軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27 ドナさん

マークスの部屋でエドナ王女が泣いていた。

「そんなに泣くなよ。お土産を持って帰ってくるから」

「……お土産じゃ嫌です。私も行きたい。私、一度もそんな楽しいところに行ったことがないのに。お兄様だけずるい。私も農園で美味しいものを食べたい」

何度お願いしてもうんと言わない兄に、妹がポタポタと涙を流しながら頼んでいる。こんなに粘る妹は初めてで、マークスはほとほと困っていた。

「私なんか、そのうち、えぐっ、どこかにお嫁に行かされて、そうなったらもう、えぐっ、こっそりお出かけなんか、絶対にできないのに。えぐっ、えぐっ、今だけなのに」

泣きすぎて呼吸がおかしくなったらしいエドナ王女は「えぐっ、えぐっ」と引きつるような泣き方をしながらそんな切ないことを言う。実際彼女の言うことは完全に本当なのでマークス王子は深い溜め息をついた。

「わかった。だからもう泣くな。今日だけでいいか?お前を何度も連れ出すのは無理なんだよ」

「えぐっ、えぐっ……わかりました」

「それから、もう戸棚に隠れて盗み聞きなんてしちゃだめだよ?わかったな?」

「えぐっ。はいぃ」

・・・・・

ギルさんとアルさんがうちに昼ごはんを食べに来るようになってしばらくになる。

私は十一歳になった。雨の範囲は直径二キロ強になった。農園に隣接している貧民街は週に五日は雨が降っているだろう。

アルさんもギルさんも、うちのことを他の人には言わないという約束を守ってくれているようだ。二人の他には誰も来なかった。二人は庶民の食事を楽しんでお金を払って帰るだけだった。だから私はその日、アルさんが妹を連れてきたことに驚いた。

「こんにちは!ドナです!お邪魔します」

お人形みたいに可愛い女の子がペコリとお辞儀をして私を興味深そうに見ている。

「アレシア、約束を破ってすまない。妹が一緒に行きたいと言ってあんまり悲しそうに泣くものだから」

「はあ、そうですか」

「お兄様がお外で美味しいものを食べてる話をしていたんです。聞いていたらお出かけなんて殆どできない自分が悲しくなっちゃって」

私がジットリした目で(妹の前で話をしたんですね?)という気持ちを込めてアルさんを見上げたら、アルさんが慌てた。

「違うんだ!妹の前でここの話はしてないよ。妹が隠れて盗み聞きしたんだ。それに、妹があそこまで駄々をこねたのは生まれて初めてで。いや、その、いろいろこちらの都合ばかりで本当に申し訳ない。だけど、妹にもここの美味しい食事を食べさせたいって気持ちも少しあって、その」

汗をかいて恐縮しているアルさんが気の毒になる。それに、もう連れて来てしまったものは仕方ない。

「わかりました。手の込んだものはできませんよ?」

「もちろんだ、アレシア、助かる!」

「ありがとう!アレシアさん」

ドナさんが上品に頭を下げた。着ている服がずいぶん上等だ。頭からすっぽり被る日除け布の下は淡いピンクのワンピースだ。ゆったりしたデザインで涼しそうだ。

チャナと二人でかまどに火を入れて野菜と羊肉をスープで煮込みながら隣でスパイスを乾煎りした。いい香りがしたところで火から外して鍋に入れる。今度はそこでピタを焼いた。どんどん焼いてどんどん重ねていく。

せっかくドナさんが来たのだからと夕食用に漬け込んでおいた鶏肉も使うことにした。

鳥皮から脂が出て皮がパリパリになるまで焼いた。切り分けてから酸っぱくて甘くて辛いタレをかける。香草はさっきチャナが摘んだばかりだ。作り置きしていた桑の実のジャム、ポンカのジャム、ネクタのジャムも取り出した。

アルさんが「何か手伝うよ」と言ってくれたので鶏小屋から卵をあるだけ持ってきてもらった。

卵を六個にラクダの乳とヤシ糖と塩を加えてよく混ぜた。細かく切ったネギとスライスした腸詰めを混ぜ込んでふんわりと鉄板で焼いた。人数が多いからもう一枚同じのを焼いた。

昼に戻ってきたみんなはドナさんを見て驚いていたが、アルさんの妹さんだと教えるとみんなが「よく似てる」「可愛い」と微笑む。

ドナさんはペテにジャムを塗って食べ、他の料理も全部少しずつアルさんに取ってもらって食べた。水もお茶も「美味しい美味しい」と飲み、「おなかは大丈夫ですか?」とベニータおばさんが心配するほどよく食べよく飲んだ。

昼食を食べ終わり、他のみんなが仕事に戻った。

「少しだけ農園を見てもいいですか?私、農園を見たことがないんです」

とドナさんが言う。

ドナさんの目の周りが赤くてまぶたも少し腫れていることに私は気づいていた。本当にたくさん泣いたんだね。

「ドナさん、あんまりお出かけできないんですか?」

「……ええ」

ドナさんはしょんぼりと下を向いた。

「私、たぶん十五歳になったらお嫁に行かなきゃならないの。お嫁に行ったらもう、絶対に自由には外を出歩けないの。今だけなの。だからお兄様に泣いてお願いしたのよ。ごめんねアレシアさんには手間をかけさせちゃって」

きっといいところのお嬢様なんだろうな。わかるよ。貴族の娘は嫁に行くのが仕事、みたいに育てられるものね。

私は前世でのことを思い出してホロリとした。

いいところの娘ほど自由がない。街の活気も荒れ地の夜風の冷たさも知らないで育つ。嫁に行けば行ったで敷地の外なんて一人では絶対に出かけられない。貴族の娘は高位になればなるほど一生が籠の鳥だ。

「ドナさん、もし良かったらまたいらしてください。前もって知らせていただけたらドナさんがお好きなジャムもたくさん用意しておきますから。料理もお好きそうなものをご用意いたしますね」

ドナさんは私の顔をびっくりして見つめたあとで、私にギュッと抱きついてきた。そして「ありがとう。アレシアちゃん大好き」と言った声が少し涙声だった。