軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136話 レッドはヴェロニア海軍料理に挑戦する

リリンララ達をサリウス王子に返還した日。

あの後、ミスフィアとサリウス王子とリリンララを部屋に残して俺達はヴェロニア海兵達がいる宿屋のホールへと降りていった。

そこでは兵士達が交代で食事を取っているようで、スープとパンを食べていた。

「そういえばお腹が空いたな」

外はもう暗い。

ニューマンの診療所に薬を届けるために店を出たのがお昼前、途中でリリンララと戦って、ルーティの屋敷に連れていき、ミスフィア達を呼んで、サリウス王子が攻めてきて、リリンララ達を連れてここへ来た。

なかなか忙しい日だったな。

明日はのんびりしたい。

「おう、腹減ってるのか?」

兵士……どうやらハイエルフのハーフヒューマンらしい男が俺に声をかけてきた。

男の耳は先端がわずかに尖っているだけで人間と変わらない。体の特徴もほとんど人間のものだ。

曾祖父母くらいの世代にハイエルフがいたという感じだろう。

常日頃から日焼けし荒れた肌は間違いなく船乗りのものだが、その顔には髭がなく、目元は似合わないほど涼しげでハイエルフの面影を感じさせる。

この男も、俺達がホールに戻って来たときはリリンララを捕らえた相手として敵意の眼差しを向けていたが、一緒の捕虜になっていたリリンララの部下達が和解したことを説明したあとは、すっかり好意的になっていた。

