軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112話 お姫様は海賊と出会う

森の奥へと俺たちは進む。

しかし、知り合いのモーエンに話を聞くつもりがとんだ寄り道になってしまった。

「こうしてお兄ちゃんと一緒に冒険するの、やっぱり楽しい」

ルーティが俺の袖を掴んで言った。

まぁ今回くらいはいいか。ルーティも喜んでるし。

ピクリとリットの狼の方の耳が動いた。ヒュウという風切り音がする。

リットが軽く上体をそらすと、その眼前を矢が飛び、地面に当たって跳ねた。

「ティセ」

「分かりました」

ティセが目にも留まらぬ速さで近くの木へと駆け上がる。

「ぎゃっ!?」

悲鳴が聞こえ、どさりと人間が木から落下した。

「痛たた……なんてことをするんだ」

痛そうに腰をさすっているのは70は超えている様子の老人の男だ。ゾルタンでは見たことがない顔だった。

「そりゃこっちのセリフよ。いきなり矢を射掛けてくるなんて。殺されても文句は言えないわよ」

リットが憤慨して言う。

「いや今の矢、 鏃(やじり) がついていない。スリーピングアローのようだ」

俺は地面に落ちた矢を拾ってリットに見せる。鏃の代わりに丸い木製の重りが矢の先端についている。

矢に刻まれた2文字のルーンはスリープの魔法を封じたものだろう。

「ちょっと眠らせてお帰りいただくつもりだったんだよ。怪我させようなんて思っちゃいないさ」

老人は弓を捨てると、両手を上げ降参だと手のひらを振った。

「ワシはこの森で暮らしている狩人でな。平穏な生活を邪魔されたくないんじゃよ。この森にはワシしか住んどらん。まぁ昔ゾルタンでちょいとやらかしての、もう忘れられとるとは思うんじゃが、警戒するのはもう癖になっておるのじゃよ。すまんかったな」

