軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63:閑話休題2

閑話休題:料理人イワンの独白2

次の日にイワンが目を覚ますと、目の前には混乱したような顔をしたロベルトと、怒りで青筋を立てているオリビアの顔が映った。

「ちょっと!イワンさん、一体あんた何をしたの!!!」

(ああ、ついにここでも俺の変態がバレてしまったか)

イワンはゆっくりと起き上がった。

やはり自分は性根が腐っているらしい。料理になりたいという変態の欲に、イワンに負けてしまった。

(次はどこに流れていこうか)

こうなってはここに居続ける事はできないだろう。残念だ。

何度かこうして変態の欲に抗う事ができずに、ロベルトは国内を転々としてきた。

この村は居心地が良かった。皆親切な上、皆都会の湯治の客をよく受け入れているからか、人と人との距離感が淡くて都会的なのだ。

親切にしてくれたロベルトの作った蒸し風呂だったのに、彼に迷惑をかけてしまった事だけが悔いだ。

ーああ、最後にあのベスという娘が育てていた綺麗なキノコを胸いっぱいに抱きしめながら、もう一回海藻に包まれて、あの蒸し風呂で蒸されたいな。

そんな事を考えていた矢先だ。

「ちょっとイワンさん、なんであんただけそんなお肌がピカピカなのよ!なんの秘密を隠してるの!」

「ん?」

どうやら、しっかりと角質を塩で除去した挙句、ゆっくりと一晩も低温で最高級の薬草入りの蒸気で、お肌のいろんな毒素が排出されたらしい。その上肌に良い成分をたっぷり含んだ海藻に体を包まれて眠っていたイワンの本日のお肌は、ちょっと見ないくらいにツルツルだったらしいのだ。

ポカンとしながらも、せめてもの誠意に、包みかくさずオリビアとロベルトに、「俺の秘密は料理になりきる事なんだ」と正直に白状すると、非常に不思議な事に私も料理にして頂戴!とせがまれてしまった。

イワンはなんだか訳がわからないまま、ロベルトの許可の元、自分に施したようにオリビアに料理の下ごしらがごとくオリーブオイル入りの塩でしっかりと肌を擦ってやり、まだ大量に余っている海藻で、魚にするようにしっかりと体を巻いてやって、午後の数刻ゆっくりじっくり低温の溶岩で蒸してやったのだ。

その結果は、大層オリビアの肌に良い結果をもたらせたらしい。

翌日から村の娘達は列をなして我も我もと塩に揉み込まれて海藻に体を巻き付けられに大挙してイワンの台所に押し寄せ、低温でじっくり蒸されて大喜びで帰っていく。

(・・これは一体・・)

変態と天才は紙一重というが、イワンは絶妙に天才の方に足を踏み入れている気配。

そんなわけで、妙な理由から村での若い娘たちの間で、イワンの価値が鰻登りに登っていっているある日の事。

イワンはベスにたくさんのローリエの葉をもらった。

剪定の作業で出たらしいが、実に大きくて立派な葉に育っている。こんな立派なローリエは、王都でも滅多に流通していないだろう。しばらく見惚れたほどだ。

気の良いあの娘は捨てるのは勿体無いので使ってくださる?とにっこり笑ってくれたので、せっかくだし今日は牛肉をこのローリエと玉ねぎとワインで煮込む事にしたのだ。

今日仕入れた牛肉は正直、少し筋張っていて臭い。

王太子に出していいギリギリの品質だが、何せもらったローリエが本当に素晴らしい。

こんな香り高いローリエと赤ワインで煮込めば、どんな肉でもほくほくの素晴らしいものになるだろう。

そうだ、付け合わせにはあの娘がくれた味の濃い、瑞々しいきゅうりもある。

くつくつと弱火で煮込まれていく牛肉は良い香りになってきた。

赤ワインのソースの中で煮込まれる肉は実に心地よさそうだ。

(あー、俺も牛肉になって、くつくつ煮込まれたい)

イワンの変態性が料理の最中に、にょっきりと顔を出してくる。

(そうだな、しっかりとゆっくりと、体は弱火でワインで煮込まれて、顔にはポタポタと果肉から濃い水が滴る、上質のきゅうりを並べて・・)

次の日、イワンは海藻に巻かれてやってくる村の娘たちに、ポツリと、赤ワインに煮込まれる体験ができるようなそんな風呂に入りたいなあ。思わずそう漏らしていたらしい。

その日のうちに村の娘たちは示し合わせて、温室の中に古い猫足のホーロー製の旧式の湯船を搬入してきた。

何せ鄙びているとはいえ、ここは湯治の村だ。使わなくなった湯船など、どの家庭にも2つ3つは存在する。

そして娘たちはどこから仕入れてきたのやら、次々に赤いワインのボトルを開けて、中を惜しみなく湯船にドクドクと流し込んで混乱しているイワンをドボン!!とその中に投げ込んだ。

