軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

禍福はあざなえる高騰と暴落。

あの日の出来事で、ピアの誤算は二つあった。

ーーー何か、思った以上に重大なことだったみたいね。

一つ目はそれである。

フォルト卿の状態がまずいとは思っていたけれど、その後のピアへの対応があまりにも手厚かったし、厳重だったのだ。

事が済んだ後、フォルト卿が眠り込んでしまっている間にベルで人を呼んだのだけれど、ピア自身、腰が立たない上に疲労困憊で、服を着るのも一苦労だった。

どうにか這って入口の鍵を開けに行くと、気を揉んでいたらしい家令が直々に来てくれていたのだ。

フォルト卿の様子が本格的におかしくなったのは、ご当主様との話し合いを終えて退出した後のようで、同じように家令も気にしていたらしい。

なるべく急いで、ご当主様と彼が会談した後の部屋の片付けをチェックして戻ったものの、既にピアと共に場所を移動していて姿がなかったと。

そういう事情だったので、家令は簡単な説明だけで状況を即座に理解してくれ、ピアは私室に運んで貰って、そのまま気を失った。

後になっても詳しい事情は知らされなかったけれど、侯爵家が調査した結果、話が国王陛下に奏上しないといけないくらいまで大きなものだったらしい。

その為、ピアは狙い通りに多額の報酬は貰ったものの、『相手をした侍女を探される危険があるかもしれない』と告げられた。

だから、侯爵家が身代わりまで立てた上で、秘密裏に男爵領に戻ることになったのだ。

二つ目の誤算は、あの一夜だけで妊娠してしまったことである。

これはもう、ピアが立てなくなってしまったことまで含めて、薬の効能をちょっと甘く見積り過ぎていたのだろう。

あの魔薬が【 神の悪戯(テオブロマ) 】と呼ばれる理由を、ピアは身をもって痛感した。

お父様には相手を伝えていないものの、報酬の理由は報告しておいた為、そこについては何も言われなかった。

妊娠が分かったのは領地に帰ってからのことなので、フォルト卿の子をピアが 身籠(みごも) ったことは誰も知らない。

幸運(・・) である。

―――無理に結婚しなくても、跡取りが出来たのは良いことだわ!

ピアは前向きだった。

大事なのは、夫の存在よりも跡取りの存在なのである。

さらに良いことに、生まれたクレスは男の子で、お父様に万一があっても爵位だけは継げる。

役目を果たせるようになるまでの間は、ピアが実務を頑張ればいい。

そもそもソプラ男爵家は貧乏で領地も狭く、事業も手ずからするし使用人もほとんどいないので、大した帝王学なども必要ない。

お陰ですぐに結婚相手を探す必要もなくなったし、もし必要になったとしても、ピアや領地の状況をきちんと理解した上で来てくれる殿方をゆっくり選べる。

―――万々歳よね!

