軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.49 交渉成立

『 セ、セオドリック…… お前、本当に……生きて…… 』

グリゴリーは顔を歪ませ、その瞳には大粒の涙が浮かんでいます。

私はセオへ隣に座るように促すと、彼は少し距離を空けて、ソファへ静かに腰掛けました。

『 ええ。 トレヴァント辺境伯領で冒険者ギルドマスターに拾われて、冒険者として暮らすことが出来たので、今日まで無事に生きておりました 』

『 ご心配をおかけしてしまいましたね 』と、少し申し訳なさそうに眉をハの字にして、穏やかに微笑んでいます。

『 ……ああ。 その顔、姉上にそっくりだ。 すまない、お前を守ってやれなくて…… 俺は、ずっと…… 後悔を…… 』

堪えきれず、グリゴリーの頬に涙が伝いました。

彼は、ずっとお姉様の忘れ形見を守れなかったと、自責の念を抱き続けていたのでしょう。

ですが、分家として領民たちを守らなければならない以上、本家に逆らうことは許されません。

ましてやお姉様の件で、アラクチェーエフ家は予算を削られて赤貧状態だったと聞きました。

先々代当主が、セオを手元に置く為にあえて困窮させたのか…… 当人が亡くなっている以上、真相は藪の中ですね……

『 閣下。 私はセオをトレヴァント辺境伯家の当主に推すつもりですの 』

セオから目を離せずにいたグリゴリーが、私の言葉を聞き、弾かれたようにこちらを見ました。

『 ……いいのか? そんなことをしたら、あなたは辺境伯夫人ではいられなくなるのだぞ? 』

『 私はS級冒険者でもありますが、商会も経営しておりますの。 やりようによっては、自ら爵位を得ることも可能ですので、お気になさらないでくださいませ 』

微笑みを返すと、グリゴリーは困惑を隠せない様子で沈黙しました。

『 叔父上。 セシリア様の言葉は信じても大丈夫ですよ。 この方は、嘘を吐くようなお方ではありませんから 』

『 ……しかし。 いくらお前を教育したからとはいえ、彼女がそこまでお前を推す理由が、私には分からん 』

セオが安心させるように紡いだ言葉に、グリゴリーは本音を漏らしました。

『 ……そうですわね。 しいて言うのなら、現当主が『 相応しくない 』から…… でしょうか 』

理解が追いつかないという表情の彼に、私は淡々と『 現実 』を説きました。

『 今後、クロンヴァルト帝国との国境はヴィクトリア皇女殿下の降嫁によって、余程のことがない限り安定するでしょう。 ですが、セキトフとトレヴァントの国境は違いますわ。 先代から続く因縁もさることながら、セキトフの『 食糧難 』がある限り、再び侵略行為が起きてもおかしくないと思っておりますの 』

私の言葉に、グリゴリーは苦々しく顔を歪めました。

セキトフが何度も侵略行為を繰り返した根本的な理由は、土地が痩せ、慢性的な食糧難に陥っていたからです。

ただ食糧支援するだけでは限界があります。

『 セオが領主となれば、両国の強固な架け橋となりますわ。 それは先々代セキトフ辺境伯閣下がお望みになった不可侵協定の『 証 』であり、『 楔 』となるでしょう。 国境が平穏になれば、ヴォルガルド公国とも正式な国交を結ぶことも可能になりますわ 』

グリゴリーが、ハッとした表情を浮かべました。

そうです。今現在、ヴォルガルド公国とは国交がありません。

セキトフとトレヴァントが、長く啀み合っていたことも起因しています。

ですが国交が開ければ、単なる支援ではなく『 土壌改革 』などの技術指導も可能となります。

反対にセキトフからも、スタンピードの際に協力を得ることも可能になるのです。

元々、好戦的なお国柄ですので、魔獣ごときに怯むことはないでしょう。

私は両手の掌を上に向け、魔法陣を展開します。

微細な光の粒が集まり、やがて一つの苗へと姿を変えました。

『 これは痩せた土地でも育つ、多収穫の芋の苗ですわ。 約三ヵ月ほどで収穫出来て、一株から相当数が得られます。 今のセキトフには、ちょうどよろしいかと存じますわ 』

目の前に差し出された苗を、グリゴリーは震える手で受け取りました。

慈しむようにそれを見つめる彼の瞳が、再び潤んでいます。

『 不可侵協定を継続していただけるのであれば、私の商会からその苗をセキトフにお譲りいたしますわ 』

『 叔父上。 私も、これ以上両国の領民が戦で苦しむことは望んでおりません。 領主の役目は領地と領民を守ることだと、私はセシリア様から教わりました 』

セオが真っ直ぐと見つめると、グリゴリーはその瞳から、覚悟のほどを読み取ろうとしています。

『 ……お前に、トレヴァントが変えられるか? 』

『 ええ。 変えてみせますよ。 それが、私に貴族の『 義務 』を教えてくださったセシリア様への報いだと思っておりますから 』

セオは、いつもの『 人好きのする笑み 』を浮かべました。

グリゴリーは苗に視線を落としたまま沈黙し⸺⸺ やがて、射抜くような視線を私に向けました。

『 ……協定継続の条件がある ……まずはセオドリックをトレヴァント辺境伯家の当主とすること。 そして、姉上に薬を盛った者たちを処罰すること…… 最後に、この苗を譲って欲しい 』

⸺⸺ 落ちましたわね。

私は穏やかに微笑み、その条件をすべて受け入れました。

苗は先に手配することを約束し、当主の交代と関係者の処罰には相応の時間が欲しいことを伝えると、グリゴリーは静かに頷きました。

グリゴリーは甥との別れを惜しみましたが、セオは騎士団の副団長です。

長く騎士団を留守にするわけにはいきません。

かなり渋っていましたが、セオの『 また会いに来ます 』という微笑みに納得し、私たちはトレヴァントへと転移しました。

別邸に戻ると、私たちは執務室へ移動しました。

グリゴリーがお茶を供する隙を与えなかったせいで、喉が渇いています。

ノインはそれを察し、既に手際よくお茶の準備を始めています。

……セキトフ家の侍従も、いつか教育し直してあげようかしら?

「 セシリア様、いかがでしたか? なかなか上手く演じられていたでしょう? 」

ソファに深く腰掛けると、セオが満面の笑みで問いかけてきました。

「 ……そうですわね。 及第点、といったところでしょうか? 」

「 ええっ!! 厳しいなあ!! 」

「 見る人が見れば、作り笑顔とバレバレでしてよ? グリゴリーだから通用したと思いなさいな 」

セオは口を尖らせて不服そうにぶつぶつと呟いていますが、彼がいたからこそ交渉が成立したのです。

私はセオに視線を戻し、こっそり小さく微笑みました。

セオとのやり取りの間に、ノインが供してくれた紅茶のカップを口へと運び、ふうと一息つきました。

ベルガモットの香りが、張り詰めていた神経を優しく解きほぐしてくれます。

「 ……さて。 次は、王都へ参らねばなりませんわね 」

私は窓の外…… 遠い王都へと繋がる空を見つめ、再び紅茶に口を付けました。