軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#177 空の果てにあるもの

結局のところオラシオ・コジャーソが報告書に書いた文面は「非常に癖が強い人物だが、作業内容は問題なく任せるに値する」という簡潔なものとなった。

情報漏洩の危険性であるとか、エルネスティのもつ異常性であるとか。

そういった内容は彼の心中から出てくることはなかったのである。

「おはようございます! 今日も作業を始めさせていただきます!」

というわけで、翌日以降も エルネスティ(エル) と アデルトルート(アディ) はパーヴェルツィーク王国軍の作業場に元気に顔を出していた。

下っ端鍛冶師たちからの物言わぬ質問の視線がオラシオに突き刺さるが、すでに彼の意識は別方向にあり完全に無視された。

「……来たかい」

「はい。それで今日は設計書を持ってきました」

「設計書だってぇ? 見せてみろ」

「エル君、お風呂の後ずーっと書いてたしー」

紙の束を受け取ったオラシオは内容を改め、口元を引きつらせる。

「お前は騎士団長だとか名乗っていなかったか? それにしちゃあまともに書けている……」

「もちろんです。 幻晶騎士(シルエットナイト) であれ 飛空船(レビテートシップ) であれ、設計を固めることは重要ですから」

「それはそうだが、そうなんだが。俺が聞きたいのはなぜ 騎操士(ナイトランナー) が設計書なんぞ書けるのかって話なんだがな……」

問われたエルは小さく首を傾げてから。

「楽だからですね」

「あ?」

「設計も修めてはきましたが、どちらかというと僕は 魔法術式(スクリプト) の記述の方が得意です。こうした強化魔法の変更を伴う作業の場合は設計を理解していた方が記述内容を組み上げやすいので、一緒にやってしまいます」

「い……言いたいことはわかるが、普通は設計ってのは鍛冶師の領分で、ついでに言えば 構文技師(パーサー) はまた別の仕事だろうが」

「騎操士だって幻晶騎士の操縦のために魔法を修めますし、後は設計さえできれば全部できますよね?」

「うむ、できねーよ」

「ところで設計書をご覧ください。元々の連結機構を応用して緊急時に“ 黄金の鬣(ゴールデンメイン) ”号を切り離し可能なようにしてあるのですが」

「えっ」

「切り離しのための制御もこちらで作ります。この形であればパーヴェルツィークの鍛冶師であってもそれほど負担にはならないと思います!」

「おう……」

もはやオラシオは首をゆらゆらと動かすことしかできない。

書かれている内容はある程度は元々の 飛竜戦艦(リンドヴルム) の設計に沿ったものである。

確かにパーヴェルツィーク王国の鍛冶師たちにとって作業がしやすい反面、“黄金の鬣”号への変更は最小限度となっていた。

「(……自分たちの手の内は見せないってぇことかい。意外に抜け目がないのか天然なのか、どうにも判断に困るねぇ)」

当の本人はニコニコと微笑んだまま、傍から見ても何を考えているのかよくわからない。

オラシオは難しい表情のまま設計書をめくった。

「……この仕組みでも悪かぁないがな。連結機能はそもそも 飛竜(リンドヴルム) が自力で飛べるからつけたものだ。こっちは推進器の片翼を別の船に依存するっていうんだから、これじゃあ強度が不足するかもしれない。旋回しようとしてねじきれんぞ」

エルはふむふむと頷き設計書を見直す。

「なるほど! 強化魔法で無理に補ってしまうこともできますが、それだと無駄が多い。連結機構は強度を優先したものに変更した方がよいですね。さすがは飛竜を設計されただけはある、素晴らしい着眼点です」

「誉めても手加減はしねぇからな」

「そんなのされても嬉しくありません。遠慮なくどうぞ!」

どんどんと上機嫌になってゆくエルと、対照的に苦虫を噛み潰したような表情の抜けないオラシオであった。

ちなみにアディはやっぱりエルを眺めてご満悦な様子である。

「それでは設計は直したところでお渡しします。後はパーヴェルツィークにて本体を作成していただいている間に、僕は 魔導演算機(マギウスエンジン) の変更を担当するということでいかがでしょう?」

