軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#1 別れと出会い

給料日。

それは社会で働く者にとって一ヶ月で最も重要で、嬉しかったり悲しかったりフリーダムだったりする日。

京都の1企業に勤める“倉田翼”(28歳独身、プログラマー)にとってもそれは例外ではなく、仕事が終わるや否や早速ATMでおろした給料を片手に走り出した。

彼の目的地はヨド○シカメラ。

給料日の帰りには自分へのご褒美として、新作のプラモデルかゲームを買いに行くのが働き始めてからの彼の慣わしだった。

「今月はダブル○ー関連の新作がもっつりとでとるしなー。どれにしょっかなー」

稼いだ金で趣味に生きる、彼にとっては至福の瞬間である。

1時間ほど後、彼はヨドバ○カメラの紙袋に入ったプラモデル片手に、今にもスキップせんばかりの上機嫌で帰り道を急いでいた。

「(サフの補充も買ったし週末はゆっくりとプラモ三昧やなぁ)」

人気の少ない、深夜の住宅街。

彼は正面から近づいてくる、車のヘッドライトの光に気づいた。

射し込むハイビームの眩しさに、彼は目を細めつつ道路の端に寄る。

多少浮かれていたためもあるが正面からのヘッドライトに目が眩み、彼は異変に気付くのが遅れた。

この車が、真正面から、彼を避けようともせず、しかも全く減速せずに走っているということに。

気付いたときには既に避けようの無い距離だった。

「は? っちょっ居眠り運転かよ!」

彼にできたことは我が身を守るように腕を交差させるだけ。

無駄な足掻き、というよりは反射的な行動だった。

衝突の瞬間、体の芯から嫌な音がする。

あっさりと彼の体は宙を舞う。

意識が激痛に耐えかねて失われるまでのほんの刹那の間、彼の脳裏を駆け巡ったのは事故に対する恨み言でも、人生を振り返る走馬灯でもなく

「(ああ、積みプラモも積みゲームも全く消化できへんかったなぁ)」

遺されたプラモデル、ゲームのタイトルの数々だった。

**********

そこから、長い時間がたった気がする。

夢の中のような、理不尽で、しかしそれに疑問も抱かずにいる奇妙な感覚。

目の前の光景の、その意味を彼は正確には把握していない。

ただ、今まで見た事もないような、極彩色で目くるめく光景。

その中を時折過ぎる、揺らめく何ものかの影。影から聞こえる心地よい旋律。

彼はそう感じていた。

そして何とも言い難い浮遊感に包まれたまま、彼の意識は何処かに着地した。

**********

此処ではないどこか、遥か遠い世界。

大陸の中央からやや東よりに位置するフレメヴィーラ王国。

大陸の東側に広がるボキューズ 大森海(だいしんかい) と国境を接し、そこからやってくる魔獣達との戦いの最前線となっている国である。

いつ何時戦闘になるとも知れない故に強力な騎士団を擁し、西方諸国の盾としての誇りを持つ、曰く“騎士の国”。

その王都、カンカネン。

そこからやや郊外に進んだところにライヒアラ騎操士学園がある。

“騎士の国”を自負するだけあり、この国において国家の、そして人類の盾であり剣である騎士は非常に人気の高い職業である。

また、その性質上それなりの人数を必要とし、後続の育成は欠かせないため騎操士学校はかなりの規模を誇る。

その敷地内にある広大な演習場で、今二人の騎士が向かい合っていた。

試合の最中と見え、互いに剣を向け慎重に間合いを測っている。

その二人が一歩足を踏み出すごとに重量物が落ちるような音が周囲へ響く。

重々しいのもむべなるかな、周囲にいる見物人とおぼしき人影より、その二人は遥かに巨大だった。

幻晶騎士(シルエットナイト)

それは人の持つ魔道技術の結晶にして、人が手にしうる最強の力。

全高およそ10m、 金属の骨格(インナースケルトン) と 結晶質の筋肉(クリスタルティシュー) を持ち、 魔力(マナ) を動力として動く魔道兵器。

二体の 幻晶騎士(シルエットナイト) が戦う様子を、一際鋭い視線で眺める人影があった。

マティアス・エチェバルリア戦闘指導教官。

30を超えたばかりで、鍛え上げた肉体は歴戦の勇士を思い起こさせる。

その鋭い眼差しは模擬戦を行っている教え子たちの動きを一つも見逃すまいと引き絞られていた。

「うぁう~おぼとおぼとうねぇ~」

意味不明の声にふと横を見やれば、可憐な女性が赤ん坊を胸に抱いて立っていた。

やや紫がかった絹糸のような銀髪を腰よりやや短いロングのストレートにしている。

それが微かな風に煽られて、日の光の下に煌く様な銀の流れを描く。

その下には優しげな目元に蒼い瞳、透き通るような白い肌。

その風貌は若々しく、10代後半くらいに見えるがれっきとした赤ん坊の母親だ。

そしてその腕に抱かれている赤ん坊は母譲りの紫がかった銀髪をオカッパにそろえ、その下にはこれまた母の顔をそのまま幼くしたような卵型の顔にパッチリとした蒼い瞳をしていた。

