作品タイトル不明
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正式に番となってから3ヶ月、騎士団本部ではある光景がすっかり日常となっていた。
「副隊長〜、また迎え来てますよ」
「えっ」
訓練終わり。汗を拭きながら顔を上げると、訓練場の入口にレオンさんが立っていた。
今日も輝くばかりのイケメンだ。文官服姿って、なんであんなに格好いいんだろう。
「お疲れ様です」
近づいてくるだけで、ふわりと落ち着く匂いがする。
木の香り
紙
インク
それらが混ざり合った、レオンさんの匂いに胸の奥がじんわり温かくなる。
「……えへへ」
気づけば頬が緩んでいた。すると周囲の騎士達が生暖かい目を向けてくる。
「出た」
「番モード副隊長」
「匂い嗅いだ瞬間これだもんなぁ」
「き、聞こえてますよ!?」
真っ赤になって抗議すると、レオンさんが小さく笑った。
「帰りますか」
「はい!」
自然に差し出された手を取る。もうこの動作にも慣れてしまった。すると
ゴゴ……
小さく低周波が響く。周囲が「あー……」またかみたいな顔をした。
「レオンさん、また鳴いてます」
「エレナが嬉しそうなので」
「理由になってません!」
でもちょっと嬉しい。
◇
騎士寮の自室へ戻ると、私はベッドへ飛び込んだ。
「つかれたぁ〜……」
ぽすん、と顔を埋める。すると、ふわりと大好きな匂いがした。
「……えへへ」
私はベッドの上に置かれていた上着をぎゅっと抱き締めた。レオンさんの上着だ。前に「忘れてますよ」と届けようとしたら、
『置いておいてください』
と言われたので、そのまま借りている。最初は返すつもりだった。本当に。でも…これを抱いて寝ると、ものすごく落ち着くのだ。安心する。レオンさんに包まれている様な感覚になり、ぐっすり眠れる。だから、返せなくなった。
「……いい匂い」
顔を埋めながら呟く。昔の私なら絶対信じられない。だってゾウ獣人の“匂い文化”なんて、全然理解できなかった。
使用済みタオル文化とか無理!って思ってた。
でも今は、レオンさんの匂いを探してしまう。抱き締めたくなる。深く吸い込こみ、その香りに落ち着く。
好き。
胸がぽかぽかする。
「……完全に本能じゃん」
そう呟いた瞬間。
ビリリ……
小さく低周波が漏れた。
「あっ」
最近は一人でも鳴るようになってしまった。しかもレオンさん関連限定。我ながら分かりやすすぎる。
そんなことを思いながら、また顔を埋めてるいた時、コンコンと扉が鳴った。
「エレナ?」
「ひゃっ」
私は飛び起きた。
レオンさんの声だ。慌てて扉を開けると、レオンさんが不思議そうな顔をする。
「どうしました?」
「な、なんでもないです!」
慌てて扉を開けたので、思わず持ってきてしまった上着を、さっと背後へ隠した。
だが…レオンさんの視線が、ちらりとエレナの背後を見る。
沈黙。
「……」
「……」
気まずい。なにかものすごく気まずい。
レオンさんが静かに口を開く。
「それ」
「ひゃい」
「俺の上着ですよね」
「ほへぇ!?……はい」
終わった。バレた、羞恥で死ぬ。
レオンさんはなぜか少し黙った後、赤くなった目元を片手で覆った。
「……駄目だ」
「えっ」
「嬉しすぎる」
低い声で呟く。顔はまだ耳まで赤い。
ゴゴゴゴ……
部屋全体の空気が震えた。
「わっ」
私はその強さに思わず笑ってしまった。するとレオンさんが、ゆっくりこちらへ歩いてくる。そしてぎゅう、と抱き締められた。
「っ」
落ち着く匂い。
安心する振動。
私は自然とその胸へ擦り寄った。
「……やっぱりこっちの方が落ち着きます」
「当たり前でしょう」
レオンさんが小さく笑う。それから、耳へそっと触れてきた。
「ひゃっ」
「まだ可愛い反応しますね」
「だ、だって急に触るから……!」
真っ赤になる私を見ながら、レオンさんが優しく目を細める。
「エレナ」
「はい?」
「好きです」
表情に似合わず、さらっと言われた。そんな一言で心臓が跳ねる。でも今は、前みたいに慌てない。だって、私も同じだから。
「……私も、好きです」
そう答えて、鳴き声を返す
ゴゴ……
ビリリ……
二人の低周波が、柔らかく重なった。心地いい振動が部屋を満たしていく。私はその音へ身体を預けながら、小さく笑った。昔の私は、本能なんて嫌いだった。理解できなかった。でも…レオンさんと出会って知った。好きな人の匂いで安心する事も、触れられて嬉しくなる事も、隣にいるだけで落ち着く事も。
全部。
悪いものじゃない。
むしろ、とても幸せだ。
私はそっとレオンさんへ抱きつきながら、目を閉じた。
──本能って、案外悪くないのかもしれない。