戸惑うイワンに、

「早く!きゅうりを顔に!!」

娘たちは軍隊のような正確さと統率で、一人はイワンの顔にベスからもらった良いキュウリの切ったものを並べてやり、一人は黒胡椒やらローリエの香辛料をざらざらと風呂に投げて、一人は魔石の温度を上げた。

イワンは混乱しながらも、一流の変態だ。

変態という生き物は己の変態性を人生のどの瞬間においても第一の定義とするものだ。

即妄想の世界に走ってダイブだ。

(最高だ・・俺は肉・・それも、幸せな肉・・俺はワインの中で煮込まれる、筋張った肉・・付け合わせのキュウリの実に味の濃い事・・ああ、こんな幸せな料理に俺は転生したのか・・)

「イワンさんどう?」

うっとりと夢の世界に意識を飛ばしていたらしい。

気がつけば、湯船を囲んで大勢の娘たちが、イワンを心配そうに眺めている。

湯船を囲んでいるどの娘達も顔も髪の毛も、ピカピカのツヤツヤだ。

イワンを頼って綺麗になりにくる娘たちの為に、時間を割いてイワンは海藻のぐるぐる巻きで使い終わった海藻をペーストに練って顔に塗ってやったり、オリーブオイルと蜂蜜を混ぜたものを髪に乗せてやったりと工夫して面倒を見てやっていた。

自分が料理になりたいように、ここの娘たちも旨そうな料理にしてやったのだ。

おかげでこの村の妙齢の娘達は、田舎の娘であるにも関わらず皆ピカピカのツルツルの手入れの行き届いた肌と髪になっている。

そしてイワンは己の変態性というサガから逃れられずに、家族も地位も名誉も全てを失ってこんな鄙びた田舎にいるような男だ。

人間というものの弱さも、悲しさも、愚かさもこの村の娘達の誰よりもよく知っている。

美しくなりたいと願う娘達を、自分が良さそうだと思う方法で料理して綺麗に手入れしてやりながら、その間娘達は心の中に溜まっている苦しみや迷いをイワンに話し、そしてイワンはその全部を可愛い話だと、受け止めてやる。

何せ王都を己の変態性というしょうもない大スキャンダルで追放されたこの男にかかれば、田舎の純朴な娘達の悩みや罪など本当にどれ一つ、大したものではないのだ。

イワンの風呂から帰ってきたら、綺麗にしてもらえる上に悩みまで聞いてもらえて、心も体もスッキリすると、娘達の間で大評判だったのだ。

娘の一人が、ニカっと良い笑顔でイワンに言った。

「イワンさんへのお礼よ。私たちを綺麗にしてくれて、色んな悩みを聞いてくれたお礼。みんなの恋人や旦那からワインを一本ずつ集めてきたの」

勝ち誇ったように娘達は綻んだ花のごとく笑った。

「イワンさん、いつもありがとうな!!イワンさんのおかげでこの村は、美人で機嫌の良い女ばかりの、世界で最高の村だ!」

こっそりと、事の成り行きを見ていたのだろう。蒸し風呂に大勢隠れていた娘達の連れ合いが、嬉しそうにわらわらと出てきた。中にはロベルトもいる。

イワンは変態だが、人に優しいし、その性愛の対象は女どころか人間ですらない。

王都ではイワンの嗜好は迫害の対象となりかねないが、この村の男達にしたら、ただ安心してイワンの手に己の大切な人を預ける事ができるので、問題はない。

預けて帰ってきた娘たちは、綺麗になって機嫌が良くなって己の胸に返ってくるのだ。こんなありがたい話はないではないか。

イワンの目からひとつぶ、涙がこぼれた。

(俺はこんなどうしようもない変態だというのに)

「イワンさん!これ気持ちいいけど酔っぱらいそうになるわね、ちょっとお湯で薄めた方がいいわよ」

「やだ、血行良くなりそうねそれ! 絶対お肌にいいわねこれ。早く私もはいりたい!」

「え、待てよ、そんな風呂なら俺も入りたい、入るだけで酔っ払えるわけ??」

「女性が先よ! ちょっと並んで!!」

ワイワイと忙しい村の若い男女に、イワンは幸福で目眩を覚える。

その月から、月替わりで「イワンのなりたい料理風呂」が、温室の風呂のお品書きに加わった。

ワインで入る牛スネの煮込み気分風呂、ねっとりとしたチーズで、フォンデュ気分になるチーズ風呂。それからふわふわのクリームに包まれて、ケーキになった気分になるケーキ風呂。

若い娘達に大人気だ。

「来月はパスタ風呂ですフェリクス殿下。風呂一杯にぎっしり廃棄予定の麺が入った、実にうまそうな風呂です。トマトで湯は仕上げる予定です」

なんとも嫌そうな顔をして、己の昼食として出されたトマトのパスタを眺めているフェリクスを他所に、イワンは心の底から満足だ。

(その次はオートミール風呂、それからその次はゼリー風呂にしてみよう)

王都の変態料理人イワンは、その変態性を遺憾無く開花させて、翌年には高級リゾート地と化した、アビーブアークの参謀としてその頭角を表す日が来るなど、その時は誰一人、予想する事ができなかった。