軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127話 リリンララとの決闘

今日のゾルタンはずいぶん暖かい。

この間冬になったばかりのように感じさせるのに春のような陽気だ。

「あ、クローバーの花が咲いている」

路傍に咲くその白く小さな花を見て、俺は懐かしさを感じた。

幼い頃、ルーティのために花輪を作ってあげたっけ。

また作ってみようか……もう花輪で喜ぶ歳じゃないかな?

今度みんなでキャンプをしてみるのもいいな。

冒険のための野営ではなく、ただ楽しむためのキャンプだ。

野原でバーベキューをして、焚き火を囲んで取り留めのない話をしたり、錬金術の花火で遊んだり、そして夜には草原に寝転がって星空を見上げる。

今回の件が終わったら誘ってみようか。

俺はそんなことを考えながら、いつもの道を外れ、町の中に残る林へと進んでいく。

腰に佩いた銅の剣の柄に手を置き、その感触を確かめた。

小さい林とはいえ、奥に進むとここがゾルタンの低い城壁の中だということを忘れるほど静かになる。

俺は肩にかけていた薬箱を地面に置く。

「はぁ、ここらでいいか?」

俺は面倒くさいという感情を隠さず、棘のある口調で言った。

俺の言葉に、眼帯を付けたハイエルフの女性が木の陰から現れる。

両手には緑鋼の輝きが美しいガントレット。腰には見るからに高価そうな、金細工を施された白鞘に納められたロングソード。

航海士の服を覆う灰色のクロークは、ハイエルフの手によるもの。

体には緑鋼製、動いても音が鳴らないと評判のエルフ編みチェインシャツを鎧として着込んでいる。

どれも魔法の品物だろう。ゾルタンでは将軍だってこんな豪華な装備を持ってはいない。

「何だって俺の後をつけるんだ。俺はただの薬屋だぞ」

「ただの薬屋が気配を消して後をつけている私の気配に気がついて、単身こうして林の中で決着をつけようとするのか?」

「気づかせるように隙を見せていた癖に」

俺の言葉にハイエルフは鋭い視線を俺にぶつける。

「そこまで見抜いていたか」

警戒心と闘志が入り混じった熟練の戦士特有の威圧感を、俺は肌に感じた。

「あの2人といい貴様といい、こんなみすぼらしい国になぜこれほどの勇士がいるのか」

「あんたがリリンララか」

「さて」

眼帯をつけたハイエルフで、俺に威圧感を感じさせるほどの戦士が他にいるわけないだろうに。だがリリンララは口元を軽く歪めてとぼけている。

リリンララ本人が出てくる可能性は高くないと思っていたが、まさか1人で出てくるとは。

それだけ自分の実力に自信があり、そして一番強力な戦力をぶつけることが、ときに損害を最小にすることを知っているのだろう。歴戦の海賊でありヴェロニア王国海軍を率いる将軍でもあるリリンララならではの大胆な行動といったところか。

