軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話 指輪は琥珀の中に

噂が広まるのは早いものだ。

翌日、店を開けようと外に出てみると、冒険者ギルドの幹部や商人や職人など各種ギルド、官僚に貴族と多くの人が店の前に怖い顔をして並んでいた。

「あー、薬をお求めに……じゃないですよね」

彼らの着ている服はどれも良質な布地に絢爛な刺繍で彩りがつけられている。安く見積もっても50ペリルは下らないだろう。

彼らはお互いに顔を見合わせた。そして代表として2メートル近い長身の冒険者ギルド幹部が俺の方に歩み寄った。

「レッド君、1つ尋ねたいのだが。君の家にリット……ゾルタンの英雄である冒険者リットがいるというのは本当かね」

「本当ですよ。リットとは一緒に暮らしていますし、店も手伝ってもらっています」

ざわざわとゾルタン中枢を担う男たちはざわめいた。

「リットと話がしたいのだが」

「構いませんが、今は開店準備中でリットも在庫確認しているのでそれが終わってからでお願いします」

「なっ、貴様! 我々を待たせるというのか!」

後ろから誰かが叫んだ。

「リットはうちの店員です。今は彼女の大切な役割を果たしているところです。今すぐに話さなければ人が死ぬということなら話は別ですが、三十分くらい待たせても何も変わらない話題でしょう」

「それを君が勝手に決めていいのかね? まずはリットに話を通し、本当に待たせていいのかと聞くべきだと思うが?」

「リットのことは良く分かっていますから」

「……大した自信だなレッド君。君にそのような一面があったとは知らなかった」

「Dランク冒険者のことをご存知だったとは驚きました」

「私は在籍しているすべての冒険者について顔と経歴を記憶している」

幹部は表情も変えずにそう言った。視線は冷たく、見下ろすような視線は並の冒険者なら震え上がってしまうほどだろう。

おそらくは現役のころは腕の立つ冒険者だったのだと想像できる。

まっ、闘技場荒らしのダナンとかもっと目つきヤバイやつと仲間だった俺にとっては、どうってことない視線だ。

1分ほど睨み合ったあと、冒険者ギルド幹部は感心したような表情を浮かべた。

「……分かった、しばらく待たせてもらおう」

「ご配慮感謝します」

文句を言う声はまだ聞こえたが、俺は、話はもう終わったとばかりに店の中へと戻っていった。

それから20分ほどして、リットが貯蔵庫から店に補充する分の薬を籠にいれて持ってきた。

量はあまり多くなく、籠1つで足りてしまうのが悲しいところだ。

「おつかれ、並べるのは俺がやっとくよ」

「いいわよ、最後まで私がやる。お偉方が来てるんでしょ? 待たせちゃおうよ」

ペロっとリットは舌を出した。

俺は苦笑して、カウンターにある釣り銭を確認する。

コモーン銅貨、クオーターペリル銀貨、そしてペリル銀貨と数を確かめた。

「よし終わり。じゃ、さっさと断って戻ってくるね、私はここの店員なんだから」

「おう、リットがいないと困るから、早めに終わらせてこいよ」

リットは俺の方を見てニマーと嬉しそうな笑顔を見せた。

リットが待たせていた人達の方へ向かうのと入れ替わりで、痩せた小男が店へと入ってきた。

さきほど外にいた顔だ。

「確か盗賊ギルドの」

「俺を知っているとはDランクの癖に物知りだな」

痩せた小男は一見すると取るに足らない小人物に見えるかもしれない。だがその身のこなしは、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたもので、相手の目を見ず手足に注視するその目は常に裏切りの危険に身をおいてきた獰猛で優秀な臆病者特有のそれだ。

