軽量なろうリーダー

だって貴方が言ったのよ「お前は悪役令嬢だ」と〜その冤罪すべて認めて差し上げますわ

作者: 有原 詩名美

本文

これはよくある、悪役令嬢が婚約破棄されるお話。

――ここはカメルス王国。

今宵、とある学園の卒業パーティーで、どこかで見たような三文芝居が幕を開けた。

会場は庭へ向けて大きく開け放たれ、すぐ側に見える池は、月明かりを映して宴の装飾の一部のように煌めいていた。

「アラウダ・アルヴェンシス!お前の瑕疵により、この私ストルティオ・カメルスとの婚約は破棄とする!」

この国の王太子、ストルティオ・カメルスは婚約者をエスコートもせずパーティが盛り上がりを見せる中、場違いな断罪劇を始めた。小脇には、件の男爵令嬢を引っ付けて。

元より、この婚約には納得していなかった。

何故侯爵家の長女であるというだけで、あのボンクラと結婚しなければならないのか。

見目は良くとも中身が最悪なのだ。

その脳は、きっとあの大きな瞳より小さい。

権力に媚びる父にも、あのボンクラにも殺意しかない。

『ならば、策を講じてみろ』

耐えかねて、父に婚約の解消を申し出た時に返された言葉だ。我が家に不利にならないかたちで、婚約を白紙にせよと。

アラウダは意識を戻す。

「殿下…どちらにいらしたかと思えば…。それで?私の瑕疵とは?」

公衆の面前で、婚約破棄だと叫ばれたアラウダ・アルヴェンシス侯爵令嬢は、バサッと扇を広げ口元を隠した。凛と立ち、美しい声で問う姿は淑女のお手本のようだ。

「ハッ、何を惚けた事を。ここにいるスカノルス男爵令嬢にした嫌がらせ!忘れたとは言わせんぞ!」

可憐で儚げな容姿のククル・スカノルス男爵令嬢。

大きな瞳に涙を滲ませすこし怯えているその姿は、庇護欲をそそるようだ。

「ストルティオ様…」

王太子の名を呼び、そっと腕に触れる。

会場がざわめく。

その様子を冷めた目で眺めつつ、アラウダは言った。

「嫌がらせですか?私には、身に覚えがございませんが。」

「そんな…!」

ククルはよろめく。わざとらしく。

「貴様の所業、その態度!貴様のような女を悪役令嬢と言うのだ!」

ストルティオはククルを支え、悪を裁くヒーローのように悦に浸っている。

「では私が、どのような罪を犯したのか、皆様にもお聞かせいただけます?」

アラウダは、悠然と問うた。

ストルティオは、ククルにそっと発言を促す

「…はい、では申し上げます」

震える声でその場に立つククルに同情の視線が集まる。

「衣装屋がオーダーを受けてくれませんでした。アラウダ様のお名前を出して断られました。」

その後もククルは、アラウダの嫌がらせの告発を続けた。

「他の方と軽々しく交流をするなと言われました。」

「迎賓棟の池へ落とされて…本当に、怖かったんです…死ぬところでした」

「お祖母様との、思い出の品を壊されました…。大切な物だったのに…」

次々と嫌がらせの内容を語るククル。

「それから、アラウダ様がお見かけしない男性と一緒にいるところを偶然見ました。その後から…」

そこで、ククルは声を噤む。

「男との密会現場をみられたと気づいた貴様は、ククルへの嫌がらせを始めたな!」

ビシッとストルティオは指さす。

「私とて、無能ではない。既に証拠は押さえてある!」

勝ち誇ったような顔で、一冊のファイルを掲げる

「迎賓棟の入館リストだ!お前はこの迎賓棟に男を連れ込んだ!しかも夜にだ!男と入っていったとの証言も記録もある!学生として勉学に励む場でなんとふしだらな!」

鼻息荒く、誇らしげに“証拠”を口にするストルティオ。

「…なるほど、では他の罪も既に証拠は揃えておいでだと?」

アラウダは冷静に言葉を落とす。

「もちろんだ。言い逃れは出来ない。」

ストルティオはニヤリと嗤う。

アラウダは、ゆっくりと目を閉じた。

――そして

「お話は、わかりました。全ての罪を認めましょう」

その言葉に会場のざわめきが止まらない。

「では殿下。婚約破棄に伴う確認書類がございますので、先にご署名を」

アラウダの従者が、書類を差し出す。

「ハッ、用意のいい事だ。その心がけに免じで慈悲をやる」

ストルティオはそう言うと、書類の内容もろくに見ず乱暴に署名した。

「これで満足か?」

「ええ、それから…」

