軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115話 海賊はアスラと共に魔王と戦う

「船長、もう限界ですぜ」

酒場で白く濁った酒の入ったお椀状の器をあおるゲイゼリクに、海賊の一人が深刻な顔で進言する。

「あん?」

「確かにすげえ財宝ばっか集まってますけど、もう残っている船はマザー・エルヴィール号とセント・マリー号、それにリリンララ船長のブリーイット号の3隻だけ……セント・マリー号はマストは一本折れ、船倉の穴も応急処置で塞いでいる有様。アヴァロン大陸に戻れるかどうかすら危ういです」

「まぁな……」

ゲイゼリクは酒をまた飲んだ。

あの白い酒はなんだろう?

「馬や牛の乳から作ったお酒らしいわ」

ミストーム師が言った。

「暗黒大陸の内陸部の地上でよく飲まれる酒みたいだよ。地上では作物があまり育たないからか、酒は乳から作るようだね」

「馬の乳が酒になるのか」

「酸味が強くて、アルコールはあまり強いお酒じゃなかったわ」

少しだけ映る暗黒大陸の食事風景は、やはりアヴァロン大陸のものとは違う。一体どういう料理なのか、少しだけ興味がある。

「そこを気にするんだ」

俺の様子を見てリットが苦笑していた。

「おお、待ってたぞ!」

幻影のゲイゼリクが俺の方を見て声をあげた。

俺の背後からぬっと巨大な人影が現れる。

「あっ!!」

リットの表情が変わった。握りしめた拳がギリリと音をたてる。

俺も背後から現れた、その6本の腕を持つ怪人の姿を見て料理への興味が吹き飛んだ。

「シサンダン……!」

そこにいたのは、ロガーヴィアでリットの師匠を殺し、ゾルタンでもルーティを追い詰めたあのアスラデーモンの姿だった。

リットから激しい殺気がほとばしり、狼の尻尾がピンと跳ね上がった。無意識なのか右手が左腰のショーテルの柄に添えられる、

その右手にそっと、俺は自分の右手を重ねた。

リットのこわばった表情がすっと落ち着いていく。尻尾もゆっくりと左右に揺れていた。

「……ありがとう、あいつの顔みたらつい」

「我慢することはないさ。俺がついてる」

「そうだね……えへへ」

リットはバンダナで口を隠すと笑った。もう大丈夫、いつものリットだ。

リットがシサンダンを見ると冷静でいられなくなるのは、もちろん師匠であるガイウスの仇だからというのもあるが、リットの加護である『スピリットスカウト』の衝動の影響も大きい。自分の仲間を守るという衝動を与える『スピリットスカウト』にとって、仲間の仇であるシサンダンは排除しなくてはならない存在なのだ。

