軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 手を汚すまでもない

明くる日。

一限からだったイオルムは、ギリギリまでわたくしを 味(・) わ(・) っ(・) て(・) いたけれど、始業十五分前にベッドを飛び出し超速で身だしなみを整える魔術を使うと、目の前で馬車に転移して行った。

「相変わらず朝は忙しない方ですね」

一緒に見送ったデボラが苦笑いした。

「わたくしも支度しないとね。デボラ、よろしくお願いしますね」

「かしこまりました。本日はメルシエ伯爵家に行くのでしたね」

「ええ。昨日突撃されたことをマリエル様がお聞きになって、イオルムの留守中は伯爵家に避難しなさいと勧めてくださったの。今日は行ったついでに打ち合わせをして来るわ。叔母様もノエミ様もいらっしゃるそうよ」

「それは華やかですね。楽しんでいらしてください」

「ありがとう。もしあの蛆虫が来たら爆ぜ……いいえ、爆ぜさせてしまうと飛散するから片付けも大変だし汚染されるわ……ナメクジ……いいえ、今ここにはウルフェルグの岩塩しかないからもったいない……ぶった斬る……ああ、これもダメ、刃が汚れるわ……どうしましょう」

「リリス様、ご安心ください。一切手も剣も汚さずに無力化します」

「それならよかった! あと三回来たら引越しでイオルムとも話がついているわ。なんとかの顔も三度まで、そんな東方のことわざがあると叔父様に教わったの」

「四度目はアウト、ですねぇ」

ターニャがのんびりとした口調で尋ねてくる。

「そういうこと。 お義父様(こくおうへいか) にも話は通してあります。国家間の問題ですからわたくしたちの一存で決めるわけにもいかないでしょう?」

「それはそうですね」

デボラがうなずいた。

あっという間に身支度が整う。

「行っていらっしゃいませ、リリス様」

「ありがとう。留守を頼みます」

馬車に乗り込むと、軽やかな音を立てて馬車が出発した。

「リリス様」

護衛騎士のミックが外からわたくしを呼んだ。

「例の男がこちらに向かって来ます」

「……今ってウルフェルグの紋章は出しているんだったかしら」

「消しております」

ならば気付かれることはないだろう。

「それならそのまま通り過ぎましょう。処理はうちの者に任せる方向で」

「かしこまりました……あ」

ぶへっ、と何かがつぶれる音がする。

「……今のは?」

「馬が蹴った石がたまたま例の男の足元に飛んだようです。顔からいきました」

「まあ、 た(・) ま(・) た(・) ま(・) ?」

「ええ、 た(・) ま(・) た(・) ま(・) 。まだ起き上がりませんので、絡まれる前に通り過ぎましょう」

ミックは唯一連れて来た護衛騎士だ。歳はイオルムの三歳年上で、二十三。

既に四年以上イオルムとわたくしの護衛騎士としてついてくれている。

わたくしと剣の手合わせをしてくれることもあるのだけれど、イオルムはなぜかミックには嫉妬しない。恋愛対象は女性らしいのに不思議だなと思ってイオルムに聞いたことがある。

まずミックはアドバイスが的確。そしてリリスに対して敬意はあっても欲はないことをしっかり確認できているから問題ない、という回答だった。

ミックとの雑談の中で、女兄弟に囲まれての男ひとりだから、女性に対しての免疫と畏怖があると言っていた。また、わたくしのような慎ましい体型の女性は好みではないと話していたので、それもきっと関係しているのだろう。

「それにしてもリリス様、ここ数日は活発に動かれますね」

「ええ、ごめんなさいね。もっと休みたかった?」

「いいえ、そうではなく。リリス様がこれだけ動かれることは珍しいなと」

「そうかもしれないわね……まだこちらでの暮らしは始まったばかりだけれど、早めに基盤は作っておきたいじゃない。

それにイオルムが何もしでかさないはずがないでしょう?お詫びをスムーズにするためにも、最低限顔は売っておかないといけないなと思って」

「確かに」

「特にマリエル様とノエミ様は影響力が強い方だから、しっかりと敵意がないアピールはしておかないといけないと思っていたの。……実際そんな心配は不要だったわけだけれど」

セス家については叔母様から多少は聞いているにしても、わたくしの事情などはもちろんご存知ないだろう。それでも、大変な慈愛を持って受け容れてくださったことに感動したのだ。

義理の叔父になる方達も含めて、メルシエ家の仲間として迎え入れられたことに心の底から安堵した。

「ああ、イオルム殿下もあの日は大変ご機嫌でしたね。よほど楽しかったのだなと思いました。殿下が擬態を緩められる場所は少ないですから」

「擬態し続けてもらわないと困るのだけれど」

「違いありません。……あと五分ほどでメルシエ伯爵家に到着します。紋章も出します」

「お願いね」

馬車が敷地に入る瞬間、キンと一瞬耳鳴りがする。結界を抜けた証拠だろう。

その先にある伯爵邸の前では、叔母様とマリエル様がお待ちだった。

「おはようございます、叔母様、マリエル様」

「おはようリリス。今日は大丈夫だった?」

「大丈夫ですわ。すれ違いましたが、紋章を隠していたので見つかることもなく。あと馬が良い仕事をしてくれたので」

「いい仕事?」

「たまたま蹴ってしまった石が例の男の足元に落ちたそうなのです。それにつまずき顔から転んだとか」

「まあ! た(・) ま(・) た(・) ま(・) 、飛んだのね!」

「 た(・) ま(・) た(・) ま(・) 、つまずいてしまったのね」

二人は涼しい顔をしているが、言わんとしていることは伝わったのだろう、声が楽しげだ。

「それじゃあ中に入りましょう、色々とみんなでプランを立てていたのよ、ぜひ聞いてちょうだい」