盗賊ギルドとは裏社会を取り仕切る組合だ。別の場所ではマフィアとかギャング、東方ではヤクザなどと言うこともあるらしい。

犯罪組織ではあるのだが、建前上はスリや強盗といった犯罪組織が暴走しないようにする合法組織として堂々と政治中枢の一角に権力を築いている。

まぁこうした悪が必要悪かただの邪悪かどうかなんて、俺が考えることでもないな。

盗賊ギルドが冒険者ギルドに依頼を出すことは少なくない。何か問題が起きたときにリットに解決を依頼していたこともあったのだろう。

もしくはこれまでアルベールに依頼していたのが、今後リットがいなくなることでアルベールが他の依頼を受けなければならなくなることを危惧しているのかもしれない。アルベールが盗賊ギルド長ゴルガーと 昵懇(じっこん) の仲なのは有名だ。

今考えるべきは、そういったことだろう。

「他の奴らはリットを説得するみたいだが、相手は英雄様だ。欲しいものは何だって手に入れてきた。そんな英雄様の意思を曲げさせるだけの見返りを、俺もあいつらも用意できない。だからリットに話をしても無駄ってわけだ」

欲しいものはなんだってねぇ……この男はリットの何を知っているというのだろう。

「それで俺に?」

盗賊ギルドの男はニヤリと口の端を歪めると、懐から鍵のついた箱を取り出し俺の前で開いた。

その中には、穢れなきエルブンプラチナで作られたエルブン硬貨が一枚、赤い絹の上に鎮座していた。

エルブン硬貨は、この大陸の最高額の貨幣で、1万ペリルに相当する。

この希少な硬貨に使われている材質エルブンプラチナ(エルフの白金)は、古代エルフの時代に作られた金属で、現在は精錬法が失われている。つまりは偽造は不可能どころかどの国の鋳物屋でも作ることはできない。

鋼鉄よりも硬く、熱や酸、腐食にも耐性がある。そして何よりもこの金属を手に持ち加護に触れると、金属が無価値な鉛になってしまう代わりに、1分程度の短い間だが加護の持つスキルが1レベル上昇したものとして力を与えるのだ。

一般庶民どころか商人同士の取引でも使われることはない。

使われるのは国家間の取引くらいで、硬貨というより財宝にカテゴライズするべきか。

ルーティ達と一緒に旅をしていたときは、強敵との戦いのドーピング用としてよく使っていた……もちろん俺以外の仲間達はだが、俺はコモンスキルしか使えないのでスキルレベルが1上がったところで大した違いはない。

まぁというわけで俺にとっては久しぶりに見るものではあっても、さしあたって珍しいものでもない。古代エルフの遺跡の奥を調べれば結構見つかるのだ。そこまでいける冒険者パーティーなんて、ほとんどいないのだけれど。

だが、さすがの盗賊ギルドの幹部であっても、俺がエルブン硬貨を見慣れているとは思わなかったようだ。俺の様子を驚いていると勘違いした男は得意げに話を続けた。

「驚くのも無理はない。一般人には生涯お目にかかれない奇跡の品物だ。これはエルブン硬貨だよ。名前くらいは聞いたことがあるだろ?」

「ああ、知ってるよ」

「なら話は早い。これでリットと手を切ってくれないか? この金があればこんな小さな店でちまちま働かずとも人を使って左うちわで暮らせるってもんだ。そうだろ? リットにとっても、冒険者をやっているほうがずっと世の中のためにもなるし、本人のためにもなるさ。あんたも幸せ、リットも幸せ、そして俺らみんなも幸せ。全員ハッピー。女が欲しいなら俺らが用意してやるさ。触れると背筋にビビッて震えが走るほどの美女だよ。想像できるかい? 一晩ペリル銀貨50枚の女さ。半円のクオーターペリルじゃねぇ、まん丸としたペリル銀貨で50枚だよ」