でも、リットは加護の衝動より俺との生活を選んでくれた、それが嬉しい。

リットの憤りはもちろん幻影のシサンダンに届かない。

シサンダンは、2メートルを超える身体で、ゲイゼリク達のいるテーブルの席へと座った。

「アスラデーモンが普通に酒場にいるってすごい状況ね」

「暗黒大陸では普通の光景なんだろうな」

酒場の住人の大半は、オークとドワーフだが、骸骨のような頭をしたソルジャーデーモンや、奴隷の人間を引き連れた両手が斧状になったアックスデーモンも数人いる。

下っ端の海賊は怯えているようだが、ゲイゼリクやリリンララはさすがの胆力で、気にした様子もなくシサンダンと向かい合っていた。

「上手くやったようだな」

ゲイゼリクを見下ろしながらシサンダンはにやりと笑った。ゲイゼリクは椀に酒を注ぐと、シサンダンに差し出す。

「まず飲め。ここは酒場だ」

「それもそうだ」

シサンダンはゲイゼリクから椀を受け取ると、白濁した乳酒を一口であおる。

「蒸留酒ではないのか」

「あん? そんなもんあるなんて言われなかったぞ?」

「貧乏人だと思われたのだろう」

シサンダンは忍び笑いを漏らした。ゲイゼリクは不満そうに怒鳴って店員を呼ぶ。

「おう! てめぇ! この店で一番良い酒持ってこいつっただろ!」

「はぁ、そのお酒も良いものですが。健康に」

「んだこのやろう! 酒を飲むのに明日のことを考えるやつがあるか!」

ぎゃーぎゃーと喚くゲイゼリク。リリンララは大口を開けて笑い、ミスフィアが苦笑しながらゲイゼリクをなだめて店員に暗黒大陸の金貨を渡す。

運ばれてきた酒は無色透明の蒸留酒。一緒に水の入った小さな壺も運ばれてきた。

「なんだよ。これじゃあどっちが酒だか分からねえな」

そう言いながらゲイゼリクはさっきまで乳酒を入れていた椀に新しい酒を並々と注ぐと一気にあおる。

「!?」

ゲイゼリクの顔が引きつった。その様子をニヤニヤと笑いながら店員とシサンダンが見ている。

ゲイゼリクは目をつぶるとブルブル震えながらも椀を飲み干した。

「ぷあはあああ、こ、これだよ、こういうのが酒ってんだ」

ゲイゼリクの顔が赤くなってきた。よっぽど強い酒だったのだろう。

「お客さん、これは水で割って飲むんだよ」

店員はそう言うと、椀に酒を注いで水で割る。

「あ!」

ミスフィアが驚いて叫んだ。無色透明の酒と水を混ぜたはずなのに白く濁ったからだ。

「あんたらアンダーディープの出身か、それとも西のヒスイからやってきたのかい? 金持ってる割にはアルヒを初めてみただなんて」

「ええ、遠くから来たの。ありがとう、これはゆっくり飲ませてもらいますわ」

ミスフィアは一口飲んでみて、口に合ったのかにっこりと笑った。

しばらく店員とミスフィア、リリンララが会話し、ゲイゼリクが怒鳴って笑い、シサンダンが椀を傾けながら興味深げに海賊達の様子を眺める。

なんというか……平和な光景だ。

「今ではシサンダンは魔王軍の将軍でゲイゼリクはヴェロニアの王。不思議なもんだ」

「このときはゲイゼリクは海賊で、シサンダンはただのアスラの戦士だったんだよ。それにシサンダンは……」

ミストーム師が言おうとした言葉を、幻影のミスフィアが引き継ぐ。

「武器は隠れ家にあります。あなた方が魔王サタンを討つ助力になれば」

魔王サタン?

今の魔王はアスラデーモンのタラスクンのはずだ。それにシサンダンが魔王を討つ側にいる?

何か重要なことが目の前で話されている。だが、それを聞いたのはもう魔王軍と戦う意思の無い俺達なのが皮肉だ。

「こちらの準備も整いましたわ。私達は魔王との戦いには参加できませんが」

「武器を手に入れてくれただけで十分だ。こちらも約束通り、隠しドッグの場所を突き止めてきた。2人ほどアスラの戦士を回す。そのまま 眩光(げんこう) 大陸に連れて行ってくれて構わない。あちらについたら交易船にでも紛れて戻るように伝えてある。お前たちの計画が成功すれば、我々の戦いにも大きな影響がある、好きなように使え……しかし大胆な男だな」

気に入ったのか、アルヒという名の酒をグビグビと飲んでいたゲイゼリクを眺め、シサンダンは感心したように口を歪める。

「魔王の旗艦“ウェンディダート号”を強奪するか。地図も部下も貸すが……守っているのは土の四天王デズモンド配下のゴーレム使いども。お前らも少しは腕が立つようだが、まず可能性はあるまい。やめるなら今のうちだぞ」

試すような口調のシサンダンに対して、ミスフィアは目の前の椀を掴むと、一気に飲み干し、椀をテーブルに叩きつける。

「目の前にお宝があるのにビビって逃げ出すようなやつが海賊になれるか、ですわ」

ミスフィアの口上に、ゲイゼリクは「クハハハ!」と膝を叩いて笑っていたのだった。

☆☆

半月後。魔王軍秘密ドッグ。

「おい、そろそろ交代の時間だぞ」

「ん、ああ」

見張りについているのは、魔王軍の正規兵、フルプレートに身を包むソルジャーデーモンだ。アヴァロン大陸の侵略軍の過半数を占めるオーク兵ではない。

そして。

「あれが魔王の船なのか」

幻影に映し出されたのは、見たこともない巨大な船だった。

ルーティが乗ってきた飛空艇を見せてもらったときも驚いたが、アヴァロン大陸で見られる船という範疇にありながら、異形としか言えない船だった。

その巨大さは、アヴァロン大陸の巨大なガレアス船が最も大きな船でも全長50メートル程度なのに対し、魔王の船ウェンディダートは、倍以上、多分全長120メートルほどもある。

その巨体さに対してマストは2本だけ。だがどういうわけか肝心の帆がない。側面には巨大な水車がついており、どうやらあれを回転させて推進力を得るようだ。

船の中央には煙突が2つ並んでいる。側面には 投石機(カタパルト) が並んでいる。

だが、何より異様なのは……その船体が金属で作られているところだろう。

内陸国であるロガーヴィア出身のリットはピンと来ていないようだが、特にティセとうげうげさんは非常に驚いた様子でうげうげさんと忙しなく何か語り合っている。

……いや、うげうげさんって船のこと分かるのか。本当ハイスペックな蜘蛛だな。

俺達の驚きを他所に事態は進む。

「おい、船が来るぞ」

「こんな夜中にか。予定にないだろ……それになんだあの船は、見たこと無いがどこの博物館から持ち出した骨董品だ。何かセレモニーでもやるのか」

ドックへ速度を落とさず真っ直ぐ突っ込んでくるキャラック船。すぐにドッグから小型の、こちらは木造船だが、外輪が駆動し煙突から煙を吐き出すやはり異形の船が3隻飛び出してきた。

船首の付近に大型のバリスタがあり、ゲートブレイカーと呼ばれる攻城サイズの矢弾がセットされる。

発射された矢は、キャラック船の船体に突き刺さった。穴から海水が流れ込む。

さらに矢にはロープが結ばれており、小型ながら暗黒大陸の異形の船は大型キャラックの推進力を3隻でピタリと止めた。

次の瞬間、激しい閃光と爆発音がした。

「な、なんだ!」

「船が爆発した! 3隻とももろに食らったぞ!」

非常招集の鐘がなる。ソルジャーデーモン達は慌ててその場を離れていった。

それを物陰から見ていたミスフィアとリリンララ、そして配下の海賊達はニヤリと口を歪める。

「それじゃあ、魔王の船。頂戴しに行きますわよ」