軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 4ー1

建国記念式典の当日。姿見を前にたたずむアリアドネは、シビラを始めとした侍女や、アニス達メイドの手によって着飾られていく。

ドレスは最高級の一品。

純白のシルク生地を基調に、青のフリルや刺繍を差し色にした華やかなデザイン。小粒の宝石が散りばめられているそれは、アルノルトから贈られたものだ。

そんなドレスを身に纏ったアリアドネは、ハーフアップにした髪を緩やかに下ろしている。

侍女達に身を任せながら、着飾った自分を鏡越しに眺める。

青みを帯びたプラチナブロンドに、アメシストの宝石眼。アルノルトから贈られた最高級のドレスを身に着けていても、素材は少しも負けていない。むしろ飾りに物足りなさを感じる。理由を考えたアリアドネは、すぐにその答えに思い至った。

(回帰前は、紅い薔薇の生花を身に着けていたわね)

紅の薔薇と呼ばれたゆえん。真っ赤な薔薇のように情熱的で美しく、トゲがある魔性の女。そんな自分を演出するために身に着けていた。

(以前のように身に着けてもいいけれど……)

「シビラ、お母様のアクセサリーを持って来て」

「すぐに用意いたします」

シビラがパタパタと走り去っていく。

ほどなく、宝石箱を持ったアリアお付きの侍女と共に戻ってきた。

「今日のパーティーは、レストゥールの皇族にとって重要な意味を持つことになるかもしれないわ。その重要なパーティーに、お母様のアクセサリーを身に着けて臨みたいの」

「きっと、アリア皇女殿下もお喜びになるはずです」

どうぞお使いくださいと、侍女が宝石箱を差し出してきた。

ダイヤが煌めく指輪や、アメシストが煌めくプラチナのブローチなど、様々な宝飾品が収められている。その中で、紅い薔薇の髪飾りが目に留まった。

(あ、違う。これ、ルビーを散りばめた、プラチナの薔薇だ)

不意に浮かんだのは、アリアがその髪飾りを着けている光景。それに見惚れたアリアドネは、思わず綺麗だと口にして、アリアは紅い薔薇が好きなのかと聞き返した。

二人にとってはとても珍しい、けれど些細なやりとり。

それが去年の出来事だ。

(まさか、庭園の薔薇を赤に変えたのって……それがあったから?)

そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

(……不思議な気持ち)

アリアドネの胸にじわりと温もりが広がっていく。

「アリアドネ皇女殿下、どうなさいますか?」

「その薔薇の髪飾りを着けていくわ」

「かしこまりました」

母の持ち物を身に着け、ドレスルームを後にする。

そこにはアルノルトが待っていた。

「アリアドネ皇女殿下……とても素敵ですよ」

「ありがとう。アルノルト殿下も素敵ですよ」

肩口に零れた髪を手の甲で掻き上げて微笑んだ。アルノルトの見惚れるような視線をその身に感じながら、エスコートを許すと手を差し出した。

「本日は、よろしくお願いいたしますね」

「ええ、お任せください」

アルノルトのエスコートを受け、パーティー会場の前まで馬車で乗り付ける。そうして馬車を降り、会場の中程まで進めば周囲が騒がしくなった。

国内の派閥を大まかに分けると、第一王子派と第二王子派、それに中立が存在する。

違う派閥だからといっても必ず敵対している訳ではない。同じ派閥のメンバーだけが集まるパーティーも少なくないが、この建国記念式典は違う。

様々な思惑を持つ貴族達が一堂に集まるパーティーだ。

ゆえに、異なる派閥の二人が、というふうに見ることも出来るし、アリアドネが第一王子派になびいたとも見える。どちらにせよ、アルノルトとアリアドネは非常に目立っていた。

