軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 1ー1

アルノルトとの話し合いを終え、皇女宮へ帰るべく馬車の乗り場へと向かう。そうして馬車が遠目に見えたあたりで、アリアドネは不意に言い知れぬ違和感を抱いた。

「……シビラ、次の予定を聞きそびれたわ。アルノルト殿下に確認してきて」

「かしこまりました」

そうしてシビラを見送ったアリアドネは、アシュリーや護衛の騎士を従え、馬車のまえまで足を運ぶ。そうして出迎えた使用人に向かって声を掛けた。

「レストゥールの使用人じゃないわね。貴方はどこのどなたかしら?」

「……お初にお目に掛かります。私はカルラ王妃殿下にお仕えする執事でございます」

その言葉に、アリアドネに付き従う護衛のウォルフ達が一斉に剣の柄に手を掛けた。だが、彼らが動くより早く、アリアドネが手でそれを制した。

「それで、カルラ王妃殿下の執事が私になんの用かしら?」

「こちらを。招待状でございます」

カルラの印である封蝋が施された手紙を渡される。

その場で確認すると、いまから王宮へ招きたいという旨が記されていた。それに目を通していると、ウォルフがそっと耳打ちをしてくる。

「アリアドネ皇女殿下、包囲されています」

「そのようね。突破は出来ると思う?」

「無傷で、とはいかないかと」

「……分かったわ」

ウォルフを下がらせて、カルラの執事へと視線を向ける。

「ここには目的が書かれていないけど、カルラ王妃殿下は私になんの用かしら?」

「少しお話をしたいそうです」

無事に帰してもらえる保証はない。

だけど――

(カルラ王妃殿下は搦め手を好む人だもの。招待した相手を王宮で殺すなんて、リスクの高い方法は選ばないはずよ。あくまで可能性の問題だけど……)

少なくとも、ここで抵抗すれば確実に被害が拡大する。それに、個としての戦闘能力が高いアリアドネなら、王宮でなにかあっても生き延びられる可能性がある。

もろもろの可能性を考え、アリアドネは決断を下した。

「分かりました。招待に応じます」

「……これは、肝の据わった皇女様ですな」

執事が軽く目を見張った。

こうして、アリアドネは非公式ながら、王宮にある庭園へと案内される。お茶会の席が用意されたそこには、カルラが待っていた。

「相見えるのは初めてね、アリアドネ」

「カルラ王妃殿下、お初にお目にかかります」

「社交辞令は必要ないわ。席に座りなさい」

カルラはさっと手を振って、その場にいる護衛や使用人を下がらせる。そうして二人っきりになったことで動揺したのはアリアドネだった。

(ここで私を殺すことはないと思っていたけど、自分が危害を加えられる可能性は心配していないの? 私はアルノルト殿下と婚約することになったのよ?)

婚約式はまだとはいえ、パーティーでの一件は耳に入っているはずだ。

アリアドネはカルラの人となりをよく知っているから、彼女がここで直接的な危害を加えることはないと知っている。だが、カルラはそこまでアリアドネのことを知らないはずだ。

「なにをしているの? 早く座りなさい」

「失礼いたしました」

彼女の向かいの席に座る。

すると、カルラが手ずから紅茶を淹れてくれた。

「カルラ王妃殿下?」

「それは特別に仕入れた、毒に侵された身体を癒やすと噂の紅茶よ。後でアリアへの分をプレゼントするから、貴方も飲んでみなさい」

思わずカルラの顔をマジマジと見つめた。暗殺者を送りつけ、アリアに毒を飲ませたのはジークベルトでほぼ確定だ。当然、カルラであればそのことを知っているはずだ。

少なくとも、アリアドネがそう思っていることは理解しているだろう。

(なのに、私にそんなお茶を勧める? 一体、どういうことよ)

挑発だとすれば分かりやすい。だが、彼女の表情からそういった感情はうかがえない。ハッキリしているのは、毒が入っているかもしれない紅茶を飲めるはずがない、と言うことだ。

アリアドネは感謝の言葉を伝えつつも、決してその紅茶には口を付けない。

「……あら、どうしたの? 毒でも疑っているのかしら?」

正式な訪問でないとはいえ、ここで毒殺するのはリスクが高すぎる。だが、致死の毒でない、なんらかの毒を盛られている可能性までは否定できない。

ゆえに、得体の知れないお茶なんて飲めるはずがない。ティーカップから視線を外してカルラを見つめれば、彼女もまたティーカップには口を付けようとしなかった。

普通なら、ホストが毒味を兼ねて先に口を付けるのがマナーであるにかかわらず、だ。

(やっぱり、この紅茶を飲む訳にはいかないわ)

