青白い魔獣か、はたまた巨大な触腕の前兆かと身構える。
柱の表面が水面のように波打ち、触腕となって伸びた。
「厄介具合では青白いヤツよりもこちらの方が厳しいですね。それでもなんとか……!?」
言い終えるより早く、エルは推進器を最大に叩き込んだ。
激しい爆炎の尾を曳きながらマガツイカルガニシキがぶっ飛んで行く。
その間にも柱に異常が現れていた。
表面の波はより激しさを増し、円柱としての形状が揺らぎ始めている。
やがてそれは糸が 解(ほつ) れるようにバラけ。
天の果てまで伸びていただろう柱は既に途切れている。
解(ほつ) れた柱は恐るべき巨大な触腕と化して、だらりと天空から垂れさがってくる。
「触腕! しかしこれはなんと巨大な……いえ、柱全体が!?」
「えー!? これってどういうことよ!? だって柱自体は噴き出したエーテルだって……」
「どうやら少し勘違いがあったようですね。柱は確かにエーテルなのかもしれません。ですが同時に!」
多数の触腕へと分かたれた柱が天から枝垂れ来る。
それぞれが飛空船に匹敵する太さがある。
さらに比較的小さな触腕も現れ、さながら若木の芽吹きのように方々へと伸びていた。
あまりにも巨大な存在。
光の柱はすっかりとその姿を変貌させていた。
「おそらく柱それ自体がひとつの魔獣! エーテルの中に生きているのではない。エーテルそのもので出来た……!!」
その時、エルとアディは確かに見た。
数多ある触腕の根元、中央にぼこぼこと泡のように沸き立つ球体群。
まっとうな生命の法則を頑なに拒否しながら、それでもある種の機能を感じずにはいられないモノ。
二人は既にそれらが“眼球”であると確信を抱いている。
何故なら強烈な視線が幻像投影機越しに二人へと向けられているのを感じていたからだ。
「どうしよエル君……」
「さすがに現状の装備では手に余りますね、これは」
光の柱が変じた魔獣が触腕を七色に輝かせながら吼える。
それは未だ人類が聞いたことのない未知なる聲だった。
音ではない、ただ気配だけが波紋のように広がってゆく。
マガツイカルガニシキの中で二人は緊張感を湛えていた。
何が起こってもすぐさま対応できるよう身構えて。
すると大気がざわめきだした。
光の柱を中心として風が起こり始める。
「さきほどのあれは魔法現象ですか。大気操作のようですが、僕たちを吹き飛ばすつもりでしょうか」
「ね、ねぇエル君。コレどこまで風が起こってるのかな。ヤバくない?」
風が起こる。
渦を巻く。
風はより強くなる。
どこまでも、どこまでも。
大気操作の基礎式系統の魔法は、数ある魔法現象のなかでも威力に欠ける系統とされる。
爆炎や雷撃が破壊力そのものを生み出すのに対して、大気操作は周囲の大気に働きかけて攻撃を発生させているからだ。
だがそれこそ、他の系統がもちえない特徴でもある。
周囲にある大気を操作する――例えばそれが見渡す限りに及んだならば。
測定すら困難な莫大なる魔力の働きにより、想像すらできないほどの範囲の大気を動かしてしまえるとすれば。
何が起こるのか? 結果は単純である。
広範囲に及ぶ大気の運動が急激な上昇気流を発生させた。
にわかに発生した積乱雲が天を衝くがごとく伸びてゆく。
無理やりかき回され湧き上がった黒雲が天を覆い隠した。
雷鳴が轟き積乱雲が明滅する。
「……うそ」
「これがたったひとつの魔法現象だというのですか! こんなもの、既に大気操作の範疇にはありません……」
大気が荒れ狂いマガツイカルガニシキの機体が揺れ始めた。
ぽつ、ぽつと降り出した雨は瞬く間に豪雨と化す。
――その日、人類の歴史上に新たなる魔法区分が定義された。
人類外の存在のみが用いる、“ 戦術級魔法(オーバード・スペル) ”すらはるかに凌ぐ超々大規模魔法。
「これではもはや“天候操作級魔法”です!!」
“ 天候操作級魔法(ハザード・スペル) ・ 颱風招来(コーリング・タイフーン) ”
空飛ぶ大地が時ならぬ嵐に揺れる。