軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109話 45年前の青春

二日後、深夜。レッド&リット薬草店。

「ふぅぅ」

俺は凝り固まった肩を叩いてほぐす。疲れはしなくても長時間同じ体勢だと筋肉が硬くなる。

イマイチ“完全疲労耐性”の範囲が分からないが、ルーティの肉体を常に万全な状態に保つようなスキルでないことは確かだ。

「疲れたよー」

そして、疲労耐性も無いリットはぐったりしていた。リットはこういう文献調査は得意ではないようだ。だらーんとテーブルに垂れ下がっているような有様のリットを見て、俺は苦笑した。

「それじゃあ、コーヒー飲んで一息いれたら、次は集まった情報を整理するか」

「はーい」

俺はリットへの労いも込めて、砂糖をたっぷりいれたコーヒーを淹れるためキッチンへと向かった。

☆☆

45年前。

大陸中のゴブリン達を一斉蜂起させた、偉大なるゴブリンキング・ムルガルガがバハムート騎士団によって討伐されるも、いまだゴブリン軍の残党が、大陸中を荒らし回っていた頃。

アヴァロニア王国軍との戦いに破れたゴブリン達が次々に辺境へと落ち延びていった。

平和だったゾルタンも例外ではなく、次々にやってくるゴブリンの敗残兵達が野盗化し、ゾルタン史上最悪の治安状況となっていた。

10人以上のゴブリン達を前に、若き冒険者ガラディンとシエンが戦っている。

「おいシエン! 衛兵はこないのかよ!」

ガラディンが叫んだ。ゴブリン達は槍、剣、弓、そして鎧兜で武装しており、普段戦うゾルタンのゴブリン達とは明らかに強さが違う。

彼らは数年間に及ぶ戦争と略奪で加護レベルも上がっており、すでにCランク冒険者の中堅とみなされていたガラディンやシエンも苦戦を強いられ続けていた。

「ヒッハーッ!!!」

ゴブリン達が雄叫びをあげて襲いかかってくる。ガラディンは手にしたウォーハンマーを振り回し、最初に飛びかかってきたゴブリンの頭を叩き割る。

2人めのゴブリンはガントレットをつけた左でぶん殴る。3人めのゴブリンの顎をウォーハンマーでかち上げ、4人めの槍を左脇で挟んだ所で、ついにガラディンの動きが止まる。

6本の槍が突き出され、ガラディンは死の恐怖で思考が一瞬凍りついた。

「ディメンションホイップ!」

ガラディンの姿が揺らいで消える。

そして、後方10メートルほど下がった場所に現れた。

「ホーリーバースト!」

続けてシエンは魔法で聖なる光を放射した。光と熱でゴブリン達がひるんでいる隙にガラディンの手を取る。

「退きましょう!」

「くっ!」

ここにいるゴブリンは一部隊に過ぎない。総数は不明だが100を超えるという情報もある。こんなところで命をかけて良い状況ではなかった。

「こいつら……俺たちの国を!」

こんな危機はゾルタンには似合わない。ゾルタンはもっと平和で、呑気で、退屈な場所であるべきなんだ。ガラディンは怒りで震えていた。

だが、状況は絶望的だ。相手は残党とは言え、中央の精鋭走竜騎士達とも渡り合ったゴブリンの 兵(つわもの) 達。平和な世界に生きてきたゾルタンの兵士達では歯が立たない。

ゾルタンの当時のBランクパーティーがゴブリンに倒され、その首がゴブリン達の戦旗として掲げられているのを見た時、すでにゾルタンは敗北していたのかもしれない。

集落が襲われているのに、ゾルタン軍は町からでようとしなかった。みな恐れていたのだ。

「ガラディン。援軍はありません」

「なんでだ! 相手は精兵とはいえ100人程度だぞ! たった100人にゾルタンが滅ぼされるのか!?」

「相手は歴史の中心で戦い抜いた真の悪党どもです。歴史書の片隅にも残らない脇役である我々では……」

若い情熱の任せるままに町の外へと飛び出した冒険者ガラディンと教会の副助祭シエンは、襲撃されている集落を救うため、村の戦士達をまとめて、漁村へと落ち延びさせ、ゾルタンの港へか、それとも他の国へか、安全な場所で脱出する計画だった。

