軽量なろうリーダー

色々と勘違いをしていたようです。

作者: ふにねこ

本文

「フリージア・インドゥシ!」

ナマカフクラ王子の張りのある声に誰もが話すのをやめて壇上を見上げた。

彼は第二王子であり、在校生であり、卒業生ではない。

王家特有の美しい銀の瞳とアッシュブロンドのサラサラヘア、精巧な顔立ちをしている非常に美しい容姿の持ち主だがチャラい雰囲気がそれらすべてを台無しにしている。

そんな彼が声高らかに叫んだのは婚約者の名前だった。

しかし彼の横には婚約者ではない金髪に青い瞳のボッキュッボンの華麗なるご令嬢が立っている。

「はい、ここに」

ルビーのように深さを持ちながらも明るい紅髪の在校生が藤色の瞳を輝かせながら進み出てきた。

可憐というより凛々しく見えるのは姿勢が良すぎるせいだろう。

一分の隙も無い。

「お前は私の婚約者でありながら、寵愛が他者に向けられた途端にその肩書に相応しくない非道なる所業の数々、目に余る!よってここにフリージア・インドゥシとの婚約を破棄することをここに宣言し、新たなるこ……」

「はい、喜んで!」

食い気味にフリージアの喜色だけの声が、新たな婚約者を発表しようとした王子の声をぶった切った。

彼女の隠しきれない喜びの声に会場中がえっ、となったことにフリージアはすぐに気が付き、慌てて持っていた藤色の扇を広げて口元を隠し、視線を左斜めに落とし、心持ち肩を落とす。

「はい、喜んで……」

テイク2では悲し気な声が静まり返った会場の中に染みわたる。

さっきとは打って変わってショックを受けた様子に見えるのがまたなんともいえない。

「女優がいる……」

「女って怖い……」

呟かれたモブ男子のセリフに、周りにいた者達も小さく頷いた。

「ところで、イキシアがなぜそこに?」

フリージアが素朴な疑問をぶつけた。

王子の隣にいるのは異母姉のイキシアだ。

イキシアは卒業生でもある。

フリージアはインドゥシ侯爵の娘であるが、家族構成は複雑だ。

見初めた第二夫人の娘、一つ年上のイキシア。

政略結婚だった第一夫人の娘、フリージア。

見初めた第二夫人の娘、同い年だが年下のハピアナ。

三姉妹だが、年齢差を考えると父親の好色っぷりが窺い知れる。

おかげで家は非常に殺伐とした空気で居心地が悪い。

「白々しい!お前は私の寵愛を姉にとられたと思い、虐めぬいたではないかっ。証言も証拠もあがっているっ!詫びよ!」

フリージアはぐるりと会場を見渡し、目的の人物を見つけると体をそちらへ向けた。

「ハピアナ、こちらにいらして」

指名されたのは金髪に青い瞳の、イキシアにどこか似た顔立ちの清楚で可憐な美少女、同い年の異母妹ハピアナだった。

会場中の視線が向けられ、逃げ出すことができないと判断したハピアナは困惑した表情で仕方なさそうにフリージアの前に立った。

フリージアはスカートをつまみ、腰を落として深々と頭を下げる。

その美しい所作に気圧されながらもハピアナは引きつりそうな表情を何とか無表情に押しとどめていた。

「ハピアナ、今まで嫌がらせの数々、誠に申し訳ありませんでした」

「ま、待てっ、なぜ姉ではなく妹に謝るのだ?」

「ですから、私が行った非道なる所業の数々、虐め抜いたことへの謝罪をしているのですが」

体を起こしたフリージアは王子を見て不思議そうに首をかしげた。

「謝罪しろと言ったのはナマカフクラ王子ではありませんか」

そう言うと、フリージアはハピアナに向き直る。

「言い訳をさせてもらいますが、私は王子の事は何とも思っていません。婚約破棄ができたら修道院でのんべんだらりとした規則正しい生活を送る予定ですので、今後はいっさい貴女を虐めたりいたしません!」

