作品タイトル不明
12. 冷酷王子の恋心
幼いクロヴィス殿下が狂わされたのは、凡人でも理解できることだった。
婚約者同士になってからというもの、殿下はレティ中心に動くようになった。後継者教育や公務が増えたところで、彼にとって調整するのはなんてこともない。
レティのスケジュールを理解し、レティのスケジュールに合わせて動いた……のだが。
『クロヴィス王太子殿下……その……お嬢様は家を飛び出して行ってしまいまして……』
屋敷に案内される間にレティ付きのメイドが不在を説明する。門の壁の復旧作業が行われていた時点でおかしいと思うべきだった。英雄が職務を放り出し、壁を壊してレティを追いかけに行ったらしい。
レティしかいない殿下と違い、レティにはたくさんの友達や大事な人がいた。
『なんでも大親友のお誕生日だとか……』
その範囲は同じく貴族から庶民まで幅広く、また一人一人を愛していた。
一番近い村の娘とはいえ、歩いて三キロかかる場所へ侯爵令嬢が飛び出していくとはなんなのだろうか。どこかで野盗に襲われてもおかしくはない。実際襲われたこともあった。
『悔しいですわ!! 私が国母になったら、野盗なんてなくして見せますのに!』
助け出された直後に悔し泣きし、そんなことを宣言していた。
子供の力などでどうにもできない、貴族の闇が襲い掛かった時もあった。殿下は処分できるものは処分したが、未来の国母というのは様々なものに狙われた。
『っ私、強くなるわ!!』
その次の日には、鍛錬を始めた。英雄譲りの筋肉と聖女譲りの莫大な魔力は、すぐに暴力性を帯びた。
未来の国母でありながら、レティは勉強ができなかった。レティをよく知るものや殿下から見れば、対人関係における特殊能力のせいで脳が足りていない……どう頑張っても無理なことだと火を見るよりも明らかだった。
『庶民の心のわかる王妃になれという、神からのお達しですわ』
しかしレティは諦めなかった。自分を卑下することはなく尊大な態度を取りながら、それでも勉強を続けた。コネで魔法学園に入るしかないと思っていたが、得意科目で補填すればギリギリ入れるくらいにまでにはなっていた。
殿下は人の善性を信じていなかった。なのに、レティにだけは善性を信じざるを得なかった。
その金糸を揺らして、ガーネットのような目を細めて、レティは誰にでも手を差し伸べる。たとえ王族だろうと、下賤な身であろうとも。
彼女に助けられた者は、拾われた者は皆、拾った先で活躍していた。そしてなにより、恩人のレティを愛していた。レティはお礼を言われると、自分のおかげではなく、貴方が頑張ったからだと笑った。レティが笑うと、八重歯が見えた。
殿下もまた、レティによって変えられた人間の一人だったのだと気づいたのは、先々王の葬儀の時だった。
棺を見て、レティは鼻を啜った。唇を噛みしめ、必死に我慢していた。これが普通の反応なのだろうか、と殿下がじっと顔を見つめているとレティは顔を横に振った。
『な、泣いてませんわ! ……だって、国王陛下も、殿下も泣いていないのに、私が先に泣いてはいけないもの』
『……レティは、お祖父様が亡くなって悲しいのかい?』
『当たり前でしょう!?』
殿下はわからなかった。
老衰に近い、年寄り特有の病だった。突然死というわけでもなく、徐々に弱っていった。死ぬと分かっていた相手に、驚きも何もなかった。
『……殿下は、私が死んだ時も悲しんでくださいませんの?』
レティが、死ぬ。レティが、この世から消える。
想像しただけで、途方もない恐怖に襲われた。呼吸が浅くなり、目の前は真っ暗に歪む。今までの退屈な日々に戻るだけ。それなのに、どうして。
胸元を押さえしゃがみ込む殿下に、レティは慌てた。
『大丈夫ですの?』
レティの熱い手が、殿下の背を撫でる。レティはここにいる。ただの想像でしかないことに気づき、殿下はやっと息を吐き、吸うことができた。横を見れば、心配した様子のレティがいる。曇りなき眼で、欠陥しかない殿下を見つめている。
喜びも、嫉妬も、怒りも、悲しみも、そして安心も、全てレティが教えてくれた。レティがいなければ、殿下は知らない感情だった。
『……全部、全部レティのせいだ』
『?』
眩しいほどに輝き、善意で動く愛らしい存在は、彼の脳を焼いた。
何物に代えても、レティを守ると、殿下は誓ったのだ。