軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピソード 3ー1

ジークベルトの訪問を聞いたアリアドネは思案顔になる。

(思ったより行動が早いわね。さっそく探りを入れに来たのかしら?)

デリラとルイーゼのことは横領の罪で解雇。シビラの諜報活動は黙認している――ということになっている。

ゆえにジークベルトが確認したいのは、アリアの暗殺未遂に関わっていることを、アリアドネが気付いているかどうかというのが一つ。

そしてもう一つは、シビラが裏切っていないか、ということだろう。

(焦らなければ誤魔化しきることは難しくないはずよ)

アリアドネは深呼吸を一つ、侍女達に出迎えの準備をさせる。

「シビラとアニスはお付きとして側にいなさい。ただし、アシュリーはジークベルト殿下に顔を見られてはダメ。だから、今回は下がっていなさい」

第一王子派と繋がっている人物を見られる訳にはいかない。アシュリーもそれは理解しているようで、「かしこまりました」と下がっていった。

それと入れ替わりで、シビラがそうっと近付いてくる。

「アリアドネ皇女殿下、私も退席した方がいいのではないでしょうか?」

「……いいえ、その必要はないわ。私は貴女の正体に気付いていて黙認している、という体よ。貴女も堂々としていなさい」

「ですが、あの二人の話を聞いて、疑っているかも……」

不安げに瞳を揺らす。そんなシビラの目先に指先をビシッと突き付けた。彼女の拡散していた意識が、アリアドネの指先に集中する。

その隙を逃さず「聞きなさい」と彼女の意識の隙間に声を滑り込ませる。

「状況証拠だけでは、どちらの話が本当か分からない。そして、人は自分に都合のいいことを信じようとする生き物よ。だから貴方が堂々としていれば大丈夫」

お付きの侍女であるシビラを隠せば、やましいことがあると言っているようなものだ。逆に堂々としていれば、彼は自分に都合のいいように考えるだろう。

それでも、誤魔化しきれるかどうかはシビラ次第である。

だから――と、シビラの目を覗き込んだ。

「どうしても無理だと思うのなら、いまここで言いなさい。……あぁ、ちなみにこれは脅しじゃないわよ。貴女がボロを出せば私もただですまないから」

「そ、それなら、どうして私にさせようとするんですか?」

「たしかに、貴方は私を裏切った。でもそれは妹のためでしょう? だから私は、妹のためならなんでもするという、貴女の信念を信じるのよ」

アリアドネは、ジークベルトのためならどんな悪事にでも手を染めた。黒歴史だと嘆いているが、それは騙されたからだ。もし騙されていなかったのなら後悔はしていなかった。

アリアドネにとって、大切な人のためになんでもすると言うのはそういうことなのだ。

だけど――と、アリアドネは視線を外す。

「どうやら、私の勘違いだったようね。いいわ、下がりなさい」

そう言って突き放すが、シビラは下がらない。

「……私、がんばります」

「がんばるだけじゃダメなのよ」

「必ずジークベルト殿下を騙し抜いて見せます!」

覚悟を秘めた金色の瞳がアリアドネをまっすぐに見つめる。

「いいわ。私の運命を貴女に託してあげる」

こうして、ジークベルトを騙すための段取りをシビラに伝える。それからほどなく、ジークベルトがアリアドネのもとへとやってきた。

「アリアドネ、数日ぶりだな」

「ええ、先日はお気遣いありがとうございました」

心の内を見せないまま、アリアドネは笑顔でジークベルトを出迎える。

(さっさと用件を聞いて、おかえり願いたいところだけど……それを態度に出す訳にはいかないわ。表向きは……そうね。少しでも長居して欲しい、という素振りをしましょうか)

「ジークベルト殿下、せっかくですし、お茶でもいかがですか?」

「……ああ。そうだな、そうさせてもらおう」

ジークベルトは少し意外そうな素振りを見せた。

(この反応、私が好意を見せるとは思っていなかった、ということかしら。まあ実際、怪しいものね、私の周辺で起きていることは)

密偵の排除と、侍女の任命権の委任阻止。前者は当人の失態で、後者はアメリアの独断。そういう体を取っているが、あまりにジークベルトにとって不利なことが起こりすぎている。