唯一目元が母親のそれとは違って見え、父譲りを思わせた。

マティアスは目を細めて彼の妻セレスティナと1歳になる息子、エルネスティを見た。

彼の息子は母の腕の中で、小さな手足を振り回しながら目の前の光景に興奮している様子だった。

「エルも男の子なのね、幻晶騎士が好きなのかしら」

「まだ1歳だ、何が起こってるのか理解してはいないんじゃないか?」

「あら、そんな事ないわ。ちゃんとわかってるものね~? エル♪」

「ん、あかてりょ!」

舌っ足らずで、十分に発音がなっていないもののはっきりと理解した様子で返答を返す息子にマティアスは苦笑する。

「……この子は大物に育ちそうだな……」

両親の気も知らず、エルネスティは心の中で快哉を挙げた。

「(うっほほほは、マジもんや、マジもんの巨大ロボットが動いとる!

騎士か! フ○ームグ○イドか! F○Sか! ガイ○レフか!)」

生後1年にして彼の人生はクライマックスを迎えていた。

「(一時はどうなる事か思たけど、こいつは、こいつはたまんねぇ!

いよっしゃ、乗ったるで巨大ロボット!

いやほんと最初はどないしょーか思たしなぁ……)」

**********

倉田翼は混乱していた。

どうしようもなく混乱した時、関西人が取るべき行動は一つである。

「(な ん で や ね ん)」

28年生きてきて――実際はついさっき死んだのだが――とにかく彼の人生の中でこれほど全力で突っ込んだことは無いかもしれない。

彼の記憶では、自分は車に跳ねられたはずなのだ。

病院のベッドで気がついて奇跡の生還を喜ぶとか、どこかの河岸で死んだじいちゃんに呼ばれるのなら兎も角、全く見知らぬ外人の女性に抱えられて喜ばれるとか何が起こったのか。

そもそも彼の体格は一般的な成人男性の水準にある。それを軽々と抱きかかえ、こちらを覗き込むこの女性は一体何者なのか。

さすが外人、マッスルなの? ジャイアントなの?

そんな下らない事を考えたところでふと気付く。

視界の端に見える己の小さな手脚。首は据わっていないし起き上がることも出来ない。

しかも先ほどからそれは元気に大絶賛泣き叫び中だ。

「(んなアホな! 俺赤ん坊なっとんのかい!?)」

彼の渾身の突っ込みはやはり誰にも届くことはなかった。

赤ん坊の腕では彼が得意とした裏拳ツッコミが出来ないことが惜しくてならない。

母親の腕の中でもぞもぞと動く赤ん坊を見て、家族全員が優しく微笑んでいることなど露知らず、翼は心の中で人生で使ったことのあるツッコミを総復習していたのだった。

輪廻転生。

死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくる、という考え方。

日本人なら、信じてはいなくともその考え方自体は誰でも知っているのではないだろうか。

翼も勿論知ってはいたが信じてはいなかった。まさかそれを自身が体験するとは、彼は予想すらしていなかった。

その上、所謂前世の記憶がばっちりと残っている。

ずいぶん滑らかに来世に来てしまったものである。

精神的には30近いおっさんだったが、体は赤ん坊である。

ちょっと起きて食事をしては寝る、そんな日々を送る間に彼は現状について考えていた。

詰まるところ自分が生まれ変わり、現在は赤ん坊であることは間違えようも変えようも無い。

ならばあとは楽しむしかないではないかと。むしろこれは所謂“おいしい”状況なのではないかと。

関西人とはげに因果な生き物だった。

多少開き直りであることは本人も否定できない。

「(ほんま何でこんなことなってんやろ。有り得へんやろ……)」

どうやら言語が違うらしく、最初は何を言っているのか解らなかった家族の言葉も、時間と共になんとなく理解できるようになってきた。

いつも話し掛けられる内容から、彼の新しい名前は“エルネスティ”である事がわかった。

いつもは“エル”と呼ばれている。

言葉が理解できてくると、何とか喋ろうとまだ回らない口でもごもごと何かを話しだした。

斯様な摩訶不思議体験をしているというのに突っ込みの一つも出来ないなどというのは彼の魂が許さない。

不断の努力の結果、1歳になる頃には無駄に話せるようになっていた。

そしてある時、母と散歩に出た彼は、第二の人生の全てを賭すことになる衝撃の出会いを果たしたのであった。

**********

赤ん坊を抱えた若い女性が学園からの家路を歩いていた。

「エルは将来騎士になるのかしら。」

「んー、きぃなりょ! おぼとうごーすょ!」

「あら、頼もしいわ。だったらもうちょっと大きくなったらお父さんに稽古をつけてもらいましょうか♪」

「あいまむ!」

お父さんみたいに立派な騎士になってね、と微笑む母親の腕の中、赤ん坊は中々テンションが下がらない様子で騒いでいるのだった。