軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44話 勇者ルーティとコントラクトデーモン

ゾルタンの中央区北部の外れ。

将軍であるウィリアム卿の邸宅と、彼の麾下40人の走竜騎兵が待機する兵舎と 厩(うまや) の隣にゾルタンの刑務所は存在する。

衛兵屯所にも取調室はあるが、あちらはあくまで容疑者を捕らえておく程度の設備でしかない。

裁判がまだであっても、すでに犯罪者だと確定しているものは、こちらに収監されるのが慣例だ。

アルベールとビッグホークとその一味は、すでにこの刑務所に収監されている。

ゾルタン刑務所は犯罪者を収監し、ウィリアムの指導のもと……実際の所は、ウィリアム卿は全て部下達に丸投げしているため関与はしていないが……開拓団に参加させたり、民兵として使い潰せる程度には飼い慣らすことを目的としている。

とはいえ、大半の犯罪者は食費などが支払えないため、結局犯罪奴隷として売られることになるのだが。

ここに残っているのは十分な資産のある犯罪者か、ウィリアムの部下達が売るのが惜しいほど強い戦士だと判断した者ばかりだ。

「おい、ビッグホーク」

棍棒を腰に差した牢番が牢獄の中に声をかける。

あぐらをかいて、ふてぶてしく座っていたビッグホークはその恐ろしげな眼光を牢番に向けた。

「取り調べだ」

「今日の予定にはなかったはずだが?」

「予定変更だ」

「何か事情でも?」

「貴様の知ることではない。はやく出ろ」

牢番は棍棒を手に持つ。

ビッグホークは大人しく、その巨大な身体を 億劫(おっくう) そうに立ち上がった。

☆☆

ビッグホークは手枷、そして魔法や武技対策の指枷までつけられて、頑丈な鋼鉄の扉で仕切られた取調室に座らされた。

魔法や武技の発動には、特定の動作が必要になる。指枷はそういった動作を防ぐためのものだ。

まぁこの状態からでも対応できるスキルは色々あるのだが、そこまで対応しようとなると魔法の道具が必要だ。

手枷一つに数千ペリルの銀貨はなかなか支払えないというのが、ゾルタン刑務所の実情だ。

「まだか?」

「許可なく口を開くな」

「お前にとっても時間の無駄だろう。相手が来てから呼んで欲しいものだな」

牢番はため息を吐いた。

この男はかなりの重罪と聞いている。

おそらくは裁判で極刑を言い渡されるだろう。盗賊ギルドの横槍が入るかと思ったが、それも無い。

むしろ厄介者がいなくなって清々したという雰囲気すらある。

強引な手法で成り上がったビッグホークは、ゾルタンの気風とはかけ離れた異端だった。仲間からすら疎まれていたのだ。

この男の余裕がいつまで続くのか……もし助からないという事実を突きつけられ、暴れられたらあの肥満した身体を取り押さえなければならないのか。

そう考えると、牢番はあの傲慢な表情が崩れる瞬間を見れることを楽しみにする反面、どれだけ苦労するのか想像すると、憂鬱になってしまうのだった。

ゴンゴンと鋼鉄の扉がノッカーで叩かれる。

「こちらは大丈夫だ」

牢番が答えた。

万が一、枷が外れているような状況で扉を開けられないための手順だ。

鍵が差し込まれ、ガチャリと扉が開く。

2人の男が入ってきた。1人は同じく牢番。もう一人は……。

「そちらの方も外で待っていただけますか? 2人だけで話がしたいので」

「そういうわけには」

「こちらに許可証もあります」

「……分かった。終わったら中から声をかけてくれ」

青年にそう言われ、2人の牢番は扉の外へ出て、鍵をしめた。

青年……冒険者ビュウイはビッグホークの方へ顔を向けるとニヤリと笑う。

「やあベリエル」

それまで涼しい表情を浮かべていたビッグホークの顔が驚きで歪む。

ベリエルとはコントラクトデーモンの本当の種族名、真名だ。

デーモンの名前とは、基本的にその種族としての性質から、人間だかエルフだかが勝手に名付けたものに過ぎない。同じデーモンの間だけ、密かに使われるデーモンの真名は他種族には死んでも明かさないというのがデーモン共通の思想だ。

