軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 2ー6

「さて、なにをしていたか話してもらいましょうか」

アリアドネがそう口にすれば、シビラは目に見えて震え始めた。

「もう一度聞くわよ。私の部屋で、なにを、していたのかしら?」

「わ、私はただ、アリアドネ皇女殿下のお部屋の掃除をしていただけです」

「……見苦しいわね」

アリアドネがパチンと指を鳴らす。それを合図に女性が部屋に入ってくる。それが、さきほど連絡役を名乗った女性、アニスだと気付いたシビラ達の顔が絶望に染まった。

「さっき自白したのに、もう忘れてしまったんですか?」

「――あ、貴女! ジークベルト殿下の連絡役だって言ったじゃない!」

「ば、ばかっ!」

デリラが思わずといった感じで叫び、慌ててルイーゼが止める。

だが、すべては手遅れだ。

「いまのは言い逃れできないわよ。さあ、説明してくれるかしら?」

「あ、あぁあぁっ……」

デリラが悲鳴にも似た声を上げる。

それを横目に、ルイーゼがガバッと頭を下げた。

「ご、誤解です。すべてはアリア皇女殿下のご命令だったんです!」

「……ふぅん? 詳しい話を聞かせてもらおうかしら?」

「は、はい。最初は、アリアドネ皇女殿下の成績をラファエル陛下にお伝えする、という役目でした。その過程で、ジークベルト殿下にも情報を寄越すように言われたんです」

(なるほどね。お母様は、私を才女として育て上げ、それを口実にお父様の寵愛を受けようとしていた。だから、その話の辻褄は合っているわね。だけど……)

アニスの報告によれば、先日の件とほのめかしたとき、デリラとルイーゼは酷く怯えていたという。そこから考えられるのは、暗殺者を内部に招き入れた犯人が、デリラとルイーゼである、という可能性だ。これは他の調査内容と合わせて考えるとほぼ間違いがない。

なのに、アリアの命令に従っていたというのは辻褄が合わない。

(お母様が口を利けない状態だからって、すべての責任を押し付けるつもり? お母様の暗殺に関わりながら、お母様の命令だった、なんて、ふざけたことを言ってくれるじゃない)

自分を利用した悪辣な人々には復讐を。

さきほどの一言で、ルイーゼはアリアドネが復讐すべき敵となった。

「ア、アリアドネ皇女殿下、私達をどうするつもりよ!?」

デリラがいきなり生意気な口を利く。

だが、アリアドネはその暴言を一度だけ見逃した。

「……それを考えているところなんだけど?」

「な、なら、私達の拘束を解きなさい」

「なぜ?」

「ルイーゼの話を聞いていなかったの? これは、ジークベルト殿下のご命令なのよ。なのに、忘れられた皇女ごときが私達にこんなことをして、どうなるか分かっているの!?」

