軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 1ー5

「私だって別に、悪人以外には酷いコトしないわよ?」

オリヴィア達から、遠回しに残酷だと揶揄された。

そのやりとりをアニスから聞いたアリアドネはちょっぴり気にしていた。彼女とて、最初からカリードが裏切ると決めつけていた訳ではないのだ。

もっとも、裏切るだろうとは思っていたのだが……

とにもかくにも、アリアドネは正式な手紙を出して、ある人物に面会の依頼をした。

その人物というのは――

「あんなことがあったのに、こんなに早く訪ねてくるとは思わなかったわ」

案内された応接間。

悠然とソファに座ったまま、アリアドネを迎えたのはカルラだ。アリアドネはカーテシーで挨拶をして、勧められるがままに彼女の向かいのソファに腰を下ろした。

本日は正式な訪問で、カルラとアリアドネの背後にはそれぞれ侍女が控えている。

「本日は急な申し出にもかかわらず、謁見に応じてくださり感謝いたします」

「なんの話か見当は付いているわ。でも、貴女と私の関係を忘れた訳じゃないわよね?」

カルラとアリアドネは敵対関係にある。アリアドネはジークベルトに復讐を誓っているし、カルラはアリアドネの排除を宣告している。

いまは足の引っ張り合いをしている段階だが、いつかは殺し合うことになるだろう。

だけど、それはいまじゃない。

「優秀な策略家は感情に流されたりいたしません。そして、カルラ王妃殿下が偉大な策略家であることを、私はよくよく存じております」

「貴女に褒められて嫌な気はしないわね。それで……?」

話を続けなさいと促される。

「カルラ王妃殿下はたとえ敵同士であったとしても、自分の利に繋がるのなら、一時的に手を組むことも厭わない、と。そう判断して、私はここに来ました」

「……なるほど。私の考え方はその通りよ。でも、貴女は肝心なことを忘れているわ。ジークベルトと道を違えた貴女は、私にとって大きな障害である、ということをね」

「もちろん忘れていませんわ」

それでもなお、一時的に手を組むだけの利があればいいだけのこと。その程度のことは、いちいち口に出さずとも分かるはずだ――と、挑戦的な瞳を向ける。

「……いいわ。ひとまず話を聞きましょう。貴女の望みは、ホフマン伯爵家の娘の正統性を、王族の名の下に認めさせることでしょう?」

「さすがにお気付きでしたか」

「もちろん。貴女があの伯爵代理と交渉したことは知っているわ。そして彼に裏切られたことも、ね。貴女にしてはずいぶんと脇が甘いと思っていたけれど……そう。裏切られるのも計算の内だったという訳ね」

「誠意のある対応を望んではいましたが……」

回帰前の記憶に基づき、彼が信用できない人物であることは知っていた。

「そう。切り捨てられたのは彼のほう、という訳ね。それで、私をどうやって説得するつもりなのかしら? 手札があるから交渉に来たのでしょう?」

「――こちらを」

アリアドネが合図を送ると、アシュリーがカルラの侍女に魔導具を渡した。その侍女が安全性を確認し、魔導具をカルラへと手渡した。

「これが噂の魔導具ね。なんでも、コストパフォーマンスに優れていて、クズ魔石でも起動が出来る優れもの、なんですってね?」

「はい。それがあれば、クズ魔石の鉱山が価値あるものへと変わります」

「あら、それは言いすぎではないかしら? たしかに、利益は得られるでしょう。だけど、金山ほどの価値はない。輸送費によっては消し飛ぶ程度の利益じゃないかしら?」

「おっしゃるとおりです」

地域を活性化させることくらいは出来ても、莫大な利益を産むほどではない。

実家関連でカルラが所有する直轄領にクズ魔石の鉱山があるにもかかわらず、彼女があまり興味を抱いていないのもそれが理由だ。

だけどそれは、輸送費という問題があるからだ。

魔石の産出地で魔導具を量産すれば、その輸送費を削減することが出来る。逆に、魔導具の生産場所から離れた場所の鉱山ではあまり利益が得られない。

にもかかわらずカリードが裏切ったのは、鉱山による利益がなくとも、第二王子派と手を組めば問題ないと思っているから、というのが一つ。そしてもう一つは、アリアドネが旧レストゥール王都で魔導具を生産するなら、自領にある鉱山の価値も上がると考えているからだ。

だけど、必ずしも旧レストゥール帝都で魔導具を作る必要はない。

「実は、カルラ王妃殿下が管理する土地を少々買わせていただきました」

カルラの眉がピクリと跳ねた。

「……そういえば、正体不明の商会が私の庭でちょろちょろしていたわね」

「さすがにお気付きでしたか。カルラ王妃殿下が条件を呑んでくださるのなら、クズ魔石の鉱山の近くに、規模の大きな魔導具の製作施設を作る予定です」

「……魔導具の製法は伏せるものでは?」

「性能はともかく、製法自体は従来品とたいして違いはありません。放っておけば、すぐに模倣品が作られることになるでしょう」

ある意図を込めて口にする。

(カルラ王妃殿下、貴女なら私の真意に気付くでしょう?)