「で、そういうお前は何者なんだ」

リリンララの鋭い言葉に俺は肩をすくめて答える。

「薬屋のレッド。人畜無害の一般人だ」

「お前のような一般人がいるか」

「一般人になるのに条件も何もないだろう」

軽口を叩きながら、俺達は間合いを一歩、また一歩と詰めていく。

風がそよぎ、木々がどっちが勝つのか予想をささやき合っているかのようにざわめいた。

「で、俺に何の用だ」

「武器を捨てて投降しろ。私と一緒に来てもらおう、そうすれば命までは取るつもりはない」

「海賊からの命の保証なんて信用できんだろう」

「私は海賊は辞めたんだがな」

リリンララが足を止めた。

「どうしても投降する気はないか?」

「兄として妹の迷惑になるのはかっこ悪いからな」

俺達の間に濃厚な殺気が漂う。だが俺は剣の柄に手をかけ躊躇なく一歩を踏み出した。

ビュウと白い疾風が走った。

鞘走りの音すらなく抜き放たれたリリンララのロングソードは、瞬きする間も無く、白銀の刀身を 煌(きら) めかせ俺の頭上から振り下ろされる。

俺は相手の右側へすれ違うようにかわした。

振り向きざまに俺はリリンララの背中へと剣を抜いて斬りつけるが、リリンララも同じタイミングで振り返り、剣を横薙ぎに振るう。

キィィィンと金属がぶつかり合う音がした。

リリンララの刀身に魔法の紋様が浮かび上がったのを見て、俺は反射的に飛び下がる。

「もらった!」

リリンララの顔が勝ち誇る。

刀身から溢れるように放たれた風が刃となって俺を襲った。

あれは風の刃で斬撃を飛ばし刀身をかわした相手を斬り裂く魔法の剣か。

俺はとっさに背中のハーフマントを投げつける。

風の刃は俺のハーフマントをズタズタに引き裂いたが、頑丈な布地を切り裂いたことで風の刃は威力を減衰させかき消えた。

「これ、気に入ってたんだが」

地面に落ちたハーフマントはもう使い物にならない。

また右手に持つ銅の剣の刀身にも無数の刃こぼれや小さなヒビが生じていた。

受け流しきれなかったか。これ以上、あの剣を受けるのは危険だな。

リリンララはそんな俺の様子を見て口元に笑みを浮かべる。

「大した腕だな。一体どのような『加護』をその身に宿しているのかは分からんが、武技も魔法も使わず、目立ったスキルも感じられない。それが不気味で底の知れないヤツだ……が、装備の性能では話にならない差があるようだな」

「ハイエルフのマジックアイテムだな」

俺の銅の剣一千本くらいの価値がありそうだ。いやもっとか?

装備の差は歴然。その上、リリンララは名高い海賊だけあって、その剣術も俺が想定したいたよりずっと……俺に剣を教えてくれた団長に匹敵する。

つまり、王都を旅立った頃の俺より強い。

「まぁ、俺が戦わず妹達2人に任せても良かったし、衛兵の詰め所に逃げ込むって手もあったんだけどさ」

俺は剣を右手に構え、左足を軽く引いた。

「別に活躍したかったわけでも、褒めてほしかったわけでも、ゾルタンの平和を脅かすあんたらが憎かったわけでもないんだ」

ルーティとティセならもっと簡単に倒せていただろう。

ただの薬屋である俺がこうして戦う合理的な理由はあまりない。

「だけどまぁ、なんというか……妹に自分でも解決できる面倒事を押し付けるのがどうもなぁ」

「何の話だ」

俺は意識を戦いへと切り替える。

俺の空気が変わったのを見て、リリンララの表情も変わった。

「あのBランクよりお前の方が強いなんてことはないだろうな」

「そりゃ無い。2人は俺より強いよ」

「部下がたやすく捕らえられるわけだ」

俺は剣の切っ先をフラフラと揺らしながら機会を伺う。

リリンララは下段に構え守りを固めながら、じりじりと近づいていきた。

その時、リリンララの足が木の根を踏んだ。リリンララの視線が一瞬足元に落ちる。

「ッ!!」

俺は息を止めて足に力を込め、一足で間合いを詰める。

リリンララの剣が跳ね上がって防御しようとする。

「何だ!?」

リリンララの動きはさっきより鈍い。リリンララの表情に余裕がなくなり、視線が手元のガントレットに注がれる。

「馬鹿な、いつの間に!」

左手のガントレットに走る大きな傷。

最初の打ち合い、俺は飛び退きながらガントレットに傷をつけておいたのだ。

おそらく身体強化のような単純な効果のマジックアイテムではないだろう、繊細なエルフの魔法を乱されたことでガントレットは効果を半減させている。

そして、できると思っていた動きができなかったことでリリンララに大きな隙が生まれた。

俺の突き出した剣にリリンララがかろうじて防御をあわせる。

両者の剣が触れる寸前、俺が手首を返した。

剣はリリンララの防御を蛇のようにすり抜け、彼女の肩へと食らいつく。

リリンララは痛みをこらえて、剣で一閃して間合いを取る。俺の剣が肩口からズルリと抜けると、血が溢れた。

「くっ……」

右肩の深い傷。

右腕に伝う血と共に、リリンララは腕の力を失っていくはずだ。

「まだやるかい?」

「つくづく度し難い国だ。この私より強いやつが少なくとも3人もいるだと?」

もし回復系の魔法やスキルを持っていても、あるいはキュアポーションを飲もうとしても、その隙を俺が見逃すはずはない。今の間合いは、お互い隙を見せればすぐさま相手に一撃を加えられる間合いだ。