「……ふふっ、ずいぶんと面白いことを囀るわね」

この状況で私を脅してくるほど愚かだとは思わなかった――と、アリアドネは嗤う。

「な、なによ、なにがおかしいのよ!」

「捨て駒ごときがなにを勘違いしているのかしら」

アリアドネが真冬に吹き荒れる嵐のような声で言い放った。

「……え?」

「たしかに、ジークベルト殿下に噛みつけば私も痛手を負うでしょうね。でも、真っ先に切り捨てられるのは貴方達よ。それを分かっているのかしら?」

「……な、なによ。共倒れになりたくなければ、とでも脅すつもり?」

「貴女にそんな価値はないわ」

虫けらを見るように見下して、「貴方達は横領の罪で追放されるのよ」と囁いた。

「お、横領? なんのことよ!?」

「あら、横領も知らないの? 自らが扱っている他人のお金を着服することよ」

「ば、ばかにしないで! 横領くらい知ってるわよ。そうじゃなくて、私は横領なんてした記憶はないって言ってるのよ!」

「だからなに? 証拠がなければ作ればいいでしょう?」

「……は?」

意味が分からないと、デリラは声を失った。

そんな彼女から視線を外し、ハイノへと視線を向ける。

「彼女達が横領していた証拠、用意できるわよね?」

「……あまり気は進みませんが、可能かどうかといえば可能です」

「ちょ、それって捏造じゃない!」

デリラが叫んだ。彼女を拘束している騎士が口を閉じさせようとするが、アリアドネは構わないと言って、それを止めさせた。

「デリラ、心配しなくても大丈夫よ。貴女はすぐに罪を認めるから」

「な、なによ。どういうことよ?」

「考えてもみなさい。腐っていても、貴女は子爵家のご令嬢だもの。貴女が罪を否定すれば、正式な裁判になるでしょう?」

「と、当然よ。そしたら、無実を証明してやるわ」

当然と言っているが、裁判になることすら思い至っていなかったのだろう。デリラが混乱している様子が手に取るように分かる。

アリアドネは笑って頷いた。

「そうね、無実を証明できるかもね。でも、その騒ぎは確実に、ジークベルト殿下の耳に入るでしょう。そうしたら、なにが起こると思う?」

アリアドネが密偵に気付いた――と、ジークベルトは考える。

それに気付いたデリラ達が青ざめた。

「ジークベルト殿下は、貴方達を尋問するはずよ。なにを話した? とね。貴方達は当然、なにも話してないと主張するのでしょうね。でも、彼がそれを信じてくれるかしら?」

アリアドネがそうだったように、デリラ達も捨て駒でしかない。

その捨て駒が、色々と情報を持ったまま生き残った。裏切っていたなら、証言台で不利な証言をされるまえに消す必要があるし、そうでないとしても口を封じた方が安全だ。

どちらにせよ、傷ありの令嬢を闇に葬る程度、皇女を消すほどの手間はない。

「殺されなければ御の字よねぇ?」

アリアドネは扇子で口元を隠し、斜めに彼女達を見下ろした。

状況を理解した彼女達がガタガタと震え始める。

「……お、お許しください! すべては、シビラに唆されたことなんです!」

「そ、そうです。彼女がジークベルト殿下につくべきだって、そう言ったんです!」

デリラとルイーゼが見苦しく叫んだ。罪を擦り付けられようとしているシビラを見れば、彼女は指先が青白くなるほどに服の裾を握り締めて黙り込んでいた。

「そう。彼女が主犯なのね?」

「そ、そうです! 私達は巻き込まれただけです!」

「……いいわ。信じてあげる。二人は軽い横領をした――という名目で解雇するに留めてあげるわ。多少の恥を掻くことにはなるけど、牢屋に入れられるよりはマシでしょう?」

「あ、ありがとうございます!」

二人はそろって頭を下げてその身を震わせた。

(自分達の置かれた状況にも気付かず……馬鹿な子達)

回帰前にアリアを死なせた者達の一人だが、自ら手を下す価値もないと突き放す。

「他の者と話すことは許しません。いますぐ荷物を纏めて出て行きなさい」

「は、はい。ただちに!」

拘束を解かれた二人が部屋を後にする。その横顔はアリアドネが予想したとおり、上手く切り抜けられたとでも言いたげな、歪んだ笑みに満ちていた。

「貴方達、彼女らが皇女宮でよけいなことをしないように外まで送りなさい」

「「はっ!」」

彼女らを拘束していた騎士が、二人の後を追い掛ける。それを見送ったアリアドネは「待たせたわね、シビラ」と自分の侍女に視線を向けた。

「さて、なにか言いたいことはあるかしら?」

「……さっきの二人はどうなるんでしょう?」

「あら、軽い横領を理由に解雇するって言ったはずよ?」

「で、ですが、そんな理由で解雇すれば、密偵だと気付いた上で、裏取引をしたと言っているようなものじゃありませんか! ジークベルト殿下だって……」

「ええ、同じように考えるでしょうね」

これが、なにか罰を与えての解雇なら、まだ考える余地はある。他の罪がバレてしまったけれど、内通者であることはバレなかった可能性もあるから。

だけど、ろくに罰も与えられずに解雇された二人を見て、ジークベルトはどう思うだろう?