そういうことがあってから、一年。

ピアの幸運で金銭と跡取りを得て、領地が多少潤うかも……となった段階で、今度は天候のせいで作物が取れなくなった。

領地が、大不作によって飢饉に見舞われそうになったのだ。

地方一帯不作で、遠方からの食糧仕入れに頼るしかなくなったことで、領民の為にせっかく稼いだお金を吐き出した男爵家は、また困窮した。

ーーー上手くいかないわねぇ。

あまりにも良いことがあると、反動で凄く悪いことが起こるものらしい。

立て直そうにも元手が足りず、懇意にしてくれている商人からの借金まで必要になり、ジリジリとその金額が増えていく。

数年が経ち、下手をすると没落……そんなソプラ男爵家に舞い込んだのが、今回のフォルト伯爵から要望だったのだ。

『男爵領への投資を条件に、そちらのご令嬢を買い上げたい』

と。

※※※

―――そして、話があってから一週間後。

「フォルト伯爵家当主のメズエルだ。話し合いに応じていただき、感謝する」

わざわざ足を運んで下さったフォルト卿と、ピアは四年ぶりに再会した。

向こうは使用人を一人、この場に連れて来ている。

ーーー外見は、あまり変わっておられないわね。

ピアがフォルト卿と会ったのはたった一度きり、それも夜会の場での出会いだったけれど。

日の光の下で見ても整った美貌はそのままに、むしろさらに以前より威厳や輝きが増しているように感じた。

そんな彼が口を開いたので、お父様も頭を下げる。

「ソプラ男爵家当主リリキアと申します。足をお運びいただき、大変恐縮にございます」

「ソプラ男爵家長女ピアと申します。お話をいただき、誠にありがとうございます」

相手は伯爵だけれど、あいにくここは、率直に言えば老朽化して建て直すことも出来ない男爵家の屋敷。

客間の掃除は念入りにしたものの、くたびれて色褪せ、毛のペタンとしたカーペットや、傷のついたテーブルそのものはどうしようもなかった。

強い風が吹くとギシギシと音が鳴る屋敷なので、他の家具や建物部分の見栄えの綺麗さも推して知るべしである。

服装も大概なので、せめて態度くらいは、とお父様と申し合わせていた。

「フォルト卿をお迎えするのに至らぬ点は多いと思いますが、何卒ご容赦いただけますと幸いです」

お父様がそう告げる間に、ピアは手ずから彼のお茶を入れる。

婆やはいるものの、家事手伝いに近い老齢の彼女に『失礼のないように伯爵と接しろ』は中々に過酷な要求である為、クレスの方を任せていた。

フォルト卿はこの状況を特に気にした様子もなく、首を横に振る。

「こちらからの不躾な要請ゆえ、気にしてはいない。そちらから断る選択は難しいということも、理解はしているつもりだ」

そもそも貴族社会では、爵位が下の者に対して敬語を使うというのもおかしな話とされている為、口調こそ普通だったけれど、フォルト卿は最大限こちらに配慮した物言いをした。

―――性格も変わっておられないようで、安心ですわね。

この分なら、条件や事情の説明などを求めても、多分大丈夫だろうと思われた。

一応、お父様から事前にピア自身が交渉を行う許可は得ている。

「フォルト卿。私からの発言を宜しいでしょうか?」

「ああ」

ピアが口を開くと、フォルト卿が、真っ直ぐにこちらに目を向ける。

「私の腕を買いたい、というお話でしたが、あの解毒薬が何故それほどお気に召されたのでしょう? 特別なものではございませんが」

「確かに、効能そのものに特別な点はない。しかし飲み易い工夫や品質から、王都では良い品だと言われ、価格が高騰している」

「……高騰?」

「あれは幾らで取引していた?」

ピアがフォルト卿に大体の取引価格を提示すると、彼は小さく頷いた。

「王都では数量が少ない点から貴族間の流通に留まっており、大体その二百倍の値段で売られている。今後生産量が増えないのであれば、もっと上がるだろう。運ぶ手間があるとはいえ、随分とピンハネされているな」

「二百倍……?」

予想以上の値段に、ピアは呆気に取られた。

あの丸薬一粒は、もやし一つ買えないくらいの値段である。

それが、一日三食摂れるくらいの価格で売られているということだ。

「君の腕を買いたい、というのは、そのノウハウを含めて技術を教えて欲しい、という話だ。生産量を増やせば価格の高騰はなくなるだろうが、市場を寡占できる可能性が高い。他に作れるものがあれば、その分も。勿論、見返りは今とは比べ物にならない額を約束する」

ピアは、何度か小さく頷きながら納得した。

―――ああ、こちらの状況を知った上で、事業拡大の好機と踏んだのね。

多分、フォルト卿は薬の生産元を突き止める際に、色々なことを調べたのだろう。

ピアの正体や秘密がバレた訳ではなさそうな状況に、ひとまず安心した。

そうなると、今度は薬に関する話が気になってくる。

「お売りしていたのは、昔から懇意にしていただいている商人だったのですが……私たちは騙されていたと」

「そうとも言える。が、君たちと直接取引をしている人物は、別の王都の商人にそれを売っていた。その時点で当然色はついていたが、そこまで法外な価格に釣り上げた張本人ではない」

