作品タイトル不明
45. 新婚旅行じゃない(喝)
「彼らはどうしてこのようなことを?」
カピティアへ向かう馬車の中で、レティは尋ねる。
結局、殿下は全て白状せざるを得なかった。体育祭で問題を起こした伯爵家が仕組んだピクシーは、カピティアから仕入れたものだったこと。銀狼のボスが辺境伯領に現れる前、何者かが北の山脈を訪れていたと判明していたこと。葡萄祭りで壊れた戸に魔力の痕跡があったこと。その他、全てにおいてカピティアを疑う理由があった。とはいえ、国家間で話すには足りないものばかりで、この間の魔物災害でようやく証拠を手に入れたのだ。
しかし、レティはよくわかっていなかった。そこまで派手に我が国……セリタスに危害を加える理由が。
「行けばわかるよ」
殿下はカーテンの隙間から窓の外を見る。レティは、珍しく憂いていると思った。
……が、実際は違う。
殿下は浮かれていた。
今回会談に臨むのは、殿下だけの予定だった。正直なところ、現国王が不甲斐ない……というよりもごく普通な王だからなのだが、表向きは災害の後だからだった。
そんなところに、レティが付いてきた。つまり二人きりの旅行だ。それなのに、あの娘を溺愛している英雄が外泊を許した。安全面というかレティの抑止力として部屋も一緒。これは新婚旅行だろう。まだ結婚していないが。
「あ、殿下。湖畔ですわよ。前は秋に訪れましたけれど……もう、冬が終わりかけて」
レティはカーテンを開けて、明るく話しかける。殿下は暗いわけではなく、必死に感情を殺そうとしているだけであり、その行動は燃料投下に近いのだが。
「……そうだね」
殿下は緩みそうな頬の肉を噛む。これで浮かれ過ぎたのを出したらどうなるかというと、殿下はショック死することとなる。国の危機や真剣な状況で浮かれた時の、レティの目線といったら恐ろしいのだ。
昔国王が風邪をこじらせた時、レティが王宮に見舞いにやってきて、ついでに殿下の部屋を訪れたことがあった。父の心配などせず、レティが初めて部屋を訪れたことに喜ぶ殿下に……紅く情熱的な瞳が、途端に吹雪のような冷たさを帯びたのだ。
「湖畔の周りを一周していけば、もうカピティアだよ」
「まぁ」
そうして殿下が心頭滅却している間に湖畔を過ぎて、カピティアへ入る。
湖畔周りで豊かだった緑が、少なくなって行く。いくら冬であろうとも、少しおかしいほどに。貧乏そうな村を通り過ぎることもあった。
「人が、いない?」
レティが目を見開く。村には痩せた老人しかいなかった。
「これが理由だよ」
殿下は頬杖をつき、冷めた目でカーテンを閉じる。
カピティアは貿易国だ。
海に近く狭い土地は農業や生産業に向かなかった。代わりに豊かな農地や産業を持つセリタスのものを別の大陸へ輸出することで利益を得ていた。
しかし五十年戦争が始まり、セリタスの国力を弱める目的で貿易を止めた。思惑通りセリタスの経済は回らなくなったが、海に面しているのはカピティアだけではない。前王……殿下の亡き伯父の時代に東の国との貿易を取り付け、それが主流となっていった。無論、カピティアとの取引を主軸にしていた貴族もいたため政界は荒れたが、全体の利益と戦争への勝利を優先した。
その後、英雄や聖女の功績によってセリタスは戦争に勝利し、カピティアは莫大な賠償金と共に最大の取引相手を失ったのだ。
「彼らは選択を間違えた。住める土地がないのなら、多少の損と貸しを作ってでも他国に頼るべきだったんだ」
カピティアは戦争に向かない土地だった。他国との関係が、国の力に直結していた。当時貿易で潤っていた彼らは、その財力と他の大陸の最新兵器に浮かれ、大事なことを忘れていたのだ。
「……でも、どうして草木まで」
「強い潮風のせいだね。海水の塩分は土に悪影響を与える」
「?」
「とりあえず、海があるせいだよ」
アホなレティには、難しいことはわからない。それでも、困窮していることはわかった。
「こんなに綺麗なのに」
「そうだね」
隙間から海が見える。もうすぐ、港に近い王都だ。
「ホテルも見えてきたね」
殿下の苦行のはじまりである。