軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 ちっちゃくてもたりるってイーサンもいってくれたのでだいじょうぶです

きっちりと敷き詰められた石畳を、規則正しい蹄の音を響かせて馬車が進んでいく。三重の城壁に守られた王都の、二の城門を抜けるとすぐに貴族街だ。馬車の窓に張り付いていたアビゲイルがいそいそと靴を履き始めた。

「この門を、抜けたら、お屋敷は、すぐ、なので」

整備された石畳だから馬車の揺れはさほどではないが、アビゲイルの軽い身体はいちいちぐらぐらと弾む。座席から転げ落ちないように、靴を履き終えるまで支え続けた。すぐといっても、まだそこそこ時間はかかるのだけれど、待ちきれないのだろう。一番外側で王都を守る三の城門を抜けてからずっとそわそわしている。

「旦那様、イーサンは私たちが帰ってくるのをもう知ってるでしょうか。お出かけとかしてないでしょうか」

「先触れ出してるからな。ちゃんと出迎えてくれるだろう――アビー、まだ立たない」

立ち上がりかけるアビゲイルの腰を引き寄せ、膝の間に座らせた。素直にすとんと収まりはするけど、窓の外を覗こうと首を伸ばしている。去年、領地から帰ってきたときもそうだったなと思い出す。『ただいま』が楽しいのだと、ここは私のおうちなので!と力説していた。

爵位の割に小さ目な屋敷ではあるが、王都内として考えれば敷地はそれなりに広い お(・) う(・) ち(・) の門を馬車で抜けるとイーサンを筆頭に使用人たちが出迎えに並んでいる。

跳ねるのを我慢して子爵夫人らしく振る舞い「ただいま」とイーサンに告げたアビゲイルは、もうそれで役目は果たしたとばかりに身を翻して荷馬車に駆け寄った。後ろでロドニーが息を詰めたのに合わせて、ひっそり腹筋に力を込める。

「ほらっお前!降りてきなさい!」

羊のためだけに用意した荷馬車から、羊の首にかけた縄を自ら引いて降りたアビゲイルはそれはもうきらきらと目を輝かせて叫ぶ。反対にイーサンは穏やかな笑顔のまま目を瞬かせた。

「イーサン!お土産です!」

「わ、私に羊をですか。羊を。私に」

「はい!おっきいお肉美味しかったので!」

「――っ、ありがとうございます。身に余る光栄に、このイーサン、感無量、です」

さすがにイーサンは家令然とした佇まいを崩そうとはしなかったけれど、それでもやはり一瞬のけぞって硬直した姿はかなり腹にきた。背後から聞こえた、ふすっと息の漏れる音はタバサか。お前までか。

料理長をはじめ、使用人たちに土産を配ったアビゲイルは満足しきった顔で自室に戻っていった。旅装をといて湯あみをするよう手配していたタバサが俺の部屋に来たところで、イーサンが「それで」と口を開く。

「主様はともかく、お前たちまで……誰もお止めしなかったのですか」

ともかくと流すなら俺の部屋じゃなくてもいいと思うんだが、ソファに座る俺の横にロドニーとタバサが並びたち、イーサンはきりりと真正面から俺たちを見据えていた。

「……アビゲイルがだな、どうしてもと」

「羊!羊ですよ!?丸ごと!!」

「ぶふぉっ」

「ロドニー!お前がいて何故!」

「それでも牛よりいいだろう?」

「牛!?」

「くふぅっ」

「タバサ!お前まで!飼える広さの庭じゃないでしょう!」

「あれは食うんだぞ」

「坊ちゃま!?」

「坊ちゃまやめろ」

それから土産が羊に至るまでの経緯を、頭痛がしているような顔で聞いたイーサンがため息をついた。

「なんてお可愛らしいと思うのですが」

「俺の妻だぞ」

「――本当にあの羊は捌いてしまっても大丈夫なんでしょうね?奥様は情を移していませんね?」

「あー、一応奥様が世話しないように道中は遠ざけてたんで大丈夫かと」

「……しようとしたんですね?捌いた途端に奥様がショックを受けるとか、私は勘弁してほしいですよ。お前たちもそこまで考えたんですかっ」

いやぁ、アビゲイルは食い物は食い物としてしか認識しないところあるからな。いわゆる動物を愛でるような情緒はまだ育っていないだろう。それでもロドニーの言うようにあまり近づかないようにはさせてたが……と、ここでタバサが一歩前に出た。

「万が一痩せてしまったらイーサンのお肉が減ってしまうとおっしゃる奥様を宥めて遠ざけてましたけど?イーサン?あなたそんなに不満なら、あなたが奥様に申し上げたらよろしいのではないの?」

ロドニーが一歩後ろに下がって、俺もソファの端に移動した。

「そうね、あなたが言えばよろしいのよ」

「た、たばさ」

「お留守番をしているイーサンは美味しいお肉食べれなかったのでって、牛と羊どっちがイーサンは好きでしょうかって」

「……」

「仔羊は美味しくてもちっちゃいんですけどイーサンは足りるでしょうかって」

「くっ」

「羊は毛もとれるのでイーサンの帽子もつくれますねって」

鼻がつきそうなほどに真顔を寄せてくるタバサに、イーサンが後じさる。ロドニーもまた一歩下がってじりじり扉に寄っていく。俺を置いてくんじゃない。

「何頭もいる中から!じっくりと何度も!何度も!見比べて!イーサンのお土産なのでって選んだ奥様に!元の場所に返してらっしゃいってあなたが言えばよろしいのよ!」

「――すみませんでしたっ」

「わかればよろしい」

両手を腰にあてて胸をはったタバサの圧勝はわかりきったことではあったから、扉にたどり着く前に崩れ落ちて笑ってるロドニーを跨いで部屋を後にした。

そろそろ着替えも湯あみも終わったであろうアビゲイルを愛でに行かなきゃならないからな。