軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 かわいいとはどうやらいっぱいあるようです

夫婦円満であることを周知させていく方針は変わらないし、なんなら先ほどだってアビゲイルを膝に乗せていたわけだけれど、直球過ぎる暴露に取り乱した。ばらまいてしまった書類を拾うロドニーの指が震えている。

「あ!私も!私も拾います!」

「い、いや、いいから続けてなさい」

張り切って駆け寄ろうとしたアビゲイルを手で制して、ロドニーの隣にしゃがみこんだ。耳があっついんだが!

執務机の陰で同じくしゃがみこんで額を突き合わせるロドニーの気配がうるさい。くっそ。

「でで殿下も城勤めを、すす、勧められたそうで。こここれだけ優秀ななのに、興味あありませんで、したか。あ、ここのめ、面積はどどどちらが」

「お城より旦那様のご褒美の方がいいです。これは両方違ってて、こっちがこれでそっちはあっちです」

「あ、あー。こここれがー。ご、ご褒美、なな仲が、良い、から」

「いつも美味しいお土産があるので、おかえりなさいをしたいですし」

「美味しい、しし城の食堂も美味しいでですが。これ、こここの村の名前が地図にな、なくて」

「ここです。旦那様のお土産は特別なので」

妙なテンポでかみ合ってるらしい会話に、顔を上げられなくなった。変な汗出てきたぞおい。ロドニーはしれっと自分の机に戻りやがるし。

「の、ノエル様はままま魔法学校の頃は、おかわ、お可愛らしい見た目でつれないところがいいとにに人気ででしたし」

「待て待て待て何を言い――ッ」

「おかわいらしいだんなさま」

何を言い出すのかと立ち上がった勢いのまま強かに腰を椅子にぶつけた。ロドニー!あー……じゃない!あーじゃ!

机越しに顔を出すと、同じようにソファの背もたれに顎を乗せたアビゲイルがじっとこちらを見ていた。これ真剣に考えこんでる顔だな。だよなー。可愛いはまだ難しいんだもんな。納得いかないよな。俺だってそうだ。

「……おかわいらしい」

ぽつりとつぶやいたアビゲイルの声に、ロドニーの喉で何かが爆発したような音がした。

可愛いだのなんだのはおいておくとして、確かに俺の背が伸び始めたのは遅かった。それでも目立って小柄だったわけじゃない。ただ周囲に大柄なやつがたまたま多く、並ぶと細身に見えていたらしいってだけだ。

「――っ、主の背が伸びたり筋肉がつき始めたのって、十七歳前後でしたかねー。それまではちょっと中性的な感じが受けてたらしいですよ」

「じゅうななさい」

「そそそうでした。どど同級生はそう、言ってました。はい。はい、い、意外性とかそういうの、らしい、ので今も、なのかと」

「リックマン嬢はそう思ってなかったんですかー?」

「わわわたしですか!?そそそんなおそろしい!」

「ほんとに恐ろしがってるんですかそれ」

「意外……旦那様はいつもにっこりで優しいです」

「ななななるほどそそれが意外で――ひゃっ」

リックマンの隣の文官――マグレガーが、リックマンの脇に肘打ちをした。止めるの遅くないか。文官だからか。俺の部下ならとっくに壁際まで飛んでるぞ。

文官たちは昼食の前に引き上げていった。元々午前中だけの取り決めだ。

「義母上が送ってくれたスモークサーモン!」

ロドニーが半分に切ったベーグルサンドで興奮しているアビゲイルを横目に、マグレガーが帰り際に置いて行った手紙の封を切る。封蝋に印璽は捺されていないがドミニク殿下からのものだ。うん。クリームチーズとスモークサーモンは合うよな。可愛いぞ。アビゲイルの天恵を追求しないとしても、あの地の異常さを目の当たりにしたからには情報をかき集められるだけかき集めなければならない。見つけたものは内密に流してくれることになっていた。

「旦那様。もちっとしてしゃきっとしてもちもちっとしてます」

「美味いか」

「はい!旦那様もどうぞ!」

視察前に調べた禁書庫の奥深くで眠っていた資料には、あの土地に関わるなとだけあったという。手紙には帰ってきてからまた調べたのであろう情報が記されていた。禁書庫にあるものなわけだから大っぴらに伝えられるはずもなく、こうして文官の訪問に紛れ込ませてきたというわけだ。

ざっと流し読めば、二百年ほど前にロングハースト領の隣、森にもわずかに接しているごく小さな公国を王家が取り込んだ経緯だった。干ばつに大雨、地滑りと天災が続き、公主をはじめとした上位貴族が次々と逃げ出して治める者がいなくなった土地は、今では可もなく不可もなく旨味など全くないものとなった。それとも王家によってそこまで持ち直したとみるべきか。

俺たちが向こうを発ってから降り始めた雨は今なお止むことがなく、川の氾濫に飲み込まれた田畑も出たとの報告を伝令鳥が運んできたらしい。ここへの文官の派遣を予定より早く切り詰めたのは、そちらへの対応に人員を割くためでもある。

あの領は岩山に囲まれた森の辺りを高地として端に行くほど低く広がっている。肥沃な土も何もかも領民ごと流れてしまえばいいと思うが、今となっては王家の直轄領だ。元公国だった地と同じようなところまでは持ち直すかもしれない。ただそれには長い月日がかかるだろう。アビゲイルを狙う残党が、こちらへ手を伸ばす余裕もないほどに苦しめばいいんだが。

昼休みが終わる頃、うちの護衛たちが時間通り迎えに来たとの知らせを受けてエントランスへ向かう。執務室の隣には仮眠室もあるのだから、そこで昼寝させてやれればいいんだが生憎これから会議がある。

隣に寄り添って廊下を歩く赤髪は窓から差し込む陽光で輝き楽し気に揺れていて、すれ違う部下や職員の目を惹いていた。ほんと表に出したくないし、というかもう一緒に帰りたい。

澄ましながらも妙に袖口を引っ張ったり腕を伸ばしてみたりしていたアビゲイルが、口元を引き締めつつ期待を含ませた金の瞳で見上げてきた。

「旦那様。私は服を買わなくてはいけません」

「お、おう?珍しいな。仕立て屋を呼ぶか?」

「はい。私も十七歳ですし、もっと大きくなりますから」

「んんん?」

「にんげんはまだまだ大きくなれる……」

「あー、うん。大きい服は大きくなってからにしようか」

可愛いよなー!多分もう身長は伸びないと思うけど言えないよなー!