軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 夕のご報告04

――そこで、貴丸はふと視線を火に落とした。

「獅子は馬を食べるでしょ」

唐突な言葉だった。だが誰も遮らない。火が小さく揺れる。ぱち、と炭が弾けた。

「でも、死ねば土に還って、草になる。その草を、また馬が食べる。結局、この世の中は、自分たちの見えないところで回ってるんだよね」

声は軽い。だが、その軽さが逆に周囲に緊張を強いていた。貴丸は視線を上げないまま、続けた。

「どこかでそれを無視して、取りすぎたりすると、その場は一時的に強くなる。でも、その無理はどこかに歪みとして残る。その歪みは、別のところで争いを増やしたり、流れを細らせたりして、いずれ綻びになる」

そして一度周囲を見渡す。

「そして、馬が減れば、食べるものがなくなった獅子も減る。それと同じことだよ。一つの行動は、全部どこかに繋がってる」

そこでようやく顔を上げた。囲炉裏の火が、わずかに強く揺れる。

「今回の城も同じ。俺たちが無理に取って抱え込めば、敵も味方も食えずに痩せる」

慶久をまっすぐに見る。

「その歪みは、あとで必ずこっちに返ってくる。そうなったら、次はこっちが食われる番になる」

言葉に飾りはない。ただ淡々と事実を述べるような口調で肩をわずかにすくめる。

「今この瞬間は得でも、少し長い目で見れば、それは勝ちじゃない。領主も、その“回りの中”にいるだけ。上に立ってるように見えるけど、その輪の外には出られないんだ」

火の光が、その瞳の奥で静かに揺れる。

「だから、取りすぎない。”今は”うまく回っていく分だけ取る。俺が城を取るのも、返すのも、そのためだよ」

そして、ほんのわずかに首を傾けた。

「どう? それでも、日向館を取る?」

視線は動かない。

問いは宙に残る。

囲炉裏の火が小さく揺れ、先ほどまでの笑いの余韻が、ゆっくりと沈んでいく。

その間を縫うように、琴が静かに口を開いた。

「……その富岡隆時殿の御息女は、どのような方なのですか」

声は柔らかい。それでも、有無を言わせぬものがあった。

「これから私の義娘となり、この大和田を共に支えていかねばならぬ方です。そもそも、嫡男の婚姻を親や親族に何の相談もなく決めるとは、いかなることなのですか」

言葉は穏やかだが、重みが増していく。

「しかも商人の装いで、その流れで口説いたなどと……何をしているのです、あなたは……」

視線が、ゆっくりと貴丸に向けられる。

「普段はあれほど不精者で、人と話すのも面倒がり、人見知りでどうしようもないというのに……なぜそういう時だけ、あなたは……本当に……」

語尾がわずかに崩れる。だが、それでも止まらない。

囲炉裏の火が、ぱちりと弾けた。その音の中で――貴丸は、まったく別のところを見ていた。

視線は火でもなく、人でもなく、どこか遠くへ落ちている。意識がこの場にないのは、誰の目にも明らかだった。

脳裏に浮かんでいるのは、あの夜の光景だ。

灯りに照らされた顔。酒の匂い。人のざわめき。その中で、ふと近くにあった距離。

あのときは商人の顔を被っていた。軽口も、距離の詰め方も、自然に出た。だが――

今は違う。

思い返すだけで、妙に意識が引っかかる。まともに目も合わせていない。言葉も交わしていない。あの場で何を言ったのかさえ、はっきりとは思い出せない。

それでも、ひとつだけはっきりしている。

――かわいかった。

その事実だけが、妙に残っている。

同時に、あの宴の記憶も混じる。

酒に押され、流され、気がつけば――あの“踊り”だ。

思い出した瞬間、わずかに肩が固まる。(……あれは、まずいよな)

顔に出さぬようにしているが、内側では確かに引っかかっていた。

「貴丸。聞いているのですか」

琴の声が、少しだけ強くなる。

はっと現実に引き戻される。

「……ん」

気の抜けた返事だった。

その間を埋めるように、慶久が口を挟む。

「……その隆時殿のご息女、名は何という」

視線が集まる。

貴丸は一瞬だけ迷い、そしてぼそりと落とした。

「……結衣殿」

再び、静けさ。

琴が間を置かず、続ける。

「では、その結衣殿はどのような女性なのですか」

逃げ場はない。貴丸は少しだけ視線を逸らし、口を開きかけ――止める。

言葉が出ない。喉の奥で何かが詰まる。

そして、ようやく漏れたのは、「……かわゆす……」。

あまりにも小さく、あまりにも素直な一言だった。

一瞬、空気が止まる。

囲炉裏の火が、静かに揺れる。

そのやり取りを、入り口近くで控えていたお佳が、無言で聞いていた。

眉が、わずかに寄る。口が、ほんの少しだけ動く。

「……キモ…」

ほとんど音にならない呟き。

それを拾ったのは、隣に控える侍女頭の敏だけだった。

「……肝?」

聞き返しかけて、しかしそれ以上は何も言わない。

ただ一度だけ、お佳の横顔を見て、そして静かに視線を戻した。

囲炉裏の火が、またひとつ、小さく弾けた。