「驚くことはない。昔、私はコントラクトデーモンを食べたこともあってね。我々はほとんどすべてのデーモンの真名を知っている」

「き、きさま、なぜここにいる!?」

「レッドが私を先に向かわせてくれて助かったよ。あの場で君に正体をばらされたら拙かっただろうね」

「ア……!」

ビュウイ……シサンダンは叫ぼうとしたコントラクトデーモンの首を掴み、その声を封じる。

「君たちも後先考えずに動くよね。“悪魔の加護”なんて持ち出すとは。あの薬に本当はデーモンの心臓なんていらないことを人間が気がついたらどうするつもりだったんだい? 人間の中に眠る本当の力を解放する可能性のある薬だろ。神からも禁じられていたはずだけど」

「お、お前たち異端者どもを滅ぼすためだ……神も我が罪を赦されるはず」

「人の罪を制御するための御使いが、罪を犯すか。興味深い」

コントラクトデーモンの顔に汗が浮かぶ。

(まずい、こいつは内側にいる我を殺す方法も知っている……!)

もはや加護レベルの低下を気にしている状況ではない。

「我、インマーヌ! ビッグホークとの契約を破棄す!」

コントラクトデーモンが喉を締められたまま、かすれ声でそう宣言した。

空中に契約書が現れる。そして契約書は音を立てて破れてしまった。

「おっと」

魔力の竜巻がコントラクトデーモンの周りに発生する。

シサンダンは軽く後方にステップして影響を逃れた。

「チィィィィィィ!!!!」

角の生えた人間の顔に山羊の脚を持つコントラクトデーモンの本当の姿が現れた。

デーモンは炎を撒き散らし牽制しながら、まっすぐ扉へ向かう。

「なにが起こったんですか!?」

部屋の騒音を聞きつけ、牢番は扉の向こうから声をかけた。……それが彼の不運だった。

デーモンはその人外の膂力で扉に体当たりした。

鋼鉄の扉はひしゃげ、耐えきれずに吹き飛ぶ。

正面に立っていた牢番は吹き飛んだ扉に巻き込まれ、数メートル吹き飛んで下敷きとなった。

衝撃で首の骨が折れ、即死だった。

ただ、突然のことに恐怖も痛みも無かったことは、少しは救いになるかもしれない。

デーモンは咆哮を上げながら走る。

脱獄に対する訓練を積んでいる牢番達も、疾走する上級デーモンの姿を前にしては混乱し、思考を停止するより他なかった。

デーモンを止める者はいなかった、だがデーモンが向かう先は塀の外ではない。

デーモンが向かった先は別の牢獄。

「アルベール!」

名前を呼ばれ、右手に包帯を巻いた男は、乱れた髪の隙間から濁った目を悪魔に向けた。

「アルベール! 新しく望め! ここから出て勇者の元に向かいたいと!」

「……俺はもうどうでもいい」

「ダメだ! お前は魔王討伐のために生涯を捧げる契約をしている! このままここで朽ち果てることは、契約が許さない! さあ願え!」

これがコントラクトデーモンが、余裕を持っていた理由。

例え最初の契約で魂を捧げる必要がなくとも、魔王討伐のために他に手がないとなれば、アルベールは魂を捧げる契約を交わす他ないのだ。

アルベールの魂はビッグホークのものより上等。

契約破棄のペナルティは大きいが、ほとんどを補填できると、コントラクトデーモンは計算していた。

「……分かった、好きにしろ」

アルベールは強制力を感じ、特に抵抗することも無く頷いた。

「よし! 我、インマーヌ! ここにアルベールとの契約を結ぶ!」

本来ならばさまざまな手順を踏んで、抜け道がないようにするのだが今はそんなことをしている場合ではない。

今すぐにでもここから逃げ出さなくては。

ゾルタンでの“悪魔の加護”を運用したデータを、レジスタンスに持ち帰らなくてはならないのだ。

不完全であっても契約の魔法は発動し、契約書とペンとナイフが現れる。

「早くしろ!」

コントラクトデーモンは急かすが、アルベールはのろのろとペンを持ち、自分の名前を記し、ナイフを持とうとすると……。

「左手でもいいのか?」

「いいから早くしろ!」

左手の親指を床においたナイフに押し当て少し切ると、指を契約書に押し付けた。

「契約は成された! その願いを代償に! その魂は我が物に!」

間に合った! デーモンは安堵する。

だが、なぜ間に合ったのか?