挑むような視線を向ければ、彼女は不意に目を見張った。

「そう。そういうこと。……貴女、私を利用しようというのね」

アリアドネは静かに微笑んだ。

回帰前のアリアドネは、第二王子派として魔導具を世に広めた。だが、第一王子派がすぐに模倣品を生み出したため、アリアドネは大した利益を得られなかった。

クズ魔石の鉱山を持つ領主や、世渡りの上手な一部の者が儲けることになった。

(だからこの回帰では、利益を得る者は私が決めるわ)

いまのアリアドネには、第一王子派の旗印であるアルノルトと繋がりがある。アルノルトの名の下に魔導具を生産すれば、正面切って模倣品を販売する第一王子派はいない。

だが、第二王子派はここぞとばかりに模倣するだろう。

だが、カルラがその利益に係わっていたら? 第二王子派は、面と向かってカルラの利益を損なうような真似は出来ない。

儲かるのはアリアドネの関係者とカルラのみ。アリアドネが選んだ者だけが得をする。それが、どれだけの影響力を得ることに繋がるかは語るまでもないだろう。

「いいわ。気に入った――といいたいところだけど、それじゃ足りないわね。ジークベルトの利にならないもの。最初に言ったはずよ。あの子の敵に利することはないと」

「私の提案に乗らなければ、ジークベルト殿下が被害を受けることになっても、ですか?」

「それは……どういうことかしら?」

脅しと受け取ったのだろう。カルラが目を細めた。その迫力に当てられ、アリアドネの背後に控えるアシュリー達が息を呑む。

けれど、アリアドネは素知らぬ顔で紅茶を口にした。

「ご存じですか? アストール伯爵が、ウィルフィード侯爵の犬だったと」

「…………」

カルラは表情に出さなかったが、彼女の背後に控える侍女がまさかといった顔をする。アリアドネがわずかに視線を向けると、それに気付いたカルラが侍女を睨みつけた。

「も、申し訳ありません」

「……下がりなさい」

カルラの侍女が慌てて下がっていく。

だが、アリアドネはアシュリーを下がらせなかった。

「貴女は侍女を下がらせなくていいのかしら?」

「彼女はアメリア前王妃の目ですから」

第二王子派に寝返る訳ではない――と証明する必要がある。

「……そう。なら話を続けましょう。アストール伯爵の件は本当なのかしら?」

「ええ。事実です。なのに、ジークベルト殿下が潰してしまわれましたね。いまごろ、ウィルフィード侯爵は苦々しく思っていることでしょう」

「そういうこと。だから……」

思い当たることがあったのだろう。カルラがすっと目を細めた。その様子を目にしたアリアドネは、離間の計がそれなりの成果を上げたと確信する。

「ご存じだと思いますが、ホフマン伯爵代理はアストール出身です。そして現在、彼の息子と、ジークベルト殿下の側近の娘のあいだに縁談の話がありますね?」

ウィルフィード侯爵は、その縁談を足掛かりに縁談を重ね、ジークベルトの側近に身内を送り込もうとするだろう。それはつまり、ジークベルトの動向がいつか、ウィルフィードに筒抜けになる、ということだ。

カルラはその答えにたどり着き、深刻そうな顔で黙り込んだ。

(ウィルフィード侯爵には、回帰前の私も手を焼かされた。彼の犬を身内に引き入れるのは、なんとしても避けたい事態でしょうね。だから――)

「カルラ王妃殿下、ジークベルト殿下に警告するのはやめたほうがよろしいかと」

彼女の内心に答えるようにセリフを滑り込ませた。カルラの身体がわずかに震える。彼女がその動揺から立ち直るより早く、アリアドネは言葉を重ねる。

「王子が急に婚約を取りやめれば、侯爵はその理由を探るでしょう。ジークベルト殿下が、ウィルフィード侯爵を警戒した結果だ、なんて噂が流れては困るでしょう?」

仮にも味方同士なのだ。ホフマン伯爵家がウィルフィード侯爵家に繋がっていると知ったから婚約を取りやめた――なんて噂が立てば、二人の関係は致命的に悪化する。

だから、ジークベルトサイドから婚約の提案を取り下げるのは悪手となる。

ちなみに、いま言ったような噂が立たない、ということはあり得ない。なぜなら、ジークベルトが婚約を止めさせた場合、アリアドネがそういう噂を流すからだ。

アリアドネは、さきほどの言葉でそれを仄めかした。

つまり、アリアドネとの取り引きに応じ、ホフマン伯爵家のお家騒動を解決する。その結果として、問題になっている婚約をホフマン伯爵家のほうから破棄させる。

婚約破棄は取り引きの結果で、ウィルフィードに思うところはない――という、アリアドネが用意した筋書きに乗ることだけが、ジークベルトの被害を抑える唯一の手段になる。

「貴女を味方に引き込めなかったことが悔やまれるわね。いっそ、ここで殺してしまった方が、あの子のためなんじゃないかしら」

「それが不可能なことは、カルラ王妃殿下がよくご存じでしょう?」

前回と違い、今日は正式な訪問だ。

もしここでアリアドネになにかあれば、カルラにも責任が発生する。そんな絶好の機会を、アルノルトやアメリアが逃すはずがないからだ。

「……貴女、いったい何処から計算をしていたの?」

「さぁ、何処だったでしょう? もう、忘れましたわ」

微笑みを浮かべれば、カルラは深いため息を吐いた。

「いいわ。今回は痛み分けね。他でもない、ジークベルトのために、陛下に王命を出すようにお願いしましょう。ホフマン伯爵を受け継ぐべきなのはリネット嬢よ」

「賢明なご判断ですわ、カルラ王妃殿下」

今回はここまでだ――と、目的を果たしたアリアドネは静かに席を立つ。

(ところで、私にはめられた末に、その私にフォローまでされたことを知れば、果たしてジークベルト殿下はどんな反応を見せてくれるのかしら?)

その反応を自分で見られないことを、アリアドネは少しだけ残念だと思った。