軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08 心におじを飼え

「ユジヌ大公閣下および大公妃閣下にご挨拶申し上げます」

形式的な開式の宣言が行われた後、順番に大公夫妻に挨拶をしに上がる。

「これはこれはイオルム殿下にリリス様。我々が用意した邸はお気に召さなかったようで大変申し訳なかった」

「我が唯一の妃に運命だと嘯く不届者が侵入したのです。私は留学生としてお世話になる身ではありますが、愛する妻に懸想する者を容易に招き入れられるような場所に、妻を置いておくことには不安しかありません。大公妃閣下を大切になさる大公閣下ならば、ご理解いただけることと思うのですが……」

イオルム、擬態はできているのだけれど言葉の節々に棘しかない。大公閣下の表情が引きつっている。隣で大公妃も明らかに引いている。

イオルムとまともに言葉でやり合って勝てる相手は少ない。わたくしが勝っているように見えるのは、イオルムがわたくしに 降伏している(はらをみせている) からに過ぎない。

まともにやり合えば負けることも多いのだ。第一、わたくしはイオルムに 全面服従(イエスマンであること) を求めているわけではない。咬みつかれることだって、当然ある。

そして、わたくしはそんな可愛らしい 毒蛇(このおとこ) を愛している。

「幸運なことにユジヌには叔母のシャルロットがおりましたため、叔母の婚家であるメルシエ家で大変快適に過ごさせていただいております。お気遣いくださり感謝申し上げます」

満面の作り笑いでイオルムを援護すると、完全に敵は沈黙した。

〈しかし、ずっとこっちを見てるんだよねぇ、運命ボーイ〉

〈わたくし、そちらを見ないようにしているの〉

あいつやばいー

どろどろしてるー

てまえのライオンこうしはもっとどろどろー

〈ふふっ、ライオン公子って〉

〈確かにそれっぽい髪型だ〉

挨拶を終えたメルシエ家の面々もまたイオルムとわたくしのそばに集まってくる。

「あんなに見つめられたらリリスに穴が空いてしまいそうね」

マリエル様が苦笑する。

すると、イオルムが静かにわたくしとアマランの間に立ち、視界に入らないようにしてくれた。

「……ありがとう、イオルム」

「ううん、なんてことないよ。ね?」

イオルムが公子のさらに先へと視線を送る。そしてわたくしの肩をそっと抱き、耳元でささやいた。

「どうせならもっと面白くしなきゃ」

「……殿下」

「やりすぎないでくださいよ」

「大丈夫大丈夫。

さあリリス、せっかくだから踊るでしょう?その前に何かお腹に入れておこうよ」

「……そうね。撒いた餌の効果も確かめたいわ。叔父様方、叔母様方、一度失礼いたします」

イオルムの手を取り、軽食を取りに行く。

「……大丈夫かしら」

大皿の前で、少し躊躇すると、イオルムが二つの皿に同じものを取り分けて行く。

「ミドガルも僕もいる。ちゃんと毒見するから」

イオルムの言葉に、静かにうなずいた。

毒だけは、毒にだけはどうしても慎重になってしまう。

こればかりは苦い経験として身体に刻み込まれてしまったものだから、どうしようもない。

たとえそばに、ミドガルとイオルムがいたとしても、だ。

「……リリス」

イオルムの呼びかけに、ハッと我に返る。

「落ち着いて。あれは確かに気持ち悪い。君にあんな腐った劣情を向けてくる時点で焼き尽くしたいくらいだよ?

でも、いまここにはこんなに頼れる夫がいるんだ。何も恐れなくていい。そうでしょう?」

イオルムがわたくしの目を正面から見つめた。

「あれを気持ち悪いと感じるのは当然。僕だって嫌さ。運命だから許される、なんて幻想だってことは、僕たちが一番よく知ってるじゃない」

「ええ」

「ちゃんと分けて考えて。毒の対処はちゃんとできる。気持ち悪い運命野郎もぶっ潰せる。一緒くたにするから怖くなる」

「そうね」

「僕のリリスをこんなに不安にさせるなんて、ほんと、腹立つなぁ。

ね、リリス。今日は何しにきたんだっけ?僕らが品定めされるんだったっけ?」

いいえ。

いいえ、そうじゃない。

「運命の響きに酔ってかぶれた奴らに、運命がいかに苛烈か、教えてあげるため、だわ」

わたくしの言葉に、イオルムが深くうなずいた。

イオルムがわたくしの左耳についた通信魔道具に触れると、じんわりと温かくなり、イオルムの魔力がこめられたのがわかった。

「お守りだよ」

「……ええ、ありがとう、イオルム」

「さっさと終わらせてさー、ベッドでゴロゴロしようよ!……大丈夫、君も僕も、ちゃんと強い」

目を閉じて深く呼吸をする。一回、二回。自分の中の揺らぎが落ち着いたことを確認すると、そっと目を開きイオルムを見た。

「……ありがとう、イオ。もう平気よ」

「うん。食べられそう?」

「大丈夫。いただきましょう」

そうだわ、何を怖がっていたのか。

わたくしは、リリス=ウルフェルグ。

天才魔導士であり天才魔道具師でもある、悪虐王子イオルム=ウルフェルグの妃であり、運命なのだ。

イオルムが厳選してくれた軽食をお腹に収め、小さく息をつく。

「リリス、大丈夫そうだね」

「ええ。ありがとうイオルム。本当に頼りになるわ」

「わあ、嬉しい!嬉しいついでにもうひとつ。

生理的な嫌悪感は強さ弱さとは関係ない。どんなに剣が強かろうが魔法がうまかろうが、気持ち悪いものは気持ち悪い!僕もあれは無理!」

ああ。そうね。

「……その通りだわ。ありがとうイオルム。もう平気。だから」

「ん?だから?」

「帰ったら、たくさん褒めてくださらない?」

イオルムが目を見開き、そして垂れ目をさらにとろけさせ満面の笑みを浮かべた。

「もちろん。その役目は、僕以外の誰にもできないことだ」

差し出された手のひらに、そっと自分の手を重ねる。

「ふふ、いつぞやに婚約者から顔面に回し蹴りを喰らった男とは思えない頼もしさね」

「ふふ、あれは堪えたよ、元婚約者さん」

まわしげりー

またみたいなー

「精霊さんたち、さすがにドレスでは無理よ?」

そう精霊に突っ込んだ時、ホール全体に響き渡る声がした。

「リリス=ウルフェルグ王子妃殿下!!僕の運命のお方!!どうか僕の愛を受け止めてください!!」