「ああ、昼から何も食べてないんだ」

「そうか、だったらこれで良ければ食うか?」

そう言って男はテーブルのスープを指差す。

ヴェロニア海軍の料理か。

ヴェロニア王国はアヴァロニア王国と険悪だったこともありヴェロニアの料理は食べたことがない。一体どんな味付けなのか、やはり気になる。

「そうだな、少しもらえるか?」

「いいとも」

どうやら男は下士官だったようで、部下達に大声で命令を飛ばすと、無精髭を生やした兵士達がすぐに人数分のスープとパンを持ってきた。

スープは僅かに白く濁っているが、皿の底まで見える程度には透明だ。

匂いは……あまりない。

スープの中には豚肉と不揃いに切られたネギと人参が浮かんでいる。

豚肉は分厚く、赤みが残っていた。

「…………」

んー……もしかしてこれ。

俺はスプーンでスープを少しすくって口に含む。

塩水だった。

具材を食べてみると、どれも火がしっかり通っておらず芯が残ったり、それどころか中が冷たかったり。

つまりは。

「まずい」

俺の隣で食べていたルーティがはっきりと言った。

顔は無表情だが、眉が微妙にハの字になっていって、わりと深刻に美味しくないと思っているようだ。

その言葉を聞いて下士官の男は怒ることなく笑った。

「だとよクルト! やっぱり不味いんじゃないか!」

「すんません、俺料理スキルなくて」

運んできた兵士の1人、30代前半くらいのクルトという名の兵士が笑って言う。

スキルというかそもそも料理の基礎知識がないように思えるが……。

「あー、でも普段料理していないのか。それなら仕方がないな」

「いえ、俺コックです。船でも料理を作ってます」

クルトは恥ずかしそうに頭をかいている。

いやいや、いくらなんでもおかしい。

「ちなみに料理の経験は?」

「軍に入って初めて料理しました」

「まぁそういうこともあるかもしれないが……誰か料理を教えてくれる人は?」

「料理は教わりませんでしたが、在庫管理と船員の盗み食いの防ぎ方は教えてもらいました」

なるほど、確かにそれが船のコックに一番必要な能力かもしれない。

「おうよ、料理は下手だが、クルトは『狙撃手』だ。見張りの腕は大したもんだぞ」

「ありがとうございます」

確かにそれも重要なのだろうが……だが。

「よし」

少し悩んだ後、俺は立ち上がった。

「俺が料理しよう」

「なに?」

「せっかくゾルタンに来たのに、これがゾルタンの食材を使った料理とかゾルタン市民として納得がいかない」

「お、おぉ?」

まぁ一番の理由は空きっ腹に不味い飯が耐えられないからだが。

有無を言わさず俺は厨房へ移動し、一応一緒についてきたものの困惑しているクルトを気遣うことなく、手早く準備した。

お腹が空いているのだ。

作るのに時間のかかる料理は今回パスする。

「作るのは同じ豚と野菜のスープだ」

「同じ材料で?」

「基本はな」

人参は皮を剥かず小さめに切る。根菜は皮の近くが一番美味しい。

ネギは白い部分は斜めに薄く、緑の部分は細かく刻む。

次にバターを大きめに切り分け塊を鍋に溶かす。

それから野菜を入れてしっかりと炒める。炒めることで野菜の煮崩れを防ぎ、旨味や栄養が溶け出さなくなるのだ。

豚肉は薄くスライスして野菜の上に敷く。

水は野菜の半分ほど入れる。まだスープは煮込まない。

中の水が沸騰してきたら蓋をして7分ほど蒸す。これなら煮込むより早く火が通るし、野菜の甘味が逃げない。

それから水と塩を入れひと煮立ち。味見をしながら塩や胡椒、それから小壺に入っていた魚粉を少しだけ加えて味を整える。

下ごしらえからやっても20分かからないお手軽スープ。

最後に彩りとして刻んだパセリをパラパラと浮かべて完成。

「よし」

器に盛れば野菜の良い香りがした。

「お、俺にも分けてくれよ」

「いいぞ、20杯分くらい作ってある」

クルトは俺から器を受け取ると、ホールに持っていくこともせずその場で一口食べた。

「うまっ!!」

軍船での生活は常人には耐え難いほどに厳しい。

そのため寄港したときに兵士をすべて港に下ろすと脱走兵が発生する。

多くの場合、管理できる程度の人数を交代で港におろして休暇を取らせ、それ以外の大半の兵士達は船の中で過ごす。

兵士の扱いが悪い船長だと何年も船から降ろさないなんてことすらあるのだ。

つまり港に寄港している間も、彼らは大抵の時間を船の中で食事をする。

「こ、こんな美味いもの久しぶりに食ったよ。あんた『料理人』か?」

「いや、料理スキルはコモンのレベル1だけ取っているけど、それだけだよ」

「レベル1でこんなに美味くなるのか!!」

「スキルもあるが、まず料理の基本を覚えることだ」

下ごしらえの意味、調味料の原則、そしてどのような味になるのか想像しながら料理すること。

それだけのことだが、何事も加護とスキルだと思っている者が多いこの世界で基本はないがしろにされがちだ。

基本をないがしろにしてもレベルを上げればなんとかなるという現実も、そういった風潮を助長している。

まぁなんとかなってしまうのだからそれでもいいのかもしれない。

だが、こうして料理ができないのをスキルが無いから仕方ないで済ましてしまうのは問題だろう。

料理に限らず剣でもそうなのだ。

剣術不要論はどの軍隊でも定期的に起こるもので、剣術を憶える暇があるならモンスターを狩ってレベルを上げた方が良いという意見や、実際に訓練を廃止しその時間を各地でモンスター討伐に当てるという指揮官もいる。

その結果、物事を解決する方法が、“レベルを上げる”しかなくなってしまう。

だが今すぐ物事を解決しなくてはならない時に、レベルが足りなかったらどうすればいい?

俺のいたバハムート騎士団の団長は、根っからの剣術必須論者だった。

剣術によりレベル以上の力を身につけることで、

団長は剣に限らず槍や斧、棍棒に鎌など、団長の持っているスキルがフォローしないようなあらゆる武器まで一通り使い方をマスターしている程だ。

他のことでは冷静で飄々としているのに、武器のことになると嬉しそうに早口になって語りだすあたり、ただ単にマニアなだけなのではとも部下の騎士達から疑われているが……とにかく、スキルに頼れない『導き手』である俺にとっては恩人と呼べる人だった。

「なるほど、料理ってそういうこと考えながらやるんですね」

俺が基本的な調理法と調味料の使い方を教えてやると、クルトは感激したように何度も頷いた。

口調もなぜか敬語になっている。

「じゃ、配膳を手伝ってくれ」

結局、石のように固くなったパンでも食べやすくするパン粥や干し魚のふっくら焼き、ビールに合いそうな塩気のきいたマッシュポテトなどがっつり料理してしまった。お腹空いてるのに。

