軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82話 銅の剣

力を使い果たしたダナンの身体がふらりと揺れた。

昇降装置の外にいたアルベールは慌ててダナンを支える。

「大丈夫ですか?」

アルベールが差し出した、最後のエクストラキュアポーションを受け取ると、ダナンは一気に中身を煽った。

開いた傷がまた塞がるが、血色は戻らず内出血で黒く変色してしまっている部分も多い。治癒の魔法も届かないほどの大怪我をダナンは身体中に負っていた。

「ちっと疲れただけだ」

「普通なら死んでますよ。それにキュアポーションでも流した血は戻らないんですから」

「血くらい肉でも食ってりゃ増えるだろ」

そういいながら懐から干し肉を取り出し食べようとするダナンを、アルベールは必死に止めた。

「内臓もボロボロなんですからダメですって! そんなことよりも昇降機が来ましたから、俺達も上に行きましょう」

中央の昇降機は壊れてしまっているが、左右の昇降機は無事だ。

ダナンがレッド達を救おうとしていた間に、アルベールが制御盤を四苦八苦しながら操作しなんとか呼び出したのだった。

「ちぇ、普通ならこんな縦穴、走って上るんだが」

「魔法もなしにですか……」

アルベールとダナンは昇降機に乗り込んだ。

「しかしテオドラも分からんやつだな。本人はアレスとシサンダンにつきながら、お前に俺を助けさせるなんて。行動が滅茶苦茶じゃねぇか。始めはまだ息があった俺を助けるためにハッタリかましてるのかと思ったが、違うみたいだしよ」

テオドラは倒れたダナンの安否を確認すると、あの棺の部屋でシサンダン、アレスと協力することを約束した。テオドラの思わぬ行動にアレスは驚きながらも喜び、テオドラの言うがままにホールへと移動した。