「いかがも何もそんな気軽にできる作業じゃないはずだが……まぁいい」

面倒をこうむるのは自分ではない。

そうとでも思わなければやっていられないオラシオなのであった。

それから間を置かず変更された設計書が出来上がってきて、オラシオはますます奇妙な表情を浮かべる羽目になる。

ともあれ作業は始まり、傷ついた飛竜戦艦は鍛冶師たちの手によって修復されていった。

やはり疑問の視線にさらされた説明を勢いで押しきって、オラシオはぐったりと疲れ果てていた。

作業内容が異様なまでにわかりやすく明快であったことがまだ救いである。

おかげで鍛冶師たちが余計な口を開く間を与えずに進められたのだから。

さっさとその場を去ると、エルたちのもとに向かう。

中央の魔導演算機を変更するというので飛竜戦艦の中に放り込んでおいた。

いちおう立場のある他国の人間なので相応の地位にある者が監督する必要がある――という建前である。

普通の鍛冶師たちは魔導演算機を変更しないのでここに来る者はほとんどいない。

話をするにはうってつけの場所だった。

「……それで、お前たちは何をやってるんだ?」

「見ての通り魔導演算機内の魔法術式を変更しています」

「見てわかんねぇよ」

何しろエルがやっていることといえば魔導演算機につなげた 銀線神経(シルバーナーヴ) を握っているだけ。

アディに至ってはたまに雑談をしているだけで作業すらしていない。

頭を抱えたい。オラシオは心からそう思った。

とてもではないが魔導演算機に変更を加えているとは思えない光景である。

「作業は順調ですよ、明日には大半が終わります。残りの仕上げは建造具合と相談しながらになりますね」

「……普通は何人も腕利きの構文技師を集めて一週間くらい箱詰めにしておくもんだがな。ま、時間のほとんどは内容のすり合わせと説明なんだろうがね」

エルネスティの恐ろしいところは一人で何もかも理解してしまうところにある。

おかげでどの作業をやらせても無駄がなく、純粋に人手のいる作業以外は彼が一人いるだけで大幅な手間の削減になってしまう。

「(一人も何も、こんなのがたくさんいてたまるかよ!)」

それがオラシオの偽らざる心境であった。

「……おい、エルネスティっての。そのまま話せるかい」

「はい大丈夫です。設計の疑問でしょうか? それでも変更点でしょうか。なんでも聞かせてください!」

「大丈夫なのかよ……」

自分で聞いておいて呆れてしまう。

むしろできないことはあるのか、ちょっと聞いてみたい心情に駆られてしまったがぐっとこらえた。

彼にとって大事なのはそこではない。

吐息をひとつ。

オラシオは傍らに腰掛けると、ややあってから話しだした。

「……ちょっとした昔話だ。俺の一族は代々、魔法についての研究をおこなっていてねぇ。強力な魔法を使うってのじゃなくて、魔法とは何かその源は何かってとこだ」

「すると錬金術師のご家系なのでしょうか」

「近いが。良くて枝分かれした先の先、今にも散りそうな一枚葉ってところだろうな」

魔法の研究といえば飛びぬけて得意とするエルフという種族がいる。

それでも徒人の中に研究を志す者がいても不思議ではないだろう。

「あなたの功績から察するに、その研究は飛空船につながるのですね」

「結果としちゃあな。魔法は 魔力(マナ) から生み出され、魔力はエーテルより変じ生じる。じゃあこのエーテルってのはなんだ? ってなるのが自然だろう。実際、俺の一族はそこを調べてた……」