ゴブリン達は船を持っていないため、海に出さえすれば安全に逃げられるはずだ。そうガラディン達は考えた。

だが結局、救えた集落は2つだけ。それ以上はゴブリン達に阻まれ、今もこうして2人は逃げ帰っているところだった。

そして、

「!!!!!!」

シエンが絶望の悲鳴をあげた。ガラディンも呆然と立ち尽くす。

そこには燃え盛る村があった。2人が命をかけて救ってきた村人達を焼き尽くす炎があった。

「やめろおおおおおお!!!」

ガラディンは咆哮し、ウォーハンマーを握りしめながら走り出した。

ガラディンを止めなくてはならない。今行くのは自殺行為だ。

だが、気がつけばシエンも走り出していた。無為に散らされていく命達に、シエンの『僧侶』の加護が涙を流していたのだ。

そして2人は死地に向かう……。

☆☆

「ずいぶん感情的な記事ね」

俺が渡した記事を読んで、リットはそう言った。ゾルタンの新聞は、情報入手の手段というより娯楽だ。こういった記事の方がウケがいいのか、まるでその場に居合わせたかのような文章で書かれている。

「この後、氷の魔法で村の炎を吹き飛ばし、美しき魔法使いが二人の前に現れるって感じでしょ? 私が読んだ記事にも書いてあったわ。それも何度も。彼らが活躍する度に、新聞で彼らの来歴は~ってやるもんだから」

リットは苦笑して言った。俺もそんな記事を他の日付の新聞で何度も読んでいる。

「まぁ先を読んでみてくれ」

「ん? 分かった」

リットはちょっと首を傾げて、また手元の新聞に視線を落とした。

☆☆

激しい氷の魔法が炎と共にゴブリン達を吹き飛ばした。

何が起こったのか分からないガラディン達は、走る足を止め呆然と立ち尽くす。

だが炎の煙が薄れた時、ようやく2人は彼女達を見た。

「かかれ!」

彼女は叫ぶ。カトラスを構えた20人もの屈強な男たちが、氷の魔法でよろめいているゴブリン達へと襲いかかった。

砂浜には帆船が停泊し、甲板にいる船員が弓を構えてゴブリン達を次々に射抜いている。

ゴブリンの脅威からゾルタンを救うために立ち上がったのは、無法者達を統べる美貌の女海賊。その名はミストーム!

またたくまにゴブリン達を成敗し、女海賊はガラディンとシエンの元へと歩み寄った。

「この地の冒険者ね! その身体の傷を見れば勇敢に戦ってきたことは分かるわ!」

ミストームは2人に手を差し伸べる。

「私にはゴブリンどもと戦ってきた経験がある! あとは兵力さえあればゴブリンになんて負けないわ」

「兵力だって!?」

「私をゾルタンに案内して! 私が指揮を取る! 我が船レックス号の名にかけて、ゴブリンどもを一人残らず根絶やしにしてあげる!」

ミストームは海賊特有の獰猛な笑みを浮かべた。

若きガラディンとシエンは困惑しながらも、美貌の女海賊の顔に見惚れていたのだった……。

☆☆

「待って、いや待って」

リットがたまらず声を上げた。

「違うじゃん! 他の記事とミストーム師のキャラクターが全然違うじゃん!」

「確かに。他の記事ではミストーム師は思慮深く賢い女性。暴走しがちなガラディンを抑え、若きモーエンをよく導き、時に悩むシエンを励ます、パーティーの母親のような女性だったとあるな。そんな性格だから、引退後に優れた魔法使いに送られる 師(マスター) 称号を与えられたわけだし」

市長時代もミストーム師は、問題が起こったときも対話を重視し、数多くの仲裁を行っている。現市長のトーネードが迅速な問題解決を好むのとは対照的だ。

「どういうことなの?」

「これはミストーム師が、焼かれた村からの避難民を引き連れゾルタンに来た翌日の新聞だ。どうやら避難民に取材して書いた記事らしい。その避難民はガラディンからも話を聞いているそうだ。だから村に来る前のガラディン達の様子が書かれてあるんだな」

