軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 1ー3

ある日の昼下がり。

中庭でお茶を飲んでいたアリアドネは、ふと侍女として控えるアシュリーに視線を向けた。

「そういえば貴女、魔術アカデミーはどうしたの?」

「……今更聞きますか? 侍女になるために休学中です。もちろん、アメリア前王妃のためですから、不満などあろうはずもありませんが」

「で、本音は?」

「魔術の勉強が出来なくてしょんぼりへにょんですわ」

「――ふっ」

予想外に可愛らしい反応に、思わず吹き出しそうになった。

「……仕方ないわね。私が魔術を教えてあげるわ」

「アリアドネ皇女殿下がですか? 失礼とは存じますが、年下の、それも魔術アカデミーにも通っていない皇女殿下に教わるようなことは――」

ないと言いたかったのだろう。だが、アリアドネは真横に手を伸ばし、その腕に蒼炎を絡みつかせた。それを見た瞬間、彼女の唇がわなわなと震える。

「そ、その青い炎はまさか……っ」

「そう。忘れられた魔術よ」

禁呪にも手を出していたアリアドネは、そういった珍しい魔術にも精通している。そのうちの一つを見せた効果はてきめんだった。

「教わるようなことは……なにかしら?」

「私を弟子にしてください!」

(やっぱりこの子、面白いわ)

アシュリーの手のひらの返しっぷりに苦笑いを浮かべる。

ちょうど、魔術――特に魔導具の分野で、自分の代わりに働ける部下が欲しいと思っていたところである。アリアドネはこれ幸いと、アシュリーを弟子に取った。

そうした毎日を送っていたある日。私室に籠もったアリアドネが魔力を増やす訓練をおこなっていると、慌てた様子のハイノが訪ねてきた。

「……そんなに急いで、一体なにがあったの?」

「旧レストゥール皇都周辺の領地が一斉に、領内を通る商人に高い関税を掛けました!」

「そう。それは大変ね」

アリアドネは他人事のように笑う。

「笑い事ではありませんぞ、アリアドネ皇女殿下。これはつまり――」

「レストゥールの皇族にとって唯一の領地。旧レストゥール王都の交易が止まり、税収が激減する。それはつまり、皇女宮の運営費がなくなる、ということでしょう?」

「分かっているのなら、なにをそんなに暢気になさっているのですか」

「安心なさい。手は打ってあるから」

茶目っ気たっぷりに笑えば、ハイノは信じられないと目を見張った。

「……手を打っている、ですか?」

「旧レストゥール皇国の土地の大半は、戦果を上げた貴族への報償とされた。中でも、王都周辺の土地の多くは第二王子派の貴族が支配しているでしょう?」

「まさか、これはレストゥール皇族に対する攻撃なのですか?」

「他になにがあるの? おそらく、旧レストゥール皇都と取り引きしない商人達には、免税特権が与えられているわよ。気になるなら確認してみなさい」

「そ、そこまでお気付きでしたか」

「あら、もう調べてあるのね」

さすが、優秀な執事だと感心する。

「それで、アリアドネ皇女殿下のおっしゃる対策というのは?」

「周辺領地の多くは第二王子派の貴族が支配しているけど、そうじゃない場所があるでしょう? たしかこの辺に……あぁ、あった。……ここ。ホフマン伯爵領よ」

地図を取りだして、目的の領地を指差した。

「ホフマン伯爵領は中立の立場だったでしょう?」

「それが……その」

「関税が上げられているのね?」

「……はい」

カルラが見逃していたら話は早かったのだが、さすがにそこまで甘くはないようだ。

だが――

(残念。私は貴女の手口をよく知っています)

ホフマン伯爵領に圧力を掛け、足並みを揃えて関税を上げることは予想済みだ。

「アリアドネ皇女殿下。陛下に陳情するのはいかがでしょう?」

「関税は領主の裁量に任されているわ。その程度のことでは陳情しても無駄よ。利害が一致すれば動いてもらえるかもしれないけど、ラファエル陛下は第二王子派だもの」

(……と言ったものの、ラファエル陛下が本当に第二王子派なのかは疑問なのよね。回帰前の行動と、回帰後のあの会話、実は……という可能性もあるわ)

もっとも、第二王子派として振る舞っているのは事実だ。

無条件に味方してくれるとは思えない。

「では、どうなさるおつもりですか?」

「それなら――あぁ、思ったよりも早かったわね」

窓の外へと視線を向けたアリアドネは、ロータリーに馬車が止まっているのを見て微笑んだ。それからしばらく待っていると、アニスが来客を告げる。

「客間に通しなさい。私もすぐに行くわ」

「その必要はありませんわ」

アニスの後ろから現れたのはオリヴィアだった。

「……いくらなんでも無作法では?」

「そんなことより、どこまで予見していたのですか?」

呆れるアリアドネに、オリヴィアがずかずかと詰め寄ってくる。護衛達が止めようとするが、アリアドネはそれを身振りで下がらせた。

「オリヴィア王女殿下、なんのことでしょう?」

「誤魔化さないでください。私の侍女を注視しろとおっしゃったでしょう?」

先日のことだ。オリヴィアにやってもらうことの一つとして、侍女の様子を見守るようにと伝えた。その結果、見咎めることがあったのだろう。

「なにがあったのですか?」

「侍女――リネットの弟が、アストール伯爵家のご令嬢と婚約をしていました」

「それだけではないでしょう?」

「……アストール伯爵家との共同事業も行っており、今回の騒ぎで台無しになった、と。どうやら、人身売買の隠れ蓑にされていたようです」

「まあ、それはご愁傷様です」

リネットの実家、ホフマン伯爵家はわりと貧乏だ。魔石の鉱山を持っているが、産出されるのはクズ魔石ばかりで、いまは稼働すらしていない。

共同事業が潰れたのなら、財政的に苦しい時期だろう。

「それで、どうなったのですか?」

「……分かっているのではないのですか?」

「まさか、私もそこまでの叡智を持っている訳ではありませんよ」

「どうだか」

疑いの眼差しを向けられる。

アリアドネが澄まし顔でその視線を受け止めていると、オリヴィアは小さく息を吐いた。

「まぁいいです。とにかく、そうして困っていたホフマン伯爵家に、ジークベルト殿下の側近の娘との縁談が舞い込んだんです。資金援助の申し出と共に」

「そしてその対価が、関税を引き上げること、だったのですね」

「……やはりご存じだったのではありませんか」

オリヴィアがジト目になった。

「知っていた訳ではありませんよ。いくつかの可能性として考えていただけです」

正確にいうのなら、アリアドネが蒔いた種が芽を出した結果だ。

同じ派閥の中でも牽制し合っている者がいる反面、確実に協力し合っている者もいる。その筆頭が、カルラとジークベルトの親子だ。

カルラが仕掛けるこの一手に、ジークベルトが一枚噛むことは予想できていた。

「とにかく、ホフマン家は第一王子派に傾いていました。けれど、今回の一件で第二王子派に取り込まれるでしょう。リネットも侍女を辞めることになるだろう、と」

寂しげな表情。

オリヴィアはリネットに対し、侍女と主従以上の感情を抱いているように見えた。

「……仲がよかったのですか?」

「お友達だと思っています」

「そう、ですか」

これは、アリアドネにとって予想外の反応だった。

自分を利用した悪辣な人々には復讐を。そして、自分が陥れた善良な人々には償いを。自らの目的を果たしつつもオリヴィアの願いを叶えるため、アリアドネは少しだけ謀略の内容に変更を加えた。