軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

152話 団らんの時間

「お米と言えば私です」

水を置いたティセは真顔でそう言った。

いきなりなにを言い出してるんだろうこの子は。

戸惑った俺の様子を見て、うげうげさんがふるふると頭を振った。

「確かにうげうげさんの言う通りですね。順を追って説明しましょう」

「頼む」

「私はおでんが好きです」

「それは知ってる」

「おでんにはモチキンチャクという具があります」

「話だけなら聞いたことがあるな、俺もまだ食べたことはないけど」

「南洋では一般的なおでんの具です。まぁつまりはおでんを好きな私はモチキンチャクにも精通しています」

「ふむふむ」

「そしてお餅はお米から作られるのです、お米マスターティセと呼んでくれていいですよ」

「お、おお」

なんか今日のティセはテンション高いな。

「このお米の量なら一回で全部使い切ることはないでしょう。お米は炊くと結構膨らみますから大丈夫です。余った分はお餅にしてオパララさんのところへ持って行きましょう」

「あー、ティセ……俺も詳しいわけじゃないんだが、確か餅って普通の米じゃできなかったような」

「……ふむ」

ティセはじっと俺の顔を見つめ。

「解散」

「えー」

ティセが真顔でそんなことを言うものだから、俺は思わず笑ってしまった。

うげうげさんも身体をゆすって笑っているようだ。

「冗談です」

ティセは表情を変えずにそう言って、手を洗い俺の隣へ並ぶ。

「それで何を作るんです?」

「昔教えてもらった親子丼を作ってみようかと」

「この状況で珍しい料理に挑戦するとは、レッドさん攻めますね」

「味見してダメそうなら、肉を焼いて出すよ」

ティセの言う通り、いくら面白い食材をもらったからとは言え、料理人でもない俺が作ったこともない料理に挑戦するのは無謀だ。

だからちゃんと次善の策も用意してあるのだ。

「さすがレッドさん。では心置きなくその、親子ドン? という料理を試せますね。私は何を手伝いましょうか?」

「手伝ってくれるのか? 居間で待っていてもいいんだぞ?」

「実はこの間の戦いでレベルが上がったので、料理スキルを1だけ上げました」

「そうだったのか、相手とレベル差はあったと思ったがよくレベルが上がったな」

「あと少しでレベルアップだったんです。でもゾルタンでは古代エルフの遺跡のクロックワークやアスラデーモンとか、強敵は加護を持たない相手ばかりだったので中々レベルアップできなかったのですが」

ティセのレベルはルーティやダナンよりは低いがリットよりは高く、世界でも有数の高レベルだ。

おそらくゾルタンにいる間は、もうレベルが上がることはないだろう。

「その貴重な機会の1ポイントを料理スキルに使ってよかったのか?」

「レッドさんの料理はとても美味しいです。私もレッドさんみたいに美味しい料理を作れるようになりたい」

うげうげさんが「えいえいおー」と腕を振り上げている。

「うげうげさんも料理スキルを上げたんですよ」

「え、マジで?」

俺は驚いて声を上げた。

うげうげさんを見ると、右前脚を振って肯定している。

コモンスキルである“料理”は誰でも取れるスキル。

うげうげさんの持つ『闘士』の加護でも取得できる。

なのだが、いくら賢いとはいえ蜘蛛であるうげうげさんが料理スキルを上げられるとは思わなかった。

多分、史上初めて料理スキルを取った蜘蛛なのではないだろうか?

「いつかうげうげさんと2人で蜘蛛のための料理の本を書こうと思うんです」

「本」

「はい。蜘蛛を相棒にする加護は結構ありますので」

「確かに『アサシン』とか『蟲使い』とか『毒獣テイマー』とか色々あるな……犬や猫やキマイラの食事本もあることだし、蜘蛛用の本があってもいいか」

「でしょう?」

ティセは俺の隣に並んで立った。

「さて何をすればいいですか」

「そうだな、じゃあ材料の下ごしらえを頼むか。その間に俺はお米を炊いてみるから」

俺達は分担して料理に取り掛かる。

「コカトリスのもも肉は一口大に切ってくれ」

「任せてください、切るのは得意ですから」

ティセが自信ありげにそう言った。

自分で言うだけあって、 包丁(キッチンナイフ) 捌きは俺より上だ。

俺達はどちらも黙ったまま、しばらく料理に集中していた。

「私にこんな人生があるとは思いませんでした」

「ん」

手元から目を離さないまま、ティセがそうつぶやいた。

「私は『アサシン』の加護と相性が良い。暗殺者の才能がある。そう自負しています」

「うん、言うとおりだと思う。ティセほど強い暗殺者を俺は見たことがない」

「その私が今やっていることは……異国の王族に料理を作ろうとしています」

「料理人に変装した暗殺者はいても、実際に料理をする暗殺者はいなさそうだな」

宮廷料理人ならば料理スキルも人並み外れて高いだろう。加護も『料理人』など専門的なものの可能性が高い。

変装の達人であっても、加護を真似ることはできない。

「人生とは予想もできないものですね」

ティセは切った肉を並べながら笑った。

「楽しいです。うん、人生は楽しい」

「うん、俺もそう思う」

俺達は笑いあったあと、料理に専念することにしたのだった。

☆☆

この世界は戦いに満ちている。

俺達がテーブルを囲んで食事をしていた時、ゾルタンの外では集落を襲って略奪しようとした逃亡傭兵と、巡回していた衛兵達が戦闘になっていた。

ガレオン船を奪って海へと逃げた傭兵のうち一隻がクラーケンに襲われ、乗っていた傭兵達はひとり残らず食われてしまった。

そして西の遠い戦場では、アヴァロニア王国軍とキラミン王国のハイエルフ軍、聖堂教会の御堂騎士の連合軍が、魔王軍水の四天王アルトラ率いる大軍勢と三日三晩に渡る激しい戦いの決着をつけようとしていた。

それもすべて、この小さなお店の居間にいては知ることもできない世界の話だ。

俺が世界のどこかで起こっていた戦いの話を聞いたのは後になってからであり、今日ではない。

俺は……アスラデーモンでなくて良かったと思う。

どういう方法を使ったのかはわからないが、アスラデーモン達はゾルタンにいる俺達のことが見えていた。

戦いに満ちたこの世界のどこかで常に起こり続けている戦いが常に見えてしまうのだとしたら、それはとても辛いことなのではないだろうか?

