軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 かくれてたってわかります

滞在して二日目、北西の空で地平線にどんよりとした影を落とす黒雲は、俺たちが着いてから日が明けた今になってもその位置から動かない。

朝食後早々に資料庫で作業を始めた俺たちは、埃で薄汚れた手を軽くぬぐって北向きの窓の外を眺めながら一息ついていた。

閉めた窓枠がカタカタと揺れる。

「あのあたりでしたよねー」

「あのあたりだろうなー」

予想より近かったのは岩山だけじゃない。ロングハースト領も驚くほど近かった。止む気配を見せないという豪雨があの雲の下に降り注いでいるのだろう。

この王領とロングハーストの間には川や山があるわけでもなく、明確な領境がない。まばらな林が平地にぽつぽつとあるだけだ。住民も少ないから、役場庁舎があるような中心部のここからですら、町の外に広がる地平線を見渡せる。

――カタッ――カタカタ

「……こっち側はずっと雨が降ってないそうだぞ」

「……あちら側とは領民同士も今はほとんど交流ないっていうか、何かの取引とかで関わるたびに揉めてってのを繰り返した結果みたいです。めちゃくちゃ嫌われてますよ。あっちの領民。だからなのか、今向こうがあんな状態でも気にしてない感じです」

昨夜、俺が管財人家族にもてなされている間、ロドニーは使用人たちの話をそれとなく聞いて回っていたらしい。

カタッ

「……なんか昔からあっち側に関わるなって伝えられてるってのもあるらしいんですけど、そっちははっきりした理由が出てこなかったですね」

「関わらないにこしたことがないのは正解だが……噂に踊らされるばかりなのはどこでも同じってことか。その辺は俺も偉そうなこと言えないが」

「まあまあ、主は笑えるほどすぐに改めたでしょー」

アビゲイルを迎えたときの愚行は思い出すたび、いちいち羞恥で悶えそうになる。ロドニー、その手のひらくるくる返して笑うのやめろ。

窓枠の鳴る音がひっきりなしに響いている。

「……それに関わることもなければ理由なんて気にしなくなって当たり前だと俺は思いますねー。そんな暇ないですよ普通。関わるのなら話は別ですが」

「……まあな。管財人は城から派遣された人間だから、興味本位で少し調べたらしいって、ほんとうるさいな!なんだあいつ!」

「やっぱあれ俺らを呼んでる気がしてならなくないですー?」

管財人が年に一度あるかないかだとか言っていた岩山を渡る 風(・) の(・) 音(・) は、地を揺らす低音から窓枠をガタつかせる高音まで音階を変えて繰り返し響き続けていた。なんだってんだ一体!

◆◆◆

赤子の靴下や手袋はたくさんつくりました。そういえば人間の妊娠期間は十か月くらいだって習いましたから、生まれるのは多分冬です。タバサの言う通りまだまだでした。収穫祭にまたきっとドリューウェットに連れて行ってもらえますけど、そのころでもまだ生まれていない。

人間の赤子は生まれたばかりだと自分で寝返りも打てません。私もそうだった。長いことおなかにいてやっと出て来れたのに、ちょっとも動けなくてびっくりしたのを覚えています。確かそのころは別に靴下も手袋もしていなかったと思いますが、きっと春だったからです。ステラ様の赤子は冬に生まれるから手袋と靴下はあったほうがいい。

裏庭に出してもらったガーデンパラソルの下で、お爺が整えてくれた林の梢を見上げます。きらきらと日光を白く反射する葉裏は、旦那様が遠征に出発した日よりずっと眩しい。夏になったら泳ぎを教えてくださる約束を前に旦那様としました。お帰りになったらもう夏ということでいいでしょうか。

「奥様」

振り向いたら、タバサがリックマンを連れて来ていました。その後ろには大きな本を何冊か持った従僕がいます。今日はリックマンとお気に入りの本を見せ合う約束をしていたのです。私のは海の動物百選で、もうテーブルに載せて準備してあります。これは私でも持てる重さで手触りもつるつるしてるし、何より絵が本物みたいでとてもいい。

前にご招待をしたときの招待状の封筒の隅にクレヨンで ダンゴムシ(ロリポリ) を描いたのですけど、リックマンはちゃんと足が十四本ありますねって気がついてくれました。イーサンだって知らなかったのに。虫が好きだというリックマンはきっとすごい本を持ってきてくれたに違いありません。

「すごい!馬は畑も耕せるのですか!はたらくうま!」

「い、芋を掘り起こして、収穫したり、も、しますね」

リックマンが見せてくれた本は、人間が交配してつくりだした馬が色々と載っていました。大きいのも小さいのも色々です。鉱山で働く馬は小さくても力持ちな馬だそうなんですけど、ロングハーストの鉱山にはいなかったと思います。直接行って見たことはないですから多分。

私は牛や馬など、人間と長く一緒に暮らしているような動物のことはよくわかりません。お爺が育てている花や木のことをよく知らなかったのと同じです。

前に食べたハギスの羊も、魔山羊と羊を交配して人間がつくりました。元は魔物でも、そうなると私にはもうわからない生き物になってしまう。

ロングハーストの別棟に閉じ込められていたカガミニセドリたちも、もしかしたらそうして違う生き物にされる予定だったのかもしれません。だけどあの子たちは違うものになんてなってなかったし、嫌がっていました。

「リックマン、魔山羊と交配した羊って知ってますか」

「は、ははい、お、おお美味しいですよね。普通の羊よ、より病気に強くて育てやすい、と」

「魔山羊をどうやって連れて来て番わせたんでしょう」

「ま、魔物は連れてく、くるの大変です、から、ここ根気よく餌付け、したり、羊を魔山羊のな、縄張りあたりで、放して番うの待った、り、したようですよ」

やっぱり違った。あの子たちはおなかをすかせていましたし。

「よ、予定では、ノエル様もそろそろお帰りですよ、ね。おおお落ち着きましたら、こん、今度は図書館、にご一緒、しましょう」

リックマンにお爺のクッキーを分けてあげて、タバサと一緒に門までお見送りをしました。馬車の中から手を振るリックマンに手を振り返します。

門からは出ません。お外に出ない約束をしていますし、門を出てすぐ、リックマンの馬車が走り去った道路の向こう側に隠れているにんげんがいますから。

義母のブリアナいれて五匹です。