どや顔で言われても困る、とハピアナは思った。

のんべんだらりとした規則正しい生活とは何だろうかと聴衆は思いを馳せた。

壇上の王子とイキシアは絶賛、混乱中だ。

「意味が分かりませんわ!」

「あら、物語では同学年の平民か爵位の低い方か、妹が、婚約者のいる高位の男性と結ばれるという成り上がり略奪愛が人気でしょう?」

ロマンスあふれる恋愛ストーリーが身もふたもない言葉に置き換えられ、確かにそういう見方もあるなと変な説得力にハピアナはうっかり頷きそうになった。

「フリージア、なぜ姉ではなく私が王子と恋仲だと思ったのですか?」

物語では姉バージョンもあったはずだ。

フリージアは不満そうな顔で答えた。

「だって王子ってば私の事を面と向かって年増って言ったのよ。生まれが三ヶ月早いだけなのに年増呼ばわりされたら年上の姉は論外だと思いますでしょう。それに、王子より年下はクラスの中で貴女しかいなかったの」

ハピアナの目が丸くなり、すぐに冷ややかな視線が王子に向けられた。

隣にいたイキシアも驚いた顔で王子を見ていた。

王子の視線が所在なさげに彷徨うが、目に入るのは呆れるか冷たい眼差しだけだと気が付いて冷や汗が出てきた。

「王子と恋仲だと思って私を虐めたの?」

こくりとフリージアは頷いた。

「だから二人の仲が深まるように私が当て馬になろうと思いましたの。完璧な悪役令嬢を演じるために、わざわざ人前で貴女を虐めて印象付けたのよ」

力強く言われてハピアナは軽い頭痛を覚えた。

「馬鹿ですの?学年首席なのに馬鹿ですの?」

フリージアは常に首席だった。

秘かにライバル心を燃やしていたハピアナはおバカな思考回路に色々なモノが音を立てて崩れていくのを感じていた。

王子の婚約者と同い年の姉妹として比べられてきた今までの人生が色あせていく。

「私、賢くはないですわ。首席をとれたのはお姉さまと王子のおかげですもの」

フリージアはウフフ、と少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「宿題や、過去問からテスト内容の予測問題を作ってお姉さまに渡したりしていたので予習はばっちりでしたの。そして授業で復習して、テストの予測問題を作って王子に渡した成果が実っただけですわ」

したり顔で頷くフリージアだが、言っている内容は唖然とするものだった。

王子もイキシアも十番前後をいったりきたりの好成績だが、それはフリージアの製作した予測問題のおかげでは?という疑惑が出てきた。

「それに比べてハピアナはいつも二番か三番で能力的には問題ないし、マナーもダンスもばっちりだし、社交的でお友達も多いから王子妃として十分にやっていけると思って」

いきなりの褒め殺しにうろたえるハピアナ。

まさかの高評価に、誇らしい気持ちとすまない気持ちが混ざり合う。

「だ、だからといって婚約破棄だなんて……」

「この先ずっと好きでもない殿方に割く労力を考えたら心が折れてしまって」

ふぅ、とため息をつくフリージアにハピアナは思わず聞き返した。

「折れた?」

「そのままですけど。時候のお手紙もなければデートもエスコートもないし、誕生日のプレゼントもないの、ないないづくしの相手にどうやって愛情をもてと?」

確かにそれはない、と聞いているだけでも思う。

「月一で二人だけのティーパーティーはどうしていたの?」

「お茶会の終わる五分前に来て冷めた紅茶を一気飲みしてはいさようなら」

「会話は……」

「会えば嫌味と罵詈雑言。王子教育が上手くいかない、兄と比べられてコンプレックスをこじらせて勉強を放棄、弟と比べられて武闘の修練を放棄、頼りの取り巻きは太鼓持ちの才能が高い方だけ」

フリージアは深いため息をついた。

「どう考えても私はサポート要員。しかも愛情ゼロで顧みられることもないし、今までの行動から浮気するのは間違いなし。女にだらしなくサボり魔で短気……」

何かに気が付いたようにフリージアは目を瞬かせた。

「あら、サポートではなく尻ぬぐい要員ですわね。王子の代わりに政務をこなし、他所でこさえた子供を養子に迎えて子供の養育。仕事に明け暮れ自分のための時間はなく、気が付けば一人で老後を過ごし、一人であの世に行くのです」

フリージアの未来予想図にその場にいた全員がドン引きだ。

「確かに心が折れますわね……というかお姉さま、そんな未来を私に押し付けようとなさっていたのですか?」

「ハピアナなら要領が良いから、うまくやれるかと思って。私は仕事に疲れて最後は孤独死の未来しか想像できなかったけれど、貴女ならきっと王子を手のひらで転がしてうまく操り、悠々自適な老後をすごせるかと」

とんだ小悪魔発言にハピアナの頬が引きつった。

「陛下はお姉さまならうまくできると思ってご指名されたのでは?」

「私は陛下や宰相様のように執政向きではないのです。そこにある情報から現実をとらえ、未来への道筋を整えるというのは想像力と創造力がなければ無理なのですよ。特に陛下におかれましては子育ての能力などなくとも王としての能力は天賦の才、天才です!」

壇上であわあわしている出来損ないの息子を見てみんなは思う。

褒めてない、よね?

