作品タイトル不明
03 運命との出会い方
『これだと思う相手を見つけたら、それは運命だ。身分など関係ない、たとえそれが動物や精霊であったとしても、必ず手に入れろ。
己の手に収めて、純粋な愛情を惜しみなく注ぐことで、自分だけでなく一族すべてが繁栄し、幸福をもたらすのだ』
これが、セス家の男に代々言い伝えられている言葉。
運命を見つけられるのは男だけ。女は運命に気付けない 欠(・) 陥(・) 品(・) 。
恍惚とした表情で運命をかたる両親や兄を、冷ややかな目で眺めて来た。
運命なんて馬鹿らしい。第一、相手が人間かどうかもわからないって何?
誰と結婚することになろうと、結婚してからの人生の方がはるかに長いのに、運命だと感じた一瞬がそれに勝るわけがない。
どうせ結婚相手は勝手に決められてしまうだろう。構わない。この重苦しい家から出られるのなら。その先の人生は自分で創る。
自分の未来は自分で決める。
そう、思って来た。
ーー『運命』のあの日までは。
『悪虐王子に会って来い』
ある日、父に言われた。
『第二王子のイオルム殿下だ。陛下が婚約者が見つからんとお困りなんだが、すぐに暴力を振るうとお相手が見つからんらしい。魔力だけはあるお前なら殴られても死にはせんだろう。せいぜい媚を売って気に入られて来い』
『……はい、お父様』
イオルム=ウルフェルグ第二王子。三つ歳上の、十歳。
天才的な頭脳を持ち、魔術に関する論文も発表しているが、善悪の分別がつかず気に入らないものはことごとく破壊するという。
最近は人体に興味を持ち、死刑囚を陛下にねだっては嬉々として解体をしているとか。
『……この人には、運命なんて言葉、無縁なんでしょうね』
妹姫であるヘルガ王女殿下を手にかけようとしたという話も以前聞いた。ここのところはそう言った話は聞いていなかったけれど……。
殴られて顔に傷がついたりしたら、そもそも結婚を諦めなければならないだろう。修道院に行くとか、好色家の後妻になるとか、未来は見える。
まあ良いわ、その時は文字通り寝首をかいてしまえば。
わたくしを産んだだけ、関心もなく、教育やマナーは適当な教師をあてがって、義務は果たしているという対外的なアピールだけ。
そんな肉塊に用はない。
顔合わせの当日、わたくしは好みでもない服で着飾らせられ、王城内の庭園にあるガゼボで悪虐王子を待っていた。
いざとなれば両親を殺そう、などと考えているわたくしのほうがよほど悪虐なのではないかしら…….などと考えながら風に舞う花びらを眺めていると。
ざわり
感じたことのない何かが、胸をよぎる。
……何か、来る。
ざわざわとするのは、身の危険を感じる野生本能だろうか。
振り返るか、どうするか。
頭の中で警鐘が鳴る。
振り返ってはいけない。
振り返ったら、二度と戻れない。
その警告を無視して、わたくしは振り返った。
そう し(・) た(・) い(・) と思ったのは、最後にその感情を抱いたのがいつだったのか、思い出せないほど前だったから。
短く切り揃えられた青い髪。
目尻が垂れ気味なのは国王陛下に似たのだろう。
鼻筋は王妃殿下にそっくり。
皇太子であるリント殿下と、王妃殿下と同じ薄い唇。
間違いなく王家の血筋の顔立ちをしていた。
その中で唯一異なる、夜目の利きそうな金色の瞳が大きく見開かれた。
「……っ!!」
息が止まる。
こいつだ、 こ(・) の(・) 男(・) だ(・) 。
この男こそ、わたくしの。
――『 運命(えもの) 』に、出会ってしまった。
一瞬かもしれない、数秒かもしれない。
その瞳に魅入られていたわたくしは、はっと我に返る。
みっともなく見えないよう、できる限り素早く立ち上がった。
すっと短く腹の底まで息を吸うと、最近していなかった微笑みを再現し、かろうじて覚えていたカーテシーをする。
『お初にお目にかかります。セス家が長女、リリスともうします。イオルム殿下、お会いできて光栄でございます』
一目見てわかった。
この人も……この 男(・) も、わたくしと同じ。
『顔を上げてリリス嬢。はじめまして、僕はイオルム=ウルフェルグ』
彼の言葉にゆっくりと顔をあげ、再び目を合わせる。
その眼を通じて真っ直ぐに入り込んでくる魔力。わたくしの魔力も引き出され、交わる。
なんと甘美で、快い。
イオルムが跪き、わたくしの右手を取ると、手の甲に唇を落とした。
『……僕は君のものだよ。そして君は僕のものだ、リリス』
――身体が沸騰したようだった。
心がバタバタと風になびくシーツのような音を立てる。
もう、逃れられない。
なぜなら、わたくしに欠けていたものを、見つけてしまったから。
うなずき合うと、二人で手を繋ぐ。
イオルムが詠唱もなく魔法を発動し、国王陛下の執務室へ転移していた。
『!!? イオルム?』
『国王陛下、私はリリス=セス嬢と結婚します』
『待て待て待て!! まだ早い!!』
陛下が椅子から転がるように立ち上がり、急いで人払いをなさった。
この後、数時間にわたる 秘(・) 密(・) 会(・) 談(・) を経て、翌日にわたくしとイオルムは婚約を結んだ。
「うふふ、手紙ももらったし、フォルスからも聞いていたけれど、熱烈ねぇ」
