軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#14 クロケの森にて

馬車にゆられるライヒアラ騎操士学園・騎士学科の一行はフレメヴィーラ王国中央部最大の都市であるヤントゥネンに到着していた。

ヤントゥネンが国内でも有数の都市になったのには訳がある。

国の西側、オービニエ山脈を越える他国との輸送路と、国の東側、ボキューズ 大森海(だいしんかい) 手前の砦や穀倉地帯からの荷を運ぶルートのちょうど中継地点に位置しているのだ。

そして街道の要所にあるが故に、この街は国内でも王都に次ぐ高い防衛能力を持たされている。

街の周囲は堅牢な城壁に覆われており、更にその周囲には堀がめぐらされている。

それだけでなく、内部には最大で 幻晶騎士(シルエットナイト) 1個旅団(約100機)規模になる騎士団を抱えている。

この数はいくら重要な拠点とは言え一つの街にある戦力としては過剰だが、これは街道を利用することでいざというとき国内各所への戦力派遣が可能なためであり、実際に一部は周辺に出ていることが多かった。

ライヒアラの一行がヤントゥネンに到着したのは昼も過ぎたころだった。

この時代、一定以上の規模を持つ街は魔獣の襲来を警戒し城壁を備えている。

勿論ライヒアラ学園街にもあるのだが、ヤントゥネンのそれは他を圧倒する規模を持ち、見ただけでこの街の重要性が理解できるものだった。

魔獣が存在する影響で少人数での長距離移動が難しいこの時代、初めてライヒアラ以外の大都市を見る生徒も多く、圧巻とも評すべき街の様子に興味津々の様子だった。

「すごい城壁ねぇ。一体何と戦うつもりなのかしら」

「今存在する魔獣と、というよりも建国時の魔獣を想定しているのでは?