アリアドネはジークベルトを警戒していると考えるのが自然。それなのに、アリアドネが好意的な態度を示している。ジークベルトはその理由を考えるはずだ。

考えられるのは大きく分けて二つ。

一つ目は、仕方なくデリラとルイーゼを排除したため、ジークベルトに申し訳なく思っている可能性。もう一つは、ジークベルトへの敵意を隠すために演技をしている可能性。

ゆえに、前者であると思わせるのが目標だ。

「ところで、侍女を二人ほど解雇したそうだな」

いきなり切り込んできた。

アリアドネは「はい……」と目を伏せる。

「お母様が大事にしていた侍女だったんですが……実はお母様の宝飾品に手を出していて、それで仕方なく……申し訳ありません」

「……なぜ俺に謝る」

「あ、いえ、その……」

「いまはアリアドネが当主代行だ。侍女が粗相をしたのなら、裁くのは当然のことだろう」

「そう言っていただけると、少しだけ自分の判断に自信が持てます」

白々しいやりとり。

もちろん、本心かどうかは分からない、お互いに。

「そういえば、アメリア前王妃の夜会に出席したそうだな?」

続けて、おまえは第一王子派に味方するのか? と探られた。

当然、慌てふためいて然るべきだ。だが、だからこそ、アリアドネは年相応の子供のように、無邪気に胸のまえで手を合わせて笑顔を見せた。

「あっ、そうなんですよ! ご存じですか? アメリア前王妃の夜会には、いま王都で流行しているオーケストラが招かれているんですよ!」

「……オ、オーケストラだと?」

「はい。とても有名なんですって。だから、どうしても聞いてみたくて。ジークベルト殿下はお聞きになったことがございますか? もしまだなら、今度は一緒に行きませんか?」

無邪気なお誘いだ。

だが、そのオーケストラはアメリアのお抱えだ。

対立派閥だからといって交流が絶たれている訳ではないけれど、ジークベルトが第一王子派の夜会にオーケストラを聴きに行くというのはいくらなんでも外聞が悪い。

もしも派閥の事情を知っていれば、絶対に口にしてはならないお誘いだ。

なのに、アリアドネは無邪気にジークベルトを誘った。それはつまり、アリアドネが派閥のことなんて理解していない、ただの子供でしかない。という証明である。

「……つまり、そのオーケストラを聴くために夜会に出席したのか?」

「はい、そうですけど?」

「それはつまり、父上が開催するパーティーで、そのオーケストラが演奏していたら、そちらのパーティーに出席する……と?」

「もしや、予定があるのですか!?」

あるはずがないと知りながら、アリアドネは素知らぬ顔で尋ねた。

「いや……その予定はない」

「そうですかぁ……」

あからさまにしょんぼりしてみせた。

「……というか、家の者には止められなかったのか?」

「いいえ? あ、でも、以前はお母様に止められていました」

いまは、そのお母様が執務を出来る状態にない。だから、夜会に出席できたのだと匂わせれば、ジークベルトの顔に失望の色が滲んだ。

(私がなにも考えていない小娘だって思ったでしょう? デリラとルイーゼの件も同様に、裏なんてない、思ったまま行動しただけって思ってくれるかしら?)

それでジークベルトの警戒心が下がるのなら好都合だ。

ただし、使えない無能に認定されると困る。邪魔になるかもしれないから念のために殺しておこう――となりかねないから。だから、アリアドネは回帰前の記憶を使った一手を打つ。使えない無能ではなく、役に立つ無能だと思わせるために。

「そう言えば、夜会で怖い話を聞いたんですよ」

「……ほう? それはどんな話だ?」

対立派閥の情報を仕入れる機会はそう多くはない。なにか役に立つ情報が聞けるかもしれないと思ったのだろう。ジークベルトの目がギラリと光る。

(とっておきの情報をあげるわ)

アリアドネは神妙な顔で、実は――と口を開く。

「なんでも、ある領地で子供が行方不明になっているそうなんです」

「ほう、子供が? 他になにか言っていなかったか?」

食い付いた――と、アリアドネは表情には出さずに笑う。

だけど、決して自分で核心には触れない。人は他人に教えられた事実よりも、自分でたどり着いた事実を信じる傾向にあるからだ。

だから、ジークベルトがアリアドネの用意した答えにたどり着くように誘導する。

「他ですか? ええっと……たしか、そうだ。それで近々その領主を呼び出して、場合によっては領主の地位を息子に継がせるとか言っていました」

「……そんなことを本当に言っていたのか?」

「全部聞こえた訳じゃないですけど、たぶんそんな感じでしたよ。でも不思議ですよね。痛ましい事件だとは思いますけど、それで当主に責任を取らせるなんて」

ダメ押しをすれば、ジークベルトはハッと目を見張った。

「アリアドネ、その領主の名は分かるか?」

「ええっと……家名なら。たしか……カストーム? いえ、カストールだったかしら?」

「もしや、アストールか?」

「あ、そうです。アストール伯爵です!」

「ふふ、ふふふっ。そうか、アストール伯爵か!」

アストール伯爵が、領内で人身売買をおこなっている――という答えにたどり着いたのだろう。ジークベルトが楽しそうに笑う。彼はいまこう思っているだろう。こんな情報をぽろっと零すアリアドネが、自分を騙せるほど権謀術数に長けているはずがない――と。

(ちょろいなぁ。でも、こんなにも単純な男にまんまと騙されていたんだよね。あぁ、ほんと黒歴史ね。思い出しただけで恥ずかしくなるわ)