一方、叔母であるシャルロット=メルシエ、旧名シャルロッテ=セス。
現公爵であるわたくしの父の妹にあたる。
わたくしと同じ、黒い髪の毛と金色の瞳。
叔父であるディオン=メルシエに出会うまで、じっと、息を殺して生きて来たという。
わたくしと、同じ。
「俺は子どもの頃から祖父について世界を巡っていたんだ。その時にウルフェルグにも立ち寄って、シャルに出逢った。
驚いたねぇ、俺を見て口をあんぐり開けてる貴族の女の子がいるなと思ったら、駆け寄って来て『見つけたわ!!』なんて言うんだから。てっきり奴隷にでもされるのかと思ったよ」
「ウルフェルグに奴隷制度はなくてよ」
口元に閉じた扇子を当て、ふふふと叔母様が笑う。
「わかりますわ叔母様。そういう感じでした、わたくしも」
「私たち、家が あ(・) ん(・) な(・) じゃない?運命なんてあるわけない、馬鹿らしいと思っていたのに、いざ出逢ってしまうとこれか! って理解してしまうのよね。
あとリリス、殿下に出会った瞬間に、真実セス家を動かしてきたのは女だったと唐突に理解したのではなくて?」
叔母様の言葉に、こくりとうなずく。
「ええ、その通りです」
「おそらくだけど、あれはセス直系の女の怨念の仕業だと思うのよ」
「怨念、ですか?」
「運命の相手を理解するのはわかるとして、今までのセスの女が冷遇されてきたことなんて、記録には残っていないじゃない? だからあれは、セス家の女の怨恨なのではないかと思ってるのよ」
そこまで言うと、ニヤリと叔母様は不敵な笑みを浮かべた。
「……というのは半分冗談。たぶん何か、魔法が絡んでいるのではないかと思っているわ。私はそこまで明るくないから、あの家があなたのものになった時に、その謎を解き明かしてみてちょうだい」
「魔法ですか……確かにそうですね。そう遠くないうちに わ(・) た(・) く(・) し(・) た(・) ち(・) の(・) も(・) の(・) に(・) な(・) る(・) と思いますので、謎が解けたらお知らせしますわ」
「ふふ、楽しみね」
「はい。楽しみになさってくださいませ」
「……おお、こわいこわい」
ぶるりと叔父様がわざとらしく身を震わせた。
「でもまあ、二人がこれほど激しくセス家を憎む理由はわかるよ。セス家の人にはウルフェルグの外で会ったことがある」
「あら、初耳よそれ」
「……君一人に話したら受け止めるのが俺だけで大変なことになるだろう?リリスもいるから、ここで初めて言うんだ」
「まあ……それで、その者はなんと?」
「『セス家のお荷物を引き取ってくれてありがとう』だったかな?」
「まあ!」
「ふふ、それでディオンはなんと返したの?」
「こちらこそ、才色兼備の素晴らしいお嬢さんを手放してくださりありがとうございました、って言っといたよ」
「まあ」
「さすがディオンね。さすが私が見定めた 運(・) 命(・) 」
「獲物の間違いだろう?」
叔父様が笑った。
「まあ嫌だ、いつも 獲(・) 物(・) になるのは私の方だと思うけれど」
ふふふっと叔母が笑い返す。
『運命』や『運命の番』という存在は、『究極的に波長が合う者同士』だと科学的には定義づけられている。
だが一般に言われる『運命』がその通りの意味で使われているとは限らない。これは他の言葉にも当てはまるだろう。
まして、言葉というものは個人の背景やその言葉が伴う記憶によっては、捉え方が大きく異なる。
明確なようで、非常に曖昧。
セス家で言われている 紛(・) い(・) 物(・) の運命は、我々が持つ狩猟本能と嗜虐本能を徹底的に刺激してくる相手。女であるわたくしたちも、それを感じる力はあり、運命とみなす重要な要素であることは否定しない。
しかしそう判断するのはこちら側で、例外なく一方的であり、獲物として狙われたものの意思は関係ない。
狙いを定め、手に入れた後は各々の好みの手段で飼い殺す。セス家に嫁いだ女性たちは、比較的早くに 病(・) 死(・) する。
遺体は見せられたものではないと、顔にはヴェールがかけられ、それが本人であるのか、葬儀の参列者は誰も確かめようがない。
うちの母にそうなる気配がないのは、おそらく母もセスの血縁であることが関係しているのだろう。
運命? 真実の愛? 馬鹿馬鹿しい。
十年近くその『運命』とやらと時間をともにしてきた身として言わせてもらうなら、運命はそんなに生易しいものではない。
確かに見つけた瞬間の、灰色だった世界全てに色がつくような衝撃と喜びは、極めて得難く至上の幸福と言えるだろう。
だがそれだけなのだ。その先をどう育み、育てていくかは全く別の話。
わたくしとイオルムはこれ以上ない激しさと、それに見合うだけの充足感を味わえているけれど、そうでない者たちの方が、おそらく、圧倒的多数。
「第一、軽々しく運命っていう方たちって、人生が初めからとても彩り溢れているような気がいたしますの」
「まあ、辛辣ねリリス。でも私も同感」
「俺はその彩り溢れていた側だからなぁ……でもシャルと出逢ってからの日々はそれまでとは全く別物だとは断言できる」
狩られる側としての本能的危機感で目利きに磨きがかかった気がするからな! と、叔父様が胸を張るのを見て、叔母様と顔を見合わせてふふふと笑った。