アラウダの声に、今度は水を打ったように静まり返る

「私にも弁明の機会をいただけませんこと?殿下のおっしゃる罪の裏付けに対して」

ストルティオは少しの間のあと

「ハッ…いいだろう。貴様の罪は消えないが、弁明の機会を与えよう」

と、吐き捨てた。

アラウダはそれを聞くと、背筋を伸ばし一歩前に出る。

「私のせいで、ドレスのオーダーができなかったとか…。お詫びに、スカノルス男爵令嬢のオーダー票を元にドレスを作らせましたの」

すっと、手をあげると従者が箱を持って現れる。

「因みに…殿下はククル嬢のドレスについてご意見なさいました?」

ストルティオは、馬鹿にしたように答える。

「ドレスの内容には口出ししない。ククルの求めるままに作ればいいと金額の縛りもしていない」

アラウダには花一輪贈ることすら惜しんだ男が、ククルには金額の制限すら設けないらしい。

別に、この男から花を贈られたいわけではない。

ただ――その価値判断の軽薄さに、眩暈がした。

従者が箱を開けた瞬間、会場がざわめいた。

うす桃色のドレス。

だが問題は、その刺繍だ。

王家に仕える貴族ならば誰もが知っている。

それは、次期王太子妃のみに許された意匠。

国章を模した刺繍だった。

「彼女が注文しようとしたのは、アルヴェンシス侯爵家が王家より賜った特別意匠です」

アラウダは静かに言った。

「衣装店が断った理由は単純。『国家象徴偽造罪』に問われる可能性があったからですわ」

スッとドレスを指さす。

「衣装店は法に則り、即座に私と憲兵隊へ通報してくれましたわ」

シンと静まり返る

「これを…私の圧力と仰るのは、少々無理がありますわね?」

ククルの顔から血の気が引く。

「だって…知らなかったんだもん」

ひと言呟いた

「ク…ククルは最近男爵家に引き取られた。貴族のルールに疎い。これから学べば済む話しだ」

ストルティオは苦し紛れに、ククルを庇う。

次期国王に座する者が、そこを庇うのか。

アラウダは、込み上げる頭痛を堪えるように息を吐いた。国家象徴に関わる罪を軽視するなど、王族として致命的だ。

――この男に、国を背負わせるつもりだったのか。

もはや、かける言葉もなくアラウダは続ける。

「それから、“他の方との交流を咎めた”のではありません」

アラウダは、ククルの隣に立つ男へゆるりと視線を向けた。無駄に大きな体を誇示するように立つその姿は、さながら着飾った南国の鳥だ。桃色の髪まで含めれば、なおさら。

「そちらの騎士見習いであるロセウス様が、学園内でククルさんに付き従い、不適切な距離で密着していましたの」

パタン、と扇を閉じる。その先端をそっと唇へ添え、アラウダは小さく首を傾げた。

「そのため、“アルヴェンシス侯爵令嬢として、騎士団とロセウス様のお家の名誉のため”に忠告しただけですわ」

そして今度は、閉じた扇の先をロセウスへ向ける。

「騎士見習いでありながら、一令嬢に付き従ってばかりとは……随分と自由な騎士団ですこと」

くすり、とアラウダは笑った。

横目で見遣られた騎士指導官は、滝のような汗を流していた。

「次に、お祖母様との思い出の品…でしたわね?」

その言葉に、挽回のチャンスとククルが飛びつく

「こっ!これです」

ククルは壊れたペンダントを両手で包み込むように掲げた。

今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、震える唇で言葉を紡ごうとする。

――だが。

「あら……こちらかと思っておりました」

アラウダは、細い指先でチェーンを摘み上げる。

シャラリ、と音を立てて揺れたロケットペンダントに、ククルの顔色が一変し、儚げな少女の面影は消え失せる。

まるで獲物を奪われた獣のような形相だった。

会場の空気が凍りつく。

先程まで涙を浮かべていた令嬢とは、まるで別人だった。

「っ!!なんで!なんでそれを!」

手のひらの“思い出のペンダント”を投げ捨てアラウダに走り寄る。

「返せ!!」

ペンダントを取り戻そうとククルが掴みかかる。

だがアラウダは、慌てることなくその手首を取った。

「はしたないですわよ」

するり、と。

まるでダンスへ誘うような滑らかな動きで身を翻し――ククルの体を引く。

次の瞬間。

バシャッ!!