(私が彼の立場なら、二人が裏切った可能性を疑うでしょうね。そして捕まえて尋問する。彼女達がそれに耐えきれるはずもないけれど……)

アリアドネは、彼女達がジークベルトの内通者である事実とその目的は聞き出した。だけど、アリアの暗殺未遂の件については一切触れていない。

ゆえに、彼女達は命懸けで主張してくれるだろう。自分達は暗殺者の件については喋っていない。アリアドネは、ジークベルトが暗殺未遂に関わっているとは気付いていない――と。

そうすれば、ジークベルトがアリアドネに向ける疑いの目は、少しだけ緩和するはずだ。

「アリアドネ皇女殿下は、あの二人を殺すつもりなんですね」

アリアドネは答えず、小さな笑みを浮かべた。

おそらく、二人はジークベルトに処分されるだろう。もし生き残っても問題ない。そのときは、あらためて処分すればいい。

アリアドネは、母を裏切った二人を許すつもりはなかった。

「ところで、それは同情? それとも、自分の行く末が気になるから聞いているの?」

「……皇女殿下を裏切った以上、覚悟は出来ています」

「そう。殊勝な心がけね。余計なことを言わなかったのもそれが理由かしら?」

「いえ、それは……手紙に書かれていましたから」

アリアドネが机の中に仕込んでいた手紙のことだ。それを見るであろうシビラに向けて『よけいなことを口にしたら死ぬことになる』と書いておいた。

彼女はその言葉が自分に向けられたメッセージだと理解し、よけいな口を利かずにいた。

「思った通り、貴方は優秀ね」

「……優秀なら、このような目に遭ったりしません」

「それは……どうかしら」

回帰前、優秀な者達がたくさん死んでいった。

いや、その多くは、アリアドネが謀略で殺したのだけど。

「シビラ、なぜ私を裏切ったの?」

「それは……言えません」

「そう? なら代わりに言ってあげる。妹を助けるためでしょう? 病気の妹の治療を続けるには、お金が必要だものね」

「――妹は関係ありません!」

シビラが弾かれたように声を上げた。

「関係ない? なにを言っているの? 貴方は妹のために、主である皇族を裏切った。それは紛れもない事実でしょう?」

シビラの顔が絶望に染まった。

「どうか、どうかご容赦を! 私はどうなってもかまいません。ですから、どうか家族だけは、妹だけは助けてください!」

絨毯に額をこすりつけて懇願する。

(私が陥れた善良な人々には償い、私を利用した悪辣な人々には復讐するのが私の信条。そして、シビラが私を裏切ったのは紛れもない事実よ。だけど――)

「シビラ、一つだけ答えなさい。毎年、私の誕生日になると必ず、部屋に小物が増えていたんだけど、それは……貴方の仕業?」

「……はい」

(シビラは私を裏切った。でも、私もよい主じゃなかった)

シビラが裏切ったのは妹を守るためだった。アリアドネがもう少しだけ、シビラに目を向けていれば、彼女が裏切る必要はなかっただろう。

なにより暗殺者の件をほのめかしたとき、シビラだけが違う反応を示したことも大きい。調べでも、暗殺者を招き入れた容疑者はあの二人で、シビラが無関係なことは分かっている。

だから――

「シビラ、私の駒になりなさい。その代わり、妹の面倒は私が見てあげる」

「人質、ということですか」

「優秀な子は好きよ」

シビラの顔が苦悩に満ちる。

ここまでは、自分を裏切った彼女への復讐だ。

そしてここからは、自分が不幸にしてしまった彼女に対する償いを。

「安心なさい。自由は制限させてもらうけど、医師に治療させるし、望むのなら仕事を与えてもあげる。決して悪いようにはしないわ。もちろん、貴女が私を裏切らない限りは、ね」

静かに見下ろせば、シビラは涙を流して忠誠の言葉を口にした。