当然、その真相を確かめようと周りの者は興味津々だ。

しかし、貴族社会において、先に声を掛けられるのは原則として相手より身分が高い者か、既に知り合いになっている者達だけ。

という訳で、アルノルトの知り合いが探りを入れようと近付いてくる。

「アルノルト殿下、ご無沙汰しております」

「ああ、久しぶりだな。そういえば、そなたの領地で魔石の鉱山が見つかったそうだな」

「ええ。現在、魔石の質を調査中です」

「そうか、質のよい魔石が採れるといいな」

そんな世間話を交わした後、ところでそちらの女性は? なんて調子で尋ねてくる。

「お初にお目にかかります。私はアリアドネ、レストゥール皇族の娘です」

「……おぉ、貴女が、あの――」

あの――の後になにを思い浮かべたのか。

少なくとも向けられた視線に侮蔑の色は感じなかった。そうしてアリアドネのことを観察した彼は、最初からそう予定していたかのようにドレスに視線を定めた。

「その素敵なドレスはもしや――」

今度はもしや――で言葉を濁す。貴族としては初歩的な言い回し。予想している答えを持ちつつも、違っていた場合を考えてのことだろう。

「アルノルト殿下からの贈り物ですわ」

「ほう、それはそれは」

今度はアルノルトに視線を向ける。

どんなつもりで贈ったのですか? と言いたげな視線。

「既に聞いていると思うが、先日、母が毒殺の憂き目に遭った。その際、真っ先に対応してくれたのがアリアドネ皇女殿下だったんだが……彼女はそれがプティデビュタントでな」

「おぉ、なるほどなるほど」

恩人に対する、お礼とお詫びだけ――というふうにも取れるし、自らがプティデビュタントをエスコートするほどの思い入れがあるというふうにも取れる。

相手の男は、そのニュアンスを摑もうと、わずかに目を細めた。

「ところで、その見事な髪飾りもアルノルト殿下の贈り物ですかな?」

「あぁいえ、これは……母の髪飾りです」

「お母様? そういえば、アリア皇女殿下は療養中だと……」

「はい。母は私に礼儀作法を始めとした、様々な教養を身に付けさせてくださいました。この髪飾りを着けていると、母が見守ってくれているような気持ちになるんです」

「なるほど。お母様の回復を心よりお祈り申し上げます」

――と、こんな感じで、やってきた貴族達と迂遠なやりとりを交わす。それから何人目かと挨拶を終えた後、アルノルトは母に呼ばれたと言って席を外した。

(いままで社交界に顔を出したことがない令嬢がぽつんと一人。普通なら不安になったりするんだろうけど……どうしようかしら?)