普通に考えれば追いつかれないはずがない程度の時間が経過したはずだ。

デーモンは疑問を感じたが、契約によって魔力の嵐が巻き起こり、次の瞬間には牢獄には誰もいなかった。

☆☆

入り口から中の様子を覗いたビュウイは、嬉しそうに笑った。

「上手くいったか」

あれにアスラである自分の正体をバラされるのが一番困る。

もちろん、普通は信じないだろう。犯罪者の妄言だと笑うだろう。

だがこの町には少なくとも1人、その言葉だけで確実に真実にたどり着ける人間がいる。

そうシサンダンは警戒していた。

「ビュウイ! 大丈夫か!?」

「残念です、逃げられました」

牢番に声をかけられたビュウイは、無念そうな表情を浮かべて答えた。

だが上級デーモンを取り逃がしたくらいで咎められることはないだろう。

あれはBランク冒険者すら事欠くゾルタンで対応できる存在ではないのだから。

追い出せたことで評価される可能性すらある。

集まってきた牢番に、コントラクトデーモンについて説明しながら、ビュウイはこの町で調べなくてはならないことについて考えていた。

☆☆

魔王軍のキャンプを制圧し、戦利品を集めていたルーティの目の前に、1人の憔悴した男……アルベールと、コントラクトデーモンが現れた。

ルーティが剣を抜く前に、デーモンはスキルを発動する。

「シフト・オブ・マインドプレイン!」

ルーティは、自分が森の中にあった魔王軍のキャンプではなく、ひび割れた荒野の上にいることに気がついた。

デーモンの隣りにいたはずの男はいなくなっている。

ルーティはわずかに首を傾げた。

「お初にお目にかかります勇者ルーティ殿。私は契約の悪魔、コントラクトデーモンと呼ばれるものにございます」

慇懃(いんぎん) な仕草で喋るコントラクトデーモンを、ルーティは冷ややかな目で見つめる。

ルーティは腰の剣を抜くが、降魔の聖剣はみすぼらしい銅の剣に変わっていた。

「ここは精神世界。少しあなたとお話がしたくて連れてこさせていただきました。ご無礼をお許し下さい」

「許すわ。で、なに?」

「落ち着かれているのですね。もしかすると反撃の機会を狙っているのかもしれませんが、先にご説明致しましょう。ここは私とあなたの精神によって作られた疑似世界。ですがここで受けた傷は現実の肉体にも反映されますのでご注意を」

「そう」

「現実のあなたはさぞお強いのでしょうが、この世界ではスキルや魔法のほとんどが制限されます。ですのでここで戦うのには慣れが必要でして、例えば」

コントラクトデーモンが集中する。

「こんな」 「ことも」 「できるのですよ」

コントラクトデーモンの分身が次々にあらわれる。

気がつけば果てしない荒野を埋め尽くすほどのコントラクトデーモンが、勇者ルーティを取り囲んでいた。

「どうです? 驚かれましたか?」

「私は驚かない」

「そうですか? 他の皆さんには好評なのですがね。まぁこれでこの世界では私に逆らわない方がいいことを分かっていただけたと思いますが。別に私はあなたを殺しにきたわけではありません。私は魔王軍と敵対するものなのです。ですので穏便に話を進めましょう」

優位に立てたとコントラクトデーモンは安堵する。

生き残るためには、ここで上手く立ち回らなくてはならない。

もしかすると勇者に取り入ることもできるかも、そうなればゾルタンでの敗北など消し飛ぶほどの成果だ。

「逆らう?」

ルーティは首を傾げ、まず銅の剣に視線を落とした。

「な!?」

コントラクトデーモンはその光景に驚愕する。

銅の剣が輝いたかと思うと、そこには降魔の聖剣が握られていた。

(ば、ばかな!? アーティファクト級のマジックアイテムを精神世界で再現するだと!? そんなこと私にだって……)

「なるほど、大体わかった」

そうルーティは呟き、剣を持った右手を空に掲げる。

そして銀色の雨が降った。

「う、あ……ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!」

コントラクトデーモンは恐怖した。彼が生まれて数百年経つが、生まれて初めて恐怖で思考が停止することを経験した。

彼が見たのは、荒野のいたる所に何のありがたみもなく無造作に突き立てられた無数の聖剣。荒野を埋め尽くしたデーモンに向けて、空中に現れた数え切れないほどの降魔の聖剣が降り注ぎ、そのすべてを殺し尽くした光景だ。

「あ、ありえない! ありえるわけがない! アーティファクトをこんな無数に再現するだなんて! そんなことができる勇者も魔王も聞いたことがない!!」

気がついたときには、乾いた荒野は、デーモンの流す血で、死臭漂う赤い沼へと変わっていた。

「ところで、話ってなに?」

頭を抱えてへたり込み、悲鳴をあげている上級デーモンにルーティは表情を変えずそう問いかけた。