「アリアドネ、予想外に興味深い話だった」

「そうですか? ジークベルト殿下のお役に立てて嬉しいですわ」

キラキラと目を輝かせながら、ジークベルトには見えない角度で合図を送る。ほどなく、メイドに耳打ちされたアニスが近付いてきて、なにかを耳打ちする――素振りを見せた。

「まあ、お母様が?」

アリアドネも驚いた素振りを返す。

「ジークベルト殿下、大変申し訳ありません。実はお母様の容態に変化があったようで……」

「それは大変だ。すぐに見舞いに行くといい」

「申し訳ございません。シビラ、ジークベルト殿下をお送りしてあげて」

「かしこまりました」

仕込みを済ませ、アリアドネは急ぎ足でその場を立ち去った。そのままジークベルトから見えない位置まで退避して、離れた位置に待機させていたアシュリーを呼びつける。

「アリアドネ皇女殿下、なにかご用でしょうか?」

「ええ。シビラに万が一のことがないように、騎士を連れて二人を見張りなさい」

「かしこまりました」

アシュリーが騎士を連れて二人の後を追い掛ける。

それを見送り、アリアドネはようやく緊張を解いた。

「……ふう。後は、シビラが上手くやってくれることを願うだけね」

見送られる最中、ジークベルトはシビラに探りを入れるだろう。だが、望外の情報を手に入れたことで、アリアドネへの疑いはほとんど晴れているはずだ。

あとはシビラが上手く誤魔化せば、問題なく騙し通せるだろう。なんて思っていたら、アニスが物凄くなにか言いたげな顔を向けてきた。

「なにか言いたいことがありそうね。言ってかまわないわよ」

「……では、お言葉に甘えてうかがいます。アシュリー様を下がらせていたのは、さきほどの会話を聞かせたくなかったから、ですか?」

正解であると微笑んで見せる。

だが、アニスの表情は険しくなった。

「なぜあんなことを? アストール伯爵は、第一王子派でも比較的有力な名家ではありませんか。なのに、当主の悪事をジークベルト殿下に告発するなんて」

「……あら、なんのことかしら?」

「とぼけないでください。アストール伯爵は人身売買をしているのですよね? それに気付かないフリをしながら、ジークベルト殿下に情報を流したのでしょ?」

「さすがね」

その言葉に、アニスが怒りを滲ませた。

「まさか、第一王子派を裏切るおつもりですか?」

「いいえ、私は、第一王子に味方すると決めているわ」

「ならばなぜ味方を売るような真似をするんですか? たしかに許されざる悪事ですが、第一王子派の人々は、内密に処理することを望んでいたのでしょう?」

「あぁその話? それは、私の作り話よ」

「……え? つ、作り話、なんですか?」

アニスが信じられないとばかりに目を見張った。

「ええ。第一王子派の誰も、アストール伯爵の悪事に気付いていないわ」

「そんな情報をどうしてアリアドネ皇女殿下が知って……」

「知っている理由はもちろん秘密よ」

「……じゃあ。どうして第一王子派に教えなかったのですか? 断罪するにしても、内密に処理した方がダメージは少なくてすみますよね?」

「いいえ。そうしたらダメージが大きくなるの」

「……それは、一体」

さすがのアニスでも、その答えにはたどり着けなかったようだ。だが無理もない。それは、アリアドネが未来で手にした答えだから。

「アストール伯爵家はね。第二王子派のある人物と内通して、密かに第一王子派の情報を流しているのよ。そして、その事実をジークベルト殿下は知らない」

これは決して珍しいことではない。

同じ派閥と言っても、自分達の利益のために手を組んでいるような集団だ。決して一枚岩ではないし、切り札の一つや二つ、秘密にしていることだって少なくない。

「ま、まさか、それでジークベルト殿下に潰させようと?」

アリアドネは肯定の意味で微笑んだ。

「第一王子派は裏切り者を排除できて、第二王子派には内部分裂の火種を作れるの。とっても素敵な計画でしょう?」

「……アリアドネ皇女殿下って、わりと悪辣ですよね」

ジト目を向けられアリアドネはけれど、いたずらっ子のように付け加える。

「ちなみにその内通相手、ウィルフィード侯爵なのよね」

「……アリアドネ皇女殿下」

「なにかしら?」

「とても素敵な計画ですね」

「でしょ?」

アリアドネはふわりと微笑んだ。

続けて、うーんと大きく伸びをする。

「さて、シビラは上手くやっているかしら?」

少し様子を見に行こうと足を進めると、ちょうど戻ってきたシビラと出くわした。

「シビラ、上手く出来た?」

「はい。特に疑っている様子はありませんでした。ただ……」

「ただ? なにか問題があったの?」

もしそうなら、計画を練り直す必要があると身構える。

だけど――

「いえ、入れ替わりでお越しになったアルノルト殿下が客間でお待ちです」

返ってきたのは、予想していなかった答え。

「……この国の王子ってお暇なのかしら?」

「そんな訳ないでしょう」

侍女達に総出で突っ込まれた。