ーーーそうとも言える、っていうのは、どういう話なのかしら。

ピアは訝しんだ。

元々あの薬は、家計の足しにと家事や子育ての合間に自分たち用に作った薬を売ったものだ。

そんな大したものではないと思っていた為、商人に買い叩かれているという意識自体がなかったけれど、フォルト卿の物言いには含みがあった。

「商人が売る時に値段を釣り上げられたのが騙された内容でないのなら、私どもは何を騙されていたのでしょう?」

「法外な釣り上げをしなかっただけで、君たちが買い叩かれていたのは事実だからだ。色をつけた値段の分、君たちに支払う金額も増やしていれば、商人への借金はもっと少なく済んだだろう。自分の元から逃さない為に、わざとそうしていたようだな」

悪手だが、と、フォルト卿は少し冷たい笑みを浮かべた。

「儲けさせた方が、君たちの感謝を得られてますます懇意になれる、とは考えなかったらしい。自分が浅ましく優位に立つことと、目先の利益にしか目が向かない者にありがちな態度だ」

「誠実さに欠ける、という意味合いでしたのね」

難しいところだけれど、商人側の気持ちもフォルト卿の仰ることもピアには理解出来た。

人柄というものを見定める時、自分の中にその考えがなければ、相手がどう振る舞うかという部分には理解が及ばないものである。

「人を見る目の有無は、自らを映す鏡、といったところでしょうか」

「そうだな。そして私に目をつけられたことが、その利益を手放す糸口になった。自業自得だな」

彼はそう口にしてから、脇に立つ使用人に手を差し出した。

手にしていたカバンから紙を取り出して渡されると、それをフォルト卿はテーブルの上に静かに置く。

「ソプラ男爵家との間で取り交わされた 証文(しょうもん) だ。私が 件(くだん) の商人から買い上げた」

ピアは思わず、お父様と目を見合わせた。

「ええと、それはつまり……?」

「男爵家の背負った借金を、私が肩代わりした。……この証文を、ピア・ソプラ嬢を買い上げる為の手付金にしたい。同時に薬の採算が立つまでの間、男爵家、及び男爵領の人々が、必要最低限問題なく生活出来るようになる為の投資をしよう。両家の取り分は、必要経費を抜いた純利益の折半を提案したい」

「宜しいのですか?」

思わず、ピアはそう問いかける。

あまりにも、こちらにとって都合の良すぎる提案だ。

伯爵家の財産からすれば、投資額含めて大した金額ではないのかもしれないけれど。

こちらからすると、ピアが解毒薬や他の薬のレシピと作り方を教えるだけで莫大な利益が得られるかもしれないのである。

フォルト卿が口にしたのは、金銭を貸し出す融資ではなく、 投資(・・) だからだ。

将来的な利益……この場合は薬の大量生産と、伯爵家が販路になることで得られる還元……を見込んで渡される、返す必要のない資金援助をそう呼ぶのである。

その上、利益が出たらフォルト卿は利益の半分をソプラ男爵家にくれる、とまで言っているのだ。

「何か不満が?」

「条件が、良過ぎはしないかと」

彼が強権を行使すれば、正直こちらに拒否権はないくらいの家格差があるのだ。

恩を売る方が将来的な利益が増す、とフォルト卿自身が口にした通りの提案ではあるけれど、あまりにも温情があり過ぎる。

「こちらの利益ばかりで、薬のレシピを得る程度では、フォルト卿の益が見合っていないのでは」

「おかしなことを言う。私は薬の話以外に、ソプラ嬢を買いたいと言っているのだぞ? 自分の身柄が奪われることを、そちらこそ軽く見積り過ぎだと思うが」

「それでも、見合っていないと思いますわ」

ピアは、他のご令嬢方と比べれば田舎娘に毛が生えた程度の自分自身に、そこまでの価値があるとは思っていない。

しかし彼は、どこかおかしそうに喉を鳴らした。

「謙虚なことだ。が、勿論条件は他にもある」

「ええ、お聞きします」

「私自身の益として、まず、ソプラ嬢には私の妻になってもらう」

一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。

「……は?」

「男爵領の一人娘であることは十分に理解しているが、どちらにせよ伯爵領でも薬の製法を伝授してもらうことになるので、君自身の処遇にあまり変わりはないだろう。契約期間は……そうだな、この証文の借金と同額の益が出るまで、ではどうだろう」