このままにらみ合いを続ければリリンララは出血で倒れ、かといって攻めるのも利き腕を怪我した状態では勝ち目もなく、逃げようとすれば“雷光の如き脚”で追いついて打ち込める。

俺が優勢な状況だが……リリンララの目にはまだ余裕がある。

「そこまでだ」

その時、別の男の声がした。リリンララの顔に勝利へと確信が浮かんだ。

現れた男もやはりハイエルフで、カットラスを右手に、そして左手で涙を流し震えている女の子の口を押さえている。

あの子は下町の住人だ。

「人質というわけか、海賊らしいな」

「将軍は汚い手を使いもする。勝たなければ意味はない。武器を捨てろ」

「嫌だと言ったら」

「その子を殺す」

あの子の名前は確かマリアベル。同じ名前の女性が下町には3人くらいいたはずだ。

すれ違えば挨拶してくれる可愛い子ではあるが、俺との接点はそれだけ。知人と言えるかすら微妙な間柄だ。

「見境なく手頃な子供をさらったのか」

「だが効果はあるだろう?」

リリンララは傷口を押さえながら言った。

「そうだな」

そう言いながら、俺は剣を放り投げるように捨てた。

「な、貴様!」

剣は大きな弧を描くように、マリアベルにカットラスを突きつけているハイエルフの方へと飛んでいく。

もちろんただ重力に任せて落ちてくる銅の剣なんて、カットラスで叩き落とすのは簡単だろうし、三歩も動けばかすりもしないだろう。当たったとしてもなまくらな銅の剣では大した傷にはならない。

だが、ゆっくりと自分の方に飛んでくる刃物を無視できる者は少ない。

ハイエルフの視線は宙を舞う俺の剣へと吸い込まれる。

「“雷光の如き脚”」

視線が外れた一瞬の間に、俺は木の裏を抜け回り込むようにハイエルフのそばへと走る。

「えっ?」

ハイエルフが反応するより一瞬早く、俺の拳がハイエルフの端正な顔へと突き刺さり、ハイエルフは体をのけぞらせて倒れた。

そのまま飛んできた俺の銅の剣を掴み、驚くリリンララへと剣を振り上げ飛びかかる。

反応できなかったハイエルフと違い、リリンララはすぐさま防御の体勢を取る。が、怪我をしている右腕が上手く動かないのか、反応速度に比べてその動きは鈍い。

「ぐッ!?」

不完全なリリンララの防御を俺の剣が弾く。

がら空きになった体へ一閃。

エルフのチェインシャツをも切り裂き、深手を負ったリリンララはハイエルフの強靭な生命力も尽き果て、膝から崩れ落ちた。

「ふぅ」

リリンララが立ち上がれないのを確認して、俺は剣を収める。

そして額に浮かんだ汗を拭い、息をゆっくり吐いた。

死んではいないと思うが……リリンララの行動が頭にきて踏み込みが僅かに深くなってしまった。リリンララの魔法の道具と片腕を傷つけた時点で勝っていたのだから、もう少し浅い攻撃でも十分だったのだが。

団長がここにいたら怒られるところだな。まぁ終わってしまったことは仕方がない。

「ニューマンにはもう少し待ってもらうか」

応急処置だけしたら、ルーティにこいつらを引き渡そう。

薬を届けるのはその後になってしまうな。

「う、うぅ、レッドさん……」

その前にまずはこの子か。

俺は安心させるために、女の子の肩をポンポンと叩き、笑いかける。

「もう大丈夫だ、怖い人は全員やっつけた。よく頑張ったな」

「うぁぁぁん!!」

知らない人にさらわれ、わけも分からず人質にされ怖かったのだろう。

女の子は俺の腰に抱きつくと、安堵の涙を流していた。