軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.21 直面

今日も 皇女(あの女) が、やって来る。

「クララ様、ごきげんよう。今日はお茶の作法をおさらいいたしましょう」

…………また、基本作法。

幼い頃に身に付けたはずのものを、「あなたの所作は、すべて間違いなのよ」と突き付けるかのように、毎日一つずつ、丁寧に塗り替えられていく。

「……はい、承知いたしました……」

離宮の庭園へ移動すると、既に席は整えられていた。

皇女が優雅に腰を下ろしたのを確認してから、私も席に着く。

テーブルの上にはスリーティアーズが置かれ、使用人たちが手際よく紅茶の準備を進めていた。

ちらりと皇女へ視線を向けると、彼女は優美な扇子を広げ、こちらを見て柔らかく微笑んでいた。

緩く波打つベージュブロンドの髪、小さくて可憐な顔立ち……傍目には、 至(・) ら(・) ぬ(・) 側妃を気遣う『お優しく気品のある王太子妃様』に見えるのだろう。

……でも、違う。

皇女は『こちら側』だ。

いつも優しい顔で微笑んではいるけれど、私には分かる。

皇女(この女) の笑顔は、お姉様と同じで精巧に作られた偽物だ。

皇女の本性は、恐らく冷酷で狡猾な人間のはずだ……

…………でも、だから何だというの?

私は『完璧な淑女』と呼ばれたお姉様からハインリヒ様を奪い、舞台から引きずり落としたのよ?

皇女(この女) の方が 上手(うわて) だというなら、私はそれを超えるまでだわ!!

供された紅茶に、皇女が先に口を付ける。

毒が入っていない事を示してみせると、皇女はにっこりと微笑んだ。

「さあ、クララ様もどうぞ」

「……ええ、ありがとうございます」

作法通りにカップを摘むように持ち、ゆっくりと口を付ける。

「いかがかしら?」

「……珍しい茶葉ですのね。初めていただくお味ですわ」

素直に答えると、皇女はくすりと笑った。

「ええ、クロンヴァルトから持ってきた私のお気に入りですの。よろしければ、お持ちになって」

断る理由もなく「ありがとうございますわ」と、受け流す。

けれど、皇女が頬に片手を添えて、困ったように小首を傾げた。

「ですが……以前、アシュフォード公爵令嬢……あら、今はトレヴァント辺境伯夫人でしたわね。夫人もこの茶葉をお気に召したようでしたので、少しお分けしたのですけれど……」

「あなたは飲ませてもらえなかったのね」と、言外に滲ませた。

「……姉は……普段、家族とはティータイムを、共にしておりません、でしたので……」

私は俯きながら震える声で答えると、膝の上で拳を強く握り締めた。

その時、皇女の目が細められ、扇子の陰で冷ややかな嘲笑を浮かべていたことに、私は気付いていなかった。

「アシュフォード公爵令嬢。手をテーブルの上へお出しください。俯くことも許されません。ホストに対して失礼です」

皇女の侍女の冷ややかな声で、はっと意識を引き戻される。

「まあ、そうでしたのね。ふふっ、夫人は独り占めしたかったのかしら?」

顔を上げれば、皇女は変わらずに笑みを浮かべていた。

「そうかも、しれませんわね」と、何事もないようにカップへ手を伸ばしたけれど、怒りに震える指先までは隠せなかった。

ハンドルを指で掴むとカップがソーサーに触れ合い、カチャカチャと不快な音を立てる。

「アシュフォード公爵令嬢。食器の音を立てるのはマナー違反です。お気を付けください」

侍女がそう告げた瞬間、私は我慢出来ずに「申し訳ありません!」と声を上げ、ガシャンと大きな音を立ててカップをソーサーの上に戻した。

そして、動揺したかのように装い、悲痛な表情を作りながら目を伏せた。

「……驚いたな。これほどマナーがなっていないとは」

その声に弾かれたように顔を上げ、視線を向けた。

そこには、待ち焦がれたハインリヒ様の姿があった。

「ハインリヒ様!!」

やっぱり、私を忘れられなかったのね!!

私は席を立ち上がり、ハインリヒ様のもとへ駆け寄った。

きっと、以前のように、強く抱き締めてくれると信じて……

けれど⸺⸺ハインリヒ様は私を視界に入れることすらなく、素通りすると 皇女(あの女) のもとへ向かった。

「ヴィクトリア、大丈夫か?」

「まあ、ハインリヒ様。心配してくださったの?」

皇女の手を握り、その指先にそっと口付けを落としているのが見えた。

……私は、あんな風に慈しまれたことが、あっただろうか?

「大変なら教育など止めてもいい。どうせ、『表に出ることはない』のだから」

ハインリヒ様は 皇女(あの女) を抱き寄せ、吐き捨てるように言った。

「……表に出ない?……それ、どういう……」

「あら?彼女はご存知ありませんの?」

私が零した呟きを拾い、皇女が不思議そうにハインリヒ様を見上げる。

すると、ハインリヒ様はこちらを憎々しげに睨み据えた。

「……どういう事か、だと?自分が何をしたのか、まだ理解していないのか? 本(・) 来(・) な(・) ら(・) 君は毒杯を賜るはずだった。君のついた嘘のせいで、王家は一度、正当な婚約を破棄させられたのだぞ?」

そこからは、ハインリヒ様の言葉が上手く頭に入ってこなかった……

一度お姉様との婚約を破棄したから、続けて私との婚約を白紙にするわけにもいかず、かといって毒杯で死んだことを病死としても不審に思われる。

……だから、皇女の『慈悲』で側妃として『置かれている』に過ぎない……

…………何、それ……

私とは子を成すつもりもないし、この離宮から出すつもりもない?…………

……じゃあ、私は何で、何の為に、ここにいるの?……

……何故、こんな無意味な礼儀作法を学ばされて、耐えているの?……

「それは、いつ何があるか分からないからですわ。今学ばれている事は、側妃として、王家の恥にならない為の最低限の『嗜み』ですもの」

皇女はハインリヒ様の腕に自分の腕を添えながら、哀れむような表情で告げる。

足元がガラガラと音を立てて崩れていく……

私はよろよろと、その場に崩れ落ちた。

「……ヴィクトリアが私の正妃になってくれて本当に良かった。セシリアやアーサーは完璧だったから、君がまさか、最低限の作法すら身に付けていなかったとは……」

『セシリア』

その名がハインリヒ様の口から出た瞬間、急に目の前が真っ赤に染まった。

私は俯きながら、気付かれないようにドレスを強く握り締める。

「クララ様、大丈夫ですわ。私とハインリヒ様が挙式をする頃までには、王族として最低限の『形』には整えて差し上げますから」

ゆっくりと紡がれ、反響して聞こえる声……

皇女の顔を見上げた視界が、ぐにゃりと歪み、お姉様の顔と重なって見える……

……ああ、また……またなの?

……お姉様、まだ私の邪魔をするのね?

憎しみと怒りで頭の中が塗り潰され、私はそのまま意識を手放した。