アリアドネが無言を保っていると、カルラが小さく息を吐いた。

「アリアドネ、貴方はアルノルトに求婚されたそうね」

「……はい。アメリア前王妃を救った縁で」

容疑者であるカルラに探りを入れる。

だが、彼女は眉一つ動かさなかった。

「参考までに、私の息子のどこがダメだったのかしら?」

彼女にとって、アリアドネは、夫が浮気相手と作った娘だ。だが、回帰前の彼女はアリアドネに優しかった。少なくとも表面上は、アリアドネの存在を疎んではいなかった。

なら、アリアドネの答えは決まっている。

「兄妹で結婚は出来ないと聞きましたので」

カルラは目を見張り、それからクスクスと笑い始めた。

「たしかに、そういう意味では、息子は貴女に相応しくなかったわね。でも王族に絶対はない。その気になれば、兄妹で結ばれることも出来たはずよ」

「……それは」

確認するまでもない。

カルラは宝石眼が真の王族の証かもしれないことを知っている。

「貴女がアルノルトを選んだ理由は合点がいったわ。――だけど、第一王子と婚約して、私を敵に回すとは考えなかったのかしら?」

凄味のある視線で射貫かれる。

「なんのことでしょう?」

「あら、この期に及んでとぼけるつもり?」

宝石眼のことを言っているのだろう。

だから、アリアドネはゆっくりと首を横に振った。

「派閥だなんだと言って、しょせんは同じ国の人間ではありませんか。少なくとも私は、私によくしてくださる方との敵対を望んではいません」

その言葉の裏に秘めたのは、先に喧嘩を売ってきたのは貴女の息子だという指摘。これにカルラが激昂することも考えたが、彼女は静かに目を伏せた。

「そう、かもしれないわね。たしかに私の息子は直情的なところがあるもの。その結果、貴方が敵に回ったのだとしたら、それは仕方のないことかもしれないわ」

アリアドネの口からひゅっと息が零れた。

(待って。ちょっと待って。まさか、暗殺未遂のことを言っているの!?)

いまの言葉は、それをほのめかしていた。もちろん、直接的な言葉でなかったし、暗殺未遂の証拠にはならない。それでも、カルラがそのような言葉を口にするのは異例の出来事だ。

そこから導き出される答えは、あの一件がカルラにとっても想定外だったという可能性。

「……同じ派閥においても、意見が衝突することは珍しくありませんものね」

カルラの望むことではなかったのかと、軽く探りを入れる。

「……貴方と話していると、とても15歳とは思えないわね。いいわ。ねぇアリアドネ。貴方に少しだけ昔話をしてあげる」

「昔話、ですか?」

「ええ。実は私、ウォルターに想いを寄せていたの」

それは、亡くなった前国王の名前である。亡くなった前国王の弟の妃、カルラから聞かされた衝撃の事実に、アリアドネは思わず咽せそうになった。

「驚いたでしょう? でも事実よ。非公式ながら、幼い頃から婚約が決まっていた。だから私は、最初から王妃になるべく教育を受けていたの」

「そう、だったのですか?」

まったく知らなかったことだ。

「ええ。でもウォルターはアメリアに恋をして……そして、私はすべてを失った」

ウォルターはアメリアと結婚している。つまり、非公式の婚約だったことをいいことに、ウォルターとカルラの婚約は闇に葬られたと言うことだ。

そのときのカルラの心中は察してあまりある。

だからこそ――

「だから、アリアには同情していたのよ」

続けられた言葉は理解できなかった。

「それは……どういう意味でしょう?」

「やはり知らなかったのね。ラファエル陛下とアリアは愛し合っていたのよ」

再び息を呑む。

立て続けに明かされた真実に理解が追いつかない。

「それは……」

「事実よ。ラファエル陛下が愛しているのは最初からアリアだった」

「カルラ王妃殿下は、そのことを……」

怨んでいたのかと、最後まで口にすることは出来なかった。

けれど、質問を悟ったカルラはあっけらかんと笑う。

「あぁ、誤解しないで。ラファエル陛下は、私を政略結婚の相手として尊重してくれた。アリアも自分の立場をわきまえていたし、二人を怨んだことはなかったわ。それどころか、同じ境遇のアリアとなら、分かりあえるとすら思っていたの」

にわかには信じられない話だ。

だが――

「だから、ね。陛下とアリアの子供が、宝石眼を持った息子でなかったことには心から安堵したわ。娘である貴女となら、仲良くなれると心から思っていた」

娘である貴女とならという言葉の裏には、息子だったのなら……という、恐ろしい意味が込められている。だが、そう口にした彼女は、優しさと寂しさを内包した表情を浮かべていた。

(……たしかに、回帰前の彼女は私に優しかった。ジークベルト殿下と同様に私を騙しているだけだと思っていたけど、もしかしたら……)

「カルラ王妃殿下、私は……」

「誤解しないで。責めている訳ではないわ。貴女が生きるために選んだことを尊重するわ。だから、そうね。切っ掛けはなんであれ、こんなことになって……とても残念よ」

アリアドネが警戒していた紅茶を、カルラは一気に飲み干した。

そうして、ティーカップをその場で手放す。

「貴女にアルノルト殿下の子を産ませる訳にはいかないの」

カルラの手からこぼれ落ちたカップが地面の上に落ちて砕け散る。

この瞬間、二人はたしかに敵になった。