老人はしわだらけの顔をくしゃくしゃにして大笑した。

「お詫びにワシの取った毛皮をやるから、見逃してくれんか?」

老人は自分の身につけている毛皮の服を指差す。

おそらくはクマの毛皮だろう。

リットは鼻をスンと鳴らした。

「でもお爺ちゃん、あなたからは別の人間、それも私たちが探している人間の匂いがするわよ」

「はて?」

老人が首をかしげる。

次の瞬間、老人の腕が残像でブレ、瞬きする間に背中の矢筒から今度は鋼鉄製の 鏃(やじり) のついた矢を抜き出すと、背後にいたティセに振り下ろした。

ティセは半歩下がって一撃をかわす。

パスっという音と共に老人の左手の袖から矢が飛び出した。バンブーシャフトという竹のバネを使った筒状の弓だ。

狙いはティセの眉間。不意をついた必殺の一撃だった。

「なにっ!?」

老人の目が驚愕で見開かれる。

ティセはほとんどゼロ距離から放たれた一撃だというのに、その矢を眉間の寸前で掴んでいた。

ティセは矢を事もなげに投げ捨てると、老人らしからぬ俊敏さで間合いを取ろうとした彼の脚を払う。

老人は地面に倒れる。しかし左手で受け身を取り、間髪入れずに立ち上がろうとした。

「ぐ、ぬ……いつ抜いた? お主、強いのう」

だが老人は眉間に突きつけられたティセのショートソードに気がつくと、諦めたようにガクリと肩を落とす。

そして、

「お嬢! 追手です! 今すぐお逃げ下さい!」

老人は死を覚悟した表情でそう叫んだ。

俺は“雷光の如き脚”で回り込もうと足に力を込める。だが、俺が追いかけるまでもなかったようだ。

「お嬢……」

ハルバートを持った精悍な顔立ちの男。

バトルアクスを持ち、いかつい顔をした長身の男。

白い髪に帽子をかぶり、メイスを手に持った男。

そして、杖を突き曲がった腰に手を当てる温厚そうな老女。

モーエン、ガラディン、シエン、そしてミストームの4人の元冒険者たちがこちらへ走ってくる。俺達はようやく彼女らと再会することができたのだった。

☆☆

「こっちだよ」

ミストーム師の後に続く俺達は、森の中にある小さな集落へと案内された。

小屋の数は8。だがそのうち3つはしばらく使われた形跡が無かった。

「お嬢」

俺達を出迎えたのは弓や剣で武装した老人達が6人。また小屋の窓から弓を構える、外の老人達よりさらに老いた者が2人。

「大丈夫。彼らはゾルタンの英雄。私の代わりに今のゾルタンを守ってくれている人達だよ」

ミストーム師の言葉に老人達は武器を下ろした。だがジリジリとひりつくような視線はそのままで、いつでも戦闘態勢に入れるよう構えている。

「全員、かなり使うな」

一人一人が王都の騎士並の実力か。肉体はさすがに衰えているが、ルーティ以外の3人にとっては油断ならない相手だ。

「私の自慢の部下達だもの」

ミストーム師が俺の言葉に笑顔で応じた。

「ねぇレッド。この人達って」

「ああ、新聞に書いてあった人達だろう」

ゴブリンの襲撃の際、ミストーム師と共に船で現れゾルタンを救った船乗り達。

「なんでも知ってるんだね」

ミストーム師は感心しているようだ。

「私のことなんて放っておいても良いというのに、この歳になるまでずっと私の側にいてくれたんだ」

ミストーム師の目は優しい。このような状況ながら、自分の誇りに思っている者を他人に紹介できることが嬉しいようだった。

「でもこの歳になってもお嬢呼びは恥ずかしいんだけどね」

「ワシらにとってお嬢はいつまでもお嬢ですぜ!」

窓からかなり高齢のお爺さんが叫んだ。立ち上がるのも辛い様子で窓枠に捕まりながらだが、その声は力強かった。

それを聞いたミストーム師は困った様子で笑っている。モーエンやガラディンも同じように笑っていた。

「あ、モーエン、アデミから伝言だ」

「む?」

「“俺がいるから家のことは心配いらないよ、お仕事頑張って”だとさ」

モーエンの表情が曇る。

「すまんな。だがゾルタンに危険はない。ゾルタンの治安を守る者として、その一点に背くことはしていないつもりだ」

「分かってるさ」

悪魔の加護事件ではビッグホークの奸計によって、サウスマーシュが暴動寸前になってしまったこともあったが、モーエン自身は私欲なくゾルタンのために働いていることは信頼している。家族愛の強さが弱点ではあるが、それもこのゾルタンという町を守る衛兵隊長としては人間味があって丁度いいと思う。

「そう言ってもらえると助かる……しかしレッド。前の事件といい君は一体何者なんだ?」

「薬屋だよ」

俺の言葉に納得できない様子でモーエンは顔をしかめた。

「ゾルタンでは必要なければ過去を詮索しないのが決まりだよ」

それをミストーム師が遮る。

「今回、私の過去を今のゾルタンを守る英雄たちが知らなくてはならなくなった。それだけのこと。普段はお互い、なぜここにいるのかなんて野暮なことは聞かない。そうでしょうガラディン、シエン」

ガラディンとシエン司教はしっかりと頷いた。ミストーム師は俺の顔を見てニコリと笑う。

「さて、あそこが私の家。ささ、遠慮なくお入りなさい」

そういって、集落の奥にある他の小屋より少しだけ立派な小屋へと入っていった。

☆☆

「どうぞ」

テーブルに並べられたのはラム酒。正確に言えば、水で薄めているのでグロッグ酒か。

あまりお酒を飲まないルーティやティセは困った様子だ。

「冗談よ。私の正体に気がついた人なんてモーエン以来だから嬉しくなっちゃって」

ミストーム師はお婆さんの顔に悪戯めいた笑みを浮かべると、紅茶のカップと取り替え、元のカップのラム酒をほんのひとすくいだけ紅茶に混ぜる。

そこに、さらに少々のバターを浮かべた。

「ホット・バタード・ラムか」

「ええ、よく知ってるね」

寒い日には良いホットドリンクだ。騎士団時代に同僚からレシピを教えてもらったことがある。

「ヴェロニアではね、船乗り達が余ったラム酒を持ち帰り、それを母親や妻が料理やこうしたカクテルに使うの。ラム酒の味は家族団らんの象徴でもあるのよ」

「やはり、あなたはヴェロニアの」

「ええ」

フヨフヨと霧の塊が奥の部屋から這い出してきた。

俺達の姿を見るけると、霧……ホラーフォッグは慌ててミストーム師の背中に隠れる。

「すまないね、あなたに怪我をさせてしまって」

ミストーム師は優しくホラーフォッグに語りかけた。ホラーフォッグの知性についての研究はほとんどされてなかったが、今の様子を見る限り犬程に高いのかもしれない。

ホラーフォッグの怪我はすでに治されているようだ。シエン司教の魔法だろう。ホラーフォッグは、あれで種別としては粘体、スライムの一種だ。

「大丈夫、もうこの人達はあなたを傷つけたりしないよ、ねぇ?」

「ああ、もうしないよ」

ミストーム師に問いかけられ、俺は素直にそう言った。言葉がホラーフォッグに通じるのか疑問だったが、少なくとももう敵意が無いことは伝わったようで、ふるふると霧の身体を震わせながらミストーム師の背中から出てきた。