この男、下積み時代は色街の客引きでもやっていたのかもしれない。朗々とまくし立てる様子は、堂に入ったものだ。

だが、

「安い」

「は?」

「リットは値千金。1000枚のエルブン硬貨積まれたってやれないね」

「な、あんた……」

「それにな」

俺は人並み外れた聴覚を持つリットに聞こえないよう、声を潜めて言った。

「一晩50ペリルの女よりもリットの方が無限倍もいい女だよ」

俺の言葉に付け入る隙が無いことを感じ取ったのだろう。

盗賊ギルドの男は小さく舌打ちすると、小箱に鍵をかけ、懐にしまいこんだ。

「1万ペリルでも全く動じないとは、あんた大物なのかバカなのか」

「1万ペリル以上の価値があるって分かっているから、盗賊ギルドも俺なんかに1万ペリル出すんだろ?」

男は渋い顔をした。

「その通りだよ。全く、さすがリットが選んだ男なのか、Dランクのくせに妙に肝が座ってら……まっ、気が変わったらいつでも連絡してくれや。価格交渉も受け付けるぜ」

「必要ないから諦めな」

それでも男は自分の名前が書かれた名刺をカウンターに置くと、すっと店を出ていった。

☆☆

外の騒動は、リットの断固とした拒絶の言葉にも関わらず、なかなか相手は引かなかった。

「報酬が問題なのか!?」

「違う!」

「これまで以上の待遇を」

「いらない!」

「爵位を特別に」

「断固拒否!」

「男ならウチの息子を」

「「お前は何を言っているんだ」」

最後の1人は周りからもツッコまれ、すごすごと下がっていった。

「あーもう、いい加減にしろ!」

ついに我慢できなくなったリットは叫んだ。

「私はギ……レッドのところに終身雇用契約したの! 冒険者は引退! レッドに嫌がらせするとかしてレッドがこの町を出ていこうと思ったなら私も一緒に出ていくからね!」

終身雇用契約っておい。まぁどうやら俺の店の妨害をするとほのめかしたやつがいたようだ。それでリットが怒ってしまったみたいだな。

リットのこの言葉を聞いて、曖昧だった部分が俺も知らなかった形に確定してしまったようで、ついにゾルタンのお偉方は諦めて帰っていった。

憤慨しながら帰ってきたリットは、俺の顔を見ると、気まずそうな表情を見せた。

「外の声聞こえた?」

「あれだけ大声で叫べばな」

「……その、怒ってる? あんまりしつこいし、変なこと言うからつい」

俺はリットを手招きした。

ちょっと不安な様子を見せながら近づいてきたリット。

俺はそっと右手を差し出す。

「手を出して」

「?」

リットが言われた通りに手を出すと、俺は彼女の手を両手で包み込むように掴んだ。

「れ、レッド?」

「プレゼント」

リットの掌の中に俺は最初の給料日に渡そうと思っていたものを滑り込ませる。

「え……」

「リットにとっては安物だろうけど、終身雇用契約の手付金だよ。もちろん“手付金は、残代金支払いのときに売買代金の一部として充当する”ってやつ」

「わっ! 琥珀のブレスレット!」

リットの手の中にあったのは、革のバンドに一粒の琥珀をあしらったブレスレットだ。謙遜でもなんでもなく冒険者にとってこれは高いものではないが……

「これ……」

リットが琥珀をじっと見つめる。

琥珀は樹液が化石化した宝石だ。もとは液体だった為、化石になる前に樹皮や花びらなどを取り込んでいることがある。

リットに渡した琥珀には、リング状のようになった葉が閉じ込められていた。

「手付金ね……」

リットは笑いながら、おどけて琥珀を左手の薬指に当てた。

「こんなもの貰ったら、私本気で勘違いしちゃうかもよ」

言ってから恥ずかしくなったのか、リットは首のバンダナで口元を隠す。

「勘違い? なら勘違いしてくれているうちに買いたいものがあるからさ……なんの宝石が好きか教えてくれ」

ああ、くそ、そんなに赤くなるなよ。俺だって恥ずかしいんだぞ。

「……別に、レッドが選んでくれたのなら、なんでも嬉しいよ」

困ったことに加護は恋愛のスキルを与えてくれない。

百戦錬磨の剣士である俺たちは、お互いにぎこちなく初々しい言葉をかわし合い……それでも、少なくとも俺はこの時間がとても愛おしかった。