その間、テオドラの隠匿の魔法で潜んでいたアルベールが、全員が部屋を出た後、ダナンにキュアポーションを飲ませ、応急手当をしたのだ。

「そうですね……多分、テオドラさんも分からなかったんだと思います。分からないから矛盾する行動を取ったんだと」

「分からん!」

ダナンは憮然として言った。その顔には強い不満があらわれていた。

「もしテオドラが勇者様と敵対したのなら、もうテオドラは生きてはいないぞ。まったく、なんだって……」

「そうでしょうか? テオドラさんも強いですよ」

「そうだ、俺もテオドラもアレスも、それぞれ1人で数千人規模のオークどもを倒せるほどに強い。だが勇者様は別格なんだ」

「……そんなに?」

「戦ったのならテオドラに勝ち目はない。俺達3人にヤランドララ、ティセ、レッドを合わせても同じだ」

アルベールの顔に不安が現れた。ダナンが不機嫌な理由は、ダナンはテオドラが死んだと思っているからなのだ。

「すまんな、俺がもうちっと身体が動けばすぐに上に連れて行ってやるんだが」

アルベールの様子を見て、ダナンはそうぽつりと呟いた。

☆☆

ガシャンと金属音がした。

鎧を着たルーティは、受け身を取ることもせず床に叩きつけられた。

「…………」

呆然と天井の穴を見上げるルーティに対し、シサンダンはひらりと着地した。

対象的な両者。シサンダンは4本の神・降魔の聖剣を構える。

「さて、気分はどうかな勇者よ」

「なんで? 私はただ、お兄ちゃんと平和に暮らしたいだけなのに」

「ふむ、まだ自我があるのか」

ルーティはシサンダンを見ていない。

勇者であるのならば、アスラデーモンであるシサンダンに向かってくるはずだ。

「やはりお前は危険だな勇者ルーティよ。アスラの名において、貴様はここで討たねばなるまい」

シサンダンは剣を持った手に力を込める。

神・降魔の聖剣が輝きを増し、強大な力がシサンダンに流れ込んだ。

「貴様は強い。だが神・降魔の聖剣は貴様のような存在を討つために造られた聖剣。そしてそれを持つのがアスラならば、貴様を討てぬ道理はない!」

相手は武器を失った少女。にも関わらず、シサンダンの表情に余裕はない。

シサンダンが跳んだ。

4本の聖剣がルーティを襲うが、ルーティはゆっくりと立ち上がりながら、折れた聖剣でシサンダンの攻撃をことごとく受け流す。

「おおお!!!!」

シサンダンが吠えた。神・降魔の聖剣の輝きはさらに増し、ついにルーティの左腕を捕らえる。

斬られたルーティは傷つき、よろよろと後ずさった。

「……私が普通に生きるのはそんなに悪いことなの?」

「皮肉なものだな。このような事態を防ぐための加護が、逆に加護の衝動に耐えうるほどの精神を作り上げるとは。そうだ、お前は勇者として生きなければならない。世界がそれを望んでいる」

「世界?」

「とはいえ、我々アスラも貴様の境遇には責任があるがな。悪いことをしたとは思っている。だがまぁ、我らが憤怒の魔王を滅ぼし今上の魔王とならずとも、勇者が平穏に暮らすことは神も人も許さんだろうよ」

ルーティにはシサンダンが何を言っているのかよく分からない。

カランと乾いた音がした。

ルーティが折れた剣を捨てた音だ。

「私は一度だって勇者になりたいなんて言ったことはない。こんな力いらない」

「よせ、剣を拾え」

左手をだらりと下げたルーティの周りの大気が怯えたように震えた。

シサンダンは自分の持つ剣の一本をルーティの目の前に投げる。

「拾え。勇者ルーティ」

だがルーティは剣に、勇者が持つべき神・降魔の聖剣に目もくれない。

「この胸を焦がす感情、あなたの言葉のおかげで思い出したわ。憤怒……怒りね」

シサンダンは覚悟を決めた。3本の聖剣を構え、ルーティを迎え撃つ。間合いに入ったら首を落とすつもりだ。

(この力、“悪魔の加護”がきっかけとはいえ、ここまではっきりと発現するとは。アスラとして、この剣を持つ者の責務として、ここで斬らねば)

ルーティはレッドからバハムート騎士団流の剣術を学びそれを基本とし、実戦の中で独自の勇者流とも言える剣術を編み出した。

だが今のルーティはそうした武の 理(ことわり) はすべて忘れた。ただ自分の胸の中にうずまく凶暴な感情を吐き出したかった。

ルーティはゆっくりと右手を引いた。

何も考えない。ただ、

「私の、お兄ちゃんとの、日常を、返せ」

なぜここまで怒り狂ってるのか、自分の感情の本質を言葉にした。

認めてしまえばあとは爆発させるだけだ。

シサンダンの視界からルーティの姿が消えた。

(速いッ!?)

シサンダンはすぐさま防御の姿勢を取る。

(だがどれほど速くとも、相手はただの拳。剣で受け、そして切り返す。それで勝ちだ!)

まっすぐ突っ込んできたルーティの前に、シサンダンは剣を交差して防御の構えを取った。

「くぅああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

勇者ルーティは初めて戦いの咆哮をあげた。

常に冷静だった勇者としての姿はそこにはない。ルーティは今、勇者ではなくルーティとして戦っていた。

「……馬鹿な」

決着は一撃で付いた。

シサンダンの腕から力が抜け、手にしていた剣が床に落ちた。

初代勇者が神から与えられた聖剣は、3本ともすべて粉々に砕かれていた。

「ゴフッ……」

シサンダンの口から鮮血が溢れる。シサンダンは震える手で口を押さえた。

(これは、致命傷だな)

本来であれば傷口を押さえるべきなのだろうが……腹に空いた大穴は、6本の腕を持ってしても押さえることはできなかった。

(だが、勇者は神・降魔の聖剣に触れた……これで最低限の目標は達成したはずだ)

