軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

132話 この世界の王族達は

港区にある船長や航海士向けの比較的上等な宿“順風亭”。

かつてルーティがゾルタンに来たばかりの頃に使っていた宿屋だ。

そこをサリウス王子は占拠し、本陣として使っているようだ。

俺達を案内するのは浅黒く日焼けしたハイエルフのヴェロニア兵。

ゾルタンの衛兵が使うハルバートに比べて若干短く、また鋭く細い穂先以外何もついていないシンプルな槍を手に、腰には短く湾曲したカットラスと小さくとも射程の長い 合板短弓(コンポジットショートボウ) 。

鎧は鎖状のチェインメイルに急所を鉄板で補強してある。鎧の各部に木の部品が使われているのは、水中で浮力を得るためか。

「サリウス殿下。ゾルタンの使者をお連れしました」

兵士はそう言ってガンガンと扉を叩く。

王子付きの兵士にしては乱暴な作法だが、常に油断無く俺達の動向に注意し、いつでも戦えるよう構えているその様子は彼が経験豊富な兵士であることを示している。

彼の物腰には、ハイエルフの国キラミン出身の都市で洗練されたハイエルフのそれとは違う、海と軍の世界で鍛えられた鋭さと剣呑さがあった。

「通せ」

中から男の声がした。

ルーティとティセの方を見ると、こくりと頷いた。

2人はすでにサリウス王子と会っている、これはサリウス王子の声だ。

兵士が扉を開く。

中には兵士と同じような装備……ただそれぞれにヴェロニア王家の紋章と、魔法の品物であることを示すルーンが刻まれている装備に身を包んだ男が座っていた。

サリウス王子は50歳近い年齢であるはずだが、その顔は若々しく30代にしか見えない。

「リリンララは無事だな」

リリンララの様子を見てサリウス王子はそう言うと、俺達に向けて白い歯を見せて笑った。

その笑顔は友好と言うより威嚇と言うべき獰猛なもので、これから戦う相手に見せるものだった。

ん……王子のあの化粧は……。

バチン!

激しい音がした。

一瞬の出来事だった。

「な、なんで」

頬を抑え、呆然とするサリウス王子。その前に立ち、怒りを抑えられない様子で荒く息を吐きだすリリンララ。

サリウス王子の言葉を聞いて、急にリリンララが飛び出しサリウス王子の顔を殴ったのだ。

「なぜと聞きたいのは私の方だ!! なぜこんな馬鹿なことをした!!!」

すぐ隣にいたリリンララの部下のハイエルフ達や、サリウス王子を守る兵士達も突然のことに固まっている。ミスフィアはサリウス王子を見た時から動揺している様子で動けなかった。

もちろん、ルーティやティセはリリンララが飛び出したことに気がついていて、その気になれば止められただろう。だが2人はリリンララの様子をじっと見守っていた。

リットが俺にどうすると視線を投げかける。俺は小さく首を横に振り、このまま様子を見るつもりだと伝えた。

「これをレオノールに知られたらお前は終わりだ! この馬鹿者が……そんなことが分からないほど、お前は愚鈍ではないはずだろう!!」

リリンララの声は震えていた。

抑えきれないほどの様々な感情が入り混じり、怒りでなんとか方向を定めているような、そんな声だった。

歯を食いしばり、だまってうなだれていたサリウス王子だったが……

「あんたが捕まったんだぞ」

絞り出すようにそう言い返す。

「それがどうした! 王者たるもの部下を切り捨てる覚悟が必要だと教えたはずだ!」

「あんたを切り捨てるくらいなら……だったら王なんてならなくてもいい! なりたくもない!! あんただって分かっているだろう!!!」

サリウス王子のそれは、とても大きな怒声で外の兵士達にも聞こえていた程だった。外からざわざわと兵士達が動揺する声が聞こえる。

王位を目指す王子として言ってはいけない言葉だろうが……リリンララはそれを叱ることはできなかった。

リリンララのその表情をどう表現すればいいのか、俺には分からない。

激昂しているようにも、絶望しているようにも、泣いているようにも……笑っているようにも見えた。

心が引き裂かれるような、複雑な感情がリリンララの胸中に渦巻いているのだ。

静まり返った部屋。ヴェロニア兵達はどうすればいいか分からず不安そうに周囲を何度も見渡していた。

俺はそんな中、俺達の後ろでサリウス王子の顔をまっすぐに見つめている者の隣へと俺はそっと移動する。

「似ているか?」

俺の言葉に、ミスフィアはびくりと肩を震わせた。

「どうして私が考えている事を?」

「可能性は前から考えていたんだ……リリンララは海賊。ヴェロニア王国ではなく100%ゲイゼリクの為に動くはずだ……だったらサリウス王子は」

「え、ええ! 似ているの! あの人の若い頃にそっくり!! とても……とても血がつながっていないとは思えない!!」

ミスフィアはそう呟いて震える。やはりそうか、サリウス王子はゲイゼリク王の実子だ。

そして……。

「どうして、どうして最初から本当のことを教えてくれなかったの……あの子の親が誰だって……そうすれば……私は……」

ミスフィアは枯れ枝のような自分の指で両目を覆った。

誰がための愛と悪意なのか、誰が裏切り、誰が犠牲になり、そして誰が何を得たのか。

サリウス王子は若くみえるんじゃない、実年齢より老いたように見せかけているんだ。

サリウス王子の顔に施されたささやかな化粧は、顔を良く見せるためではない。

化粧を落とせば、おそらくは青年と言っても良いであろう若々しい顔が現れるだろう。50歳にも満たない年齢ならば、彼女達の種族では珍しいことではない。

「レッド……サリウス王子ってもしかして」

リットが俺の耳元で囁いた。

俺は頷き、答える。

「ああ、サリウス王子はハイエルフのハーフヒューマンだ」

そして。

「彼の父親はゲイゼリク、母親は……おそらくリリンララ」

俺の言葉にリットは力なく首を振る。

「王族って本当に……」

「そうだな」

加護の支配する世界だからこそ、人々は加護の外にある血統に権力の後ろ楯を求める。

力ある加護を持つ者ならば誰であっても無条件で従えるほどに、人々は加護を信頼していないのだ。

『帝王』の加護を持ち、ヴェロニアを再び大国へと成長させたゲイゼリク王であっても、人々からは海賊上がりのならず者だと見られ続けてきた。

ゲイゼリク王を認めてしまえば、次は『帝王』の加護を持つ山賊、強盗、放火魔、その他あらゆる者達が、自分たちの生活している世界とルールを破壊し、新しい支配者として君臨するかもしれないのだ。

この世界の王族達のあり方こそが、加護という存在の矛盾を最もよく表しているように俺には思えた。

ロガーヴィア公国の王女であるリットは、彼らの運命に自分もありえたかもしれない未来を見たのかも知れない。

俺と今一緒にいる事を確かめるように、リットは俺の手をギュッと握った。

俺もリットの手を握り返して応えたのだった。