軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

147話 血濡れた悪女と無垢なる加護

「何を怒っておられるのですお姉様」

レオノールがあどけない少女の顔で悪意に満ちた笑顔を浮かべる。

「レオノール! あなたが私を憎んでいたのも、ゲイゼリクやリリンララも憎んでいたのも理解できる……でも、あなたはヴェロニアの王族でしょう!? あなたはあなた自身の手でヴェロニア王家の血を絶ったのよ!!」

「ええ、それがなにか?」

「な……」

「付け加えるなら、ゲイゼリク王亡き後は、この2人のアスラにヴェロニア王国を譲るつもりです」

「なぜ」

「なぜ?」

「あなたはヴェロニア王妃の座に執着していた。それは自分の子を王位につけるためでは無かったの……?」

「ふふっ……お姉様はここまでされてもまだそんなことを言っておられるのですね。どこまでもお人好しな方です」

パシュっと小さな音がした。

俺は銅の剣を振るってレオノールの左袖から発射された小さなダーツを撃ち落とす。

大した威力はないだろうが、おそらく毒が塗られているのだろう。

「残念、あなたのような醜い老婆にも騎士はいるのね。随分みすぼらしい装備だけれど」

レオノールはそう言って俺の銅の剣を指差しまた笑う。

「レオノール王妃」

俺が名を呼ぶと、レオノールは笑いを止めて俺を見る。

「あなたは?」

「レッド、ただの薬屋だ。騎士でもなんでもない」

「そうですか。薬屋ならせいぜいお姉様の健康を見てあげてください。私に殺されるまでに病死でもされたのでは悲しいので」

「王妃、あんたは権力欲の塊だ。しかし手に入れた権力で何かを果たそうという目的がないように見える」

「薬屋風情が何を言うかと思えば。当然でしょう、私は王妃。 政(まつりごと) など私以外の誰かがやればいい」

「だからといって私利私欲もない。あんたのその身体を維持するために魔法と錬金術でどれだけ身体をいじくり回したのか俺にも想像できないが、並大抵の苦痛ではなかったはずだ……すべては愛してもいないゲイゼリクの寵愛を失わないよう、つまり権力を維持するため。その執念には寒気を感じる」

「何が言いたいのです」

「邪悪な目的であっても、あんたのその活力は常人では及びもつかない域にある、そこは素直に称賛しよう」

「…………」

「だがその後は? あんたはそれだけの努力と闘争と苦痛の果てに一体何を得た? 誰かに権力を継がせるためでもない、金銀財宝を集め飽食を楽しむわけでもない。そして王家の血のためでもなかった」

「ええ、どれも違いますわね」

「加護の衝動でもない。あんたの加護は『闘士』に間違いない……驚きはしたが、加護があんたにもとめる役割はその他大勢だ」

「もちろん、これは私の意思です、加護のせいなどにはしませんわ」

「レオノール、あんたは一体何を得たんだ、燃え尽きようとしているあんたの人生に何が残るんだ」

レオノールは俺を見て、それから空を仰いで笑い出した。

その笑いは、これまでの悪意はあっても上品さを保っていた物とは違う。

引き裂かれんばかりに口を開き、歯をむき出しにしてレオノールは笑っていた。

「あはははは……まったく、何を言い出すかと思えば」

「…………」

「得たもの、残すもの……そんなもの私の人生に必要ありません。私がこの世界に生きる理由は私だけのもの。私が死んだあとに何が残ろうが意味などないでしょう。私はただそうしたかったからお姉様を追放した。アスラに国をくれてやるのもそうしたいと思ったから。あなたは朝食の林檎と葡萄のどちらを先に食べるか決めるのに一々理由を考えるのですか? 考えないでしょう。民が苦しもうが、国が滅ぼうがどうでもいい。私の人生は常にそうしたいと思った結果、それだけです」

レオノールはそう言い放った。

これがレオノールの本質。

レオノールは自分以外のすべてに価値を持たないのだ。

彼女のすべては自分がどう思うかであって、その結果誰が死のうが、何かが壊れようが省みない。

「レオノール!!!」

ミストーム師が叫んだ。

レオノールを睨みつけながら杖を掲げている。

「怒りましたかお姉様。ええそうでしょうとも、お怒りでしょうね。お姉様が潔く国を出られたのは、私が邪悪であってもヴェロニア王族であったから。王族は国という存在があってこそ、自ら国を滅ぼそうなどという馬鹿はいない」

「ええ、そう思った。私はあなたに敗れ、何もかも失った。でもゲイゼリクとヴェロニアは残ると、そう信じた」

「そんなこと私の知ったことではないというのに、自分を破滅させた相手にすがるのは中々愉しいお姿でしたわ」

「悲しい人生ね」

「私の人生の価値も私だけが決めるもの、たとえ世界のすべてから憎まれようとも私は幸せな人生でした……もちろんこれからも! お姉様を終わらせて幸せに暮らしますわ!!」

