軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 とてもめがいいからさがしものだってとくいなのです

マグレガーは今日もドミニク殿下からの手紙を置いて、リックマンとともに引き上げていった。

ロングハーストの雨はまるで止む気配がなく、いくつかの村が流されたり沈んだりしたそうだが、そのうちひとつが地図には記されていない村だった。当然城でも把握していない。村人が領主館に助けを求めて現れたことで把握できたその村の場所が、さきほどアビゲイルが指さした地図の空白だ。

領地が広くなるにつれ領主の把握していない集落ができること自体、褒められはしないがないことではない。だがそこは意図して隠していたのでもなければおかしいほどに領都に近かった。

好きなことを仕事にできたのだというだけのことはあり、リックマンの仕事は正確で早いらしい。数字を扱わせれば分析能力が際立って高いとの評判通り、その村の規模や村と領都との関係性を割り出していった結果が、殿下から俺への報告として手紙に記されていた。

引き換えに対人能力が欠如しているようだが、まあ、何故かアビゲイルとは妙に噛み合っている。あれは多分お互いに反射で話すばかりで、相手の言葉の裏を読もうとしていないからだろう……そりゃ社交ができないというのも納得だ。

アビゲイルは先ほどまで書類を広げていたローテーブルの周りをぐるぐると落ち着きなく歩き回っている。

「リックマンは苺が好きって言ってましたので、今度裏庭の苺が生えてるところをご案内します」

「え……いつの間にそんな話してたんだ」

「さっきです!約束しました!招待状も書くのです!習いましたし!」

「あのあちらこちらに飛ぶ会話の中で……ロドニー」

「オレも聞き取れてなかったようですねー……」

温めたパイの香ばしい匂いとともに隣の部屋から出てきたロドニーが悔しさをにじませた。いや悔しがるようなものでもないと思うが。

今回は場所がここだけに正式な招待状ではなく、ハイドンの上司経由で招いている。憐みが浮かぶ顔で見られたけれど、俺個人の好意からくる誘いだとか誤解されるよりましだ。張り切ってクレヨンを出してきたアビゲイルには申し訳なかったが、それはリックマンへの招待状で……駄目だろうなきっと。彼女であれば問題ないように思えても、タバサはクレヨンを許さないだろう。

にんじんのはちみつローストとベイクドビーンズ、干しブドウと胡桃のソーダブレッドと、ロドニーが次々サイドワゴンに載せていく。それを顔ごと目で追うアビゲイルを横目で見ながら手紙を引き出しにしまった。

「アビー、そろそろ時間だ。座って待とうな」

「はい!」

アビゲイルが弾むように腰を下ろしたのと、軽やかなノックが聞こえたのは同時だった。

「アビーちゃん、随分小食なのね」

ロドニーがサーブした各々の皿には、少しずつ取り分けられた料理が飾り付けられている。アビゲイルのだけ明らかに量が少ないのは確かだが、何がアビーちゃんだ。いつ愛称を許した。本人が気にしていないし、もてなす気満々だから口も出せないのがイラつく。

「お皿に載ってる分ならおなかが痛くならないので、ロドニーはちょっとずつ色々載せてくれるのです。ウェンディ、これはシェパーズ・パイでマッシュポテトだからおいもですよ」

「……ま、まあ、貴族夫人は小食なものよね。体を動かすこともないでしょうし。ほら、私たちは体が資本だから美味しくいただけるけど。ね、ジェラルド」

「ノエル少佐と呼ぶように」

「私が食べても美味しいです」

「もー。食事時に堅苦しいのっていやじゃない。ほら学校の食堂でだって楽しく食べたの思い出すでしょう?」

「がっこうのしょくどう……旦那様」

「ハイドンと食事を一緒にとったことはない。アビー、うちの料理のほうがずっと美味いぞ」

「料理長はすごいので!」

食事時に同じ食堂内にいたことを、一緒に食べたと数えられたらたまらん。無理やり同席しようとしてきたときだってさっさと席を立って避けていたのに、この調子で吹聴して回っていた。当時もそれに気づいたときは寒気がしたものだけれど、誰だ、四年もたてば正気になるとか言ったやつ!どこも正されてないぞ!

「ウェンディ、料理長のこのシェパーズ・パイのマッシュポテトも、普段のとこれは違ってて!バターミルクが入ってるんですけど!それも料理長がお城のミルクでつくってくれたバターミルクで!」

「なんでそんなに芋を食べさせたいの……」

「……お花のにんじんのほうがいいですか?交換しますか?」

「アビー、それは料理長がアビーのためだから特別だと頑張ったやつだぞ」

「ウェンディ、ごめんなさい。普通のにんじんで我慢してください」

「い、いいわよ……別に……」

うちの料理長は元々味付け最優先だったが、少しずつしか食べられないアビゲイルのためにと見栄えも凝り始めたのは本当だ。ドリューウェットの私兵たちの宿舎にある厨房で働いていて、本人も怪我で引退した私兵あがりだから細々した飾り切りなど好まなかった。正直アビゲイルも見栄えを気にする方ではないけれど、『料理長の特別』が気に入ってるらしい。アビゲイルの分だけだからな……。

人間は前世を普通覚えていないのだと話した夜。

ハイドンと あ(・) の(・) 子(・) は魂が同じなのだと、形を示すように両手を心もとなくふらふらさせたアビゲイルは、その手をぱたりと下ろしてつぶやいた。

『生まれる前のことを覚えていないなら、ウェンディとあの子はきっと 違(・) う(・) んですね。私も魔王が思ったことは覚えていないので、魔王と私はちょっと違うかもしれないと思いますし』

いつもと同じに淡々と受け入れるような口調で、そう納得したような素振りではあったけれど。

ペースを崩されることに困惑顔のハイドンに話しかけ続けるアビゲイルの目は、いつもの好奇心や興味にあふれる輝きとは違うように思える。

積み上げられたでたらめな報告書の束から不自然な数字を拾い上げていくときの、ああ、あの森で見た鏡面のような泉に似た静かな光だ。

――きっとハイドンの中にいるのかもしれない ち(・) っ(・) ち(・) ゃ(・) な(・) 人(・) 間(・) を探しているのだろう。