「それ信用できるの」

「女海賊ってのはデマだろうな。ミストーム師との会話もほとんど想像だろう」

俺は肩をすくめる。

「多分、救援に来たミストーム師の船と船員を見て、海賊だと勘違いしたんだよ」

「でも、ミストーム師が船で来たなんて、ましてや20人以上の仲間がいただなんて、私が読んだ記事には書いてなかったわよ」

「そうだ。この船と船員達が出てくるのは、ゴブリン達が討伐されるまで。それから急に船員達の記事が消え、そしてミストーム師はたった1人でゾルタンにやってきて、ガラディン、シエンを加えた3人が中心となり、ゴブリン達を討伐したことになっている。村人が空想で船と船員、そして 王様(レックス) 号なんて名前を思いつくとは思えない」

「それって」

「この船員、そしてレックス号という名の帆船はどこへ消えたのか。そしてそれらを従えていたミストーム師とは何者だったのか」

「……つまりは、サリウス王子が探している人物って」

「少なくともガラディン達はミストーム師かこの船員達かをサリウス王子が探していると思っているはずだ」

彼らには何かヴェロニアから追われる心当たりがあるのだ。

「だからミストーム師の過去に関わる船員達や船の記事を書かないよう指示した。本来なら船員一人一人の名前が残っていてもおかしくない英雄だ。今回も、彼らは教徒台帳の提出に反対し、何か行動を起こしている」

「でも、そんな大事なら記事を伏せたって、人の記憶には残るでしょ」

「戦いの混乱もあっただろうが、おそらくは最初からあまり目立たないように船員達は行動していたのだろう。だがまぁ、それにしたって新聞になるくらいなんだから、完全に情報を遮断できたとは考えられないな。一番の理由は40年以上の歳月と、移住者の過去には触れないというゾルタンの気質で、俺たちみたいな新参には伝わらないようになっているんだろう」

「なるほどね」

「でも本気で調べればこうして分かることだ」

俺たちでさえ、こうも簡単にミストーム師の過去にたどり着けたのだ。

「ヴェロニアが求める人物がミストーム師の関係者だったと仮定してだが。ヴェロニアだって、教徒台帳を求めるより先に情報収集すればミストーム師にたどり着けたはずだ。有名人だしな」

「……つまり」

リットが考えをまとめる。

「ミストーム師の過去にヴェロニアとつながる何かがあり、それを先代Bランクパーティーも知っている。そして、ヴェロニア側にもミストーム師のことを知っている人がいて、サリウス王子から遠ざけようとしているということ?」

「俺はそう考えている」

そして、ここまでの考えが正しいのだとしたら。

「あのはぐれアサシン達の依頼主。おそらくはヴェロニア王国の人間」

ミストーム師がサリウス王子と接触する前に始末をしたかった人物。その目的とちょうど一致する。

そしてガラディン達がはぐれアサシンを連れ出したのは、はぐれアサシンからミストーム師のことがゾルタン当局に露見するのを恐れたから。はぐれアサシンが口を割ることはないというのは同じアサシンであるティセにしか分からないことだ。

「ここまで分かればあとは直接会ってしまえば話を聞き出せるだろう」

「直接会う?」

「幸運にも俺たちはミストーム師と一度対面している。足跡の起点がこの店にある。そしてここにはリットがいる」

「……なるほど」

リットがにやりと笑った。

「うん、足跡は憶えてるよ。追いかけようと思えば今からだっていける」

数日前に会った人物の足跡を追う。しかもそう頻繁ではないとはいえ人々が行き交う往来の足跡だ。

普通なら無理だと諦めるところだろう。だが、ここには英雄リットがいる。『スピリットスカウト』の加護は”追跡”も得意分野であり、リットくらいになれば石畳に残る一ヶ月前の僅かな痕跡すらはっきりと識別できるのだ。

「まっ今日は寝よう。深夜に押しかけても警戒されそうだし」

「どのみち警戒されるだろうけど、明日行くってのは賛成よ。ルーティ達にもわかったこと伝えておきたいし」

「そうだな。明日、ルーティとティセと一緒に朝食を食べてから、ミストーム師に会いに行こう」

俺の言葉にリットは力強く頷いた。