盛大な水飛沫が上がった。

アラウダはククルを池に突き落とした。

だが。

池へ落ちたククルの体は、くるぶしほどしか沈まない。頭から大量の水飛沫を浴びたククルは、尻もちをついた姿勢のまま、呆然としてアラウダを見上げていた。

「こちらの池で、溺れかけましたの……?」

アラウダは小首を傾げる。

「この、装飾用の水深二十センチの池で?」

会場は静まり返っている。

「さて、彼女が私に池に突き落とされ、死にかけた日ですが…彼女以外に目撃者や証言は?」

ストルティオに向けて言葉を発する。

アラウダのあまりに堂々とした態度に、ストルティオの額から冷たい汗が伝う。自身の動揺をかき消すように、声を荒らげてロセウスを指差した。

「っ……目、目撃の証言がある!そうだな、ロセウス!」

「は……はい!」

ピンク頭が前に出る

「五か国共同視察の日に、ずぶ濡れになったククル嬢を保護しております!すこし、ククル嬢と離れた隙でした!」

このような状況においても、威勢よく証言するロセウス。

「ちょうど殿下が迎賓棟の入館リストをお持ちですわね。貸して頂けます?」

従者は、ファイルをアラウダの元へ運んだ。

「その五か国共同視察の日…。殿下この迎賓棟、どなたがお越しだったかご存じで?」

「そんなものは知らん!些細な人の出入りを一々覚えておけるほど、王族は暇ではない!」

ストルティオは苛立って答える。

「…隣国の王女が、学園見学にいらしております」

スッとアラウダの言葉に温度が下がる、

「些細な…ですか」

周囲の貴族たち、そして上座に座る国王の顔色が変わったことに、ストルティオは気づかない。

アラウダは再び、ロセウスに視線を向ける

「その日、迎賓棟は王宮認証を受けた者しか立ち入りできなかったはずですわね?ロセウス様も警備に立っていたのではなくて?」

ロセウスの顔が引きつる。

アラウダはゆっくり首を傾げる。

「警備担当でありながら、未認証の令嬢を伴っていた、と」

アラウダは、ゆるりと視線を巡らせる。

「この国の騎士の質が問われますわ。――ねえ、フェニコプテルス子爵閣下?」

その視線の先で、ロセウスの父親が泡を食ったように平伏した。

いよいよ己の不利を悟ったのか、ストルティオは最後の切り札を突きつける。

「しかし!お前は夜、この迎賓棟へ男を連れ込んだ! その事実は変わらん!!」

ここで引き下がるわけにはいかないのだろう。

自らを鼓舞するように、声を荒げる。

「しかも五か国共同視察の日にだ!人の非を責められる立場か!お前とてロセウスと同じではないか!!」

先程まで味方にしていたロセウスを、あっさりと切り捨てる。

「ええ。お会いしておりましたわ」

会場がざわめいた。

ストルティオが、勝ち誇ったように口角を吊り上げる。

「認めたな!」

アラウダは、ふう、と小さく息を吐いた。

「……五か国協議における、ペレグリヌス王国との事前調整ですもの」

手元の入館リストをゆるりと開く。

「あちらの王太子殿下のご都合で、夜になっただけですわ」

そう言って、該当箇所を周囲へ見せるように掲げた。

「こちらのサイン、ペレグリヌス国章の蝋印付きですわよ?」

ここまで無能だったとは。

アラウダは精一杯、侮蔑を込めて微笑んだ。

「……殿下。ご自身で提出なさる証拠くらい、内容をご確認なさっては?」

尻もちをついたまま、池の中で動けずにいるククル。

アラウダは、そっと彼女に近づき、先程のロケットペンダントを取り出す。

「こちらは、スカノルス男爵令嬢が孤児院より引き取られた際にお持ちだったもの…ですわね?」

ククルは答えない。アラウダはそのまま進める

「ククル嬢は、家出されたスカノルス男爵家のお嬢様の忘れ形見。孤児院に居たところを男爵夫人…彼女のお祖母様が保護されたと…」

シャラ…またロケットペンダントが揺れる

「そしてこれが、孫娘である証拠」

ペンダントトップを開く、中には人物の絵姿。

淡い銀髪に緑の瞳の女性が、同じ瞳と髪の色の赤ちゃんを抱いている。

アラウダはククルへ視線をゆっくり向ける。

「あら?ククル嬢。御髪の色が…」

そう言われた、ククルは水面を見た。

そこに映る自身の髪色に言葉を失う…。

水滴と共に銀糸のようだった髪から色が流れ落ち、その下から別の髪色が現れる。水に濡れたことで、染髪薬が流れ落ちた。

「あら。本当の色は、茶色ですのね…瞳の色は同じ。そこを利用し成り代わりましたのね」

アラウダの言葉に、弾けたようにククルは立ち上がった。

「あんたなんかには分かんないわよ!最初から恵まれた環境にいるあんたなんかには!!!」

静まり返った会場に、ククルの叫び声が響く

「病気で死んじゃったんだもん!あのこ!だから!いいじゃない嘘でも!お祖母様だって、孫娘が手元に戻って喜んだ。死んでるなんて悲しませるより、偽物でも孫帰ってきた方が…わたしも!お祖母様も!幸せなのよ!あんたにとやかく言われる筋合いないわ!あんたは!関係ないのよっ!!」