「私は官僚向きなのです」

「……お姉さまは十分に上に立てるかと」

見切りのつけ方とそのアフターケアにおいては施政者としての素質は十分にあるとハピアナは思った。

普通ならば親に話して婚約を白紙に持って行くのだが、相手が王家となると忠義を示すためにも白紙撤回を侯爵家から願うのは無理なのだ。

それがわかっているからこそフリージアは自分が傷物になっても構わないので汚名を着ることによって婚約破棄を狙うという捨て身の作戦に出たのだろう。

蝶よ花よ、贅沢になれた普通のご令嬢にはその発想はできても実行に移すだけの覚悟はもてない。

あえてそれをやってのけるフリージアの決断力、行動力は称賛に値する。

たとえそこに至る思考が斜め上だとしても。

「いい加減にしてっ!」

自分が主役だと思ったら蚊帳の外に放り出された感が満載のイキシアが主導権を戻そうと声を荒げた。

悲痛な声と悲し気な顔は男性の庇護欲をそそるが、今までの会話を聞いていた聴衆たちの反応はいまいちだ。

「私は貴女に突き落とされてケガもしたのよっ!」

フリージアは冷めた目をイキシアに向けた。

「学校にいる間は自分の宿題、家ではイキシアの宿題、放課後は王子妃教育、休日は王子がためていた生徒会と政務の書類をさばいて、空いた時間はハピアナを虐めるために奔走しておりました。ほかの方を虐める時間などありません」

堂々と何を言っているのだろうか。

王子の仕事を肩代わりしていたという爆弾発言にハピアナは突っ込むのをやめて白けた眼差しで二人のやり取りを傍観することにした。

「えっ……」

「私ではありませんので、きちんとした調査をされたほうがよろしいかと思います。あ、学園長と警備責任者に調書を取るように話をつけておきます。いつ、どこで、誰が、どうやって、どうされたのかをまとめておいてください」

政務よりも官僚向きかもしれないと一同は思った。

イキシアのうろたえぶりから虚偽だと推察できる。

本当に調書を取ることになったらどうなるのか。

「私は婚約破棄ができれば誰が王子の隣に立とうが構わないのです。お姉さま、婚約おめでとうございます。王子も真実の愛に目覚め、思い思われるようになるなど望外な喜び!」

できの悪い孫を見るようなぬるい眼差しに王子はたじろいだ。

「恋多きお姉さまがまさか一途な愛に目覚めるなんて、思ってもみませんでしたわ。皆様も感動して、そのうち劇にもなるかもしれませんわ」

「……なりませんでしょう」

片や妹の婚約者を略奪する姉、片や婚約者がありながらその姉に手を出す王子。

身持ちの悪い男女がくっついたというだけの話なのだが、フリージアにかかればお涙頂戴の愛が溢れる物語にもなるらしい。

「そうでしょうか。意地悪な妹のいじめにも耐えて真実の愛を手にした姉!意地悪な妹のいじめに耐える姉を救い、恋に落ちた王子!ロマンスがありあまっているではありませんか」

「……本気で思っていらっしゃる?」

情報操作、という四文字がハピアナ達の脳裏を横切っていった。

「情熱的なお二人の事ですから、人知れず一線を越えて新たな命を……」

フリージアの垂れ流す妄想にさもありなんと冷たい眼差しが二人に向けられる。

「少し頭を冷やしたほうがいいのでは?」

このままフリージアを放置していたらとんでもない方向に話が進みそうな気がしてハピアナが声をかけると、フリージアはさも今思い出しましたと言わんばかりの顔でハピアナを見る。

「そういえばイキシアにも婚約者がいませんでしたか?」

フリージアの指摘にハピアナの顔色が悪くなった。

「辺境伯のマンテラ・ヤドク様です」

周囲も息をのんだ。

辺境伯の婚約者を王子が奪った。

これはもう呑気に見ている場合ではない。

侯爵家の姉妹が王子の寵愛を争ったという他愛のない話だったはずが、一気に内戦勃発か!という他人事ではなくなった瞬間だった。

これを知った辺境伯が王家を見限ったら?