「契約期間限定ですか?」

ピアはますます困惑する。

「当然その間は伯爵夫人として振る舞って貰うことになるので、相応の礼節を身につけて貰いたい。社交の場にも出てもらうことになるから、身なりも整えて貰う必要があるな」

「フォルト卿、少しお待ち下さい」

「どうした?」

ピアが制止すると、ようやくフォルト卿が言葉を止めて、首を傾げた。

「それらの条件のどこがどう、卿の利益になるのでしょう?」

契約結婚であり、期間限定なのであれば、つまりそれは男爵領にピアが戻る際には『離縁』という形になる。

ピアは既に婚期を逃したと言える年齢に差し掛かっている上に、男爵領を共に盛り立てる相手を高望みしていないので大丈夫だけれど、フォルト卿の経歴に傷がつくことが確定している、という話だ。

「妻としてソプラ嬢を得たら、煩わしい縁談をいちいち断らずに済む。数年経って傷がつけば、その後縁談の要望があるにしても、多少は落ち着くだろう」

「それにしても、もっと条件の良い方がいらっしゃるのでは!?」

「ソプラ嬢は十分に好条件の人物だと思うが。少なくとも聡明だ」

「私には子どもがいます! 夫のいない子です!」

話が先に進みすぎる前に、とピアは多少強引ながらそれを口にした。

するとフォルト卿が、眉根を寄せて不審そうな顔をする。

「情報として知っているが、それがどうした?」

ーーーそこは気にするところでは?

仮にも男爵家の令嬢が、婚姻歴もなく子を産んでいるのである。

そう思いつつ、ピアは感情的な部分ではなく、現実的な部分について話をした。

「あの子は男爵位を継ぐ子です。もし私が夫を男爵領に招くことが出来ない場合、お父様に万一があれば、あの子が幼いながらも当主になります。教育も必要で、私以外に実務を任せられる人物がいません」

『その点に関しても話し合いが必要』と、ピアが続ける前に。

「丁度いい。であれば、その子の教育費と君がいない間、領地運営を補佐する使用人も私が出そう」

フォルト卿はあっさりとそう言った。

「……え? あの?」

「将来的にも男爵領と付き合いが生まれるのだから、当主はしっかりしていて貰う方がいい。見込みがあるようなら、王都の貴族学校に通わせることも視野に入れよう」

「お、お待ちくだ……」

「そうだな、伯爵夫人になって貰うのだから、その期間内にもう一人、子を産んで貰えるとありがたい。我が伯爵家の後継ぎも必要だからな」

「フォルト卿ッ!」

思わずピアが声を張ると、お父様が流石に青ざめた。

「ぴ、ピア……落ち着きなさい」

「妻として迎えるつもりだが、夜を共にするのが不満だろうか?」

「そういう話をしているのではありません! 必要であるなら何でもしますが、条件がこちらに都合が良過ぎて言っていることがおかしい、と先ほどから申し上げているのです!」

「子を産んでもらうこと一つ取っても、十分だと思うが」

「ですから……!」

「それより、ソプラ嬢の子に会わせて貰っても良いだろうか? 一応言っておくが」

と、フォルト卿がテーブルの上に置かれた証文を指先で叩く。

そして、ちょっと意地悪に感じる笑みを浮かべ、彼は伝家の宝刀を抜いた。

「これの帳消しに関しては、今の『条件』を全て受け入れない場合は、なしだ」

「〜〜〜〜〜っ!」

そう言われてしまうと、ピアとしてはこれ以上何も言えない。

条件がいいことに関してケチをつけている、という状況であり、普通に考えておかしなことを言っているのはこちらなのである。

―――本当に、何を考えているの!?

思わずフォルト卿を睨みつけたが、彼はどこ吹く風だった。

「ピア……」

お父様の声に、ぎゅっと眉根を寄せたピアだったが……最終的に、その提案を受け入れた。