ククルは、もはや取り繕うことすら忘れたようにアラウダへ喚き立てる。その顔に浮かぶのは、嫉妬と憎悪だけだった。

「ええ、貴方のような考えは分からないわ。」

スッと息を吸う。

「人の物を奪いとって、それを正当化する人間の考えなんて。これは、生まれの問題ではないわ。人間としての資質の話。」

ククルに視線を向ける、そこに憐れみは一欠片もない。

「私に関係ない?あなたが始めたことでしょう?」

アラウダは肩を竦めた。

「そうでなければ、私はあなたの存在など歯牙にもかけなかったわ」

まるで取るに足らない揉め事に巻き込まれたかのように。

「王太子の婚約者の地位を欲して、私を貶めようとした。ククルの時のように、貴女の謀り、誰にもバレずに簡単に奪えると思った?」

その言葉に

「どっ…どういう事だ」

ストルティオが口を挟む。

「本当に、本物のククルは病死だったのか?」

バサッと扇を再び開く。

「男爵家から迎えが来る直前まで、健康優良児。風邪一つ引かない子だったと報告にあるの。――それが、引き取られる直前に突然死んだ…妙、ですわよね?」

衝撃の展開に、声を発するものは一人もいなかった。

「さて」

パンとアラウダは扇で手を叩いた。

「皆様。このような浅ましい行いも見抜けず、誑かされた王太子の罪も重いと、私考えますの」

先程までの低い声とは違う、少しトーンを高くした声で最後の仕上げにかかる。

「ですので…アルヴェンシス侯爵家は第二王子シグナス様を王の後継として後押し致します」

朗らかな声で宣言した。

「そして、その婚約者は我が妹に」

会場の端にいたシグナスとアラウダの妹に視線が集まる。

「な…何を勝手を言っている!!」

ストルティオは声を荒げる。

「あら、勝手とは…殿下先ほどの婚約破棄の書類にその旨も全て承諾するとございましたわよ」

いつも、契約事はアラウダに任せきりだった。読まずにサインするのは想定済みだ。

「それから、五か国協議の件、“私の”手の者は全て退かせていただきます。」

「なに!?」

ストルティオは顔色を失った。

周りには、アラウダは自分の補佐でほとんどの事は自分が取り仕切っていると吹聴していたストルティオ。しかし、アラウダの力なくしてこの協議を有利に運ぶ事は到底不可能だ…。

この五か国協議の失敗

――それが意味するところは 廃太子

愕然とするストルティオにさらに追い討ちをかける。

「ありがたい事に、私再婚約のお話頂いてますの」

少し恥じらうように笑みが漏れる。

「そのお方を、私の持てる全てでお支え致しますわ。」

カツン⋯静まり返る会場に足音が響く。

「そろそろかと、迎えに来たよ」

その声の主――ファルコ・ペレグリヌス

五か国協議最大の難関、ペレグリヌス王国の王太子。

そして、ストルティオが“密会相手”と断じた男だった。その手中にアラウダの情報のすべてが加わる。

「こちらとしては難航を覚悟していたんだが……」

ファルコは小さく肩を竦める。

「今回の協議で最も価値あるものを得たのは、どうやら私らしい」

その声音には、隠しきれない愉悦が滲んでいた。

ファルコはそっとアラウダの手を取った。

「では皆様、ごきげんよう。悪役令嬢は退場致しますわ。この先も、皆様に幸多からん事を」

アラウダは、優雅にお辞儀をして踵を返す。

「ま⋯て⋯」

ストルティオが、掠れる声でアラウダに手を伸ばす。

アラウダは、足を止めスッと冷めた視線を向ける。

「なぜ⋯このような⋯」

愛した人には殺人の疑いがあり、これまでの功績と王太子としての地位を失う。立ち上がる気力も無くし、床に座り込むストルティオ。

ククルを正妃とした暁には、罪を認めたアラウダを側妃にして、今まで通りに仕事をさせる。そのような夢物語を描いていた。アラウダが自分から離れるはずなどないと、疑いもしなかった。

だが、――アラウダが居なくなれば、全てを失う

今、初めてそれを理解した。

自分は、王太子だったのではない。

アラウダに“王太子でいさせてもらっていた”のだと。

アラウダは、座り込むそれを見下ろすと、ゆるりと扇を開く。

その姿は、先程ストルティオが糾弾した“悪役令嬢”そのものだった。

「だって貴方が言ったのよ『お前は悪役令嬢だ』と」