満足げな笑みを浮かべシサンダンは倒れた。倒れたアスラはピクリとも動かない。

誰の目にも死んでいることは明らかだった。

☆☆

「これで大丈夫だ」

倒れているテオドラの傷口に食い込んだ鎧の破片を取り除き、キュアポーションを飲ませると、彼女の状態は安定した。

「なんで助けたんだよ」

ゴドウィンが不満そうに言う。

「テオドラは仲間だからな」

「は? こいつお前を間接的にしろ殺そうとしたんだぞ」

「そうだな。でも仲間だ」

「俺ぁ、悪党だと自覚してないやつも嫌いだけどな、そういう聖人面したのも嫌いだ」

怒っているゴドウィンを見て、俺は苦笑した。

「違う、そんなのじゃない。テオドラがやったことは敵対行為だ。だけどな」

俺は自分の手を見た。まだ震えている。

「敵だろうが一緒に旅した仲間を殺した後の気持ちなんて、妹には味あわせたくないんだよ」

アレスは敵だ。斬ったことに後悔はない。

だが、そう割り切れないのが感情というものだ。

「そういうことならいいけどよ……」

ゴドウィンはバツの悪そうな顔をして、それ以上は何も言わなかった。

「そんなことより次はルーティを助けに行かないと」

全員、キュアポーションを飲み、ポーションを飲めないうげうげさんはリットの精霊魔法で治療したが、はっきり言えばボロボロだ。

比較的無事なのはゴドウィンくらいだが、もちろんシサンダンとの戦いに連れて行っても仕方がない。

「レッドさん、行くんですか?」

「もちろんだ」

「ならば私も行きます」

ティセがそう言って立ち上がった。うげうげさんは今はリットの手の中で身体を休めていたが、ティセが立ち上がると、自分も一緒に行こうというかのように腕を上げた。

「大丈夫、うげうげさんは治療に専念して」

「ごめん、私がもっと集中できればいいんだけど」

「リットさんはその怪我で十分やってくれています。ありがとう」

怪我の度合いはリットが一番酷いかもしれない。アレスの全力の魔法を直撃したリットは、まだ全身のいたる所に痛々しい火傷や傷が残っている。足も痛めたようで、不自然な姿勢で座っている。

「シサンダンを倒せば終わりだ、ダナンと合流して帰ろう」

俺はそうリットに言って安心させるように笑った。

その時、穴から叫び声が聞こえた。続けて激しい衝撃音。

「ルーティ!?」

今の声はルーティの声!

でも、ルーティが戦いで叫び声をあげるなんて!?

俺はサンダーウェイカーを右手に穴へ飛び込もうとする。

だが、穴からひらりと舞うように影が飛び出してきて、俺の行く手を遮った。

「ルーティ! 無事だったのか」

ルーティは表情を見せず、シサンダンが持っていた降魔の聖剣を右手にだらりと下げたまま、ぼんやりと佇んでいる。

「ルーティ? 大丈夫か?」

ルーティの様子がおかしい。俺は心配してルーティのそばに行こうとした。

「え?」

その時、俺の肩をティセが強く引っ張った。

そして俺とルーティの間に自分の身体を割り込ませる。

血の香りがした。

「ティセ!!!」

ぴちゃんと音がした。

降魔の聖剣から血が滴っている。

ティセの身体が崩れ落ちる。俺はティセの体を左手で受け止めた。

少女の服がみるみるうちに赤く染まっていった。

「だめ、ですよルーティ様、この人は、あなたの大切な人なんですから……傷つけちゃ、だめで……す……」

ティセを斬ったのはルーティだった。

ルーティは透明な表情のまま、俺達を見つめている。

「さ、殺戮衝動だ!」

ゴドウィンが叫んだ。悪魔の加護の副作用。ゾルタンで起こった事件の記憶はまだ新しい。

それがルーティにも起こったのか!?