婚約者を取り戻すために立ち上がったら?

聴衆がざわめいているのをよそに、フリージアはのんきな顔でハピアナに質問を投げかけた。

「そうでしたか。ではハピアナ、侯爵家を継ぐのと辺境伯へ嫁ぐのと、どちらがよろしくて?」

「は?フリージア、何を言っているの?」

会場内は一気に静まり返った。

ごくりとつばを飲み込み、一言一句聞き逃さないようにとみんな真剣な表情で二人を見つめている。

彼女たちの発言いかんでは平和か内戦のどちらかになる。

「政略結婚ですから、入れ替えは可能です。勘違いで虐めたお詫びに、好きな方を選ばせてあげますわ」

何気に上から目線だが言っていることは間違っていない。

興奮していながらも今後の事も考えてしまうあたり無駄に頭が切れる女だ。

「お父様の事だから、私よりも貴女が家に残るほうがいいと考えるかもしれませんわ」

「フリージアはどうするのです?」

彼女の考え方は間違ってはいないが、色々と釈然としないものを感じるハピアナ。

何もかもがフリージアの思い通りに動いているような気がする。

「辺境でも構いませんわ。魔獣狩りをしながらスローライフも可能性の一つでしたし」

魔獣狩りのどこがスローライフなのかわからない。

「フリージア。お、お前は本当に私のことを好きではなかったのか?」

ようやく再起動を果たした王子がうろたえながらも今更な事を問いかけてきたのでフリージアは大きく頷いて見せた。

「はい。私は放置されたり虐められて喜ぶ性癖は持ち合わせておりませんので、王子のお相手は無理です。私は王子の母親ではありませんので、一から十までお世話できませんし、後始末なんてもってのほかです」