社交界の頂点に上り詰めた記憶を持つ、アリアドネにはなんら臆することがない。自然体でたたずみ、自分に興味を向ける人達に軽く社交辞令を交わして人脈を得る。

そうして順調に知り合いを広げていると、ほどなくしてジークベルトがやってきた。

「ずいぶんと派手に動き回っているようだな」

「ご機嫌よう、ジークベルト殿下。参列客と挨拶を交わしていただけのつもりだったのですが、なにか失礼をいたしましたでしょうか?」

「いや、これまでの……先日の狩猟大会の件だ。いままで狩猟に興味を示さなかったおまえが、なぜ急に参加しようと思った?」

「もちろん、魔物を狩るためですわ。そう言えば、大変なことに巻き込まれました。噂になっていると思いますが、ジークベルト殿下はご存じですか?」

ジークベルトに指摘されるより早く、自分からその話題を持ちかける。まるで、話題にされて困ることなんてない――とでも言うように。

虚を突かれたジークベルトは、むっと唸った。

「たしか、アルノルト殿下が命を狙われたのだろう?」

「私は最後の方に少し巻き込まれただけなんですが、凄惨な光景で卒倒しそうでしたわ。ですが騎士の方は平然としていて。やはり荒事に慣れていらっしゃるんでしょうか?」

「……騎士は魔物と戦うことが多いからな」

ジークベルトがアリアドネの問いに答えていく。アリアドネの話術にはまり、自分が質問する立場から、質問される立場に入れ替えられていたことにジークベルトは気付かない。

だが、しばらくしてハッと目を見張った。

「ずいぶんと弁が立つようだな」

「……お褒めにあずかり光栄にございます?」

こてりと首を傾け、なぜ急に褒められたか分からない、という顔をする。だが、さすがに一度煙に巻かれたと警戒を抱いたジークベルトは誤魔化されなかった。

「その巧みな話術でなにを隠している? 襲撃の現場に居合わせたのは本当に偶然なのか?」

初歩的な引っかけだ。ここで重要なのは偶然かそうでないか――ではなく、アリアドネがどちら側に立った答えを返すか、である。

アリアドネはわずかに驚いた仕草をした後、ジークベルトに顔を近付けて声をひそめる。

「……まさか、私が襲撃をおこなったと思っていらっしゃるんですか?」

絶対にあり得ない予測を口にした。だが、アリアドネが第二王子派であることを前提に答えるならばこれが正解だ。

もしも『私がアルノルト殿下を助けたと思っているのですか?』なんて口にしていたら、第一王子派であることを念頭に考えていると悟られただろう。

「いや、さすがにそこまでは考えていないが……」

ジークベルトから疑いの色が薄れていく。

切り抜けたと思った次の瞬間。

「詮索して悪かった。では、アリアドネ。俺と一曲踊ってくれるか?」

なんでもないふうに言い放たれたその一言に息を呑んだ。

(やられた。最初からこれが本命だったのね)

アリアドネのパートナーはアルノルトだ。そのパートナーを差し置いて、別の相手とファーストダンスを踊るのはマナー違反だ。少なくともアルノルトに恥を掻かせることになる。

だが、ここで誘いを断れば、ジークベルトに恥を掻かせることになる。

つまり、彼はこの場でどっちに付くか選べと言っているのだ。

(なにも分からない子供のフリをする? ……うぅん、無理よ。さっきまで踏み込んだ会話をしてたのに、急に子供のフリをするのだって拒絶しているのと変わらないわ)

そうなると、選択はいたってシンプルだ。アルノルトを選ぶか、ジークベルトを選ぶかの二択。そして、ジークベルトを選ぶ訳にはいかない。

それはアリアドネにとって破滅ルートだから。

(可能なら、もう少し曖昧にしておきたかったけど、時間切れね)

覚悟はとっくに決まっていると姿勢を正す。

けれどアリアドネが口を開く一瞬まえ、その場にアルノルトが現れた。

「彼女は私のパートナーだ。私と踊るまでお誘いはご遠慮願おう」

「ほう? まだ踊っていないのなら、それは断られたのではないか?」

マナーを守れと牽制を入れるアルノルトに、ジークベルトが即座に応戦した。当然と言えば当然のことではあるが、王族同士の会話に周囲の注目が集まってくる。

「少し母上に呼ばれて席を外していただけだ」

「そうか? それにしては、アリアドネが疲れているように見えるが」

「もし疲れているのなら、先日の襲撃に巻き込まれたからだろう。私の心配をして、朝まで付き添ってくれたからな」

「――アルノルト殿下!?」

急になにを言いだしてるの!? と素で慌ててしまった。それで信憑性を増したのだろう。周囲の貴族からざわめきが上がった。

「アルノルト殿下。誤解を招くことを言わないでください。皆がいる病室で看病をしていただけではありませんか! それに、アルノルト殿下は元気だったでしょう?」

「ふふっ。そうでしたか?」

アルノルトは笑って、アリアドネをさり気なく抱き寄せた。

ジークベルトのこめかみに青筋が浮かぶ。

「……そう言えば、先日は大変だったそうですね。アルノルト殿下も少し休んだらどうですか? アリアドネの面倒は俺が見ておきますよ」

「心配には及ばない。襲撃の計画がずさんだったおかげで大事には至っていないからな。いや、襲撃を計画した者が間抜けで助かった」

「――っ」

一触即発の雰囲気で真正面からぶつかり合っている。さすがのアリアドネもここまで大事になるのは想定外だ。どうしたらいいかと視線を巡らせたアリアドネは思わず天を仰いだ。

「ずいぶんと騒がしいが、これはなにごとか?」

こちらに近付いてくるこの国の王、ラファエルの姿が目に入ったからだ。