これら追加で作った料理はクルトにも手伝ってもらっている。まぁパン粥も干し魚のふっくら焼きもマッシュポテトも簡単な料理だ。

スキルの有無で特に変わるのは味付けだろう。ただ塩を使っただけの料理も、料理スキルが高ければ美味しくなる。

ではスキルが無いときはどうすればいいか。

今ある調味料で最大限美味しくなるような料理を選ぶ。当たり前だが、それが一番だ。

だがそれができる料理人は少数派。加護とスキルにあらゆる成果と失敗の原因があると考える人は少なくないのだ。

「はい!」

クルトは上官に向けるような敬礼をすると、食器を持ってキビキビと配膳しにいった。

さすがにここにいる全員分とはいかないが、大勢で食べられるくらいの量がある。

こんなことをする義理はなかったかなと思いつつも、向こうの部屋で起こった歓声を聞いて、俺は口元がニヤけるのを自覚していた。

☆☆

まぁ料理はウケた。

「こんな美味い料理食ったのは久しぶりだ!」

ついさっきまで敵のはずだったヴェロニア兵達に囲まれ、俺は大層な称賛を受けている。

「なにより、こっちの美味いつまみをクルトのやつが作ったというのがすごい!」

マッシュポテトくらい誰でも作れる……というのは料理の基礎を知っている人間だから思えることだ。

剣を握ったことのない者に剣を振らせてもまともに斬れないように、鍋に触れたこともないような者には肉を焼くことだってままならない。

そして失敗したのは、スキルがないからだと納得してしまって、とりあえず食べられるものができればそれがスキルなしで作れるものだと納得してしまうのだった。

……その時俺は、目立つということの恐ろしさを忘れていたのかもしれない。

「本当だ、これは美味い」

「でしょう、私のレッドはすごいんだから」

「うん、私のお兄ちゃんはすごい」

いつのまにかホールに降りてきていたサリウス王子達と、なぜか肩を揃えて胸を張っているリットとルーティ。

「ふうむ、料理については私もどうにか改善しないといけないとは思っていたんだ。は……ごほん、リリンララはそこらへん無頓着だったからなぁ」

そうつぶやきながら何度も頷くサリウス王子。

なんか厄介なことになりそうな気がこのときから俺はひしひしと感じていた。

それから数日後。

わざわざミスフィアとトーネード市長が俺の店までやってきて、クルトと一緒に兵士向けの立食パーティーを開いてくれと依頼したのだった。

☆☆

「先生! 今日はよろしくお願いします!」

立食パーティー当日。

ヴェロニア軍コックのクルトはキラキラした目で俺に挨拶してくれた。

『料理人』の加護持ちに任せたほうがいいとは言ったのだが、サリウス王子とリリンララがどうしてもと言ってきたらしい。

それにクルトに料理を教えるという目的もあるようだ。

報酬はかなりいい。普段のお店の売上が霞むほどだ。

「こんな場所でおでんを出せるなんて、おでん屋冥利に尽きるってもんだね!」

腕まくりするのはおでんの屋台店主であるオパララ。

「いや、まじでよろしく頼みます」

彼女は不安になった俺がルーティと一緒に頼み込んで来てもらった助っ人だ。

俺の料理がマズイことになっても、すでに煮込んであるオパララのおでんが保険となるだろう。

「でも、今日の主役はレッドの旦那だからね。私は脇役、筋は通すさ」

そう言って、オパララは満面のドヤ顔で牛すじを準備しはじめた。

何? おでんジョークなの?

「まぁ、あんだけ報酬もらってるわけだしな、やるだけやるさ」

愛用の 包丁(キッチンナイフ) を取り出し、エプロンを身につける。

「そういえば 包丁(そっち) は銅製じゃないんだ」

「そりゃな」

「何がそりゃなよ。剣の方が大事でしょうが」

オパララは面白そうに笑った。

確かに命を預ける武器が銅の剣なのに、料理を作る 包丁(キッチンナイフ) は鋼鉄製というのは言われてみれば不思議な気もするな。

「レッド」

俺を呼ぶ声に振り返れば、そこにはリットとルーティがいた。

「アシスタントの準備もOKだよ」

「頑張る」

リットは赤いエプロンを、ルーティは丸い猫の顔が描かれたエプロンを着て、なぜか2人ともお玉を右手に装備している。

「料理っぽいと思って」

えへへとリットがバンダナで口元を隠しながら笑った。

可愛いのだが、この2人は料理は得意ではない。

さしもの英雄リットも人類最強の勇者ルーティも、料理に関しては野営料理の基本くらいは知っているが人並みだ。

超人的な身体能力も精霊魔法の力も料理の前では無力だと考えると料理は奥深いな。

さて、その料理へとそろそろ取り掛かるとするか。

俺は持ってきた食材をテーブルの上に並べていった。