軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セミエピローグ

パーティー会場に戻ると、二人の王子がまだ牽制し合っていた。

アルノルトの瞳は緑で、ジークベルトの瞳は青。共に美しい瞳であることに変わりはないが、アリアドネの宝石眼とは違う普通の瞳だ。

(王族の証、か……)

罪を犯した皇族の証ではなく、真の王族の証だった。

いまの王族が宝石眼を失った王族なのか、王位を簒奪した貴族だから宝石眼がないのかは分からない。けれど、数百年掛けて歴史から葬られた真の王族の証。そういう名目があり、宝石眼を持つ王の娘が現代に存在する。

そこまで来れば、真実がどうなのかなんてもはや関係ない。

――真の王族の証を持つ娘、彼女こそが真の王族だ、と。

誰かが高らかに叫べば、誰もその言葉を否定できない。

ゆえに、回帰前のジークベルトは水面下でアリアドネを手に入れようとした。アリアドネに自分の子、男児を産ませることが出来れば、王位を簒奪する名分を作りやすいから。

けれど、アリアドネはジークベルトを兄としか思っていなかった。となると、なんらかの口実で幽閉し、無理矢理子供を産ませることになるのだが……それは難しかった。

端的にいって、アリアドネはやり過ぎたのだ。

表舞台では紅の薔薇として社交界の頂点に立ち、裏舞台では希代の悪女として暗躍した。なんらかの口実で幽閉するのに、彼女はあまりに有名すぎた。

だが、さきほども言ったようにアリアドネはやり過ぎた。彼女の暗躍によって、ジークベルトのライバルは死亡するか、その力を大きく削がれていた。

真の王族の証などなくとも、ジークベルトの即位を邪魔する者はいない。あえて言うのなら、真の王族の証を持つアリアドネだけが、唯一の懸念事項と言えた。

それこそが、回帰前のアリアドネがジークベルトに裏切られた理由。

(私は……生き残れるのかしら?)

いまにして思えば、ラファエルの『妹として見ていないのか?』という問い掛けに、ジークベルトは『戯れが過ぎたようです』と答えをはぐらかしている。

回帰後の彼は、まだアリアドネを取り込むつもりがあるのだろう。

だがアリアドネには、ジークベルトに従うつもりなんて欠片もない。アリアドネがそう思っている以上、ジークベルトはいつか必ず、アリアドネを殺そうとするだろう。

そしてアリアドネもまた、ジークベルトを許すつもりはない。

殺すか、殺されるかのどちらか一つ。回帰前のジークベルトがアリアドネを殺した瞬間、それは避けられぬ未来となったのだ。

ゆえに、彼に対抗する力を急いで付ける必要がある。そう決意を新たにしていると、アリアドネの視線に気付いたジークベルトが歩み寄って来た。

「アリアドネ、父上はなんと?」

宝石眼のことは絶対に口に出来ない。

アリアドネがその事実を知ることは、彼に対するアドバンテージになり得る。だからこそ、アリアドネがそれに気付いた瞬間、ジークベルトはアリアドネを殺そうとするだろうから。

「……アリアドネ?」

「あ、その……グランヘイムを名乗らせるつもりはないと、あらためて」

「そう、か」

「はい。ただ、ジークベルト殿下を頼ることはかまわないようです。兄と呼んでもかまわない、とも。……仲良くしてくださいますか?」

必ず復讐を果たす。

自分を陥れた彼を許すつもりはない。

だけど――

(欺けるうちは、全力で欺いてやるわ)

そうしていつか、騙されていたと知った彼は、どんな顔で絶望してくれるだろう――と、そんな心の内を隠し、ジークベルトに親愛の表情を向ける。

瞬間、ジークベルトの顔がわずかに歪んだ。

「ああ、もちろんだ。だから……先日のような話を聞いたら教えてくれよ」

「ええ、期待していてくださいね。お に い さ ま」

殺意は欠片も見せず、笑顔で別れを告げた。

それから入れ替わりで、心配そうな顔をしたアルノルトが近付いてくる。

「アリアドネ皇女殿下、大丈夫でしたか?」

「ありがとうございます。アルノルト殿下が庇ってくださったおかげで、どうにか乗り切ることが出来ました。このご恩は決して忘れませんわ」

「気にする必要はありません。でも、もしも本当に感謝してくださっているのなら――」

彼は片手を胸に添え、優雅に頭を下げた。

「私と一曲、踊っていただけますか?」

「……はい、喜んで」

アルノルトにエスコートされ、アリアドネはダンスホールへと足を運ぶ。

煌びやかなシャンデリア灯りに照らされたダンスホール。パーティーに参加した客達が踊っているその舞台の真ん中で、アリアドネとアルノルトは静かに向かい合った。

ワルツのリズムに合わせて互いに歩み寄り、どちらともなくホールドを取る。アルノルトのリードに合わせて、アリアドネはステップを踏み始めた。

多くの者達が注目する二人のダンス。

最初は小さく、互いの想いを確かめ合うように。続けて大きく、互いの限界を見極めるように。徐々にアルノルトのステップが複雑になっていく。

(……私の知っているルーティーンと違う?)

