軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【記念SS】コミックス二巻発売記念ショートストーリー

パストーレに国立のオペラ座が誕生した。

商人街には民衆劇を見せる小屋がいくつもあったものの、本格的なオペラを上演する劇場は存在しなかったのだ。

ルクレツィアがラミリオの許可を得て、建築家と舞台監督を呼び集め、作曲家にパストーレの言葉でものしたアリアを作らせた。

落成まで実に三年近くもの歳月がかかったが、おかげでルクレツィアがイルミナティで鑑賞したようなオペラがパストーレでも楽しめるようになったのである。

パストーレ公邸で行われた落成式は実に華々しいものだった。

炎が吹き上がる大仕掛けとともに、少し離れた場所の川辺で千発の花火が上がる。

ルクレツィアたちはお屋敷から出発して、飾り立てた騎馬隊と大きな馬車で大通りをパレードし、落成したばかりの劇場に足を踏み入れた。

「ご覧ください、本日はパストーレ公夫妻のご臨席を賜っております! 皆様膝をついておふたりを讃えてください! 主よ、限りなき祝福を彼らに与えたまえ!」

やや興奮したような座長の口上が、すばらしい音響設備によって広い劇場の隅々にまで響き渡る。

ルクレツィアは終始にっこにこで、思い思いに跪いている領民に手を振った。

ラミリオは隣で引きつった笑みを浮かべていたが、舞台の上に本物の鷹が舞い降りてきたことで観衆の視線が逸れたのを幸いに、こっそりと脱力した。

「……なあ、あれ、あんなに火を噴いて、燃えないのか?」

ルクレツィアは舞台上でごうごう燃える炎から赤い火の鳥が生まれる姿をわくわくと見つめながら、答える。

「イルミナティでは年に数度劇場が燃えておりました」

「ダメじゃないか! 危ないってもんじゃないよ。禁止にした方が……」

「皆様ご注目!」

座長が再び大声を張り上げ、ラミリオの内緒話をかき消してしまう。

「――フェニックスは不死鳥、『家族への愛から我が身を焼き尽くす』と言われております! このオペラ座の設立に限りなき援助の手を差し伸べてくださったパストーレ公夫妻の愛が永遠に燃え続けることを祈願して――劇場の屋根より、大宙に向かって一キログラムの花火を打ち上げたいと思います!」

無数の火柱が舞台上に吹き荒れる。

同時に、頭上で大量の花火が炸裂している音が、屋内ながらも聞こえてきた。

ラミリオがぞっとしない口調でルクレツィアに問う。

「……なあ、こんなに建物が密集している区域で花火って引火とか」

「イルミナティでは花火の燃えかすに当たって火傷をする人が年に数百人おりました」

「やっぱり危ないよね!? 禁止に――」

「きゃあ、ラミリオ様、ご覧になって! 舞台の真ん中から人が出てまいりましたわ!」

舞台に仕掛けられた昇降機によって、スター歌手のカストラートが歌いながら登場すると、劇場の盛り上がりは最高潮に達した。

美しいソプラノが響く舞台に、突然、悪魔のような仮装をしたバリトン歌手が現れる。

「ひ、ひ、人が飛び降りてきたじゃないか!?」

「落ち着いてくださいましラミリオ様。あれはロープで繋がっているのですわ。わたくしがいたところではこれがほんっとうに人気でしたの!」

「オペラってこんなおっかないもんなの!?」

「さようでございます。本場のオペラ、とくとご覧くださいまし……!」

機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ) が魅せるスペクタクルショーはとにかく白熱した。

「なるほどね……」

火を噴く舞台を見ながら、ラミリオは何か悟った気分だった。

思えば、おかしいと思っていたのだ。

ルクレツィアが劇場を建てるとき、すべての公演は国の管理の下、開演前に厳しく内容をチェックすることとした。

そんなに厳しくしなくてもいいのではないか、というくらい、公演内容のプログラムを細かく提出させるので、何故なのだろうとは思っていた。

その中に『防災』の項目を設けて、燃えやすいものなどを排除し、緞帳などで舞台を区切るよう厳命していたのは、こういう事故を想定していたからなのだろう。

とにかくその日のショーは見事だったので、ラミリオもしまいには火気禁止を言い渡すのが忍びなくなるほど楽しんだのだった。

◇◇◇

式典が終わりを告げ、ルクレツィアたちは舞台裏に顔を出した。

美男子ということで評判のいいカストラート歌手がやってきて一通りルクレツィアにお愛想を言って帰っていったが、ルクレツィアはずっと『ラミリオ様の方が素敵だわ』と思っていた。

ちらりと目を転じれば、柔和な金の瞳が目に入る。この瞳には魔性の魅力があり、じっと見つめられると頭が麻痺してずっと見ていたいと思ってしまう。少し視線を外すと垣間見える白目がまた何とも形よく表情豊かで、ラミリオの持つ凄絶な色っぽさに一役買っている。

もう見るたびに胸をときめかせてしまうのだ。

――わたくしの旦那様がこんなに素敵だなんて。

ルクレツィアは幸せの絶頂だった。

去年授かった子どももすくすくと成長し、可愛いといったらない。

子育てで忙しかったルクレツィアには久しぶりの羽休めだったから、正装のラミリオを眺めることでとても気分が満たされた。

「ありがとう、ルクレツィア。いや、面白かった」

「わたくしも! とても楽しゅうございました!」

「俺、オペラって何かよく分かってなかったからさ。君が好きなら建てさせてあげようかな、と思ってたんだ。でも、これなら確かに……うちでも流行ると思うよ。君がテコ入れしてくれて、本当によかった」

真摯にお礼を言われてしまい、頬が熱くなる。

「ラミリオ様のためにも、絶対にいいものにしようと思っておりましたの」

「うん、すごくよかった」

心からの感想を言ってくれているのだと分かる微笑みに、ルクレツィアも釣られて笑みをかわした。

「わたくしも……こんなにわくわくしてドキドキしたのは久しぶりでしたわ」

「まあなあ……俳優が火の海を越えていくところは劇場が燃えないか気が気じゃなかったよ……」

「うふふふふ、ラミリオ様ったら」

ルクレツィアは舞台の興奮の余韻もあいまって、その日はいつまでも幸せな気分に浸っていられたのだった。