今よりも凶悪な魔獣も多かったようですし」

「なるほどねー。それは分厚くなるわけね」

城壁の内部へ通じる巨大な門の威容に生徒達の期待が高まる。

しかし彼らを乗せた馬車は門をくぐらず、その手前の広場で集結していた。

「なんだよ、ヤントゥネンには入らねーのか?」

「事前の説明で、ヤントゥネンでは物資の補充だけが目的だと説明していましたし」

馬車から出て休息をとることは可能だったが、荷物の積み込みが終われば再び出発しなくてはいけない。

巨大な門を睨みながら双子が盛大に愚痴っていた。

「なによつまんない。街の中くらい入れてくれてもいいじゃないの!」

「だよなぁ。あちこち見て回りたかったんだけどなぁ」

「いえ、そういう目的の旅ではないのですが……」

「エルは見たくないのかよ」

「それは興味はありますけど。

この人数の生徒をまとめて観光とか、さぞ恐ろしい事態になると思いますしね」

そういって横を見やれば事前に手配していたのだろう、街から出てきた商人から受け取った物資が馬車に積み込まれてゆく。

短い休憩は終わり、すぐに出発の時刻がやってきた。

ヤントゥネンに未練たらたらの生徒達を乗せたまま、馬車は目的地であるクロケの森へと出発するのだった。

ヤントゥネンから更に馬車で一日ほど揺られたところにクロケの森はある。

東の国境線へと向かう街道からそれ、ほとんど舗装されていない道を苦労して進むこと丸一日。

鬱蒼とした森林がその口を開いていた。

馬車は森に入ってすぐの木々のまばらな、開けた場所に次々と止まってゆく。

そこは例年、野外演習があるたびに拠点として利用されている場所だった。

「よーし、荷物を降ろしたら各班まずはテントを作れー。それが終わったら夕食にするぞ」

教師の号令一過、生徒達が寝床となるテントを作成する。

これまでの行程では夜間の就寝にも馬車を利用してきた。

開けた街道を利用して移動しているとはいえ、いつ何処で魔獣の襲撃に会うかわからないため、いざというときすぐに動けるようにしていたのだ。

ここでは演習の日程は数日間に渡り、さすがに馬車を使って過ごすわけにも行かない。

そのための拠点としてのテント設営だった。

上級生は既に何度も経験したことであり、手馴れた様子でテントを設営してゆく。

騎士学科ではこういった演習以外にも、何かにつけて設営を行う機会は多い。

いずれ騎士となるならば、行軍時の拠点設営は必須の技能となる。

単純に剣や魔法だけではなくこういった技能の教育を行う事も騎士学科の特徴といえた。

しかし、新入生にとっては中々容易なことではなかった。

野外演習に先立って説明と練習は行ったものの、そも体格的にも幼い初等部の低学年にとってはテントの設営はかなりの重労働だ。

教師がフォローに入るもあちこちで作業が遅れ、結局その日の夕食は遅い時間となった。

テントを張り終えた森の入り口はさながらキャンプ地の様相を呈していた。

周囲には篝火が焚かれ、薄暗い森の中でこの場所だけが明るくなっていた。

さらには、中等部以上の生徒は持ち回りで夜間の歩哨を行うことが実習に組み込まれている。

流石にこの人数を教師だけで面倒を見ることは出来ないため、実習を兼ねて生徒自身でも周囲を警戒しているのだ。

エルの班は他の班より早めにテントの設営を終えた。

十分に手順を理解していたためもあるが、中でも双子は同年代でも体格に恵まれ、しかもエルとの訓練を経て体力的にもかなり高かったためこういった場面で活躍したからだ。

今彼らははまごつく他の班の設営を手伝っている。

そしてエルは1人野営地の外れへと向かっていた。

「(ノルマはこなしとるし決してサボりやないですよー……っと、あったあった)」

そこには高等部の騎操士達と彼らの幻晶騎士の駐屯地になっている。

さすがに幻晶騎士で見回りをした日には、騒音で安眠妨害も甚だしいことになる。

そのため、彼らは有事に備え野営地の一角で待機していることになっていた。

片膝をつく様な駐機体勢をとり、10機の幻晶騎士がずらりと並ぶ。

篝火に照らされ、夜陰の中にその影を浮かび上がらせていた。

その姿は全体が視認しにくいこともあり、昼間見るそれよりも更なる迫力を持っていた。

常人ならば威圧感を感じるであろう、無言で居並ぶ鉄の巨人達をエルは満面の笑みで見回す。

「(ああ、やっぱ巨大ロボはええなぁ。これぞ心の癒し。一家に1台必須やなぁ)」

そんな恐ろしいご家庭はこの世界にも存在しないが、エルの心の中の呟きに突っ込める存在は居なかった。

「おい、そこの……銀色? エルネスティか?」

そうしてしばらく経ったころ、謎の癒しに没頭するエルに背後から声がかかった。

エルが振り返ると、そこにはアールカンバーの主、エドガーが居た。

「こんばんは、エドガー先輩。少しお邪魔しています」

「やはりエルネスティか。何故此処に……などと聞くだけ無駄なのだろうな」

すでにエルは騎操士学科でも有名人であり、そしてその行動理由も知れ渡っている。

「先輩は、待機の担当ですか?」

エドガーは先ほどまでとは別種の苦笑を浮かべ、首を振った。

「いや、先ほどまで待機の順番を決めていたんだがな……まぁ、例によってディーが渋ってな」

「ディートリヒ先輩が?」

「ああ、簡単に言うと待機任務は面倒だと、盛大に愚痴を漏らしていてな。

我らはライヒアラ最高学年の騎操士として、後輩の安全を守ることも立派な任だというのに。

相変わらず奴は気分屋だよ」

我侭を言ったところで結局は役に付かざるを得ないため、騒ぐだけ無駄というものなのだがそこを気にしないのがディートリヒと言う人物であった。