ワルツは三拍子だ。その三拍子の中ならば、どんなステップを踏んでもいい。とはいえ、普通は決まったステップを踏み、曲に合わせた順番――ルーティーンで踊る。

同じ曲でも複数のルーティーンがあるし、国や地方によっても違うことがある。だけど、アルノルトが示すルーティーンは、回帰を経たアリアドネでも知らないものだった。

(自分の示した道に付いてこれるか? ってところかしら? 紅の薔薇を舐めないで欲しいわね。私だって、自らの手で未来を切り開かなきゃいけないんだから!)

アルノルトのリードを完璧にフォローしたアリアドネは、次の瞬間、自らリードを示した。

ワルツにおいては、男性がリードを示すのが普通。その常識を破ったアリアドネに対し、アルノルトはわずかに目を見張る。だが、彼は焦ることなくフォローに回った。

アリアドネが示したのはごくごく普通のルーティーン。平凡な人生を望んでいることを暗に示せば、彼はそれに迷うことなく追随してきた。

アリアドネが笑って主導権をアルノルトに返す。再びアルノルトのリードでおこなわれるダンス。彼は有名なルーティーンを選び、アリアドネを魅せるようにリードする。

ダンスを通し、彼の思い遣りが伝わってくる。

「……アリアドネ皇女殿下、本当はラファエル陛下になにを言われたのですか?」

「どうして、本当は、などと聞くのですか?」

「貴方とダンスを踊ったから、ではダメですか?」

彼もまた、ダンスを通してアリアドネの性格を理解しつつあるのだろう。

だから、アリアドネは小さく笑った。

「そうですね。嘘を吐くときは、真実の中に少しだけ嘘を混ぜることにしているんです」

「つまり。基本的には真実だと?」

「はい。正確には、グランヘイムを名乗らせるつもりはない。好きに生きろ――と」

「たしかに、嘘ではありませんね。受ける印象はまったく違いますが」

優雅にステップを踏みながら、頭ではまったく別のことを考える。アルノルトもまた物思いに耽っている。おそらく、ラファエルの思惑を考えているのだろう。

そうしてダンスを踊っていると、アルノルトが再び口を開いた。

「アリアドネ皇女殿下は、これからどうするのですか?」

「……生き残る手段を探します。今回はラファエル陛下とアルノルト殿下の機転でうやむやに出来ましたが、潜在的には既に敵と見なされているでしょうから」

宝石眼の秘密を知った以上、悠長なことはしていられない。今日、この瞬間にだって暗殺者に襲われるかもしれない。いまのアリアドネには未来を見据える余裕がない。

不安に顔を歪めると、アルノルトが「大丈夫ですよ」と微笑んだ。

「初めて見たあなたは、無遠慮な視線に晒されながらも悠然と微笑んでいましたね。それにアシュリー嬢をあしらう姿は大人びていて、母を救ってくれたあなたは凜々しかった」

「……恐縮ですわ」

唐突な褒め言葉に困惑しつつも、くすぐったさを覚えてはにかんだ。

「母上が貴女に言った突拍子もない話を覚えていますか?」

「……それは、もしかして?」

一つだけ、思い当たる言葉があった。

アリアドネには第二王子派に対抗するための後ろ盾が必要だった。理想はアルノルトとの婚約。だけど、それに見合う対価を差し出すことが出来ないと諦めていた。

でも、いまのアリアドネにはその対価となる切り札がある。

いつの間にかワルツは終わっていた。束の間の静寂が訪れたダンスホールの真ん中で、二人は静かに見つめ合った。彼の瞳の中に、アリアドネの宝石眼が映り込んでいる。

あぁ――と、確信を抱くアリアドネ。

アルノルトは一歩下がり、その場に片膝を突いた。

「アリアドネ皇女殿下、必ず貴女を守ります。どうか、私と結婚してください」