キィィィンと剣を打ち合った音がホールに響いた。

「リット! ゴドウィン! ティセを頼む!!」

ティセを床に下ろし、俺は両腕に力を込め、 鍔(つば) 迫り合いでルーティを押さえ込む。

その間にゴドウィンが素早くティセの身体をつかむと、後方へと下がっていった。

「グッ!?」

俺の意識が後方に移った瞬間、ルーティの蹴りが俺の腹を貫いた。

激しい衝撃に俺の身体が悲鳴をあげる。

続けてルーティが剣での一撃を加え、俺はサンダーウェイカーでそれを受けた。

ガギッという嫌な音がした。

俺は数歩分後方に飛び下がり間合いを取る。

そしてサンダーウェイカーを見た。

「……いままでありがとな」

サンダーウェイカーの刀身には無数のヒビが走り、ルーティの一撃を受けたところは刀身が半分ほど砕けてしまっている。

多分、サンダーウェイカーはもう二度と戦えない。

だが、もしサンダーウェイカーが折れていたら、俺は斬られていただろう。最期まで、この剣は最高の名剣だった。

俺はサンダーウェイカーをそっと地面に置き、腰に佩いた“銅の剣”の柄に手を置く。

抜刀の構えのまま、俺はルーティに正面から相対した。

「む、無茶だ! そんなチンケな武器で戦うのかよ!」

後ろからゴドウィンの声が聞こえる。

確かに銅の剣はサンダーウェイカーとは比べることもできない安物だ。

ルーティはゆっくりと剣を振り上げた。

俺は精神を研ぎ澄ます。勝負は一瞬だ。

銅の剣は弱く、切れ味は鈍い。これは銅の剣が鋼の剣に比べて柔らかいことを意味している。

柔らかいというのは鋼のような強さはないということかもしれない。だが!

ルーティの一撃に合わせ、俺は銅の剣の柄ではなく、十字型の 鍔(つば) に指を引っ掛け抜き、刀身を掴むよう抜刀した。

バハムート騎士団流、 十字(じゅうじ) 鍔返(つばがえ) し。

これは加護による武技ではない。剣術だ。

刀身を持って抜刀し、十字になっている鍔と柄の部分で相手の剣を受けるという守りの技。刀身、鍔、柄まで一体の鋼鉄となっているバハムート騎士団のロングソードや、今俺が持っている銅の剣のような武器で用いる技だ。

本来なら篭手をはめて使うが、銅の剣の鈍い切れ味なら、素手で使っても指を落とすようなことはない。

ルーティの一撃が銅の剣に打ち込まれた。

名剣をも砕く降魔の聖剣だ。銅の剣では受け止められるわけもない。

だがあまりに硬度に差があるため、銅の剣は砕けず、鍔の部分から刀身へとバターのように切り裂かれていく。

「!!」

その刹那、俺は銅の剣を持つ指に力を込め、捻った。

聖剣は、切り裂いていた銅の剣に挟まれている。銅の剣を捻れば、当然、聖剣には回転方向の力が加わる。聖剣はルーティの手からもぎ取られた。

カランと音がして、銅の剣と共に、聖剣は床に落ちる。

木製の盾に相手の剣を食い込ませ、奪い取る技に似ているが、それを剣でやるのは俺も初めてだ。

上手くいってよかった!

しかし、俺も武器を失っている。そしてルーティには魔法もあり、なにより徒手空拳のルーティにすら俺は絶対に勝てないほどの実力差がある。

「…………」

ルーティの動きが止まった。俺に対し必殺の拳を振るう気配はない。

「悪魔の加護について、事前に錬金術師であるゴドウィンから話を聞けてよかった」

俺はそう呟いた。

悪魔の加護の殺戮衝動は、デーモンの加護からもたらされる。

そして、今の悪魔の加護には、デーモンの加護はない。生じる加護は、ルーティの内側から生み出されたものだ。

だったら殺戮衝動なんてあるはずがない。ルーティが望んで人を殺すなんてありえないからだ。他の誰でもない、ルーティの兄である俺が断言する。

であれば今ルーティを支配している殺戮衝動がどこから来たのか、理由は消去法でただ一つしかない。

「残ったもう1つの加護。つまり『勇者』の加護」

ルーティが自分の人生を歩むことへ、加護からの最後の抵抗。

おそらくはあのシサンダンの剣によって引き起こされたのだろう。勇者を辞めさせようとしている俺達を全滅させるつもりだったのだ。

ぽたりと雫が溢れる音がした。

俺はルーティへと近づいた。そして、その肩をそっと抱き寄せる。

「く、う、うああああああああ!!!」

親友であるティセを斬り、俺を殺すために剣を振るわされたことが、どれほどルーティの心を傷つけたのだろうか。

ルーティは俺の腕の中で、怒りと悲しさと悔しさと安堵と……たくさんの感情の入り混じった声を上げながら、顔を歪めて泣いていた。