「奴の愚痴に付き合うのも面倒になったのでな。少し気分転換がてらこいつを見に来た」

そして二人で、それを見上げる。

篝火の明かりに浮かび上がるのは純白の鎧を纏う巨大な騎士、幻晶騎士アールカンバー。

特別な工夫はないものの基本に忠実に、堅実に調整されたこの機体は突出した点はないものの、極めて素直な性能を持っている。

それは学園の騎操士でもトップクラスの実力を持つエドガーの能力に確実に応え、彼らの組み合わせは騎操士学科でも上位に位置していた。

「先輩も、幻晶騎士が好きなのですか?」

「ううむ? 好きと言うか……こいつは、私の武器であり相棒でもあるからな。

共にあれば気分が落ち着く。今みたいにささくれた時とか、疲れてるときにはよくこいつのところに来るよ」

柄にもないか、とエドガーが頭をかく。

「いいえ、信頼できる相棒が居ると言うのは素晴らしいことだと思います」

「お前は幻晶騎士が好きなのだったな。

騎士として努力を続ければ、お前もいずれ良い相棒を得ることができるだろう。

ああ、長々と立ち話をしてしまったな。余り夜が深ける前に戻っておけ」

挨拶を交わし二人は元来た道を戻る。

「さて、そろそろディーも落ち着いたあたりか」

一人ごちると、戦闘に向かうような気合を入れてエドガーは戻っていくのであった。

とっぷりと日が暮れる頃、遅めの夕食を終えて新入生達もそれぞれテントに入っていた。

初等部の生徒は夜間に特にやることはない。

移動と設営をこなし、疲労を感じていた生徒達はしばらくするとそれぞれ毛布に包まって眠りに付いてゆく。

その時である。

生徒達が完全に寝入る前に森から獣の遠吠えが聞こえてきた。

狼だろうか、1匹が声を上げるとそれに応じるような声が森のどこかから響いてくる。

歩哨に立つ生徒は一瞬森の方を警戒したものの、遠吠えだけなら良くあることでありすぐに興味をなくしていた。

しかし、そうはいかなかった者も居る。

初めて野外演習に来た新入生達は、その遠吠えに今更ながら自分達の状況を再確認していた。

安全な街の中ではなく、すぐに逃げ出せる馬車でもなく、魔獣が潜む森の手前にテントを作り寝ているという状況。

いくらクロケの森の危険度が高くはなく、見張りに立っている生徒も居ると言えども此処は全く安全という訳ではない。

ここまで安全に移動してきたこともあり、これまでどこか気楽な気分であった彼らは一つの遠吠えで一気に緊張を感じ始めた。

疲労による眠気も引っ込み、逆に目がさえてしまった格好だ。

「今の声……魔獣?」

「いいえ、ただの狼じゃないかと思うんだけど……」

エル達の居るテントでも、不安を紛らわすかのようにぼそぼそと会話が交わされる。

彼らの会話を何とはなしに聞きつつ、キッドも寝転びながら首を振った。

程度の差はあれど、キッドも少なからず不安なものを感じており、すぐには寝付けそうもなかった。

「(自分ではもうちっと図太いって思ってたんだけどよ、俺も結構キンチョーするんだな)」

少し篝火の明かりが差し込む薄暗いテントの中、落ち着かない空気が流れる。

ふと隣で寝るエルも同じように不安を感じているのかと思い、キッドが小声で声をかけた。

「なぁ、エル。ちょっといいか……って」

しかしエルは既に寝入っていた。

エルとてこの状況に緊張感を感じないわけではない。

しかし、前世では地獄の最前線で 戦士(プログラマー) として戦っていたエルは、休息を取る事ができる状況で確実に休んでおく事の重要性を嫌というほど知っていた。

さらには、ユーザからの連絡待ちの間すら休める彼は、如何なる状況でも寝ることができるスキルを体得している。

騎操士学科の先輩達が警備についていることも把握しており、多少の不安は無視していたのだった。

「(すげぇなエル。前から思ってたけどよ、神経太いよなぁ)」

キッドの声にアディが振り返り、そこに眠るエルを見つけた。

「むぅ、ずるい」

何がずるいのか良くわからないままアディはもそもそと移動し、そのままエルを抱え込む。

所謂“抱き枕”の体勢である。

さすがにいきなり誰かに抱きつかれてエルも目を覚ましたが、それがアディだとわかると軽くその頭をひと撫でし、再び睡眠に戻った。

それで安心したのか、しばらくするとアディからも寝息が聞こえてくる。

それを見ていたキッドは、眠れない自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて思わず苦笑した。

「(なんか俺だけ緊張してんの馬鹿みてーじゃねぇか)」

なんとなく気楽に思えれば、程なく眠りの中へと落ちていったのだった。

翌朝、日の出からしばらくすると生徒達が起きだして来た。

寝不足の生徒も大勢おり朝からだるい雰囲気が漂う中、エル達はすっきりとした目覚めを迎えていた。

野営で寝付けない生徒が出るのはいつものことである。

街の中ばかりでなく、野外でこういった緊張感を実際に感じる事もまた演習の目的である。

ただ、教師達としても体力の少ない低学年の生徒に無理をさせる気はなく、これを見越して初等部は比較的作業内容が軽い。

生徒たちは保存食を使った簡単な朝食をとった後、教師の号令に従い学年別に集まって行った。

簡単な説明の後、中等部の生徒は森の奥を目指し、班ごとに出発してゆく。

彼らは途中森に生息する魔獣と実際に戦闘し、一定以上を狩る事がこの演習の最大の目的だ。

初等部の生徒は森の浅い部分を目指し、場合によっては戦闘もありうる、という程度である。

学年や班に分かれ、教師の先導に従い生徒が移動を始める。

そして、彼ら騎士学科の生徒達にとって忘れられない体験となる、とても長い一日が始まった。