ヤバイ性癖の王子とそれを喜んで受け入れるイキシア。

今までとは違う眼差しが壇上に向けられる。

これは天然なのか計算なのかと呆れるハピアナ。

無能な上に怪しげな性癖の持ち主だと思われた王子は愕然とする。

反論しようと思ったが今ここでムキになったらかえって疑惑を深めるので動くに動けないイキシア。

なぜかドヤ顔のフリージア。

それぞれ違う表情を浮かべる彼らを見ながら、その場にいた者達は思った。

どうすんだ、この状況。

誰もが動くことも話すこともできない、奇妙な状況を打破したのは一人の男だっだ。

「話は終わったか?」

よく通るテノールの響きが止まった時を動かした。

ゆったりとした足取りで一人の美丈夫が姿を見せる。

緩やかに波打つ長い髪は鮮やかなオレンジ色で、黒で統一された服によく映えていた。

背が高く、服の上からでもわかる逞しい体つき、冴えたコバルトブルーの瞳。

貴族というよりは軍人といった雰囲気だが、彼の圧倒的な存在感に誰もが感嘆のため息をこぼした。

「き、貴様は赤き死神!」

いきなりの中二病全開な二つ名公開にちょっと迷惑そうな顔をする男。

黒い服なのになんで赤、という視線にため息を一つ。

そんな仕草にすら大人の男の色気を感じさせ、間近でそれを見た者達の顔が薄っすらと色づいた。

「あなたはいつになったら私の名をきちんと呼べるようになるのでしょうかね」

さっそくの嫌味炸裂。

迫力にビビる王子とワイルド系イケメンに頬を染めるイキシア。

展開について行けないフリージアとハピアナは顔を見合わせていた。

さすがに二人もマズイ、どうする?どうしよう?と視線を交わすが何も考えが浮かばない。

「辺境にいるはずのお前がなぜここにっ!」

「卒業と同時に我が家に来る花嫁を迎えに来たのだが……」

冷たい視線をイキシアに向ける。

「うそ、あの方が辺境伯……」

初めて見た婚約者の姿にイキシアがぽうっとなった。

政略結婚なので顔も見ずに輿入れなんて当たり前。

しかも辺境という事で王都には顔を出すも社交界には顔を出さないために辺境伯爵の顔を知る機会などイキシアにはなかった。

父から婚約の話があった時、田舎臭いガサツなおっさんだろうと悲嘆にくれていたイキシアだった。

そんな彼女が妹の婚約者である王子に目を付けたのが事の始まりだ。

もっと早くわかっていればと後悔しても後の祭り。

「何やら珍妙な展開になっているようだ」

二人から視線を外し、フリージアとハピアナを見る辺境伯爵。

野生の獣に睨まれたような錯覚に陥った二人は改めて背筋をピンと伸ばした。

「侯爵と話し合う必要がある。今から向かうが、そなたらはどうする?」

「お話は終わりましたので、父に説明しないと。手続きは一度に全部済ませたほうが効率的ですので、ご一緒させていただきます。それでいいわね、ハピアナ」

「はい」

こんな修羅場に置いて行かれてはたまらないのでハピアナも即行でうなずく。

そして三人はすみやかに会場から退場した。

彼らと入れ違いに近衛兵が会場になだれ込み、王子とイキシアを回収していった。

さすがにまだ結婚もしていないのに王子の仕事をさせていたとなれば王族としての資質を問われる。

イキシアもまた辺境伯という婚約者がありながら王子との結婚を(フリージアに阻止されたが)宣言しようとし、辺境伯をないがしろにしたことでインドゥシ侯爵の立場を危うくさせたことで叱責だけではおさまらないだろう。

そして二人で辺境伯の不興を買い、内乱の危険を引き起こしたという罪も加算された。

王子とイキシアにどう処分が下るかはわからないが、次に会う時は王子と侯爵令嬢ではないだろう。

嵐が過ぎ去った会場で、左手でおなかを押さえながら壇上に上がった学園長が解散を告げ、卒業パーティーはお開きとなった。

辺境伯が来る事は知っていたインドゥシ侯爵はにこやかにマンテラを出迎えた。

しかし卒業生であり、輿入れするはずのイキシアの姿がない事に首をひねる。

「客室で、腰を据えてからお話させていただきますわ」

倒れて頭でも打たれては大変だ。

フリージアの提案を受けて客室に移動したが、フリージアの説明に腰を抜かすほど驚くことになる。

「まさかイキシアが王子と……」

しかも最初からマンテラが見ていたというのだからごまかすことも言い訳もできないという最悪な状況に、いっそ気を失いたいと思った。

「そういうわけですので、伯爵さえよろしければハピアナか私が輿入れということでよろしいでしょうか?」

どうせ政略結婚なのだから、三姉妹の誰が嫁いでも問題ない。

割り切りの良いフリージアと達観の境地に入ったハピアナには異存はない。

最初からあの場にいたというのならば、侯爵家で内々に決めることは不可能だ。

選ぶ権利は二人ではなくマンテラにあると侯爵も頷いた。

マンテラは品定めするような眼差しを二人に向けていたが、ふと思い出したようにフリージアを見た。

「お嬢さんは魔物を狩れるのか?」

「はい。断罪された後の事を考えて、色々と嗜んでおります」

「嗜む?」

「断罪された悪役令嬢の末路は国外追放か辺境へ追放、もしくは修道院と相場は決まっております」

「決まっておりませんから。物語のパターンの話ですから」

ハピアナは突っ込み属性を完全に開花させたようだ。

「どこに行っても大丈夫なように、色々とがんばりましたの」

嬉々として話し出すフリージア。

修道院コースならば料理、子供の面倒、お祈り、針仕事。

国外追放と平民ならば冒険者コースで狩り、野営、獲物のさばき方。

得意気に話すフリージアの様子に頭を抱える侯爵をよそに、ハピアナはどこかげんなりしていた。

「お姉さまは何を目指しておりますの?」

「生きていくのに困らないスローライフですわ」

その言葉がなぜかツボに入った辺境伯爵は面白がるようにフリージアを見た。

「ではその努力が無駄にならぬよう、私の元へ来るがいい」

「私でよろしいのですか?」

「お前の方が辺境向きだ。それに、お前が気に入った」

獲物を見つけたようなどう猛さを感じさせる眼差しとぶつかったフリージアの心臓が音を立てた。

「ありがとうございます!私、嗜んできたことをちゃんと役立ててみせますわ」

「……フリージア、普通の辺境伯爵夫人に冒険者のスキルは必要ありませんわ」

しかしハピアナの呟きが姉に届くことはなかった。

色々と勘違いしているフリージアは色々と勘違いしたまま、辺境伯爵夫人としてはあり得ないスキルで唯一無二の存在となって歴史に名を残すのであった。