軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 きれいもわかるようになりました

王都を出て馬車で少し走ると小さめの山があって、その麓に湖がありました。

池とか泉よりちょっと大きめで、そこから流れる小川は王都を横切っているそうです。屋敷があるあたりとは王城を挟んで反対側なので知りませんでした。

旦那様は遠征からお帰りになった後しばらくはお忙しかったけど、やっとお休みがとれたからと連れて来てくださったのです。夏ですから!

朝早く屋敷を出たときよりもずっと日差しは強く暑くなっていましたが、馬車から降りると湖を渡る風がひんやりと涼しい。山を背景にこちら側へ開けている湖は、木の緑を映しこんで 畔(ほとり) がエメラルド色に光っています。向こう岸には木々の隙間から見え隠れする細い滝がありました。

「この辺りは国が管理してるところだから、一般人は入れないんだ。王都の水源でもあるし。だけど許可はとってきたから自由に遊べる――待て待て待て」

頭からすっぽりかぶったワンピースをたくし上げて脱ぎかけたら、裾を掴んで止められました。

今日は買っていただいた水着というものを、ワンピースの下に着てきています。水着も体にぴったりとしたワンピースみたいですし、スカートの下はこれもまたぴったり足にはりつくような長いパンツなので、なんで上にまた服を着なくてはいけないのかわかりません。タバサが湖につくまでは着なきゃいけませんって言うのでそうしましたが、湖についたのに。

旦那様が素早く指示を出し、護衛たちはそれぞれ少し遠巻きに散っていきます。タバサとロドニーはちょっと呆れたようなため息をついて、馬車から荷物を下ろしはじめました。

「よ、よし。いいぞ」

「はい!」

「え!?」

しゅっと屈んで、ワンピースから抜け出しました。旦那様が裾を掴んだままでしたので、するっと!そのまましゃがんで靴も脱ぎます。粒の大き目な砂に素足が沈みました。ここの砂、きゅっていう!

「この砂、鳴きますね!」

「え、わ、早っ」

旦那様が脱げたワンピースを持ち上げたり下ろしたりしているので、先に走り出しました。きゅきゅっと鳴き声も早くなります。すごい!

湖の真ん中あたりは真っ青ですけれど、足を踏み入れると透明な水なのがわかります。

水冷たい!水の中だと砂は鳴かない!

さざ波をかき分ける足が重いです。旦那様が追い付いてきて、腰を抱かれました。

「この湖はあちこちが急に深くなるんだ。危ないから手を離さないように」

半袖のシャツに膝までの短いパンツ姿の旦那様と手を繋いでざぶざぶと一緒に進んでいくと、旦那様の腰の上くらい、私は胸の下あたりまで水面がきました。

魔王の頃は旦那様より大きかったと思います。足だっていっぱいありました。今は足の裏だけですが、水底に触れている部分はもっと広かったので泉の深いところまで進んでいっても、水が私を押し返すようなこんな重さを感じたことはありません。力持ちだったからでしょうか。地面を歩くのと変わらなかった。

だけどこのアビゲイルの身体は、水は重いのに自分は軽くて不思議な心地です。

「旦那様!ぴょんってしたらふわっとします!」

「ははっ、この辺りでいいかな――えっ!?」

ゆっくりと跳べて面白いと思ったらもう目の前が水でした。

森の泉の底もこんな風に、光の網模様が頭上にあって、魚やカニが横切っていって、そこら中が青や碧で透明で、そんな景色をゆっくり眺めながらのお散歩が好きで。

この湖も同じ。眩しいくらいの光が水を通すと柔らかく降り注いできます。ちっちゃいカニもいた。

でも足がつかないのは同じじゃなかった。素足のつま先が下ではなく前に投げ出されています。お尻にも底の感触がない。

これはもしやと気づいたところでがっしりと脇を掴んで引き上げられました。

いつの間にか止めていた息を吐きだすと、旦那様のびっくりしてまん丸になった目と目が合います。

「アビー!水飲んでないか!」

「旦那様!浮きました!」

「沈んだからな!?」

足ついてなかったのに!?

絶対そこを動かないようにと何回も念を押してから、旦那様は泳いで見せてくれました。

湖の中心近くまでは、片腕を上げるときに顔を出すのを交互にする泳ぎ方で、戻りは顔を出したままの泳ぎ方です。

見たからもうできると思いますけど、まずは後ろ歩きする旦那様に両方の二の腕を掴んで引いてもらいながら足をばたばたさせるのを習いました。これも楽しい!

「浮かんな……?」

「浮い!っはぶっ!てます!」

「あ、うん。ま、まあ真水だからな。手離すなよ……」

旦那様は首を傾げていますが、浮いてます。

「奥様ー!」

岸からタバサとロドニーの呼ぶ声がしました。

旦那様の手を掴んだまま立って振り向くと、ロドニーが何やら長い紐をバケツから引き上げています。そして紐の両端を持ったま弧を描くように振ると――

「だんなさま!!あれは!あれは!おっきなの!たくさん!」

紐の途中にはいくつも輪っかがついていて、そこから大小いくつものシャボン玉が、ぽぽぽぽっと!すごい!

タバサが笑顔で手を振っています。

湖岸のあちこちに立つ護衛たちも笑って拍手しています。

「早く!旦那様早くです!」

「任せろ!」

私を後ろから抱きかかえるように両手を掴んで、旦那様が笑いながら岸へと向かいます。

私は時々水底を蹴ります。ふわっと。

さっきまで岸に向いていたはずの風が、今はシャボン玉を岸から私たちへと向かって運んできます。

ふわふわきらきら。

空は青くて、湖は碧くて、水しぶきは光が生まれてくるようで。

斜め上に目を向けると、旦那様が優しく笑いながら見下ろしていて、それは空より湖より光よりきらきらぴかぴかで。

これがきっと綺麗ってことで、目が離せなくて大好きってことです!