エルは意識の半ばで魔法術式を編集しながら半分で話を聞いている。

アディは明らかに何だかよくわからないがまぁいっか! という顔つきだった。

「結局、エーテルの正体についちゃあよくわからず仕舞いなんだが、ひとつだけはっきりとしたことがあった。エーテルは浮く……いいや、上に向かって沈む性質があるってことだ」

「上に沈むの? なんだかすっごい変な感じ~」

すんなりと理解できないのか、アディは首を傾げてエルを抱きしめていた。

腕の中でエルが呟く。

「 浮揚力場(レビテートフィールド) ……」

「くく、さすがに察しがいいなぁ。その通りだ。浮揚力場であり 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) の原理はつまり、そこにある」

エルはふと上を見上げた。つられてアディも上を向く。

当然その先には天井があるばかりだが、彼の視界にはより向こうが透けて見えるような気がしていた。

「……エーテルが空へと沈むのならば、いずれ空のどこかにエーテルが溜まっているのでしょうか。いえ、空を上がるほどに大気は薄くなり逆にエーテルは溜まってゆく。ならば……いずれエーテルだけに満たされた空があるということになります」

エルネスティは――こことは違う世界の記憶を持つ彼は知っている。

空の果てにある場所、“宇宙空間”の存在を。ならば連想するのはそう難しいことではない。

「くく……」

だがそれはエルだからこそ。

呟きを聞きつけたオラシオは目を見開いて固まっていたが、やがていきなり破顔した。

「ははははは! くっはは! ふふふはっ……くくは! お前は! どこまでだよ! そうだ、当然だ! ちょっと考えればわかるってか! だが本当にそれに思い至ったのはお前が初めてだ! エルネスティ・エチェバルリア!!」

やにわに立ち上がり、落ち着かないあまり椅子の周りをぐるぐると回りだす。

「ははは! やったぞ、いたぞ! 理解できた、理解できたんだ! 船を浮かべる、幻晶騎士を運ぶ! そんなチンケな話じゃあない。この空の果てに気付ける奴が、俺以外にも居たんだ!!」

急に立ち止まったオラシオがぐるりと振り返る。

興奮に染まり血走った眼で睨まれて、エルがちょっと引いた。

「おい、お前は……」

勢いのまま掴みかかろうとしたところで、いきなりエルの姿が掻き消えた。

オラシオはつんのめり、機材に突っ込みかけて慌てて踏みとどまる。

振り返ると、アディがしっかとエルを抱きしめていた。

「ダメです。エル君はおさわり厳禁です」

「は? おいそんな話じゃない……」

「ダメです」

アディの目が完璧に座り切っている。

エルを抱きしめているはずの手が、すっと腰に佩いた杖らしきものに伸びるのを目にしてさすがのオラシオも慌てて降参した。

年若い女性だからどうだというのだ。

現役の騎操士を相手に力ずくが通ると思うほどオラシオは血迷ってはいない。

「ああ、ああ。少し舞い上がっちまったようだ。すまない」

「よろしい」

アディは当然のようにエルを持ち運び、すとっと椅子に戻す。

オラシオはそれをぼんやりと眺めていたが、やがて自分の椅子を引いて少し間隔をあけた。

「そそれ……そう、問題はこの空の果てなんだ」

「なるほど。この世界の“真空”とはエーテルに満たされた空になるのですね」

ぽつりと呟いた言葉を、オラシオが耳ざとく拾い上げる。

「なんだ? 今何と言った? 真空? ……真の空ってか。くく……ははは! 真空! 真空! いい、しっくりとくる。実にいい言葉じゃないか。変なだけの奴かと思っていたが、なかなかどうして洒落たことも言えるんだな!」