「「「いただきます」」」

俺とリットとティセが同時に声を上げた。

「今日の糧を与えてくださるデミス神に感謝を捧げます」

「いただきます」

リリンララは祈りの言葉を早口でつぶやき、サリウス王子は俺達の仕草を真似て言った。

「米は食べたことがあるが、これは変わった料理だな」

「親子丼って言うらしい。昔食べた味はほぼ再現できたと思う……まぁ肉はニワトリで、コカトリスではなかったけど」

「なるほど、卵と鶏肉を使うから親子丼か」

サリウス王子はうんうんと頷いている。

「しかしこれはコカトリスの肉を使っているんだろう? では親子とはいえまい」

リリンララが笑いながら文句をつける。

「最初のコカトリスはニワトリから生まれたらしいじゃない。だったら親子でしょ」

と、リット。

「そうですね。ドワーフの生物学者、ジカン博士の記した魔物博物誌によれば、“気をつけよ、コカトリスは 雄鶏(おんどり) 、すなわちコッカレルの産んだ卵から生まれる。その 雄鶏(おんどり) は7歳で、卵はヒキガエルが9年間温める。故に 雄鶏(おんどり) とヒキガエルは引き離しておくべし”だそうです」

ティセが補足した。

サリウス王子は首をひねる。

「 雄鶏(おんどり) が卵を生む時点でありえないだろう。その上、ヒキガエルが9年卵を温めるって。それはありえないことという意味ではないか?」

サリウス王子の言葉に、俺は笑って頷いた。

「かもしれないな。でも今でもニワトリに特殊な魔法をかければコカトリスを生むらしいぞ。他のモンスターに比べて肉が手に入りやすいのも養殖している者がいるからだろうな……コカトリスの養殖業は毎年死人がでるくらい危険な仕事だけど」

コカトリスは人に懐かないらしい。

コカトリスにとって飼い主は、餌をくれる人ですらなく、餌が餌を持ってやってきたくらいの認識だそうだ。

動物よりも知能が高いモンスターなのだから、いずれ自分が食肉として食べられることを理解して敵意を持っているのかも知れない。

「つまりまぁ、この場合卵が親で、肉が子か」

リリンララは面白そうに親子丼を眺めると、卵と肉をまとめてスプーンですくって食べた。

「美味いな」

良かった長年生きたハイエルフの口にも合ったようだ。

「以前食べた親子丼とは少し違うようだが、うん美味い」

「食べたことあるのかよ」

「60年前だよ。味の記憶も忘れかけていたんだが、食べてみれば思い出すものだな」

「ハイエルフの記憶力は分からないけど、人間もきっかけがあれば意外と昔のことも思い出すもんだよ」

「人間にとっての60年は長いだろうに……ならば今日のこの味も、お前達がいなくなった後でさえ憶えているのだろうな」

それからリリンララは食事の手を止めた。

「レッド、リット、ティセ」

「どうした?」

リリンララは座ったまま深々と頭を下げる。

束ねた銀色の髪が揺れた。

「本当に世話になった。この恩は決して忘れない、王位継承問題が片付いたら、改めて礼をさせてくれ」

なるほど……これを言いに来たのか。

海賊のくせに律儀なやつだ。

「礼といっても、ヴェロニアからゾルタンまでは遠いだろう。魔王軍との戦いが続く今、海軍元帥のあなたが抜けるわけにもいかない」

「受けた恩は返すのが妖精海賊団の流儀なんだ」

「だったら、戦争が終わってからだな。サリウス王子が王位につけば、ヴェロニアもアヴァロン大陸連合軍に加わるんだろう?」

「もちろん魔王軍との不可侵条約は破棄するつもりだ。そう明言すれば王位につくためアヴァロニア王国からの支援も受けることができるしな。受けた借りは、連合軍に加わることでチャラ。これほど割の良い取引はない」

リリンララの言葉にサリウス王子も頷いた。

「この結果はレッド君達のおかげだ。君達の戦いは人類にとって大きな助けとなった。褒賞を受け取るに値する功績だと思うが」

「俺達はただ、俺達の住んでいる小さな場所を守りたかっただけですよ。大陸を横断してまで返してもらうようなものじゃない」

「しかし……」

「それに、俺が欲しいものはすべてもう手に入れていますから」

俺はちらりと横を見る。

幸せそうな表情で俺の作った親子丼を食べているリット。

お礼のときはさすがに手を止めていたが、話がまだ続くとわかると我関せずといった様子で食事を再開していた。

「だって冷めたら勿体ないし」

俺の視線に気がついたリットは、ニヘラと笑ってそう言った。

自分もお姫様だからか、サリウス王子に遠慮した様子がないのは流石だ。

「そうだな。お礼がしたいというのなら、まずはせっかく作った料理に集中してください」

「なるほど、確かにこれは非礼だった、この話はここまでにしようか。この料理の最も美味しい瞬間を逃したとあっては、ヴェロニアに帰れない」

そうして俺達は、しばらくの間珍しい料理を味わうことに集中することにしたのだった。