ミストーム師は印を組み、レオノールはただアスラデーモン達に攻撃しろと命令した。

魔法が完成するまで5秒。

俺とガラディンがアスラデーモンを食い止めるために飛び出した。

「散れ人間!」

アスラデーモンの6本の腕から繰り出される暴風のような大剣の連撃。

破るコツは勢いを恐れて防御に徹しないこと。

6振りの剣に1振りの剣で挑むのだから、一太刀ずつ受けていたら不利になるのは道理だ。

「はっ!!」

だから攻める。

俺の反撃に、ガシャースラは身体を引きながら剣で受け流す。

体勢が変わったことで、ガシャースラの右腕3本はすぐには攻撃にうつれない。

防がれると分かっていても、こちらの一太刀で相手の腕数本を動かせば戦いは有利になっていく。

「貴様、アスラとの戦いに慣れているな」

答える代わりにさらに下からすくい上げるような一撃。

ガシャースラは太ももを浅く斬られ、こらえきれず後退した。

そこでミストーム師の魔法が完成した。

「来たれ七層地獄の炎! 汝を滅ぼすは浄罪火! 究極魔法デモンズフレア!!」

ミストーム師の杖から漆黒の炎が放たれた。

「上級デーモンの秘術か!!」

チュガーラが叫びながら剣を交差させ魔力の障壁を張る。

「伊達に暗黒大陸荒らし回ったわけじゃないのよ!」

あれは自分の体に残る魔力を全て解き放ち敵を焼き尽くすデーモンの魔法。

俺も魔王軍との戦いで一度見ただけの大魔法だ。

暗黒大陸を旅したミストーム師は、デーモンの秘術を知る機会があったのだろう。

漆黒の炎はレオノール達を取り込み、黒い渦を巻いて焼き尽くす。

さすがのアスラデーモン達も身動きが取れず障壁で耐えていた。

そこに、ルーティが飛び込んだ。

「馬鹿な! これは暗黒大陸最強の魔法だぞ!!」

ガシャースラが驚き叫ぶ。

漆黒の炎の中で、ルーティのゴブリンブレードが2度きらめいた。

デモンズフレアの炎に焼かれアスラデーモン達ですら身動きが取れず、そんな状態でルーティの剣を防ぐことはできない。

「この力はまさしく真の魔王のもの……」

「がはっ……大戦士タラスクンが魔王となったのも宿命か」

2体のアスラデーモンが崩れ落ちる。

「レオノールは!?」

屈強なアスラデーモンですら耐えかねる炎だ。ただの『闘士』であるレオノールに耐えられるはずがない。

だがレオノールは変わらず笑っていた。

レオノールのかざした左手に握られている真紅の宝石に、ミストーム師の炎が吸い込まれていく。

「これはヴェロニア王家に伝わる秘宝、『賢者』リリスの 心臓石(ハートストーン) 。この宝石はいかなる魔法も吸収し、そして反射する!」

「『賢者』リリスだと!? 先代勇者の仲間の遺産なのか!!」

レオノールは宝石を俺達に向けた。

「『アークメイジ』であったことを後悔して死ね!」

必殺の炎が俺達へと放たれる。

だが次の瞬間。

「ぎゃっ!?」

悲鳴を上げたのはレオノールだ。

ティセの投げたナイフがレオノールの手に突き刺さり、リリスの 心臓石(ハートストーン) は手から転げ落ち川の底へと落ちていった。

「大層なマジックアイテムなのでしょうけれど、それを使うあなたは大層なものではありませんね」

「わ、私の肌に傷をつけましたわね……!」

艦隊も軍勢もアスラデーモンもヴェロニアの秘宝(切り札)まで失い、レオノールは万策尽きたようだ。

ついにレオノールは右手に持った細身のドレスソードを構え、ミストーム師との間に立ちはだかるルーティへ向けて自ら突き出した。

その一撃は、見かけだけは優雅で教科書通りの一撃だった。

だがもちろん、先程のアスラデーモン達の攻撃とは比べることもできない並の戦士にも劣る一撃だ。

「えっ?」

だが、その遅い一撃をルーティは受けそこねた。

レオノールの剣はルーティの肌をかすめたが、『勇者』によって強化されたルーティの身体には傷一つつけられなかった。

それでもルーティは後退りし、信じられないという表情でレオノールを見つめている。

「どうしました、そのような顔をして。あなたのような華々しい英雄からすれば、なんともみすぼらしい相手でしょうが」

「お、お兄ちゃん! レオノールの加護レベルは!!」

ルーティが気圧されている。

ティセとガラディンも気がついたようで、驚き動きを止めた。

俺はルーティを庇うように立ち、ルーティの質問に答える。

「ああそうだ。レオノールの加護は『闘士』。そして加護レベルは1だ……これだけのことをしておきながら、レオノール自身はただの1人も殺したことがない」

この世界は戦いに満ちている。

生きとし生けるものは、自らの加護を成長させるために誰もが殺し合う。

レオノールは邪悪だ。

人の法からも王の法からも神の法からも外れているだろう。

だが、彼女のその手もその加護も、穢れなく無垢のままだった。