「そうだ、せっかくだからこの子に見せてもらいましょう」

「見せる?」

「私の過去を。私の記憶をこの子に幻として霧の中に投影してもらうの。便利だろう?」

ミストーム師は優しい顔で霧へと手を差し出す。まるで子犬がじゃれつくように、霧がミストーム師の老いた手にまとわりつき、踊る。

「頼むよ」

彼女の頬にキスするかのようにホラーフォッグが揺れると、バッと拡散して部屋全体を霧で覆った。

やがて、テーブルや椅子が消え、遠くからカモメの鳴き声が聞こえてくる。

「海……船の中か」

部屋の様子は一変した。ギシギシと音を立て、部屋全体がゆっくりと揺れる。実際に揺れているわけではないのだが、視界全体が揺れると自分の体まで揺れている気分になる。

部屋の中央には、白い高価なドレスを身にまとった女性が悲しそうに俯いている。

「これは、ミストーム師の若い頃か」

「ええそうよ。この頃は若かったわねぇ」

「この指輪」

リットが目ざとく気がついた。俺も女性の指に注目すると、紋章の掘られた金の指輪があることに気がつく。

「この紋章はヴェロニア王家の」

不意に辺りが騒がしくなる。男たちの怒声が響き、金属がぶつかりあう音がした。

若いミストームは不安そうにあたりを見渡し、部屋に立てかけてある杖を取った。

扉が荒々しく開かれる。

「ほぅ」

現れた男が言った。その男の顔はサリウス王子に似ているが、眼光は鋭く、浮かべる表情には自信が溢れていた。

「やはりこの船の一番の財宝はあんただな」

「海賊が何の用ですの? この船がヴェロニア王族の船だと知っての狼藉ですか!」

「ヴェロニア王族だ? はっ、王女を公爵の側室として売り払うような王家にそんな威光があるもんかい」

海賊の嘲笑にミストームの顔が恥辱で赤くなった。

「だまりなさい! たとえ今は屈辱にまみれ地に伏そうとも、私は必ずかつてのヴェロニア王国を取り戻す! オースロ公爵の家は強大よ、彼に気に入られ、その領地のいくつかを我が子に継承させることができれば……」

「側室の身でそりゃ無理ってもんだ。あのジジイはただの好色家だ。女性にあんたみたいな勇敢さは求めちゃいない。興味があるのは……」

海賊はミストームへ近寄ると、その胸に指を突きつけた。

「きゃっ」

ミストームは驚いて胸を両手でかばう。

「それだけさ。飽きたらハーレムに押し込められて一生を何も成し遂げることなく暮らすだけだ」

キッと睨みつけたミストームの視線に、海賊は小さく口笛を吹いた。

「そういう人生は嫌か。何も残せはしないが贅沢はできるぞ」

「私は王女です、このヴェロニアの為に生き、ヴェロニアの為に死す、そのために生まれてきたのです!」

「窮屈な生き方だねぇ」

「海賊ふぜいに王族の生き方が分かるものですか!」

海賊の顔がニヤリと笑う。

「そうだ。俺はその王族の生き方ってのに興味がある。どうだい、いっちょそれを俺に教えちゃくれないか?」

「なにを……」

「あんたは値千金の財宝だ、あの公爵にくれてやるのは惜しい」

「きゃっ!!」

「あんたを頂いていくよ。俺は海賊だからな」

「あ、あなたは!!」

「安心しな、あんたは夢を諦める必要ない……俺は王になる」

「王に……? 海賊のですか?」

「俺の加護は『帝王』。初代アヴァロニア王のみが持っていたとされるレア中のレアな加護だ」

『帝王』の加護だと?

驚く俺にかまうこと無く、幻影は叫んだ。

「俺の名はゲイゼリク! 姓もない、親の顔も知らない、ただのゲイゼリクだ! だが俺はこのヴェロニアの王になる! 強い強い王にだ!」

「え、あ……」

「お姫様! あんたには俺の右腕になってもらいたい! この海賊ゲイゼリクに王の生き方を教えて欲しい! 代わりにあんたのためにクソ貴族どもに舐められることのない、偉大なるヴェロニア王国を取り戻してやる!」

海賊覇者ゲイゼリク。後のヴェロニア王はミストームの腕を力強く引いた。

最初はよろめきながらも、ミストームはやがて自分の足でしっかりとゲイゼリクの後を追う。

二人は狭い船室の扉を抜け出し、広い外へと歩いていった。