軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 装い新たに

ルクレツィアは醜悪公の領地に越してきてからというもの、必要品を買いそろえるのに慌ただしい毎日を過ごしていたが、しばらくしてそれも落ち着いてきた。

余暇ができると、さっそく好奇心が湧いた。

パストーレ公邸にはどんな蔵書があるのだろう。

書斎を見てもいいか尋ねると、ラミリオは快諾してくれた。

「俺の家にあるものは好きに読んでくれて構わない。しかし、全部こっちの言葉だぞ」

「習ったことがあるので大丈夫ですわ。では、お借りいたしますわね」

ルクレツィアは書斎の本をひとつひとつ検めていった。

百年くらい前に出版されたものが多いようだと思っていたら、ちょうど本を蒐集していた当人の日記帳が出てきた。ラミリオのご先祖様だ。

楽しく読み進めていたら、ラミリオがふらりと現れて、様子を窺ってきた。

「何を読んでいるんだ?」

「どうやら百年前のご当主様の手記のようですわ。当時は激動の一年で、人々の不安に付け込むようにカルト集団が流行ったのだとか。怪しい黒魔術を信奉するカルト集団との手に汗握る攻防……わたくし大変楽しく拝読しております」

ラミリオも広げた本に目を落とした。

「……普通に面白そうだな」

「ご興味おありでしたらあとで面白かったところだけ抜き出してダイジェストにしてさしあげますわ!」

「本当か? 助かる」

ふとゆるんだような微笑がラミリオの唇の端に浮かんだ。

「退屈していないようでよかった。とはいえ、家にこもりきりでもつまらんだろう。週末は行楽地に行かないか。馬を連れて山や川でもいいし、コメディオペラ座に行ってショッピングでもいい。希望がなければ適当に見繕うが」

ルクレツィアは少しドキリとした。

いい人なのではないかと思えるのは、こういうふとした瞬間だ。

婚約するわけでもない娘なのに、ルクレツィアを楽しませようと心を砕いてくれている。

「ラミリオ様は、週末はいつも何をしてお過ごしなのでございますか?」

「俺か? 俺は家から出ない。人込みは好きじゃないんだ」

「では、山や川に参りましょう」

「……いや、俺のことは気にしなくていいぞ。若い娘に野山は退屈だろう」

「あら、わたくしキャンプが好きなのですわ。天幕を持って、泊まりがけで山に行くのでございます。星空を眺めながら火であぶったあつあつの川魚やベーコンをかじるととってもいい気分になれますのよ!」

ルクレツィアが力説すると、ラミリオは微笑ましそうに笑ってくれた。

「なら、山に行くか。泊まりがけはちょっと難しいが、昼でもカモくらいは獲れるだろう」

「素敵、狩りの腕もおありですのね!」

ルクレツィアはその日、細々とした打ち合わせでたくさんラミリオと会話をして、大満足だった。

――とても気さくだし、お話もしやすい方よね。

早く婚約をしてくれればいいのに、と思うのは、焦りすぎなのだろうか。

――山で仲良くなれるといいのですけれど。

ルクレツィアは週末が待ち遠しかった。

次の日、執事が大きな箱を持ってルクレツィアの部屋に現れた。

「お嬢様、ドレスが到着いたしましたよ」

「まあ、本当? うれしいわ」

ルクレツィアはもどかしい思いで包装を解き、中から優しい色合いの絹を引っ張り出した。それはペールブルーから薄桃色へと巧みにグラデーションする布地で作られていて、光の加減で無限に色合いが変わって見えた。

美しい生地の光沢に、ルクレツィアは束の間見惚れてしまった。

黒や茶やグレーの地味な服しか持っていないルクレツィアには、夢のような服だった。

――ローザに見つかったら、すぐに取られてしまいそうね。

ここにいない妹を思い、くすりと笑う。きっとこのドレスは彼女にも似合っただろう。

「さっそく今晩からお召しになりますか? 夕方から女の使用人をひとりつけましょう」

「ありがとう、お願いね」

ルクレツィアは夕方、支度にとりかかった。

「お名前は?」

「以前、奥様からはアンと呼ばれてました」

「ではアン、よろしくね」

ルクレツィアはまず、綺麗に髪をコテで巻いてもらって、結い上げようとしたが、アンに止められてしまった。

「最近じゃ結ばないのがトレンドなのですよ。騙されたと思って、こうしてハーフアップにいたしませんか」

ルクレツィアは戸惑った。

流行があったことはルクレツィアも知っていた。妹のローザは常に髪を自然に下ろしていて、それでしょっちゅう食事中にも髪に触れていたのだ。

それとは別に、ルクレツィアにはもう一つ不安があった。

「……わたくしの髪は、白髪のようでしょう?」

「何をおっしゃるのです、パストーレでは、白い髪は知性の現れとして、たいへんに尊敬されているのです。ましてお嬢様の銀髪は艶がありますから、きっと淡い色のドレスに映えることでしょう」

ルクレツィアは考えながら、目の前の鏡を見た。どんよりとした、何を考えているのか分かりにくい瞳。無造作に下ろされた銀髪。

本当に似合うだろうかと思ってしまう。

「ぜひ一度お試しになってくださいませ」

アンに熱心に勧められて、まあいいか、と考え直す。

「……分かったわ。では、お願い」

「きっとお美しくおなりですよ」

アンは髪に触れなくてもいいように、顔周りの髪をヘアピンで固定しながらすべて後ろに流して留め、残りを自然に垂らしてくれた。

「とても綺麗な肌をしていらっしゃいますね。特別な手入れをなさっているのですか?」

「それほどは……朝晩の洗顔くらいで……」

「瞳がとても美しい形をしていらっしゃいますから、目元の化粧は必要ありませんね。土台がすばらしいので、少しおしろいを乗せるだけで垢抜けた印象におなりです。お支度係としてはなんと張り合いのないことでしょう」

「ふふ、ありがとう」

スカートを膨らませる補正器具を身に着け、ドレスに袖を通す。

仕上がった姿を鏡越しにアンから褒めてもらい、ルクレツィアは励まされた。

どうかラミリオにも気に入ってもらえますように、と願いながら、食堂に向かうことにした。