「そんなに変でしょうか?」

「変なところしかないから、逆に変に見えないくらいには変だ」

「それは同感」

二体一では分が悪い。

とても不服そうな表情のまま、エルは無言の抗議を示す。

もちろんアディに撫でられて終わった。

「一族の毎日は心の底からつまんねぇものだった。計算、記載、論争、挙げ句に言い争い。どこに向かっているかもわからない、何が知りたいかも朧気なまま、研究だけ延々と続けて。苔だか黴だかわかんねぇような老人どもが威張りちらした、辛気くせぇ場所だ。息が詰まる。だが……エーテルの振る舞いが俺に教え、魅せてくれた。この空がいずれ……真空、に辿りつくのならば! そこには何が、どんな景色が! 待ってるんだろうと!」

「だから飛空船をつくったの?」

「正しくは源素浮揚器をだ。飛空船なんざ資金提供者の要望を聞いたに過ぎないとも」

何でもないことのように言うオラシオに、アディの視線が険しさを帯びてゆく。

エルがそっと顔を寄せ、耳打ちした。

「ここは我慢してください」

「でも、エル君……」

「たまたま最初は敵だった。今は協力者です。そうでなくては敵ばかり増えてゆくから」

「むぅ」

「それに彼のもつ技術には敬意を払うべきです」

「……エル君ばーりあ」

アディはすっとエルの陰に引っ込む。

不承不承ながらここは任せることにしたようである。

その間もオラシオはぶつぶつと呟き続けていた。

囁き合う二人の姿なんて既に視界に入っていないに違いない。

「……悔しいが源素浮揚器じゃあダメなんだ。あれはエーテルの“沈む”作用に着目したもの。しかし浮揚器ごときじゃ完全なエーテルに満たされた真空に太刀打ちできない。さらに昇るためにはまだもう一手が必要だ」

「だからマギジェットスラスタを求めたのですか? しかしあれとて……」

「ああ、ああわかっているとも。逆にマギジェットスラスタは周囲に大気がないと使えないもんだ。あれは面白いが、どのみち“真空”までは辿り着けない」

オラシオはどっかと椅子に沈み込む。

先ほどまでの興奮が嘘のように引き、わずかに焦点の合わない視線で地面を見つめた。

「だがまだ何か……何か、あるはずなんだ。現にふたつも手立てがある、もうこれっきりなんてことはないはずだ」

それは祈りであり、懇願だった。

彼はずっとこうして自らに言い聞かせてきたのだろう。

生まれた場所を捨て、大国に身を寄せ。

一度破滅を迎えてもまだ諦めない。諦められない。

エルネスティは、彼にしては珍しいことに迷っていた。

彼は識っている。彼の記憶には既に答えがあるのだ。

“ロケット”――己の中に酸化剤と推進剤を蓄えることで真空中を進むことを可能とする、飛行機械の存在が。

この世界でそれを再現するのは困難だろう、しかし不可能とまではいわない。

だからこそ、そのまま告げることはできなかった。

「オラシオさん。あなたは真空まで辿り着いて、どうされるおつもりですか?」

エルはじっとオラシオを見つめる。

問われた彼は押し黙り、考えた。ややあって口を開く。

「“見たい”。どうするも何もあるか、見たいんだ。この目で確かめてそこに何かがあるならまた考える。研究したっていい。だがまずは辿り着かないと始めることすらできないだろ」

どこか困ったように放たれた答えはひどく単純なもの。

エルがふわりと微笑んだ。

「それはとても素敵な“趣味”ですね」

「趣味だぁ? 確かに生業とは違う、趣味でやってるのかもしれんが」

どこか釈然としない様子で頭を掻いていたオラシオが、ふと雰囲気を変えた。

「エルネスティ。お前の持つその確かな技術力。さらに自ら空の果て……真空に思い至る発想力。それだけの力がありゃあきっと成し遂げられる。どうだ、俺と一緒に空の果てを見にいかないか!?」

オラシオの熱心な誘い文句に、引っ込んでいたアディが不服げに顔を出す。

彼女の腕の中でにこりと微笑んだエルネスティは――。

「お断りします」

まったく表情を変えないまま、言い切ったのだった。