軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01 長い夜とさえずりサブレ

「リリス、お疲れ様」

わたくしたちの住まいは、ユジヌ大公家によって用意された迎賓館だった。

世話をしてくれるのはイオルムの本性を知り、普段から無茶振りに耐え……いいえ、対応できる、ウルフェルグの精鋭たち。留学ということで人数は少数ではあるけれど、その代わりに魔道具をかなり持ち込んでいる。

もちろん、防犯目的以外に誰かに危害を加えるようなものはない。ユジヌがイオルムの魔道具師としての腕を知って、何かさせようと浅知恵を働かせていることも事前の調べでわかっている。

攻撃用魔道具の持ち込みができなくても、何も問題はないのですけれどね。一番殺傷能力が高いのは魔道具ではなく 我々(わたくしとイオルム) なのですから。

「イオルムもお疲れ様。随分と大盤振る舞いでしたものね、体力は大丈夫ですの?」

「うん、魔力はかなり使ったけど、運動したわけじゃないからね。……全然平気、だよ?」

可愛らしくわずかに首をかしげて見せてくる。

「ふふっ、そうですわね。明日は学校ですか?」

「うん。明日は実習なの、楽しみ」

「……標本を前にして仮面がはがれることがないように気をつけてくださいね」

大丈夫だよぉ、と頬を膨らませた。

「今のところみんな知ってか知らずか好意的だ。ウルフェルグの第二王子に阿ろうとする奴らもいるけど、馬鹿だよねえ。

僕なんてリリスが隣にいなきゃただの魔力提供器にしかなれなかったのに」

言葉だけでは自嘲しているように聞こえるけれど、本人は事実を述べているだけでそこに嘲りは含まれていない。

「朝は早いんですの?」

「ううん、明日は二限から。でもそのあとは夕方までみっちりなんだ。眠くならないように気をつけるよ」

イオルムの大きな手が、わたくしの頭を撫で、髪を梳く。

「そう、それなら多少夜ふかししても、何も問題ありませんわね」

「もちろん。今日はだいぶはしゃいじゃったから、まだどこか浮かれているかも。……乱暴にしたら、ごめんね?」

「イオルムがいつもそうしてくれるように、わたくしもあなたが与えてくれる全てを受け容れるわ、イオルム」

わたくしの言葉に、イオルムがにっこりと微笑んだ。瞳が淡く光っている。

わたくしも、今日は素晴らしいものを見ることができて多少浮かれているみたい。

今(・) 夜(・) は、長そうだ。

「リリス様、おはようございます」

「おはよう。イオルムは遅れずに出発した?」

「ご心配なく。先に空の馬車を走らせて、いつものように転移で追いついていらっしゃいました」

「そう。それなら問題ないわね」

今日は午後から叔母夫妻が来る予定になっている。セス家の話は、昨日のあの時間だけではほとんどできなかったので、帰り際に約束をしたのだ。

叔父はすぐに船に戻りたそうだったが、叔母が説得した。

『あなたさっきの話を聞いていた? ウルフェルグのことも知っておく必要があるでしょう?』

と。なかなかの圧だった。

叔母の『運命』は叔父である。しかし叔父も叔母を心から愛しているのだと、昨日会ってみてわかった。

蔑まれ貶されることを、わたくしたちの生家であるセス家の女は良しとしない。

もし尊厳が脅かされたなら、回避するか、叩き潰すかだ。

わたくし? ふふ、とうの昔に回避は終えておりますの。

今は、叩き潰す準備中ですわ。

「リリス様、ミラヴェール侯爵家のアマラン様と仰る方がお見えになっております」

今日のネックレスを決めているところで、侍女のデボラが静かに来客を告げた。

「……はぁ、やはり来たわね。お一人?」

「はい」

「もう会いたくないわと言ったのだけれど」

ふう、とため息を吐きながら、頬に手を当てる。

「……運命と信じる相手に、心臓でも捧げにいらしたのかしら。ねえデボラ、屠っても良い?」

「おやめください、リリス様」

「ああ! リリス様!! ようやくお会いできましたね!! 昨日は大変失礼いたしました!!」

応接室に入ると、運命男子が立ち上がりまくし立てた。

一応紅茶は出したのか。使用人たちの温情、伝わっているとは到底思えないけれど。

「……もうお会いしたくないとお伝えしたはずですが?」

「とんでもない! どうしてもお詫びせねばと飛んでまいりました」

「そうでしたの。それで? 貴方様のどの行為が礼を失していたとご自覚なさっているの?」

「そ、それはあのような人目につく場所で貴女様に不躾にも愛を乞うてしまったことを」

「わたくしには夫がおりますのよ?」

「それでも僕は貴女に運命を感じたのです!?」

「へえ、ビンビンでガバガバな運命を」

「び、ビンビンでガバガバ!?」

わたくしの口から思わぬ言葉が出て、運命系男子が目を見開く。

ディアマンタのユニークな語彙、破壊力が素晴らしいわ。精霊たちに頼んで辞典でも作っていただきたいわね。

「ええ、メルシエ商会で伺いましたのよ? 以前はあの時わたくしの隣にいた販売員の方に運命だと求愛されたのでしょう?

そして今度はわたくし……運命とはそんなに簡単に乗り換えられるものなのですか?」

「え、いや、ですが僕が運命だと感じたのです」

「ミラヴェール様は、運命ってどんなものだと思われますか?」

「運命? それは身も心も捧げてしまいたくなるほど甘美な恋ではありませんか……!」

「軽い」

あらいやだ、また即座に斬り捨ててしまったわ。堪え性が足りませんわね。

でも軽すぎるんですもの。メルシエ商会一番人気である『小鳥のさえずりサブレ』の羽のような食感よりも軽いわ。わたくしは青いアイシングがかかったミント味が好きよ。

「身も心も捧げてくださるの? それであれば、その舌を、ここで今、わたくしに捧げてくださいな。適当にミンチにして土に還しますから」

「しっ、舌!?」

「だって運命ならば身も心も捧げられるのでしょう? 違うのですか?

一瞬、何かの餌にすることも頭をよぎったのですけれど。食べた動物が運命にかぶれてしまうのはあまりよろしくないわと思いましたの。

ああでも……土に還したら今度は運命運命と鳴く魔草が咲いてしまうかもしれないわ……とても珍しいと聞くけれど、腐った運命を肥料にしては土壌も汚れてしまうかも……

やはりここは消し炭になるほどの火力で焼き切るのが一番良さそうですわね。炭も舌もタンですから」

「……は……」

「ちなみにわたくしの愛する夫、イオルムであれば喜んで舌を切り落として捧げてくれますわ」

もっとも、切断直後に再生魔法で何事もなかったかのように元通りにするでしょうけれど。

「ああ、ちょうど今ここに、よく切れるナイフがございますの」

右手中指にはめた、蛇の意匠が施された指輪に唇を寄せる。蛇の目の部分が鈍く光ると、しゅるりと解け、手のひらの上で二十センチほどの短剣に形を変えた。

ひぅ、と小さい悲鳴のような声があがる。

「運命なのでしょう? では、その舌を、この手で切り落とさせてくださいな。……二度と運命などと戯言を吐けないように」

くるりとナイフをペンのように回すと、目の前の男が泡を吹いて倒れた。

……ああ、ゲストをお迎えする場には相応しくない臭いが漂ってきましたけれど、ここは別にわたくしたちの邸ではありませんし支障はございませんわね。

「デボラ、ミラヴェール侯爵家に遣いをやって。すぐにこの肉塊を引き取るようにと」