軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42 胸騒ぎ

私が目覚めるまで待っていてくださった王妃殿下にお礼を述べて家に帰ることにした。

「馬車を用意します。離宮の入り口でお待ち下さい」

と侍女さんに言われて待っていると、マークス殿下が走って来られた。

「アレシア!具合はどうだ」

「殿下。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「今、少しだけいいか」

父と母はやって来た馬車に乗って待っていることになった。

「アレシアをファリルに行かせたりはしない。今まで必死の努力で隠れて生きてきた君たちなのに、母上のためにあの布を渡してくれたではないか。その気持ちに応えたい。必ず守ると約束する」

殿下は私の目をまっすぐ見て強い口調でそうおっしゃった。

殿下は真っ直ぐなお人柄だ。農園でお昼ごはんを召し上がっていた時も思ったけど、威張り散らしたり私たちを見下したりすることは一度もなかった。むしろ農業の話を父から聞いたりしていつも控えめで真面目な態度だった。

私と両親の王家に対する見方がだいぶ変わったのは殿下の影響だ。だから信用して伝えなければ。あの覚悟を。

「殿下、よろしくお願いします。でも、どうしても、どうしても、私を引き渡せと言われた時は……戦争になるくらいなら、どうかこの国の人々の安全を優先して私を引き渡してください。覚悟はしています。その時は私の両親のことをほんの少しだけ気にかけてください。お願いします」

「え?いや、何を言っているんだ。大丈夫だ、引き渡したりしないさ」

私はそれには答えず微笑んでもう一度頭を下げた。

国と国とのやり取りに「絶対大丈夫」なんてことはない。まして我が国はファリルに比べたら軍事力で圧倒的に劣っている。力では押し負けることは間違いない。

私のせいで戦争が起きるくらいなら、私はファリルに行くつもりだ。私の雨に治癒の力があることは、黙っていればしばらくは知られずに済むだろう。

時間稼ぎをしている間に何かしら交渉の材料を見つけてこの国に帰らせてもらう段取りを考えればいい。今は何も策がないけれど、生きてさえいれば可能性はある。

もちろんファリルに行くのはとても嫌だ。こんなに早くファリルに目をつけられるのは想定外だったけど、たくさんの命と引き換えならファリルに行く覚悟はある。それが私が前世の記憶を持ったまま生まれてきた役目かもしれないし。

『人の役に立つこと』それが幸せな人生をやり直させて貰えたお礼だと思うことにしよう。

「では、失礼いたします。殿下、貴重なお時間をありがとうございました」

殿下は釈然としない顔で私を見送ってくださった。

・・・・・

「殿下、大丈夫ですか?仕事が全然進んでませんよ」

「ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた。なあギル、アレシアはなぜあんなことを言ったんだろうな」

ギルが赤毛をガシガシ掻き回す。

「『どうしてもの時は自分を引き渡せ』ですか?ほんとにそう言ったんですか?」

「ああ。まるで民のために生贄になる覚悟をしているみたいだったよ」

「なんでそんなことを言ったんですかね。まだ十四歳の農園の娘なのに。そんな覚悟なんて普通はあるわけがないと思いますけど」

あの時のアレシアはまるで大人のような、諦めと悲しみをごちゃ混ぜにしたような顔でそう言ったのだ。なぜだろう。なぜそんなに自分を犠牲にしようとするのだろう。

「それはそうとギル、その後のアイツはどうだ」

「大人しくしてますね。ただ、母国の親に手紙を出しました」

「中身は?」

「がっちり封蝋がして彼個人の印章も押してありましたので……ちょっと細工をして開封し再び封印しました。手紙の内容は『ご希望の土産を見つけました』のみです」

「そうか」

土産、とはアレシアのことだろうか。だがまさか護衛が守っている農園を襲うようなことはしないだろう。それでは国同士の争いに発展してしまう。そこまで愚かなことはしないと思いたい。

頭ではそう思っていてもなぜか不安がジリジリと込み上げてくる。

「ギル。これから農園に向かう」

「え?執務はどうします?」

「夜にこなすさ」

そこまで言ってマークスは部屋を出た。

早く、一刻も早く農園に向かわなければならない。そんな気がして愛馬を駆り立てた。後ろからはギルの他に護衛が六名付いて来ている。

何もなければ護衛たちに一杯奢ろう。「悪かったな、僕の胸騒ぎに付き合わせて」そう言って笑おう。自分にそう言い聞かせながらも馬を走らせる。午後の日差しが眩しく目を細める。流れる汗を拭う。なぜか強く焦る。

前方から農園の護衛に付けていた兵士が馬を飛ばしてこちらに向かって来る。

「殿下!ヘルード殿下の一行が!」

「わかった!」

皆まで言わせず馬を急がせると、貧民街を抜けて農園が見えて来た。

「!」

門の前で王宮の護衛たちとヘルード一行が揉めていた。ヘルードの護衛は帯剣している。誰か一人でも剣を抜いたらもう国同士で話し合うべき大ごとになってしまう。

「何をしている!」

「殿下!ヘルード殿下一行が農園に入ると言って譲らないのです」

急いで馬から降りてマークスがヘルードに詰め寄った。

「我が国の民に何をするつもりですか」

「おやおや。王太子殿下じゃありませんか。何もしませんよ。砂漠の国なのにずいぶん豊かな農園があるから見学しようとしただけです。なのにこの者たちが邪魔してくるのですよ」

騒ぎを聞きつけたのだろう、門の中で農園の大人たちがこちらを遠巻きにして見ている。

「ここは我が国の王妃が大切にしている農園だ。申し訳ないが正式に見学の申請書を出してからにしていただきたい」

「へえ。いつからそんなことに?ここは平民が経営しているごく普通の農園でしょう?いいじゃないですか。見学くらい」

「断る!」

ヘルードが胡散臭い笑顔を浮かべながらマークスの真ん前まで歩いて来る。

「そうですか。わかりました。ではそのように手続きをいたしましょう。申請を出してからこちらの農園に出直します」